INTERVIEW2026.03.31

アート

大阪急性期・総合医療センターに広がる、あたたかな循環 ホスピタルアートプロジェクト「HAPii+」2025

edited by
  • 出射 優希

大阪急性期・総合医療センターで取り組む2025年度後期ホスピタルアート

まだ寒さの残る3月。ホスピタルアートプロジェクト「HAPii+」は、大阪急性期・総合医療センター 小児科での施工をはじめていました。

患者さんが過ごす稼働中の病棟でのご依頼。大樹をはじまりに、小児病棟全体をめぐるようにして描かれた、やわらかな動物や妖精たちは、病棟の空気や施工場所ごとの役割はもちろん、既存のプレイルームとつながる世界観を大事にし、制作したといいます。
今回小児科病棟で完成したホスピタルアートの制作過程について、ビジュアルを制作した1年生のメンバーに、そして、ホスピタルアート導入に至った経緯から施工を経て感じられていることについて、急性期・総合医療センターのみなさまにお話を伺いました。

 

病棟のみなさんとつくりあげることに意味がある

デザインを検討するビジュアルメンバーと、施工方法を設計・計画する職人メンバーで役割分担をしながら進めるHAPii+。急性期・総合医療センターでは、東塚帆香さん(美術工芸学科 総合造形コース|1年)、高田百夜子さん(情報デザイン学科 映像クリエイションコース|1年)、福井陽子さん(情報デザイン学科 ビジュアルデザインコース|1年)がビジュアルデザインを担当しました。

左から、高田さん、東塚さん、福井さん

エレベーターを降り、小児科病棟のフロアで一番最初に目に入る大樹のイラストは、療養中の子どもたちのための絵本やおもちゃの置かれた院内のプレイルーム「わくわくるーむ」と世界観をともにするもの。

この大樹を起点に妖精たちが登場し、病棟の動物たちに魔法をかけ、身体の一部に花を咲かせる、という物語になっています。

すべてのイラストは、一度印刷したデザインを現場に仮配置し、当初のデザインから変更することに。細やかな調整が随所で行われている
動物たちの体は円形を基調に、曲線で構成された愛らしいデザインに

—最初に提案した3案から、病院の方の意見を何度も取り入れて大きなブラッシュアップを重ねたとお聞きしました。

東塚:そうなんです。最初の方は、病院のみなさんがどういうアートを欲しているのかが掴めなくて、プレゼンが終わった後も手応えがなく。何度もコミュニケーションを重ねるうちに、心を開いていただけたというか、歩み寄ってくださった感触があって、コミュニケーションの大事さを実感しました。なので、ちょっとでも気になったことは「これはどうですか?」と聞いて、返事をいただいて、病院の方と一緒にデザインをつくっていきました。

高田:最初は「やっぱりだめか」みたいな気持ちもあって。でもそう言ってくださるってことは、期待してくれていたり、病院のみなさんの中にすでにイメージがあるということだと思ったので、そこをどうやって形にしていくかは、やりがいがあるなと思いました。

—急性期・総合医療センターの小児科と、北野病院の産婦人科病棟の企画も同時期に進行していましたが、それぞれの違いについて何か感じたことなどはありましたか?

高田:前回はお母さんお父さんといった大人の方に向けたアートなので落ち着いた優しい色合いでしたが、今回の急性期病院の小児科では、明るくカラフルな色使いになっています。年齢層の違いによって、色の明度や色相はかなり調整しました。

福井:私は北野病院のビジュアル担当をしていたので、年齢層に合わせたモチーフや、コンセプトの違いをつかむまでは戸惑いました。

—たしかに、北野病院では抽象的な形が多く、意味が広く受け取れるモチーフでしたが、急性期・総合医療センターでは愛らしい動物たちをはじめ、具体的なモチーフもたくさん登場しますね。稼働中の病棟での施工でしたが、描いている中で感じたことはありますか?

福井:病室の中から「描いているところ見たい!」というお子さんの声が聴こえてきて、「早く完成させなくちゃ。完成させたい!」という気持ちになりました。

東塚:実は医療者の方とのワークショプ中に、ある親御さんが「アートが描かれている様子を見ながら治療を頑張ってる」って声をかけてくださったんです。プロジェクトのメンバーにもすぐに共有するくらい、本当に嬉しい出来事でした。

—嬉しいエピソードですね。最後に、ホスピタルアートが完成して、それが患者さんの目に触れるとき、今回のアートが目指すところを教えてください。

東塚:病棟の無機質さを変えたいというところから依頼がはじまっているので、ホスピタルアートがあることで病棟の空気が明るくなって、治療を頑張ろうと思えるような場所になってほしいと思います。

高田:処置室のデザインをメインに担当させてもらっていたので、お子さんの泣き声を聞く場面もあって、毎日その姿を見る看護師さんも「一瞬でもいいから怖さを和らげられる空間をつくりたい」と。なので、そんな空間作りができるように考えていました。

福井:子どもたちの気持ちをちょっとでも和らげながら、病棟の中で少しでもわくわくできる時間があったら嬉しいです。それに保護者の方も、子どもが病院に入院しているって不安でいっぱいだと思うので、その気持ちもやわらげたい。お子さんが笑顔になることで、保護者の方の気持ちもやわらぐんじゃないかと思っています。

はじめてご依頼をいただいたこともあり、意見交流会や現地での調整をはじめ、いつも以上に慎重に、多くのコミュニケーションを重ねたといいます。

処置室で過ごす子どもたちの目に入るアートはどんなものがふさわしいのか、どんな世界観なら病棟で過ごす人に長く受け止めてもらえるか、ビジュアルの方向性や世界観だけでなく、形から大きさ、色彩に至るまで、すべて病院のみなさんに確認して意見をいただき、一つひとつ歩みを進めました。

そんな着実な積み重ねがあった中で、色塗りを体験するワークショップは、病院の方から「描いてみたい」というお声がけで実現し、医療従事者・職員のみなさんなど、十数名の方にご参加いただくことができました。

ただ描くだけではなく、そこで過ごす人と一緒にアートを作りあげていく。それもHAPii+の手がける空間デザインのひとつになっています。


現場のアイデアがホスピタルアート導入のきっかけに

こうしたホスピタルアートの取り組みを、急性期・総合医療センターのみなさんはどのように受け止めてくださっているのでしょうか。事務局の秋吉雛子さん(事務局経営企画グループ)、小児科の市川聡美さん(小児病棟/看護師長)と中小路侑子さん(小児病棟)にお話を伺いました。

左から 秋吉さん、中小路さん、市川さん

—まず、どのようなきっかけでホスピタルアートのご依頼をくださったのでしょうか?

市川さん:病院にいただいている寄付を、患者さんやご家族にどう還元していけばよいのかを検討するため、スタッフ全員にアンケートを行い、取り組みたいことを募った中で、スタッフから「ホスピタルアートはどうですか?」という案が出たんです。もともと小児病棟の処置室でも、壁紙を変更したりラミネートしたイラストを貼り付けたりということも考えていましたが、設備的にも難しい面があり、悩んでいたところでした。

中小路さん:私たちも、処置の介助に入る際には恐怖心を与えないような言葉がけや接し方などの工夫はするものの、環境的に何かできないかなということは以前から感じていて。プレイルームの楽しい温かみのある空間に対して、不安や恐怖心を感じやすい廊下や処置室が、やや冷たい印象であることも気になっていました。
そんな思いもあり、ホスピタルアートはどうか、という意見を会議で出すと、後日、ある保育士さんが京都芸術大学の取り組みを見つけてくださったんです。せっかくやってもらうんだったら熱意のある学生さんにお願いしたい、ということで、今回お声がけさせていただきました。

市川さん:企画したことを事務局に拾ってもらえたこともよかったですね。自分たちで声をあげたら実現するんだ、と感じることができました。

中小路さん:私も最初は、そう思っているのは自分だけで、周りの人たちはどう感じているんだろう、という思いもあったので、企画が通った驚きと同時に、企画していく上では他職種の意見を取り入れることも意識していました。

—導入にあたって、現場で働くみなさんが日頃感じていたことを交流し、院内で実現していくきっかけにもなったんですね。では、日頃患者さんに接しているみなさんが大切にされていることなど、依頼の上で学生に伝えられたことがあれば教えてください。

中小路さん:小児科なので患者さんは子どもたちなんですが、ご両親やおじいちゃんおばあちゃん、家族があって、その輪の中に子どもたちがいるんだ、ということはいつも意識しているんです。ご家族の方に少しでも安心していただくことが、結果的に子どもたちの治療意欲につながったり、笑顔で退院できる日につながっていくのかな、と。そういう意味では、ホスピタルアートを通して、ご家族にも、院内のコンビニに行くまでに少しでもほっとしてもらえたり、ミルクを温めるために過ごす調乳室での1分間にも癒しがある空間になればと考えていました。

—施工がはじまって、院内のみなさんからは何か反応はありましたか?

中小路さん:たくさんの反応がありました。イメージとして印刷したものが貼られている時から、「めっちゃ可愛い!」という声が聞こえたり、作業をしている様子にもみんな興味をもっていて、来るごとにイラストが増えているので、楽しみだねという話をしているんです。学生さんたちも、たくさんの人数で来ていただいているのに、それを感じさせないくらい溶け込んで、みなさんが黙々と作業をされているのが印象的でした。

市川さん:その姿はきっとご家族にも伝わっていて、作業に対するクレームも一切ありませんでした。

中小路さん:最初に提案いただいた案を大きく変更してほしいと伝えた際にも、学生さんたちは、嫌な顔ひとつせず、むしろ前向きにスタッフ全員の意見が入る形にしていただけたんです。

—病棟で過ごすみなさんも、好意的に受け止めてくださったんですね。ワークショップのご提案も、病院のみなさんからいただいたとお聞きしました。

市川さん:はい。学生さんが仕上げてくれるのもひとつですが、院内でもホスピタルアート担当のスタッフだけではなく、病棟全体を巻き込んでいくことを意識していて、これをきっかけに病棟の団結力にも繋がればという思いでお願いさせていただきました。

中小路さん:ワークショップに参加したスタッフは、みんな目がいきいきしてましたね。

市川さん:スタッフも、自分たちで描くことでコンセプトを知って、子どもたちにそれを伝えることができたり、考えていただいたことを、病棟でもしっかり継承していくことにつながっていくのかなと感じています。

—秋吉さんには大学との連携やスケジュールの調整など、多岐に渡ってサポートをしていただきましたが、事務局の視点から今回の取り組みをどのように見守ってくださっていたのでしょうか。

秋吉さん:4月に現在の部署に移動して、「ホスピタルアートとは?」というところからのスタートでした。私は事務職なので、普段は病棟のみなさんと関わることがないのですが、今回小児科病棟の市川師長や中小路さんをはじめ、いろんな方とお話しする機会が生まれ、現場のニーズを知る機会にもなりました。こうして関わっていくと、病棟のみなさんが現場で感じている問題点と、事務側で考えていたことの違いにも気がつき、今回の企画をきっかけに、病棟スタッフとの信頼関係をつくることもできたのかな、と感じています。

インタビューを通して、小児科病棟でのホスピタルアートの意義や、患者さんやご家族、医療者のみなさんの声、今回のプロジェクトをきっかけに院内で生まれた良い循環について、さまざまにお話を伺うことができました。

あたたかく作業を見守ってくださった病棟のみなさんをはじめ、患者さんやご家族が安心して作業を見守れる環境を整えてくれた事務局のみなさんのおかげで、急性期・総合医療センターでの施工も無事終えることができました。

ホスピタルアートは完成しましたが、その役目ははじまったばかりです。今日もプロジェクトに参加した学生たちの思いをのせて、ホスピタルアートは静かに院内を見守っています。2026年度も、患者さんやご家族、病院で過ごす方にとってのあたたかな空間づくりを目指して、HAPii+の活動は続きます。

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  • 出射 優希Yuuki Idei

    2002年兵庫県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。卒業後、ライターとして活動中。

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