
京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会II」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。
本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。
京都芸術大学にバスで通う私は、いつもバスのなかでスマホを片手に文芸作品の制作をしたり、周りを観察して作品のためのアイデア探しをしたりしています。
ここでは、文芸表現学科の私がひょんな事からバスに興味をもち、バス営業所へ取材に向う姿を描いていきます。
みなさんも私と一緒にバスの世界の裏側を覗いてみませんか?
運転士が見ている世界とは?

ある日、私はバスに揺られながら運転席のそばに立っていた。
運転士が警察官の制帽に似た帽子と真っ白なシャツを着て、淡々とバスを操る姿がとてもかっこよかった。

そしてふと、こんな疑問を持った。
「バスは誰がどう支えているのか?」と。
私は何か気になることがあると自ら足を運んで取材をせずにはいられない性格だ。そのため今回も、知りたくてウズウズする気持ちを抑えられず、早速動き出した。「取材して記事を書きたい!」という想いから、同じ学科で学ぶ三人の仲間と共にバス営業所への取材企画を立てた。そして私たちが普段利用している京都のバス営業所に何度も取材交渉を行った。
数か月後、快く取材を受けてくれたバス営業所へ三人で取材へ向かった。
いざ取材開始!

舞台は京都市バスの九条営業所。元運転士で現在は事務を務める方々三名と現役整備士の三名に取材することになった。「よろしくお願いします」と声をかけてくれる表情は、少し緊張しているのか固い。けれど、その表情の奥にはあたたかく優しそうな人柄が垣間見えた。
営業所の皆さんが、ここで働いている理由の多くは、車が好きだったりこどもの頃からの夢だったり、様々な経緯でバスに携わる仕事に就いている。
実際に運転士や整備士、事務員は毎日どんな業務を行っているのだろうか。
216人の運転士が支える市バスの運行

運転士は、毎回出勤すると点呼場で点呼をして、各々にダイヤと呼ばれる 1日の運行スケジュールが配布される。そして、体調やアルコール、免許など様々なチェックを終えてから仕事が始まるという。
担当している系統が固定されているわけではなく、日によってバスを走らせる回数や担当系統が変化するそうだ。九条営業所の場合、平日は1日に約216人の運転士が必要になっている。運転士は研修時の2週間で、九条営業所が担当するルートをすべて暗記しているとのことだった。

216人という運転士の人数は、私の想像をはるかに超えていたのでかなり驚いた。また、日によって担当するバスの系統や運転回数が変化することは、想像するだけでも頭が混乱してしまった。どんな時でも必ず乗客を安全に目的地へ届ける運転士の方々の姿は、まさにプロフェッショナルだと感じた。

私は運転士の仕事について話を聞きながら、これまで大学に通いながら約216人の運転士のうち何人の運転士に出会ったのか非常に気になった。今後バスに乗るときは、運転士さんの名前と似顔絵を記録してみると面白そうだ。きっと毎日バスに乗って運転士に出会えることが、私にとって新しい楽しみになるに違いない。
バスのレスキュー隊

続いて、私たちは整備士の仕事について尋ねてみた。
整備士は、主に法で定められた点検を行ったり運転士の方から不具合の申告があった場合、修理を行ったりする仕事だ。車内ではビス(ネジのようなもの)が一つでも緩むことがないよう管理し、エンジンや車体の下までも隈なく点検している。整備士の方々は、携わった点検はミスないように心掛けているという。

整備士は点検だけでなく、万が一路上でバスが止まってしまったら緊急対応で現場に駆けつけることもある。けれど、私はこれまで一度もバスが立ち往生している場面に遭遇したことがない。これは、整備士の方々が丹精込めてバスを整備し続けている証拠だろう。見学させていただいた整備場は屋外で暑く、金属が激しく擦れ合う音や独特なオイルのにおいが印象的だった。タオルで汗をぬぐう整備士の方々の姿を見ると、乗客の安全を守るために責任を持って仕事をされていることを痛感した。
整備士はバスと乗客にとってレスキュー隊のような存在なのだ。

事務員は、バス運営・運行の要
最後に事務員の業務内容について、丁寧に教えてもらった。
事務員は、運転士が毎日行う点呼を執行する側だそうだ。朝の点呼では運転士の体調等のコンディションを確認したり、終業点呼ではその日の業務時の異常有無や次の出勤時の業務内容を確認したりしている。京都の市バスは毎日様々な忘れ物があり、それらの忘れ物をチェックしたり電話の問い合わせにも対応したりしているとのことだった。

さらに九条営業所の事務員の方々は、運転士216人に合わせた216パターンの仕事内容を割り振る重要な役割も担っているそうだ。この点から事務員の方々は、間違いなくバス運営の中枢ともいえる存在なのだと感じた。
運転士さんの「なんやこれ?!」

バス運営の仕事について話を聞き進めると、初めは緊張の雰囲気が漂っていた部屋にも笑いが起こるようになった。特に乗客の忘れ物の話題が一番盛り上がった。杖を突いて乗ってきた高齢の方が杖を忘れたり、外国の方が大量のお土産を置いていったりしたことがあるという。さらに、営業所内で大きく話題になった忘れ物もあるそうで、その時のことを思い出しながら、元運転士の方々が話を始めた。
「食べもんとか、ステーキあったね。すじ肉やったんだけどね、いい肉やったんですよ。高級な。電話かかってきて、おばあちゃんが取りにきはって。いい肉やねえっていったら『うちの犬の』って言われて。ええーって、犬かわいがられていいなあって。マダムもバスで移動しはるんやなーって」
私たちは予想外の忘れ物エピソードに、思わず吹き出して笑ってしまった。

笑い合う私たちと営業所の方々の間には、もう緊張を一切感じられないリラックスした雰囲気が流れていた。
お礼の一言が、誰かの励みになる
今回話を聞いた3つの職種の中でも、運転士は特に人と関わる仕事だ。やはり、これまでの思い出には必ず乗客とのエピソードが存在していた。実際に、運転士の方には乗客を降ろす際の思い出が色濃く記憶に残っていた。
「ある日、小さな子どもがバスを降りるときに『ありがとう』って言ってくれて。なかにはお手紙くれるお子さんがいる。そういう素直な『ありがとう』が返ってくると、励みになりますね。」

運転士の方々はいつも、平然とした様子で1日に大勢の乗客をバスに乗せて移動している。けれど、きっと裏ではプレッシャーや責任が重くその身にかかっているに違いない。また、整備士や事務員などバス運営に関わる全ての人の想いを乗せて、乗客を目的地に送り届けているのだろう。
そのため、「ありがとう」のたった一言でも感謝の想いを伝えるのには大きな意味があるのだと感じた。
私たちはこの日、インタビューをしたり営業所内を見学したりして取材を終えた。取材を通して、バスの運営・運行が運転士・整備士・事務員をはじめ多くの人々の想いと技術に支えられていることがわかった。また、私が取材で感じた感動や興奮を言葉に書いて、一人でも多くの人にバス運営の裏側を伝えたいと強く思った。
真心溢れるバスの車内

取材から一か月が経ったいま、私はバスに揺られながらあの日の出来事を記事にしようと奮闘している。私にとって、これまでただの交通手段でしかなかったバスが、今では多くの真心を感じられ、アットホームな空間へと変化した。

ぼーっと座席に座っていても、車内のあちこちで運転士・整備士・事務の皆さんの顔が浮かぶ。それほど、バスの車内には乗客の安心安全を守ろうとする人々の想いで溢れているのだ。
九条営業所を取材してバスの仕組みや魅力を知って以来、いつものバス通学がぐっと楽しくなり、気づけば営業所での出来事を声を弾ませて周囲に話している自分がいる。
普段バスに乗っていても、車両の構造や運行の裏側を知っている人はほとんどいないだろう。けれど、私たちが取材を通じてその面白さに気づけたように、バスについて知る人が増えれば、何気ない日常にも新しい楽しみを届けられるのではないかと感じた。
さらに、世の中には目には見えにくいけれど、確かに存在する人の努力や想いが多くある。そんな姿に光を当て、言葉で届けていくことこそ、文芸表現学科で表現を学ぶ私の使命だと思った。
瓜生山の学び舎

「次は上終町・瓜生山学園 京都芸術大学前です。」
窓の外には大学のレンガ色の大階段が見える。私はスマホを閉じて、この記事を書き終えた。
「ありがとうございました!」
今日も運転士さんに見送られながら、私を含めた大勢の学生が瓜生山の学び舎にやってくる。
そしてバスは、これからもたくさんの人の想いと技術に支えられ、京都のまちを走り続けていく。

(構成・執筆:文芸表現学科 3年生 武井摩耶)
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