REPORT2025.10.22

デザイン

食からはじまる、人を思う力 — 食文化デザインコース万博特別講義アワード・ディスカッションプログラム

edited by
  • 上村 裕香

京都芸術大学食文化デザインコースでは、サプライヤーとして協賛している2025年大阪・関西万博の「いのちをつむぐ」をテーマとするシグネチャーパビリオン「EARTH MART」を貴重な食の学びの場と捉え、万博の特別講義プログラムを2025年度に実施しました。

今回、その締めくくりとして、EARTH MARTをきっかけとした「食のミュージアム」のアイデアを募集するアワードを開催。生産者を応援したり、食を通してその土地への興味を喚起するためのアイデアが集まり、結果発表後、審査員と4名のアワード受賞者によるディスカッションプログラムが開催されました。

瓜生通信では「EARTH FOODS 25」を世界に発信するため「EARTH MART」で展示するパッケージデザインを考案するプロジェクトに参加し、公募で採択された本学の学生へのインタビュー記事を公開中です。併せてご覧ください!
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/1378

EARTH MART公式ホームページはこちら。
https://expo2025earthmart.jp/


登壇したのは、審査員の小山薫堂(本学副学長)、佐藤洋一郎(食文化デザインコース講師)、石川伸一(食文化デザインコース講師)、大屋洋子(食文化デザインコース運営統括)と受賞者の8名です。当日は第一部で各賞の受賞作品が授賞理由とともに紹介され、第二部では受賞したアイデアのさらなる発展の可能性や「食」の抱える課題、受賞者・審査員が考える食の未来について、多角的な観点からディスカッションが繰り広げられました。

 

審査員プロフィール

小山薫堂
放送作家/大阪・関西万博テーマ事業「EARTH MART」プロデューサー/京都芸術大学副学長・食文化デザインコース監修/オレンジ・アンド・パートナーズ代表/下鴨茶寮 主人/「RED U-35」総合プロデューサー

佐藤洋一郎
農学博士(専攻:遺伝子学)/ふじのくに地球環境史ミュージアム 館長/京都芸術大学食文化デザインコース「日本の食らしさとは」講義担当/和食文化学会初代会長/「和食展」監修

石川伸一
農学博士(専門:分子調理学)/宮城大学食産業学群教授/大阪・関西万博
「EARTH MART」アドバイザー/京都芸術大学食文化デザインコース「おいしさの科学」「食の未来ビジョン」講義担当/近著に『Cook to the Future』など

大屋洋子
食ビジネスプロデューサー/大阪・関西万博「EARTH MART」企画運営ならびに「EARTH FOODS 25」検討委員オーガナイザー/京都芸術大学食文化デザインコース企画・運営リーダー/オレンジ・アンド・パートナーズ食ビジネス部門長

 

福岡の海の恵みを体感する

小山薫堂賞を受賞した桑原ナミさんは、福岡県内で農林水産業を応援する仕事をしています。桑原さんは福岡市中心部にある福岡市鮮魚市場を軸に、福岡県を囲む筑前海、有明海、豊前海の3つの海がもたらす魚介の恵みと、それが育む食文化・暮らし・産業を五感で体験できる、海と食の観光体験型施設を提案しました。

桑原さん

桑原さん:福岡県は3つの海に囲まれた魚が美味しくて安価な地域で、全国から観光客が訪れます。ただ、福岡市内は美味しい飲食店が多い一方で、観光施設がほとんどないんです。そこで、福岡市鮮魚市場を中心に、観光体験型の施設を提案しました。実際に鮮魚市場にも伺い、卸売りの仕事をされている方や水産局の方にお話を聞くと、みなさん「施設ができたら面白そうだね」と言っていただけました。そのとき、水産局の方に聞いて初めて知ったんですが、福岡市鮮魚市場は魚が獲れる場所に近い「産地市場」であり、食べる人が多い場所に近い「消費地市場」でもある、全国的にも珍しい市場なんだそうです。そうした部分も含めて、生産現場の声を地元の方や全国のみなさんに発信できるようなミュージアムを作りたいと思いました。

ミュージアムには福岡県の3つの海で獲れる魚の展示や、AR・VRを活用した漁師体験、未利用魚の調理体験などができるエリアを用意します。福岡市内で20年以上続く釣り居酒屋を併設し、釣って食べて学べる観光資源を福岡市内に作りたいと桑原さんは話します。

小山は桑原さんの提案について、「市長に提案したらいいのではないかと思うくらい、現実的なプランだと感じました。地元の方々の気づきに繋がり、観光のきっかけにもなる理想的な食のミュージアムだと思います。EARTH MARTでは食材をどのように活用するかという視点の展示が多かった一方で、桑原さんの提案するミュージアムには生産者の視点もあり、生簀で魚を獲る体験を通じて両方の視点を理解できることがいいなと思いました」と評価し、今後に期待を寄せました。


日本全体を一つのミュージアムに

佐藤洋一郎賞の内田さやかさんは、滋賀県と福井県で2拠点生活をしながら、メーカーで調理家電の商品開発をしています。建物を新設せず「日本を一つの巨大なミュージアム」に見立てて、移動ハブを活用し、日本の食と文化を旅しながら体験できる仕組みを提案しました。
空港に日本の食と文化の魅力を伝えるショーケース型のゲートを置き、新幹線の主要な駅には地域観光の情報やガイド施設を設置。各地の「札所」で生産者と出会い、伝統料理の現場を体験できるシステムを構築することで、全国の観光動線を活性化し、地域経済へ直接利益を還元したいと話します。

内田さん・オンライン参加

内田さん:このアイデアの最も大きな特徴は「ハコモノ(公共施設などの建物)を作らない」ことです。1つ目の理由は、日本の旅には「道中を楽しむ」歴史があるからです。例えば、伊勢参りなどの巡礼においても、その道中に各地の食べ物を楽しみながらお参りをしていました。そうした歴史を踏まえて、旅する道中をミュージアムコンテンツにできないかと考えました。2つ目の理由は、ガストロノミーツーリズム(その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズムのこと/国土交通省の定義による)が盛んになる一方で、地域格差があると感じているからです。全国各地に守らなければいけない食文化があるのに、それが発見されず廃れていってしまう。そうした現状を変えるために、それぞれの地域の繋がりを強化し、国内外にその魅力を発信していくことが大事だと考えました。

佐藤:最初に驚いたのは「ハコモノを作らない」という発想です。日本では実際の運用や活用が伴わないまま、ハコモノを作って満足してしまう場合が多いので、この発想は新鮮に感じました。わたしは静岡県のミュージアム博物館の館長をしていますが、来館者は年々減少しています。コロナ以降、全国の博物館で来館者が減っている中で、博物館の職員は「人に来てもらうことは諦めて、こちらから出かけていこう」ということを考えています。内田さんの提案を見たとき「これだ!」と思いました。生産者と消費者が分断され、郷土への愛着が薄れているいま、建物のないミュージアムなら各地に作りやすい。また、旅の道中でその土地のものを食べて、その土地の方と触れ合い、相互に情報を得るという日本の巡礼文化を軸にしていることも、目新しいポイントだと感じました。


遊びから始まる食の関心

石川伸一賞の岡本和子さんは2025年に食文化デザインコースに入学しました。忙しい毎日の中で、食への興味を失った経験をきっかけに、食に関心が薄い人でも楽しめる「遊び」を入り口とした食のミュージアム「FOOD CHANGER」を提案。ゲームセンターを舞台に、食の未来を体験することができます。クレーンゲームやカプセルトイで得られるのは、食材ではなく作り手の物語や未知の食に繋がるQRコード、伝統食や特別機内食のミニチュアなどで、参加者は遊ぶだけで多様な食文化に触れることができます。

岡本さん

岡本さん:今回のアイデアは、大学での学びと日常から着想を得ました。食文化デザインコースでの授業では「フードジャーナル(食の記録)」を作成し、自分の食に対する考え方を見つめ直しました。また、EARTH MARTの「野菜のいのち」という展示を見て、野菜の生命力に圧倒された経験や、ニュースで伝統食や無形文化財がカプセルトイになる事例を見かけたことなどが、今回のアイデアにつながっています。それぞれが自分事として食を捉えられるようになると、その背景にある生産者の方への思いや社会環境に対する関心も生まれてくるのではないかと考えました。食べて終わりではなく、持続可能な食を自分で選ぶきっかけになるような場所として「FOOD CHANGER」を提案しました。

石川:わたしが一番グッときたのは「食への無関心」をターゲットにしたところです。今日、会場にいるみなさんは食への関心が高い方が多いと思いますが、様々な娯楽が増える中で、食への関心が低い人も増えていますよね。真面目に食の大切さをアピールする王道のアプローチも大切ですが、関心がない人には身近でエンタメ的なアプローチの方が届きやすいと思います。カプセルトイやゲームは、子どもや外国の方、食への関心が高くない人にも響く方法で、着眼点が素晴らしいなと感じました。


故郷で命を実感する

大屋洋子賞の岩瀬友理さんは、ウェブデザイナーとして食に関わる人たちを応援する仕事やシェアキッチンの運営をしています。岩瀬さんの提案する「Earth Farm」は、愛知県蒲郡市の三河湾に囲まれた温暖な気候と、海と山が近い立地を活かしたミュージアムです。

岩瀬さん

岩瀬さん:愛知県蒲郡市はわたしの故郷で、海と山が近くにある環境です。わたしも子どもの頃は川でドジョウを捕まえたりしていたんですが、いまの子どもたちはあまりしないのかなと思い、体験しながら知識も得られる場所があったらいいなと感じて、「Earth Farm」を提案しました。「Earth Farm」では、海、山、里山で春夏秋冬の生産現場を体験できます。海ゾーンでは釣りや潮干狩り、里山ゾーンでは野菜の収穫体験ができ、収穫した作物を使うレストランも併設します。名古屋大学の農学部と連携して、伝統野菜の保存やスマート農業の実証実験をしたり、食品会社と連携して規格外野菜を使った新商品の共同開発や発酵食品をアレンジした商品を開発したりと、ラボとしても機能する拠点を目指します。

大屋は岩瀬さんのプレゼンを受け、「今回、本当にたくさんのアイデアを拝見し、どれも面白かったのですが、やはりミュージアムなので『行ってみたい』『行ったらワクワクしそうだな』と思えることを重視しました」と選考理由を説明し、岩瀬さんのアイデアについて「もし『Earth Farm』が蒲郡市にあったら、地域の方々もここを拠点にコミュニティが生まれたり、外から来た方との繋がりが深まったりしそうですよね。さらに、産学連携を行ったり、地域の企業を巻き込んだりすることで、生産の体験だけじゃなく、食の社会課題の解決も担う有意義な拠点になると思いました」とアイデアを展開させる道筋を示しました。


優しさとは、思いやること

4つの受賞作品の紹介が終わり、第2部に移ります。第2部のディスカッションは「食の未来」をテーマに展開しました。受賞者はそれぞれのアイデアを通じて、居住地である福岡県や蒲郡市、あるいは日本全体で、どんな食の未来を作っていきたいかについて語りました。

桑原さん:わたしは日頃から消費者と生産者をつなぐ食育活動をしています。先ほど佐藤先生も言われていたように、生産者と消費者の断絶が大きくなっていると感じています。水産業に従事する方に話を聞くと、いまは地球温暖化で水温が上がって、福岡の博多湾で沖縄の魚が釣れたりするそうなんです。CO2削減と言われてもなんのためにやっているのかわからないと思ってしまうけど、実際、生産現場では大きなダメージを受けている。そういった、届いていない生産者の声を消費者に発信していきたいです。

小山:生産者と消費者の分断についての話で思い出したことがあります。最近、子どもからの質問に答えるテレビ番組に出演したとき、6歳の女の子から「妹にいつも強く当たってしまうんですけど、優しさってなんですか」という哲学的な質問が来たんです。ぼくは悩んで、優しさとは「人を思う力」だと答えました。怒らないとか、だれかが喜んでくれることをするとかじゃなく、どれだけその人のことを強く思うかが優しさなんです。生産者と消費者が分断されているとき、SDGsって結局なにかというと、「他者のことをもっと強く思おう」ということなんです。人だけじゃなく自然環境も食材も、すべてのものに心を寄せて、優しく接する。食のミュージアムは、そのきっかけを作る場所になればと思います。

小山の発言から、「未利用魚」という言葉をめぐって議論が交わされました。小山と佐藤は「人間にとって利用できないから未利用魚と名付けるのは、配慮が足りないのではないか」と指摘し、桑原さんは漁師から「未利用魚という魚はいません。どんな魚も命があって大切な魚です」と言われたエピソードを紹介。大屋は「ミュージアムを通して、言い方を変えたり、議論したりするきっかけが生まれれば」と話しました。


人と繋がることで実感する食の大切さ

ディスカッションは、それぞれの立場から「繋ぐこと」の大切さへと深まっていきました。内田さんは調理家電開発の現場から見える課題を語りました。

内田:わたしは普段、調理家電の開発をしているので、日常的に料理を作っている方々に会う機会が多いのですが、一方で、石川先生がお話しされていたように、食に興味がない方も増えてきていると感じています。わたしは、人間にとって食べることは根源的なことで、作ること自体がクリエイティブだと思っています。デザイナーやアーティストではない一般の方でも、料理を作ったり食べたりすることで自分自身を実感できると常々考えているので、そういう食の未来を作りたいです。食に無関心な人に関心を持ってもらうことは難しいですが、例えば1泊2日の旅行なら6回食事をするので、その中での体験を通して「どうやって作ってるんだろう」とか「どんな人が作ってるんだろう」とか、食に興味を持ってもらえたらいいなと思っています。

岡本さんは人と繋がることで生まれる豊かさを強調し、「食への関心の裾野を広げて、人と繋がることで美味しさも満足度も上がる。それがみなさんの健康につながって豊かな社会になっていくのではないかなと思います」と話しました。
石川はだれかと一緒に料理を作ったり食べたりすることで、美味しさや楽しさが増すと語り、「ゲームやカプセルトイのような『狙ってるけど偶然』みたいなランダムな出会いが日本中に散らばっているといいなと感じました」と、食における偶然性の価値を指摘しました。

岩瀬さんは「生産者や飲食店の方と関わると、その食べ物の大切さがわかる。人を知ると、『これを作ってくださったんだな』という思いやりを感じて、ものを捨てたりしなくなる」と人を知ることの意味を強調し、大屋は岩瀬さんの言葉を引き継ぎ、「小山先生から、EARTH MARTに対して『わたしの住んでいるところにもこういうものがあったらいいのに』という声がたくさんあったと聞きました。食について知ることのできる場所があることで、人と人が繋がり、自分たちを見つめ直し、地域を好きになったり知ってもらったりできる。そのハブになる『食』は強いコンテンツだと改めて感じました」と締め括りました。


それぞれの心の中にEARTH MARTを

ディスカッションの最後には参加者が一言ずつ感想を述べ、「食のミュージアム」へのそれぞれの思いを語りました。小山はディスカッションでの岡本さんの「EARTH MARTを見て雲仙の農園まで行って、『日常の中に万博がある』と感じた」という言葉が印象的だったと話します。

小山:EARTH MARTが目指すもう1つ先のゴールは「日常の中に万博がある」と感じてもらえることだと思いました。EARTH MARTの出口では「みなさんが生きている地球こそ、本当のEARTH MARTです」と送り出すんです。EARTH MARTのような場所がなくても、それぞれの人の中に食を思う心、知識や好奇心があれば、日本の食、世界の食は良くなっていきます。EARTH MARTはそれぞれの人の心の中に作るものというのがぼくの今日の結論で、そのEARTH MARTを心の中に作るための場所が食文化デザインコースじゃないかと思います。


ディスカッションプログラムを通じて、アワードで入賞した「食のミュージアム」のアイデアや、「食」を取り巻く課題、受賞者・審査員が考える食の未来について知ることができました。異なるアプローチを取りながら、4人のアイデアに共通していたのは「食を通じて人と人、人と自然、人と食の未来を繋ぐ」という思い。小山が語った「心の中にEARTH MARTを作る」という言葉が示すように、食のミュージアムは建物ではなく、一人ひとりの心に育む視点そのものなのかもしれません。

今回のディスカッションで「食」を学ぶことに興味を持った方は、食文化デザインコースのウェブサイトをチェックしてみてください!

https://www.kyoto-art.ac.jp/t/course/foodculturedesign/

食文化デザインコースでは、食を文化芸術ととらえ、食に関わる幅広い知識と豊かな感性を学びます。ディスカッションに登壇した審査員をはじめとする、国内外の第一線で活躍する「食」のプロフェッショナルから学びながら、「わたし」の視点で、人や社会の喜びを育む食文化デザインを提案することを目指します。「食」の未来を考え、デザインしてみたい方、一緒に学んでみませんか。

 

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  • 上村 裕香Yuuka Kamimura

    2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。

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