
京都市東山区にある劇場「南座」は、歌舞伎発祥の地に建ち、松竹が経営する、400年の歴史と伝統を受け継ぐ劇場。その入り口正面に掲げられる「一文字看板(いちもんじかんばん)」を本学の学生が制作しました。
本学では、産学連携プロジェクトの一環として、2018年より南座正面の一文字看板を制作するプロジェクトを実施しています。看板制作に携わる職人の減少を受けて、伝統技術の保存・継承を目的としてスタートしました。プロの看板制作者でもなかなか味わえないこの看板制作は、学生たちにとって貴重な経験となっています。
2025年度前期のプロジェクトでは、南座の2025年7月公演「華岡青洲の妻」の一文字看板を制作しました。看板は2025年7月8日に掲出され、制作した学生たちが南座に集まりました。
今回の記事では、南座看板制作プロジェクトのマネジメント・メンバー(MM)を務めた田辺東子さん(プロダクトデザインコース2年生)、羽原彩桜さん(ゲームクリエーションコース2年生)、板倉梓さん(こども芸術コース2年生)、宮澤和花さん(プロダクトデザインコース2年生)、松尾日菜子さん(映画製作コース2年生)に、一文字看板に込めた思いと、看板制作の過程を伺いました。

公演の世界観を看板に宿す
15作目となる本作。看板のサイズは、幅10.3m、高さ1.45mという巨大なものです。本学芸術教養センターの丸井栄二教授と非常勤講師の秋山みちか先生の指導のもと、学生30名がキックオフから約3か月をかけて仕上げました。
プロジェクトのキックオフは4月。まず、京都市の「京都市屋外広告物等に関する条例」のレクチャーを受けました。古都の景観を守るため看板の大きさや色を規制する条例に則った、景観の在り方や看板掲示のガイドラインを学び、周囲の景観や歴史ある劇場と調和する看板になるよう、色合いに工夫を施しました。

レクチャーが終わると、5つの班に分かれて看板デザインのラフ案を考え、プロジェクト内でプレゼンを行いました。その後、芸術教養センターの教員に対してプレゼンを行い、ブラッシュアップを経て、クライアントプレゼンに進みました。見事、プレゼンを通過し、選ばれたのがこちらのデザイン!

MMの学生たちは、デザインのコンセプトやそれぞれのモチーフに込めた思いを次のように話します。

板倉さん:今回の選ばれた看板のデザインテーマは『悲喜交々(ひきこもごも)』です。悲喜交々は喜びと悲しみが入り混じった様子を表す言葉で、華岡青洲が世界で初めて全身麻酔手術を成功させた喜びと、その陰で支え続けた妻と母の苦悩を霞やチョウセンアサガオなどのモチーフで表現しています。

宮澤さん:流水は命の力強さと紀の川を、霞は女性たちの深い感情の奥行きを象徴しています。格子模様は青洲の診療所『春林軒』を表現していて、華岡青洲の研究を手伝った母と妻の負の感情を格子に閉じ込めているようなイメージでデザインしました。
アナログにこだわった制作過程
デザイン決定後、いよいよ制作に移っていきます。まずは、看板に施された前回のデザインの絵の具を削る工程から。実は、南座看板プロジェクトで制作している看板は毎回、再利用されています。絵の具をスクレイパーで削り、板にジェッソという下地材を塗る工程から、下絵、着色まで、すべてアナログな方法で行います。

下絵はパソコン上にデータで作成したデザインをコピー用紙に原寸大で印刷し、裏面を鉛筆でなぞり、板にコピー用紙をあてて表面をボールペンなどの固いものでなぞることで、板に写しとって描きます。看板に着色していくときには、色味を一定にすることやムラにならないようにすることに気をつけ、細部までこだわったといいます。

田辺さん:プレゼンの段階では、看板に使う色が30色を超えていたのです。広い範囲を同じ色で塗る必要がある背景部分は、絵の具を混ぜて色を作ると絵の具が足りなくなってしまう可能性があるので、プレゼンの段階から実際の着彩に移るときに色数を減らしました。それでも、絵の具を混ぜたり、原色をそのまま使ったりして、20色以上の色を用意しました。

板倉さん:原色を使える場合は原色で塗っているのですが、発注したものが届いて確認したら、色味がイメージと違って原色をそのまま使えず、絵の具を混ぜてイメージに合う色を作ることもありました。着彩は基本的に2度塗りを行います。ただし、筆に水を含ませていないと、塗った部分が分厚くなって乾いたときパキパキと割れてしまったりするので、ひび割れないように気をつけて、何度も塗り直しました。

細部までこだわり抜いて、完成へ
今回の看板で一番苦労がうかがえるのは、やはり左端の小さい文字のレタリングです。前回の公演で看板を制作した学生も「過去最大文字数で、レタリングに苦労しました」と漏らしていましたが、今回はその過去最大文字数を更新。前回よりも増えた文字数に、制作するときはやはり少しの歪みもないよう気を遣ったといいます。


羽原さん:和歌山県という文字が多く出てくるのですが、それぞれの文字が同じ形にならなくて難しかったです。少しでも線がずれていると違う文字に見えてしまうので、完璧に同じ文字に見えるよう、文字の部分だけを原寸コピーした紙を横に置きながら、細かく修正していきました。今回は標楷体という、筆で書いたような曲線の書体を使用しているので、直線の長さを測って正確に写し取ることが難しくて。自分なりの文字にならないように気をつけました。
また、今回は主演の大竹しのぶさんの顔を描いたり、淡い色の背景でグラデーションを表現したりと、これまでの一文字看板とは違うデザインに挑戦しました。
板倉さん:顔のイラストはとても慎重に着彩しました。制作するときはテーブルや床に置いて、平面の状態で着彩するのですが、塗り重ねていくと凹凸ができてしまって、立てかけたときに影になってしまうんです。看板を掲出したとき、その影が顔にあると、シワやシミに見えてしまう可能性があるので、何回も色を塗り直しながら、細心の注意を払って塗りました。

松尾さん:背景の白っぽい色や明るい色も、掲出したときに影が目立ってしまうので、凹凸が見えないように工夫しました。これまでの看板を引き継いで制作しているので、看板自体に元から凹みがあったりして、どうしても影ができてしまうんです。そういう部分は、凹みを滑らかにするために、ひとつずつヤスリで削って、影が出ないようにこだわりました。
チームメンバーと分かち合う完成の喜び
そして、実際に設置された一文字看板がこちら!

プロジェクトに参加した学生たちは、プロジェクトメンバー全員での記念撮影が終わったあとも、グループや個人で写真を撮り合っていたそう。
板倉さんと宮沢さん、羽原さんは、掲出された看板を見ての安堵の気持ちと喜びを語ってくれました。
板倉さん:今回の看板では、主演の大竹しのぶさんの顔のイラストを描いたので、大竹さん自身にもデザインをチェックしていただいたり、掲出された看板を見ていただいたりしました。また、今回の公演のポスターを撮影されたカメラマンさんにも見ていただきました。『大竹さんが非常に喜んでいました』という言葉を聞いて、すごくうれしかったです。
宮澤さん:メンバーの学生たちがみんなすごくうれしそうに写真を撮ってくれたり、観光客の方にも写真を撮ってもらえて、うれしかったです。また、主演の大竹しのぶさんがインスタグラムで自分たちが制作した一文字看板を取り上げてくださっていて、『たくさんの人に見てもらえた!』という達成感がありました。
羽原さん:わたしは制作のとき、最後の最後でちょっとやらかしそうになって……。看板の真ん中にある『青』の文字の縁を塗っていたときに、なんか色味が違うなと気づいて、すごく焦ったんです。急いで色を修正して、当日も実はドキドキしていたのですが、掲示された看板を見たら色味が揃っていたので安心しました。わたしはあまり器用ではないのですが、チームメンバーの手先が器用な学生に塗り方を教えてもらったり、『この塗り方で本当に合ってる?』って確認したりしながら制作していて、『うまく描けてるよ』と言ってもらえたときのうれしさはとても大きかったです。自分が得意ではないジャンルのことを、チームメンバーから見てできているかどうか判断してもらったり、チームメンバーが得意な分野をメンバーに任せたりすることは、共同制作でしかできないことだなと感じました。
完成に導くマネジメントメンバーとして

最後に、田辺さんと松尾さんに、大人数での制作や、細かい部分まで妥協しないことが求められる看板制作を通じて学んだことを聞きました。
田辺さん:MMのメンバーは、プロジェクトの制作メンバーに指示を出したり、サポートしたりする立場で、一文字看板を完成に導くマネジメントの役割を担いました。わたしは2024年度後期の南座看板制作プロジェクトにも参加していたのですが、前回は制作メンバーとして関わっていたので、担当する文字をひたすら塗っていくような作業をしていました。しかし、今回は全体の進行を管理する役目で、難しいことも多かったです。大きなプロジェクトでリーダーを務めること自体、初めてで、制作中に指示を出したり、修正を頼んだりする場面も多くて、伝え方には特に気を付けました。『ここをもっとこうしてほしい』と伝えるときでも、傷つけないように伝えるバランスが難しかったです。
松尾さん:わたしもまとめる立場になるのは初めての経験で、難しいことがたくさんありました。MMの5人でも得意な分野と不得意な分野をそれぞれ持っていたので、それをうまく補い合いながら進めることができました。補い合い、支えてくれるメンバーがいたことが、すごく心強かったです。






伝統技術の継承という使命を担いながら、仲間と共に挑戦し、成長できる南座看板制作プロジェクト。MMを務めた学生たちの言葉からは、技術的なスキルを身につけるだけでなく、チームで創り上げる力や人との関わりを深く学べる貴重な機会ということが伝わってきました。
看板は「華岡青洲の妻」の千秋楽・7月23日(水)まで、南座に設置されています。短い期間ですが、お近くにお越しの際は、学生たちが細部までこだわりぬいて制作した看板をぜひご覧ください!
南座看板プロジェクト
X(旧Twitter):@minamiza_pj
Instagram:@minamizapj_kua
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上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。