REPORT2025.04.16

アートプロデュースデザイン

若き創造力が万博を彩る — 学生たちが挑んだ「いのちのカート」制作の軌跡

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  • 京都芸術大学 広報課

2025年4月、ついに開幕した「大阪・関西万博」こと2025年日本国際博覧会。世界中から150を超える国や地域が参加し、未来の社会を共に考えるこの大規模なイベントでは、さまざまな展示やパビリオンが来場者を迎えます。その中でも、京都芸術大学の学生たちが手掛けた特別なアート作品が登場しました。

それが、(大阪・関西万博のテーマ事業のひとつとして)小山薫堂副学長がプロデューサーを務めるシグネチャーパビリオン「EARTH MART」に展示されている「いのちのカート」です。

京都芸術大学の学生が制作した「いのちのカート」をバックにプロジェクトメンバーと、小山薫堂副学長と、森岡先生が記念撮影(大阪・関西万博会場にて)

この巨大なショッピングカート型の作品は、大阪・関西万博会場の中心に位置する「EARTH MART」に展示され、来場者に「食を通じて、いのちを考える」というテーマのもと、強いインパクトをもって視覚的・直感的に、食といのちのつながりを考える機会を提供しています。
今回は、この「いのちのカート」の制作秘話や、作品に込めた思いについて、プロジェクトに参加した学生たちの声をお届けします。

 

お話を聞いた3名 左から能美耕大さん、若狭綾乃さん、竹中佑環さん

「いのちのカート」の誕生

 

「いのちのカート」の制作は、私たちが普段目にしている「食」という存在を、まったく新しい視点で捉えることから始まりました。日々の生活の中で消費している食材の量を、視覚的に感じてもらうことを目指したこの作品。そのテーマは「食べること=いのちをいただくこと」。私たちは食を当たり前のように摂取し、その背後にある「命」という大切なつながりを意識することが少なくなっているのではないでしょうか。
実は、私たち一人ひとりが10年間で消費する食糧の量は驚くほどの規模です。日本人が1年間に消費する食糧はおよそ618kg。その量を視覚化した結果、総体積は約810リットルにもなります。この膨大な量を、実物大のショッピングカートに詰め込んだ形で表現したのが「いのちのカート」です。食材一つ一つが、私たちの命と直結していることを改めて実感させてくれる作品です。

この作品は、単なるアートとしての価値だけでなく、現代社会が抱える問題—食品ロスや飢餓—についても強くメッセージを送っています。「食べること」そのものが「いのちをいただくこと」であることを忘れがちな今、この作品はその重要な問いかけを私たちに投げかけています。

「EARTH MART」パビリオンでは「食を通じて、いのちを考える」というテーマで、来場者に食文化や未来の食について深く考えさせる展示が行われています。その中でも、「いのちのカート」は、食といのちの関係を見つめ直す大きなきっかけとなる存在です。展示を見た瞬間、「あ、私たちが食べているものがこんなにも命に支えられているんだ」という新たな気づきが得られることでしょう。

37名の学生たちが挑んだ共同制作

プロジェクトが始まったのは、本学の小山薫堂副学長がシグネチャーパビリオンを担当する中で、「パビリオンに「ねぶた」の技法を使って何かを展示してほしい」という依頼が昨年秋にあったことから始まりました。そこから芸術教養センターの森岡厚次先生が学生を募ったところ、やる気のある1~2年生の学生が集まったそうです。

プロダクトデザイン学科、空間演出デザイン学科、美術工芸学科、情報デザイン学科など、学科を超えた37名の学生たちが参加し、MS(マネジメント・スチューデント)が全体をまとめ、各自の得意分野を生かしながら万博の大舞台に展示される作品を作り上げるという挑戦に立ち向かいました。

キックオフは1月の説明会から。「いのちのカート」のアイデアが提示され、それを学生たちがどのように形にするかが課題でしたが、アイデアを出し合い、クライアントへのプレゼンを行い、最終的に「巨大なショッピングカート」を制作するという案が採用されました。

学生たちは、過去に学内展示でのねぶた制作を経験していましたが、「学内での展示と違って、今回のプロジェクトにはクライアントがいるという点が大きな違いでした。これまでの作品作りは自分たちのためのものでしたが、今回は明確なオーダーがあり、その期待に応えられるかどうかが大きな課題でした」とMSを務めた若狭さんは語ります。

 

制作が本格的に始まったのは2月18日から。プロジェクトが急ピッチで進んでいく中で、学生たちは困難を感じながらも、その都度工夫を凝らしていきました。特に和紙を使った仕上げや針金を使った骨組みの調整は、思った通りに進まないことが多く、何度もやり直しが必要でした。「和紙が破れたり、光の透過具合が想定と違ったり。ワイヤーワークも何度も試作を繰り返してやっと納得いく形になりました」と話すのは、かご部分のリーダーを務めた能美さん。実は「ねぶた」における直線の表現はかなり難しく、「ワイヤーの扱いにもはじめは手こずりましたが、ワイヤーの太さによって構造的にしっかり見せたいところは3.2mmのワイヤーを、デザイン的にしたいところは2.6mmのワイヤーを使うなど、工夫を凝らしました」と語ります。

プロジェクトが進む中で、やはり時間との戦いが学生たちに重くのしかかってきました。スケジュールは非常にタイトで、最終的な搬入日は3月13日と決まっていたので、それまで連日遅くまで作業を続けました。「最初は朝の10時スタートだったけど、次第に9時、さらに20時まで作業が延びていきました。欲が出てくると、どうしても完璧を目指してしまうんですよね。でも、それが結果的にクオリティを高めることにつながりました」と、担当の森岡先生は語ります。

「寒い中でもやり続けたことが、結果的に良い作品を生み出したと思います。みんなで協力しながら一丸となって作業できたからこそ、最後まで完遂できた」とMSを務めた若狭さん。チームワークと情熱が、この巨大な作品の完成に繋がったのでした。「ピロティでの作業中に、いろんな方から声をかけてもらったり、差し入れをいただいたりして、そのたびにモチベーションが上がりました」

小山副学長の視察の様子。

「いのちのカート」の制作は、青森ねぶた祭で知られる伝統的な技法。制作は、まず木材と鉄骨で骨組みを作り、その上に針金で細部のフォルムを形作ることから始まります。次に、和紙を一枚一枚丁寧に貼り合わせていきます。この作業によって、巨大なショッピングカートが立体的に浮かび上がり、照明が当たることで半透明の造形物として、独特の光と影を生み出します。
大学で展示する「ねぶた」は制作場所がそのまま展示場所になりますが、今回は大学で作成したものを万博まで運ばなくてはなりません。そのため、上部のかご、下部の土台、持ち手部分を分割して作成する必要がありました。「かご、木組み班、パイプ班、タイヤ班に分かれて、それぞれリーダーがいました。分割して進めて行く中で、かごとパイプが接続するところはどちらを優先して、どうやって進めていくか等の兼ね合いが難しかったです。」とパイプ部分のリーダーを務めた竹中さんは制作を振り返ります。「初めは形がうまく決まらず、何度もやり直しましたが、その度に一歩一歩進んでいく感覚がありました」

下部の骨組み
下部に和紙が貼られた様子

 

特に、カートの持ち手部分や四隅の曲線部分には、微調整を繰り返しながら形を整える必要がありました。何度も試行錯誤を繰り返す中で、学生たちはその細部にわたる作業を慎重に行い、最適な形状を追求しました。

 

大学からトラックで大阪・夢洲まで運びます

 

3月中旬、「いのちのカート」はいよいよ万博会場に搬入され、最終的な組み立てが行われました。会場では多くの関係者がその様子を見守り、完成したショッピングカートが姿を現した瞬間、会場のスタッフから驚きと称賛の声が上がりました。

 

最終的に、和紙の柔らかな光と構造の美しさが見事に調和し、観る者に強い印象を与える作品「いのちのカート」が完成しました。

学生たちの学びと成長

「いのちのカート」の制作を通じて、学生たちはものづくりの技術だけでなく、チームワークやコミュニケーション力、そして社会的な視野の広がりを実感しました。若狭さんは、「異なる専門を持つ仲間と協働する中で、意見をまとめ、伝える力の重要性を痛感しました。みんなで一つの作品を作るためには、全員が同じ目標を共有し、アイデアを出し合って調整し続けることが大切だと学びました」と振り返ります。最初は意見がぶつかることもありましたが、徐々に共通のビジョンが見えてきたといいます。
クライアントとの協働を通じて、「最初にいただいた要望をそのまま形にするのではなく、相手の意図をしっかり汲み取ったうえで、自分たちの創意工夫を加えることが大切だと学びました。クライアントが求めている以上の提案をすることが、作品の完成度を高めることに繋がったと思います」と語ります。

 

京都芸術大学副学長であり、今回のプロジェクトのプロデューサーでもある小山薫堂先生は、パビリオンの内覧会で「学生たちの創造力には目を見張るものがある。この作品が多くの人に食と命について考えるきっかけを与えてくれることを期待しています」とコメントしました。

次の挑戦に向けて

学内での制作の様子

 

「いのちのカート」は、京都芸術大学の学生たちにとって、ただの作品制作に留まらず、社会とつながり、リアルな問題に真摯に向き合いながら生まれた大きな挑戦でした。
2025年4月13日から始まった大阪・関西万博。この感動は、2025年10月13日まで続きます。ぜひその目で、「いのちのカート」を確かめに来てください。

みんなでいただきますのポーズ。ぜひ大阪・関西万博にご来場の際は、実物をご覧ください

 

 

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