私たちは日々、当たり前のように「食べる」という行為を繰り返しています。
朝起きて口にするもの、学校や仕事の合間に選ぶ昼食、帰宅後に家族で囲む食卓。
その一つひとつの選択の積み重ねが、社会や環境、誰かの仕事や暮らしとつながっていることを、どれほど意識しているでしょうか。
2026年1月22日から25日まで、無印良品 グランフロント大阪 4F Open MUJIで開催された「いーっと展」は、そうした問いを静かに、しかし確かに投げかける展示でした。

本展示は、京都芸術大学 情報デザイン学科の社会実装プロジェクトとして実施されたものです。
農林水産省と連携して、日本の食をめぐる現状や未来について考える取り組みを背景に、学生たちは「社会課題を解決する答え」を提示するのではなく、自分自身の生活や実感を起点に問いを立て、デザインによって可視化することに挑みました。
会場には、2、3年生あわせて35名、8チームによる展示が並びました。
ゲーム、パズル、カード、空間演出など、表現方法はさまざまです。
しかし、どの展示にも共通していたのは、「食をジブンゴトとして捉え直す」という強い意識でした。
「日本の食」を自分の問題として考える

本プロジェクトが始動したのは6月。
情報デザイン学科の授業の一環としてスタートしました。
当初、学生たちに提示されたのは、「日本の食」という大きなテーマです。
食料自給率、フードロス、農業の担い手不足、健康問題。
どれもニュースやデータとしては知っていても、どこか遠い話に感じてしまいがちなテーマでした。
そこで学生たちは、まず現場を知ることから始めます。
夏休み期間には、農林水産省の協力のもと、農業や食品流通、家庭内フードロス、非常食、冷凍食品などをテーマにリサーチを実施。
ロックファーム、無印良品 京都山科、食品メーカーなどへの取材を通して、統計や資料だけでは見えてこない「現実の声」に触れていきました。
リサーチを進める中で、多くの学生が口にしたのは、「思っていたよりも複雑だった」「単純に良い・悪いで語れない」という実感です。
この気づきこそが、本プロジェクトの重要な出発点になりました。
「いーっと展」という名前に込めたもの

展示タイトルの「いーっと展」は、英語の食べるという単語の「eat」 と、日本語の「いーっと」笑顔になる様子をかけ合わせた言葉です。
「食べる」という行為と、何かに気づいたとき、思わずこぼれる笑顔。
学生たちは、食について知ることで、思わず表情が変わる瞬間をつくりたいそんな思いを、このタイトルに込めました。
「正しい知識を教える展示」ではなく、「気づいたら考え始めている展示」。
その方向性は、会場構成や表現方法にも一貫して反映されています。
展示という「場」をデザインする|8つの視点、8つの問い

「いーっと展」は、完成した作品を並べる場ではありません。
来場者が展示に近づき、触れ、試し、考え、誰かと話すことを前提に設計された空間でした。
展示の動線やサイン計画、ハンドアウト、広報物まで、学生自身がディレクションを担当。 どこから見始めてもよい、けれど自然と全体を巡ってしまう構成がつくられています。
それぞれの展示は独立しながらも、「食をめぐる違和感」という共通の軸で、ゆるやかにつながっていました。
発表と対話の時間|アイデアが社会と出会う

展示期間中、1月25日には学生によるプレゼンテーションが行われました。
8チームがそれぞれのアイデアを発表し、その都度、教員や無印良品の方からコメントが寄せられます。
この時間が印象的だったのは、評価や講評というよりも、対話の場として機能していたことです。
「なぜその切り口を選んだのか」
「この仕組みは、別の場面でも使えるのか」
「ここを変えたら、もっと広がるのではないか」
学生たちは問いを受け取りながら、自分たちの提案を言葉にし直していきました。
ここで簡単にプレゼンテーションに挑んだ8チームを紹介します。
Aチーム|「当たり前」に立ち止まる
Aチームが着目したのは、砂糖や塩といった調味料です。
日本の食料自給率というテーマからリサーチを進める中で、塩は自給率が高い一方、砂糖は輸入に頼っているという事実に出会いました。そこから議論は、単なる供給の問題ではなく、「私たちは日常的にどれだけ摂取しているのか」という健康の視点へと広がっていきます。
展示では、ブラック・ジャックのルールを応用したカードゲームを制作。
来場者はカードを引きながら、知らず知らずのうちに摂取している糖分・塩分量を体感します。数値を提示するだけでなく、遊びの中で過多に気づく設計が特徴です。
プレゼン後、教員の服部氏はこの展示を「知識のプラットフォーム」と表現しました。
「知識があれば、食べ方の選択肢は増える。知らないままだと、豊かに食べることも難しくなってしまう。」
具体的な数字が示されるからこそ、自分の生活に引き寄せて考えられる。Aチームの提案は、知ることが行動の前提になることを、シンプルに伝えていました。



Bチーム|「非常時」にこそ、温かさを
Bチームがテーマにしたのは非常食です。当初は昆虫食なども検討していましたが、リサーチをしていく中で、企画を進めることが難しいと判断し、別の切り口を模索しました。そこで着目したのが、保存技術の進んだ宇宙食でした。
展示では、「宇宙から来た非常食」という設定のもと、パッケージやビジュアルを含めたブランディングを提案。
学生たちが大切にしたのは、「温かみ」というキーワードです。
フィールドワークでは、被災経験のある方へのインタビューも実施し、「避難所で食べた温かい豚汁が、強く印象に残っている」という言葉が、展示の方向性を決定づけました。
講評の中では、この点について次のようにコメントがありました。
「非常食はどうしてもスペック重視になりがちですが、機能性以上の価値をどう伝えるかが大事。心が温まる”という感覚をデザインで表現している点が印象的でした。」
Bチームの提案は、「もしも」の場面を、日常から想像可能なものへと引き寄せる試みでした。


Cチーム|適量を知ることから始める
Cチームが扱ったのは、家庭内フードロスです。
メンバーの一人が飲食店でアルバイトをする中で、食べ残しが日常的に捨てられている現場を目にしたことが、出発点でした。
展示は「自分にとっての適量を知るレストラン」という設定。
料理の量を“グラム”で可視化し、来場者に「ちょうどいい量」を考えてもらう仕組みです。キャラクター「ノグー」も登場し、親しみやすい導線が設計されていました。
講評では、次のように評価されました。
「グラムという共通言語に翻訳することで、食の問題が生活の基準値として見えてくる。フードロスと直結する、理想的な提案です。」
無印良品の担当者からも、「生活者の視点に立った企画」というコメントがあり、家庭という身近な場から行動を促す可能性が示されました。




Dチーム|88の選択肢で広げる未来
Dチームが提案したのは、未来のお米の可能性を「88個」提示する展示《ミライス》です。
「米」という漢字が「八十八」に分解できることから着想を得て、付箋にアイデアを書き込み、来場者とともに展示を完成させていく形式を採用しました。
この企画の背景には、知人の食物アレルギーの経験や、米価の高騰、気候変動による収穫量減少への問題意識がありました。
小麦を否定するのではなく、米の可能性を広げることで選択肢を増やしたいという姿勢が一貫していました。
講評では、「情報が多すぎる社会で、人は選ぶこと自体に疲れている。88の提案は、選択肢を広げてくれるきっかけとなり、ストレスを和らげる余白をつくっている」とコメントがよせられました。
「正しい答え」を示すのではなく、「考えてもいい幅」を広げる。
Dチームの展示は、食の未来を自分で選び直す感覚を来場者に残していました。





Eチーム|「食べる」は一人でも、誰かとでも
Eチームが提案したのは、カードゲーム形式の展示《1◯◯パ!》です。
「パーティ」を切り口に、食の多様性やコミュニケーションのあり方を考える仕組みをつくりました。
リサーチの中で浮かび上がったのは、Z世代を中心に「食」への関心が薄れているという実感でした。
食料自給率やフードロスといった課題は難しく、どこか“自分とは距離のある話”として受け止められがちです。そこでEチームは、「まずは楽しく関わる入口をつくること」を重視しました。
カードには「タコパ」「ピザパ」といった身近なものから、「地産地消パ」「ゲテモノパ」まで、100種類の“食の場”が用意されています。
学生たちは、実際にパーティを試してみるなど、自分たちが体験することで楽しさを伝えるそんな実践的な行動をとったと言います。
講評では、「一緒にご飯を食べた記憶は、意外と強く残る」というコメントも。
Eチームの展示は、「食=栄養」だけではなく、関係性をつくる行為として捉え直す視点を提示していました。




Fチーム|忙しい毎日に寄り添う選択
Fチームが向き合ったのは、現代人の「忙しさ」です。
健康的な食事が大切だとわかっていても、時間や余裕がなく、つい偏った食生活になってしまう。
そうした現実を否定せず、「めんどくさがり」を前提にした展示を考えました。
展示《即席オーダー》は、ゲーム形式で食材やメニューを選びながら、知らないうちに食料自給率や栄養バランスに触れられる仕組みになっています。
学ばせるのではなく、楽しめることを優先した設計です。
プロジェクト中盤には、体調不良によってメンバーが減り、少人数で展示を完成させるという困難もありましたが、その経験を通して、チーム内での役割理解や協力関係が深まったといいます。
講評では、「若い世代は、食から離れていると言われがちですが、どう伝えるか、どう触れてもらうかで状況は変わる。押し付けない提案こそ、この授業の意義だと思います」と触れられました。
Fチームの展示は、無理なく続けられる選択肢を、さりげなく差し出していました。


Gチーム|育てて、知って、食べる
Gチームがテーマにしたのは「きのこ」です。
きのこは国内自給率が高く、栽培体験もしやすい食材。
それでいて、私たちは意外と「どんな種類があり、どう育つのか」を知らない存在でもあります。
展示では、きのこをキャラクター化し、世界観をつくり込むことで、
来場者が自然と引き込まれる構成が取られていました。
菌床しいたけの収穫体験やクイズなど、体験型の要素も取り入れられています。
無印良品の担当者からは、「おいしい」という共通体験が、 食卓の空気や気持ちまで変えるという点が評価されました。

制作の過程では、直前まで完成形が見えず、不安を抱えながらの作業が続いたといいます。
それでも、分担しながら最後までやりきった経験は、大きな自信につながりました。







Gチームは、「楽しく学ぶこと」を徹底し、食への愛着を育てるデザインを形にしました。
Hチーム|子どもから始まる食育──《おべんとパズル つめつめ》
Hチームが設定したターゲットは「7歳の子ども」です。
その子どもと一緒にいる親世代にも、自然と食への気づきが広がることを目指しました。
展示《おべんとパズル つめつめ》では、お弁当箱を模したパズルを使い、栄養や彩り、家庭内フードロスといった要素を遊びながら体験できます。
お弁当箱は3Dプリンターで制作され、具材一つひとつにも意味が込められていました。


展示期間中には、親子でパズルに取り組む姿が多く見られ、
祖父母世代からも「給食がなかった時代はお弁当だった」という声が寄せられました。
学生は、「子ども向けにつくった展示が、 結果的に大人の気づきにもつながっていたのが印象的だった」と語ってくれました。

Hチームの提案は、世代を超えて食を考える入口をつくり出していました。
ジブンゴトから、次の一歩へ

「いーっと展」で提示された8つのアイデアは、すぐに社会を変える答えではないかもしれません。
それでも、食をジブンゴトとして考え始める入口として、確かな手応えを残しました。
展示を終えた学生たちは、この経験をそれぞれの次の表現や実践へとつなげていきます。
この展示で生まれた問いは、きっとこれからも、別のかたちで問い続けられていくはずです。

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