SPECIAL TOPIC2025.09.26

アート教育

緩やかに世界観を広げるーくるり・岸田繁さん、画家・丹羽優太さんインタビュー

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  • 京都芸術大学 広報課

京都の音楽イベントの代名詞とも呼べる「京都音楽博覧会」(略称「おんぱく」)。ロックバンド「くるり」が地元京都のために立ち上げたこのイベントには毎年、京都府内外から多くの人が集まる。そんな「おんぱく」の今年のメインビジュアルは、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)大学院ペインティング領域修了生で、画家の丹羽優太さんが務めている。お二人の出会いや共作、そして創作にかける思いなども伺いながらインタビューを行った。

丹羽優太(左)さんと岸田繁さん(右)

お寺で育まれる関係性

岸田さんと丹羽さんが、初めて出会ったのは2024年初秋、東福寺の塔頭である「光明院(こうみょういん)*1 」だったそうだ。光明院は室町時代初頭に創建され、昭和の作庭家・重森三玲が枯山水の庭園「波心庭(はしんてい)」を造庭したことでも知られている。丹羽さんは当時、光明院で襖絵制作を行うために滞在制作をしており、たまたま知人に連れられてきた岸田さんと出会った。そこから関係性が発展したのは、お寺で出会えたからだと岸田さんは言う。

*1 東福寺塔頭 光明院 

 

岸田「たぶんギャラリーで会っていてもこうはならなかった。お寺って、檀家さんをはじめ、人との繋がりが強いじゃないですか。公民館じゃないけど、いろんな人と交流できる場所で、情報もたくさんあるし。あと身体の中が開くっていうのかな、そういう感覚が研ぎ澄まされる場所でもあると思うんです。」

 

丹羽「そうですよね。ここには住職のお人柄もあって、本当にいろんなジャンルの人が集まり、世代格差とかなく、仲良くなれます。友人でヒューマンビートボクサーのSHOW-GOくん*2  ともここで再会して一緒に仕事をしたりと、いろんな出会いがあって好きな場所です。」

*2 SHOW-GO - Zen (Beatbox) 
東福寺塔頭 光明院
光明院 波心庭

 

そんなお寺が持つ空間、時間感覚もあったせいか、岸田さんは丹羽さんの作品を最初に見た時、世界観や作品が持つ力に圧倒されたそうだ。

 

岸田「最初に作品を見た時、すごく強くて生々しい作品だなと思いました。それに古典的な雰囲気もあるけど新しくもあって、今の時代のものだなと。驚きましたね。」

 

構想を練り上げ、制作に3年間をかけたという大作《光明院襖絵》は32面の襖絵であり、災害や疫病などテーマ別に空間を分割し、光明院の各部屋を独自の世界観で満たしている。作品は11月に一般公開が行われる予定だ。襖絵は、平安時代の貴族の住まいのような、間仕切りのない寝殿造りの建物が変化したものである。室町時代後期から江戸時代初期にかけて、襖などで仕切られた書院造りへと発展する中で、襖や衝立(ついたて)、壁面などに装飾を施す障壁画がでてきたことが背景にある。そんな襖絵を描くことは、丹羽さんの憧れでもあったそうだ。

 

丹羽「長谷川等伯や円山応挙など、昔の絵師の素晴らしい仕事を京都では見る機会が多くて、襖絵はいつかチャレンジしてみたいことのひとつだったんです。そんな時にたまたまご縁をいただいて光明院の住職と知り合い、個展をやらせてもらったり等、流れでお任せいただけることになったんです。」

 

京都芸術大学で日本画を学んでいた丹羽さんの作品は、日本画の古典的な技法をベースにして、災害や疫病など、古来から現代まで続くある種同時代性を常に帯びたテーマを独自の視点で扱っている。今回はそれらのテーマを各部屋ごとに設けながら襖に絵を描きつつ、そういったものすら内包する「自然」の姿を描きたかったそうだ。災害や疫病は人にとっては脅威でも、自然界ではただの現象でしかない。そんな摂理のようなものを丹羽さんは襖の世界に描く。

 
丹羽優太《光明院襖絵》2025(写真は作品の一部のみ)
取材当日は良く晴れた晩夏の昼下がりだったが、季節、時間帯によっても作品の表情もかなり変わりそうだ。光明院特有の雰囲気を感じながらぜひ時間を変えて訪れたい。

 

岸田「私は子供の頃に、鴨川の上流とか高野川とかよく川に入って遊んでいたんですけど、ナマズを見ているとそのことを思い出します。そこで捕まえた生き物のぬめりとか、重たさとか。自然って強烈ですから、時代とか地域とかの感覚を超えさせる力がありますよね。存在そのものを問うような。そんな生命エネルギーみたいなものの圧も、ここから感じます。」

 

丹羽「ありがとうございます。香川県の金毘羅山には表書院*3 という場所があり、そこに円山応挙の障壁画があるんですが、絵には流れがあって、お庭の池に続くような描かれ方がされているんです。最初にそれを見た時、本当に感動して。正直、そういう一流の仕事を見ているから、襖絵を描くのには怖さもあったんですけれど、僕なりにそういったものを再解釈して、考え抜いて作りました。集大成とは言いたくないんですけど、やれることは全部やった感じです。」

*3 表書院  

世界観をつくる

そうして出会った二人は、緩やかに世界観を共有し、連絡を取り合うようになったそうだ。そこからコラボレーションに至るまで、どのように関係性を深めていったのだろう。

 

岸田「大体一緒に飲んでいただけですけどね。」

 

丹羽「そうですね(笑)。何度か話をする中で、「また一緒に何かできたらいいね」って言ってくださって。僕は昔からくるりさんの楽曲をたくさん聞いていて好きだったので、こんなことあるんだなと感動したのを覚えています。それから光明院で、くるりさんのPV撮影*4 や、アーティスト写真の背景にも作品を使っていただきました。嬉しかったですね。」

*4 くるり/Daniele Sepe - La Palummella 

 

岸田「私が作っている音楽は、歌でもオーケストラでも、映像喚起力みたいなものがひとつのテーマなんです。例えば今、CDはほとんど出さなくなったけど、それでもジャケットとか、WEBサイトだったらデザインとかは必要です。そういうものを音楽アーティストの多くは副産物として扱うんですけど、私たちの場合は、それらも作品を構成する大切な要素だと考えているんです。だからビジュアルと曲が重なることで、曲のポテンシャルが引き出されたりとか、あるいは音楽を聞いた人が映像をイメージしやすくなったりします。そこはかなり繊細なディレクションが必要なんですけど、丹羽くんの作品を見て、本人としょうもない話を色々していると、割と親和性が高くていいなと思って。」

 

 

その親和性とはどういうところか質問をすると、二人はゲームや漫画じゃないかと答える。世代は違うものの、子ども時代にスーパーファミコンで遊んだことや、水木しげるの作品に触れて妖怪に興味をもったことなど共通する部分が多く、互いに様々な「カルチャー」に触れ、自分の中で混ぜ合わせていき、現在の世界観を作り上げているそうだ。

 

岸田「たぶんお互い、得たものをただミックスさせているわけじゃない。例えば学校で芸術を教えるときに、原理主義的なところを中心に、そこから学んでいくという方法をとるけれど、私の場合はそれができなくて。やっぱり一番自分が自由なところ、模倣なのかそうじゃないのかわからないようなところからアイデアを出して、それらをまとめていったら自分の形になっていく。そんな感じ。」

 

丹羽「僕は怪獣とかも、子ども時代すごく好きだったんですけど、岸田さんがおっしゃる通りでそう言うものの影響も感じますね。」

 

影響を受けたものの世界観を大事にしてそれらを継承しつつ、自分という個や世代で再解釈してまた良さを伝える。そんなスタンスが世代の違うお二人からは共通して見えた。

 

京都音楽博覧会2025

今年の10月、「京都音楽博覧会2025」*5 が開催される。いわゆる「フェス」とは一線を画し、肩の力を抜いて音楽を楽しめるイベントとして市民だけでなく多くの人から親しまれている。今年のメインビジュアルは丹羽さんが担当しているが、どのように今回のビジュアルを作りあげたのだろう。

 *5 京都音楽博覧会2025 
日時: 2025年10月11日(土)、12日(日) 10時開場(11時30分開演)
場所:梅小路公園
その他詳細は上記リンクをご覧いただきたい。

 

丹羽「過去に何度かおんぱくに参加しているのですが、その雰囲気が、いわゆるフェスとはちょっと違う、ゆるい感じがあるじゃないですか。 疲れたら座ってもいいし、自由に楽しんでいいし。なんかあの雰囲気が好きで、それと僕がそこで感じた音楽を、街の音も含めて絵に出せたらいいなというのはありましたね。」

 

今回、「おんぱく」のビジュアルを作るにあたり、梅小路という街のことを丹羽さんは考え、まず思い浮かんだのは過去、梅小路公園内にある京都水族館で見たオオサンショウウオだったそうだ。自身の作風に影響を与えたというオオサンショウウオをモチーフに、「おんぱく」のイメージが形成されている。

 

岸田「あの地域の感じがしますよね。 あと黒っぽいイメージも合ってるなぁ。昔は梅小路蒸気機関車館があって、京都市中央市場があって、面白かった一方ちょっと薄暗い印象もあったんです。それが1994年の平安遷都記念事業のひとつとして再整備されて京都駅が改築され、地下鉄の東西線が開業して、梅小路の貨物駅跡に都市公園ができた*6。そこから京都水族館や鉄道博物館ができて、おしゃれなカフェとかホテルができてみたいな流れも、このオオサンショウウオに象徴されてるけど、色彩のなかった土地に新しく人が集まってきた感じがする。 だからすごく、あそこだなぁって感じがします。 」

*6 梅小路公園再整備の方向性(案)について

 

丹羽面白い文化ができるところって、ぐちゃぐちゃとしたものが元々その場所にあって、そこから文化は生まれるのかなとか、そういうことを考えていました。

 

 

「おんぱく」はもうすぐ20周年、そしてくるりも30周年を来年迎える。今年はそこへと続く重要な1年と捉え、「足場を整えたい」と岸田さんは言う。

 

岸田「改めて今年はみんなと、音楽って何だろうとか、そういうことを再確認できるといいなと思っています。あとおんぱくとかくるりとか、どういうことを私たちがやっているかということは、今年、踏み込んで見ていただきたいし、聞いていただきたい。だからこそ、その機会をしっかりこちらから作らないとなと思います。
あとこれは個人的な話ですけど、私は今年が40代最後の年になりますが、いろんなことが新しくなっていく感覚があって。年を重ねて小さくなっていくようなことはしたくないと思っているので、チャレンジしていきたいです。」

 

2007年、アットホームな音楽イベントとして始まった「おんぱく」は、様々な試行錯誤を経てここまで続いてきている。5周年と奇しくも重なった震災の年に改めて音楽の力を捉え直し、そこから世代を超えて多ジャンルのアーティストを多く起用して拡大。完成形に近づいたと思われた矢先に新型コロナウイルス蔓延があり、オンライン開催を余儀なくされた。それでも実験的な種まきを続け、有人開催復活後は「資源が“くるり”プロジェクト」*7 の始動や若手の積極的な起用、2日開催の開始など、新たなチャレンジはまだ続いている。毎年当たり前のように私たちの前に姿を現す緩やかで自由なあの雰囲気は、くるりと関係者が「おんぱく」のあり方や楽しみ方を時代や社会の状況に合わせて常に考え、問いを立ててきたからこその賜物だろう。だからこそ「おんぱく」とは何か、そんな問いに答えるような楽しみ方を、今年は是非していきたい。

 *7 京都音楽博覧会「資源が“くるり”プロジェクト」活動リポート 

 

ワンダリング

そんな「おんぱく」と並行して、くるりは来年の30周年に向け、9月から12月にかけて、4ヶ月連続でシングルを配信リリースする。9月にはその第一弾となる「ワンダリング」が配信された。太いベース音に重なる軽快なリズムと背中を推してくれるようなサウンド、そしてどこか異国的な響きを感じる楽曲となっている。そんな「ワンダリング」のジャケットも、丹羽さんが担当している。

 

岸田「丹羽くんに「やってくれるよな?」と圧力をかけてやってもらいました(笑)。イメージとして、鳥がいいなと前から思っていて。私は、例えば曲を作ったりする時は、世界を鳥が客観的に見ていて、鳥が見たものを語っていたりとか、あるいは歌っている時に鳥が見ているとか、なんか鳥に見られている感覚が前からあって。なんとなくですが、ふらふらとさまよったり、どこかに仕方なく移動することになったり、鳥は人間側に近いような感じがするんです。そういった彷徨いや旅のイメージ、そしてそれらを誰かの人生と重ね合わせてみたりとか、「ワンダリング」はそんな感じのことを表現する曲になっています。」

 

 

丹羽「チャレンジさせてもらえて嬉しかったです。曲を聞かせてもらい、その時に岸田さんから、鳥が踊っているのがいいなぁみたいな話もあったんです。それは僕の中にもあって、なんか描けそうだなと。」

 

岸田さんによると、残りの楽曲も「ワンダリング」とはまたタイプが違うもので、様々なくるりの顔を楽しんでもらえるとのことだ(「4曲もあればどれかは気に入ってもらえるだろう」と岸田さん)。

 

最後にお二人に、同時代、あるいは次世代のアーティストにとって大切なことは何か、学生に向けてのメッセージもいただいた。

 

丹羽「僕は絵を見たときとか音楽を聴いたときに、ただ美しいとかだけではなく、どこかちょっと気持ち悪かったり、湿気があったり、そういうものをこれからも作っていきたいと思っています。今は作品をデジタル上でも見る機会が増え、作品のイメージも早く、簡単に消費されている気がします。だからこそ例えばこの光明院の空間とかに実際に来てもらって、作品のサイズ感とか、空間が持つ力とかを感じて欲しい。写真とかイメージだけでは伝わらないものってあると思うので。」

 

岸田「アートと言う観点で言うと、これまでの認識が一新される時代が来ると思っています。例えば制作自体もアーティストだけじゃなくて、ある種誰でもできるようになっていく。そこへの恐怖とかなんとかは、特にベテランの方があるのかもしれないけれど、今のはたち前後の人たちというのは、そんなことも分かった上で自分がどうするか考えていると思うから、あまり上の世代のいうことを真剣に聞きすぎず、楽しくやるのがいいと思います。歴史と技術、そこだけちゃんと勉強して、あとは自分で力をつけていっていただけたらと思います。」

 

 

文:桐惇史
撮影:高橋保世

 

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