INTERVIEW2025.07.22

アートデザイン

おなじ目線で「遊べるアート」をつくる――HAPii+2024 済生会滋賀県病院 院内保育園『なでしこキッズ』

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  • 京都芸術大学 広報課

2009年から続くホスピタルアートの社会実装プロジェクト、HAPii+。2024年度の第一弾は、滋賀県・栗東市にある済生会滋賀県病院さまよりご依頼をいただきました。

15年間ではじめてとなる滋賀県での実施です。そして今回ホスピタルアートを制作する「院内保育所」とはどのようなところなのでしょうか。京都芸術大学広報課は、HAPii+のメンバーに取材をしました!

HAPii+とは?

「アートやデザインの力で空間を心地よいものに変える」「施設利用者が参加できるメディアアートを制作する」等、病院等の利用者や医療スタッフのみなさんが持つ医療空間に対する想いを叶える活動に取り組むホスピタルアートの依頼に取り組む、京都芸術大学の社会実装プロジェクトのひとつです。

ご依頼いただいた空間に求められるものを、患者さんや医療従事者の皆さまへのヒアリングやアンケートに基づいて分析し、「空間をつくる」「コミュニケーションをつくる」「使いやすさ、わかりやすさをつくる」という3つの要素を意識しながらアートを制作しています。

HAPii+が得意とする壁画に関しては、エントランスや待合室などの比較的開かれた場所から、NICU(新生児集中治療室)/GCU(新生児回復室)やレントゲン室といった医療行為をおこなう部屋まで、様々な空間への施工実績があります。

これまで、京都府立医科大学附属病院(2009年~2018年)や京都大学医学部附属病院(2019年、2020年)、聖ヨゼフ医療福祉センター(2023年)、医学研究所北野病院(2021年~2023年)から依頼を受けています。

晴れ時々レインボー ~あつまれ! もりんぽ隊~

滋賀県・栗東市にある済生会滋賀県病院は、ドクターヘリが配備される滋賀県随一の救命救急センターを持つほか、地域医療支援病院として地域の保健・医療・福祉施設と連携した「地域完結型医療」や「地域がん診療連携支援病院」の指定を受ける等予防医療にも力を入れている、地域医療の中核となる公的医療機関です。

今回HAPii+がホスピタルアートを行ったのは、済生会滋賀県病院の敷地内にある「なでしこキッズ」。看護師さんを含む院内職員がお仕事をしているあいだ安心してお子様を預けられるように作られた、院内保育施設です。

病院の利用者さんだけでなく、そこで働くみなさんやそのご家族が安心できるようにつくられた保育園への施工は、長い歴史をもつHAPii+としてもはじめての取組みでした。

新生児保育室や小児科といった場所にホスピタルアートを行う場合、通院・入院をするお子さまやそのご家族・医療従事者たちが心を落ち着かせるよう、図案や色合いにさまざまな配慮が必要です。

しかし今回は保育園。院長先生は「木陰のなかで どんひゃらり」(!?)といった、楽しい民話的なお祭りのイメージを強くお持ちだったと言います。

0~2歳が主な入園対象であることから、学生たちは触って遊べる要素を重視して壁画の案を作りました。プレゼンを経て最終的に選ばれたのは、「遊び」を重視した物語風の壁画でした。

当初のプレゼン案

玄関を入ってすぐのエントランスに描かれているのは、男の子がくまさんと出会う場面。そこから細長い廊下に進むと、くまさんとうさぎさんと男の子が「滋賀県の四季」をめぐる旅に出かけます。

春夏秋冬のそれぞれの場面にはたくさんの生き物や植物たちが、優しい色合いの平面的表現で描かれています。くまさんと男の子は、おとぎ話のような世界を、気球やどんぐりの車で巡ります。

ビワコオオナマズや、ドクターヘリや栗東市のマスコットキャラクター・くりちゃんを彷彿とさせるクリコプター、新幹線など、滋賀の風物もたくさん描かれています。

また、身長の低い0~2歳の子どもたちが楽しめるように、低い位置にはアリの巣穴やモグラさんといった、地中・水中の世界が描き込まれ、「たどる・なぞる」遊びの工夫が凝らされています。

「保育園でともだちのいなかった男の子が、どうぶつと一緒に宝物を見つけに行く」というシンプルな物語は、そのディティールの豊かさによって、子どもたちの「想像あそび」の余地を無限に広げています。

さがしっこ絵本『ミッケ!』シリーズ(小学館)や紙芝居に着想を得て、「同じ絵を見ているのに、いろいろな物語を想像することができる」という空間を作り上げたのです。

また、今回のプロジェクトでは壁画のデザインを一冊の絵本にまとめなおして、「なでしこキッズ」にお贈りします。絵本にすることで、こどもたちは壁画の巨大なデザインを手のひらのうえで見ることができ、あるいは保育士さんの読み聞かせで楽しむこともできるようになるのです。

済生会滋賀県病院「なでしこキッズ」でのHAPii+プロジェクトは病院側のみなさんのあたたかさが反映されたデザインになったと、担当の箭内先生は語ります。

率先してイメージを語ってくださる院長先生をはじめ、毎朝差し入れをしてくださったという職員の方や、ヒアリングに参加してくださった小児科の先生や保育士のみなさんの間には、あたたかいコミュニケーションがありました。

そのコミュニケーションの輪があったからこそ、HAPii+に参加した学生たちも想像力を自由に羽ばたかせる提案ができたのでしょう。

ここにしか生まれない、特別なホスピタルアート

「どんどんやってください、と病院側のみなさんが言ってくださったのが印象的でした」

そう語るのは、リーダーを勤めた首藤 姫梨さん(こども芸術学科)。HAPii+がこどもが使う空間をデザインするのは久しぶりでしたが、病院側のみなさんとの密なコミュニケーションが功を奏し、プレゼンでは首藤さんの班のデザインが採用になりました。

「HAPii+でも事例のある小児科のようなスペースは小学校中学年くらいの子どもまでが使う空間になりますが、「なでしこキッズ」の対象は2歳までの乳幼児です。対象が限定されているため、子どもたちの目線が合う低い位置に絵をたくさん描くデザインを考えました」

首藤さんは、昨年度に引き続きHAPii+に参加した“リピーター”のお一人です。

「自分の専攻がこども芸術学科だったということもありますが、継続的に参加している先輩方の姿を見て、自分も経験を活かしてもう一度参加したい、と思いました」

吉垣咲和さん(空間デザイン学科・4回生)も、去年に引き続き3回目の参加でした。

昨年までは施工者としてデザインを担当していた吉垣さん。ことしはプロジェクト全体が円滑にいくための運営を統括するプロジェクトマネジメントという役割を担当しています。

「今年のほうが圧倒的に難しいな、と感じています。去年までは自分が描けばよかったんですけど、今年は人を動かす役割。やってください、とお願いするのではなく、主体的にやりたいと思えるようにするにはどう指示をしたらいいか、たくさん悩みました」

今年度のHAPii+のメンバーたちは職人班ビジュアル班に分かれ、さらにマネージャーリーダーという統括的なポジションを置いています。年度ごとに組織体制もメンバーも柔軟に変わりますが、受け継がれていくものもあります。

たとえば、HAPii+参考書です。これは、HAPii+の先輩方が壁画の配色や施工のコツをまとめたものです。

たくさんの人で作業をすると、どうしても筆の癖が出てしまうものです。そこに混色や塗装の方法にガイドラインを設け、作業者間のムラを少なくすることにより、統一感のある壁画が完成します。

さまざまな大学や業者がホスピタルアートを実施しており、それぞれの強みや個性があります。そんななか、HAPii+の強みのひとつは壁画制作ノウハウの蓄積なのです。

「まだ芸術家・デザイナーとして完成していない学生たちだからこそ、誰かのアイディアが病院側のニーズに合致するんです」と、HAPii+担当教員の由井先生はおっしゃいます。「そのなかで受け継がれてきたHAPii+のスタイルというものが、確かにあると思います」

最後に、首藤さんと吉垣さんのそれぞれに、HAPii+の魅力を教えてもらいましょう。

首藤さん「利用者や職員のみなさんの目に触れて、反応をいただけることです。ホスピタルアートは作って終わりではなく、それぞれの施設に10年残るもの。裏を返せば、この空間で過ごすみなさんの生活の一部になり、人生にかかわるということです。だからこそ、頑張ろうという気持ちになれますね。今回は特に、こどもが反応してくれると「使ってくれてるんだ!」と思えて、よかったです」

吉垣さん「ビジネスとしてデザインをすることはそれはそれでやりがいがあり、面白いです。でも、HAPii+はあたたかい人の想いに囲まれて制作ができることが魅力です。関わった三年間、本当にクライアントさんに恵まれていたなと思います。病院のみなさんとコミュニケーションをして一緒に作ることができるのが、好きでした。「ありがとう」には「ありがとう」が返ってくるのが、ホスピタルアートの現場ですね」

あたらしく、つぎの一歩へ

2024年8月25日(日)には、済生会滋賀県病院の皆さまに向けたお披露目会が開かれました。HAPii+のメンバーたちが壁画の各箇所に立ち、病院側のみなさんにアートの内容やコンセプトを説明しました。

院長先生のスピーチでは、何度もディスカッションを重ねた「すごい可愛い」アートにきっとこどもたちもきっと喜ぶでしょう、とお褒めの言葉をいただきました。

また式典の一部として、病院側のみなさんに絵の一部を塗っていただきました。

コロナ禍以前のHAPii+では、アートをより身近に感じていただくために職員のみなさんに施工の一部に参加していただくことがありました。今回数年ぶりに実施した参加型アート、今後はワークショップ等につなげていけるといいですね。

HAPii+としてはじめての、保育園への施工。彩色した上からコーティングを施してはいますが、お子さんたちが遊んでいるうちに形や色が変わってしまうこともあるかもしれません。でもそれは、生活空間を彩るアートの宿命――遊んでくれた証です。

生活を豊かにするためのアートを目指すHAPii+の活躍に、今後もご期待ください。

 

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