京都市東山区にある劇場「南座」は、歌舞伎発祥の地に建ち、松竹が経営する、400年の歴史と伝統を受け継ぐ劇場。その入り口正面に掲げられる「一文字看板(いちもんじかんばん)」を本学の学生が制作し、2023年度後期は12月25日(月)から披露されました。
本学では、産学連携プロジェクト(PBL型授業)の一環として、2018年より南座正面の一文字看板制作プロジェクトを実施しています。看板制作に携わる職人の減少を受けて、伝統技術の保存・継承を目的としてスタートしました。プロの看板制作者でもなかなか味わえないこの看板制作は、学生たちにとって貴重な経験となっています。
今回は、2023年度後期 南座看板制作プロジェクトのメンバーに、一文字看板にこめた思いと、看板制作の過程を伺いました!
12作目となる本作では、2024年1月2日(火)に南座で初日を迎える「初笑い! 松竹新喜劇 新春お年玉公演」の一文字看板を制作しています。看板のサイズは、幅10.3m、高さ1.45m という巨大なもの。
本学芸術教養センターの丸井栄二教授と非常勤講師の藤部恭代先生の指導のもと、学生29名が11月の制作スタートから約2か月をかけて仕上げました。
新年のフレッシュな気持ちをデザインに
プロジェクトのキックオフは9月。オリエンテーションでは、南座の担当者の方から、南座の紹介や、今回看板を制作する公演の内容についての説明がありました。
また、10月上旬には京都市の「京都市屋外広告物等に関する条例」のレクチャーを受けたそうです。古都の景観を守るため看板の大きさや色を規制する条例に則った、景観の在り方や看板掲出のガイドラインを学び、周囲の景観や歴史ある劇場と調和する看板になるよう、デザインのラフを考える段階から、色合いには特に工夫を施しました。
レクチャーが終わると、5つの班に分かれ看板デザインのラフ案を考え、翌週にはプロジェクト内でプレゼンを行いました。その後、芸術教養センターの教員に対してプレゼン、ブラッシュアップの後、南座へのプレゼンにて、今回の看板のデザインが決定されました。
デザインに携わったメンバーの岩野裕美さん(映画学科 映画製作コース・2年)は、デザインのコンセプトやそれぞれのモチーフにこめた思いを次のように話します。
「今年の新春公演は役者の代替わりなどもあって、『新年をお客さまが清々しい気持ちで迎えられるよう、フレッシュなイメージで制作してほしい』という南座の方の想いがあったので、パステルカラーを基調とした華やかな色合いでデザインを考えました。モチーフの招き猫には、福やお客さま、お金を招くという意味があります。左手を高く上げているポーズは遠い縁を引き寄せるとされているので、コロナが去って遠方からお客さまが来てくださるようにとの思いをこめて、このポーズのビジュアルにしました。右側の鯛は活きのいい、フレッシュなイラストで、招き猫も鯛も縁起のいい紅白カラーを使っています。ほかにも、黄色とオレンジの背景は太陽の光が差すイメージなど、イラストだけでなく、色のひとつひとつにも意味をこめて制作しました」
あえてアナログな方法で
プレゼンを通過し、デザインが決定すると、いよいよ制作に移っていきます。下書きから……かと思いきや、「まずは看板に施された前回のデザインの絵の具を削るところからですね」と、統括の井原朱さん(プロダクトデザインコース・2年)。
なんと、この看板は毎回、前回の絵の具をやすりやグラインダーで削り、その上に白塗りを施して、再利用しているそうです。
「やすりで削らずに白塗りしてしまうと、絵の具の厚みで表面に凸凹ができてしまって、うまく色が乗らなかったり、横から見たときに綺麗に見えなかったりするんです。なので、やすりで削ってから白塗りするという工程を入れています。白塗りは絵の具とジェッソという下地材を混ぜて塗ります。そこから下書きをしていくんですが、今回はデザインを原寸大に印刷して、裏面を鉛筆でなぞり、貼り合わせて上からボールペンなどの固いものでなぞっていくというアナログな方法をとりました」
これまでは、プロジェクターを使ってデザインを看板の上に投影し、投影された図像に合わせて鉛筆で下書きをしていたそうです。対して、今回はA3サイズのコピー用紙150枚にデザインを原寸で印刷し、看板に転写しました。
一見、手間の多いようなこうした工夫も、細部にこだわる制作には欠かせないとマネジメントメンバーの高野咲穂さん(情報デザイン学科 イラストレーションコース・2年)は言います。
「プロジェクターを使っての転写は、やはりズレが大きくて、あとで修正する部分も多かったんです。コピー用紙で転写することでズレを最小限にしました。転写したあとも原寸大のデザインと比較しながら、ミリ単位での修正を繰り返しました。細部へのこだわりは着色のときも強くありました。今回、南座看板プロジェクトに参加するのがはじめての学生もいたんですが、やっぱり最初は直線を引くのでもうまく引けないんですよね。かと言って、マスキングテープを使うと絵の具がその部分だけ盛り上がったりして汚くなってしまう。そういう、一本一本の線にまでこだわりました」
遠くからでも、近くからでも見てほしい
実際に設置された一文字看板を見た学生たちは、プロジェクトメンバー全員での記念撮影が終わったあとも、興奮気味にグループや個人での写真撮影を繰り広げていました。
統括の井原さんは「無事に間に合ってよかった、というのが一番大きいですね(笑) このプロジェクトは毎週火曜日の定例ミーティング以外の日も制作を行うプロジェクトで、特に制作のラストスパートの時期には土曜日の朝から夕方まで作業しても、終わるかなと不安なくらいでした。ぼくはプロジェクト全体を見渡して、この学生は細かい作業が得意だなとか、この学生はもっと広い面を塗ってもらおうかなとか、人を適材適所に振り分けていく役割も担っていたので、実際に完成したものを見るとそれぞれの学生のがんばりが思い出されて感慨深いです。漢字のはらいや、点ひとつにもこだわって制作してきて、こうして自分たちのベストな看板を掲出できてよかったです」と安堵の気持ちを語りました。
マネジメントメンバーの新政由理(情報デザイン学科 ビジュアルコミュニケーションデザインコース・2年)さんは、今回制作した南座看板を、ぜひ多くの人に足を止めて見てもらいたいと語りました。
「わたしは南座看板制作プロジェクトに1年生前期と2年生前期・後期の3回参加しているのですが、プロジェクトの元メンバーの子がこの看板を見にきて『前回よりよくなってるね』って声をかけてくれたことがあったんです。わたし自身、毎回プロジェクトのメンバーは変わるけれど、回を追うごとに、よりよいものができているという実感があります。『前回を更新できた』ということがとてもうれしかったです。でも、ジレンマもあって、クオリティが上がれば上がるほど、このプロジェクトを知らない方には『えっ手書きで書いてるの!?』って言われてしまうんですよね(笑) 看板なので遠くから見てもらうのももちろんうれしいんですが、近くで見て、わたしたちがこだわって描いた細部も見ていただけるとうれしいなと思います」
看板は「初笑い! 松竹新喜劇 新春お年玉公演」の千秋楽、2024年1月8日(月・祝)まで、南座に設置されています。
短い期間ですが、お近くにお越しの際は、学生たちが細部までこだわりぬいて制作した看板をぜひご覧ください!
南座看板プロジェクト
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上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。