
2009年から続く京都芸術大学の社会実装プロジェクトHAPii+。「アートやデザインの力で空間を心地よいものに変える」「施設利用者が参加できるメディアアートを制作する」等、病院等の利用者や医療スタッフのみなさんが持つ医療空間に対する想いを叶えるホスピタルアートの依頼に取り組む、京都芸術大学の社会実装プロジェクトのひとつです。
エントランスや待合室といったひらかれた場所から、治療室やレントゲン室といった医療行為をおこなう部屋まで、様々な空間への施工実績があります。これまで、京都府立医科大学附属病院(2009年~2018年)や京都大学医学部附属病院(2019年、2020年)、聖ヨゼフ医療福祉センター(2023年)、医学研究所北野病院(2021年~2023年)から依頼を受けています。
2024年度後期のHAPii+にホスピタルアートのご依頼をいただいたのは、済生会滋賀県病院様(滋賀県・栗東市)です。ドクターヘリが配備される滋賀県随一の救命救急センターを持つほか、地域医療支援病院として予防医療にも力を入れる、地域医療の中核を担う公的医療機関です。
今回アートを制作するのは、病院敷地内にある小児科病棟の処置室とプレイルームです。
HAPii+ではいつも、ご依頼いただいた空間に求められるものを、患者さんや医療従事者の皆さまへのヒアリングやアンケートに基づいて分析し、「空間をつくる」「コミュニケーションをつくる」「使いやすさ、わかりやすさをつくる」という3つの要素を意識しながらアートを制作する。
今回は、病院のみなさまとのプレゼン・協議を重ねた結果、「絵本のように遊べるアート」をテーマに壁画を制作することになりました。
処置室には、植物と動物のかくれんぼ(擬態)をテーマとする壁画「おともだちどーこだ?」を制作しました。
「せたしじみ+ねずみ」「ひょうたん+たぬき(信楽焼)」「キンセンカ+ライオン」……のように、植物と生き物を組み合わせたかわいいキャラクターたちが、絵本のようにポップな風景のなかに描きこまれています。

ネガティブな気持ちと結びついてしまいがちな処置室に、生き物どうしの「かくれんぼ」という遊びのアートを取り入れることで、ポジティブな気持ちで利用ができるような空間を実現しました。




プレイルームには、抽象的な図形の組み合わせによる壁画「みつけて考えようあの形」を制作しました。
積み木のようにシンプルなかたちをひとつひとつ配置していくことで、「生き物」や「乗り物」といった子どもが大好きなものをたくさん描きました。
抽象的な図形から「これは何かな?」という連想をふくらませて遊べるような工夫をほどこすことで、子どもたちの知的好奇心を自然に喚起するアートを実現しました。
デザインの原案を制作した山下 結愛さん(情報デザイン学科 映像クリエイションコース)に、お話を伺ってみました。
「ビジュアルとマネジメントを担当しました。自分のデザインを実際に使ってもらえることになり、とても嬉しかったです。カッティングシートを利用することになったあとは、制作の進め方についてもたくさん議論をしました。
最初は楽しそうだなと思って参加をしたのですが、たくさんの方が利用する病院にアートを制作することには責任がともなうということが分かりました。でも、京都芸術大学の学生生活は想像していたよりも楽しいです!」

ホスピタルアートは、建物の壁面に制作をするアートです。キャンバスや紙に絵を描くのとは違い、壁面の素材や周囲の照明の配置に気を遣って施工をしなければなりません。今回も、様々な手法を使って壁画を制作しました。
たとえば、どうしても色の乗らない場所には、カッティングシートを貼ってからその上に色を塗ります。そうすることで、理想的な絵を描くことが可能になります。
HAPii+では長年の蓄積から、「線画をトレーシングしてから絵の具を塗る」「マットフィルムにステンシルをする」といった手法がマニュアル化されており、安定したクオリティの施工ができることが強みです。
今回プレイルームに制作した「みつけて考えようあの形」は、抽象的なかたちによって構成されていることから、少しのズレで印象が大きく変わってしまう難しいデザインでした。学生たちは、水平器等の道具を駆使して垂直・水平を取りながら、バランスをみて作業を進めました。

また、日当たりや照明の状態によって、色の見え方が全く変わってしまうのが、建物でのアート制作の難しさです。
HAPii+では、場所が変わっても同じ色に見えるように絵の具の調合を調整するため、カラーパレットを用意し、どこを見ても印象にムラがない壁画を制作できるよう工夫しています。






大成功に終わったお披露目会
制作の最終日に、済生会滋賀県病院のみなさまへのお披露目会を開催しました。
お披露目会の当日、HAPii+の参加者たちは最後の最後の調整に取り組んでいました。気になるところを塗り直し、仕上がったところにはトップコートを重ね塗りしていきます。触って遊んでも絵の具が薄くならないよう、表面の保護が必要です。

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そしていよいよお披露目会の時間になりました。

作業中は中をお見せできていなかったこともあり、職員のみなさまからは「施工中からどんな仕上がりになるのかワクワクしていた」とのお声もいただきました。
まずはプレイルームに病院側の皆さんをご案内し、担当の学生からコンセプトや施工について説明をします。職員の皆さんからは「殺風景だったのが、プレイルームらしくなった!」と好評でした。
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処置室をご案内する際には、どうぶつを見つけるための補助となるようなプレイカードを一緒にプレゼントしました。このカードを使えば子どもたちが施術の待ち時間に動物を見つけて待つことが出来るという仕組みです。


遊んで楽しむということも重視しつつ、治療に向かう子どもたちに仲間に囲まれているような安心感を与えたいという思いが、このデザインには込められています。
シンプルな図形で構成された乗り物やいきものたちに、職員のみなさまからは「かわいい!」とお褒めの言葉をいただきました。また、済生会滋賀県病院のロゴとクジャクを組み合わせる遊び心あるデザインも好評を博しました。


今回HAPii+が用意したのは、これだけではありませんでした。サプライズとして取り出したのは、かわいい形に切り抜いた蓄光シールです。
「お披露目会のあとで看護師さんたちの声を聞きながら貼り付けていきたいです」と学生が発表すると、病院側の皆さんには大変喜んでいただくことができました。

コロナ禍以降なかなか実施できていませんでしたが、医療機関側の皆さまに制作にご参加いただく参加型アートとしてのホスピタルアートも、徐々に復活していけるとよいですね。
今回の制作を振り返って
お披露目会のあとは、病院側のみなさまとの意見交換会を行いました。



「特に、大きな図形のブロックを配置するのが大変だったと思います。青木さんを中心に、様々な方法を試行錯誤しながら、図形どうしが詰まりすぎたりしないように検討しました。
モチーフどうしの位置関係等にも気を配り、ただ置いただけというようにならないように気を付けました。また、実際に制作がはじまってからは、透明なフィルムを使って色を確かめるように施工方法を変更することになり、フィルムをたくさん作るのが大変でした。
ブロックがきちんと配置できるよう、プロジェクトマネージャーの吉垣さんにも助言をいただきながら、グリッドを作りました。きれいに完成した瞬間は、とても達成感がありました」


また、済生会滋賀県病院の皆さまにもコメントをいただきました。
看護師の方からは、「完成した作品を見た時は、大変だった作業が報われたと感じ、感動しました。この病院で長年働いていますが、このような形でアート作品が飾られるのは初めてで、より一層じぶんの働く病棟への愛着が湧きました。
こういったアートがあると患者さんとのコミュニケーションのきっかけにもなりますし、私たち自身の癒しにもなります。心からありがとうございました」とお言葉をいただきました。
小児科の先生からは「制作過程では、皆さんが苦しい体勢で作業されている様子を見て、大変さが伝わってきました。病院は、どうしても病気の話をしなければいけない空間です。そういった場に明るい話題が増えることが、とてもありがたいです」とお言葉をいただきました。
院長先生からも、若い頃の経験を踏まえて、この作品が患者さんの心を癒し、楽しませる力になると評価していただきました。

お披露目会のあとは、看護師の方とコミュニケーションを取りながら、処置室内の蓄光シートを貼る場所を検討しました。
処置室を利用するときに子どもたちの目線がどこに行きやすいかをお伺いしながら、通常よりも明るく輝く、特別な蓄光シートを貼り付けました。




今年度のHAPii+は、一年を通して済生会滋賀県病院様にお世話になり、利用者である子どもたちが中に入って遊べるアートを目指して制作をしました。
15年間、教職員と学生たちが技術と経験を積み上げてきたHAPii+の挑戦は、今後も続きます!
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