
京都市東山区にある劇場「南座」は、歌舞伎発祥の地に建ち、松竹が経営する、400年の歴史と伝統を受け継ぐ劇場。その入り口正面に掲げられる「一文字看板(いちもんじかんばん)」を本学の学生が制作しました。

本学では、産学連携プロジェクトの一環として、2018年より南座正面の一文字看板を制作するプロジェクトを実施しています。看板制作に携わる職人の減少を受けて、伝統技術の保存・継承を目的としてスタートしました。プロの看板制作者でもなかなか味わえないこの看板制作は、学生たちにとって貴重な経験となっています。
2024年度後期のプロジェクトでは、南座の2025年1月公演「初笑い! 松竹新喜劇 新春お年玉公演」の一文字看板を制作しました。看板は2024年12月23日(月)に南座でお披露目! 2025年1月7日(火)には制作した学生たちが南座に集まりました。
今回の記事では、南座看板制作プロジェクトのメンバーに、一文字看板に込めた思いと、看板制作の過程を伺いました。
喜び楽しんで笑う

14作目となる本作。看板のサイズは、幅10.3m、高さ1.45mという巨大なものです。本学芸術教養センターの丸井栄二教授と非常勤講師の藤部恭代先生の指導のもと、学生50名が制作スタートから約3か月をかけて仕上げました。
プロジェクトのキックオフは9月下旬。まず、京都市の「京都市屋外広告物等に関する条例」のレクチャーを受けました。古都の景観を守るため看板の大きさや色を規制する条例に則った、景観の在り方や看板掲示のガイドラインを学び、周囲の景観や歴史ある劇場と調和する看板になるよう、色合いに工夫を施しました。
レクチャーが終わると、7つの班に分かれて看板デザインのラフ案を考え、翌週にはプロジェクト内でプレゼンを行いました。

その後、芸術教養センターの教員に対してプレゼンを行い、モチーフに選んだ動物がどんな印象を与えるか、文字が読みやすいかどうかなどについてフィードバックを受けました。ブラッシュアップを経て、見事クライアントに選ばれたのがこちらのデザイン!

採用されたデザインに携わったメンバーの佐藤愛海さん(イラストレーションコース / 2年生)は、デザインのコンセプトやそれぞれのモチーフに込めた思いを次のように話します。

「今回は、『歓笑』をテーマにデザインしました。歓笑とは、喜び楽しんで笑うという意味の言葉です。新年のスタートを飾る本公演を観に来られる方々やこの看板を観たすべての方々が、喜び楽しめる一年になりますように、という意味を込めています。
『松竹新喜劇』という題字の書体は『源ノ明朝』です。直線的でありながらも明朝体ならではのメリハリがあり、ダイナミックな書体が新春のおめでたい雰囲気にぴったりだと思って選びました。
背景には公演にも登場する温泉を描き、梅の花と錦鯉、緋鯉をモチーフにしました。赤い鯉は邪気を祓ったり、出世運を高めたりすると言われています。南座の建物の入り口にこの看板を掲げることで、公演が最後までうまくいき、これを見た観客の方々も幸せが続きますようにという願いをこめてデザインしました」

アナログな手法で
プレゼンを通過し、デザインが決定すると、いよいよ制作に移っていきます。
まずは、看板に施された前回のデザインの絵の具を削る工程から。南座看板プロジェクトで制作している看板は毎回、再利用しているんです。絵の具をグラインダーで削り、板にジェッソという下地材を塗る工程から、下絵、着色まで、すべてアナログな方法で行います。



下絵はパソコン上にデータで作成したデザインをコピー用紙に原寸大で印刷し、裏面を鉛筆でなぞり、板にコピー用紙をあてて表面をボールペンなどの固いものでなぞることで、板に写しとって描きます。

看板に着色していくときにも、パソコン上に保存したデザインを再現することに細かくこだわったと、MM(マネジメント・メンバー)の木村美咲さん(舞台デザインコース / 2年生)は言います。

「はじめは原液の絵の具を使って塗る予定だったんですが、実際に着色していくとムラになったり、明るくなりすぎてしまったりしたので、色を混ぜて調整しました。特に温泉を囲んでいる石たちは、最後まで色ムラを修正していましたね。白が混ざっている色を使うと、白が浮いてきてしまうんです。
塗るのが難しい箇所はマスキングテープを切り絵のような形で貼り、その上から一気に絵の具で塗って乾かし、マスキングテープを剥がしてムラが出ないように工夫しました。遠くから見ても近くで見ても『綺麗だね』と言ってもらえるように、細かい部分までこだわりました」


今回の看板で一番苦労がうかがえるのは、やはり右端の小さい文字のレタリング。細かい……! 前回よりも格段に増えた文字数に、制作するときはやはり少しの歪みもないよう気を遣ったといいます。キックオフ後すぐ、細かい部分を塗る練習をはじめ、文字幅やそれぞれの文字のサイズ感を合わせたり、同じ文字が同じ形に見えるように修正を繰り返したりと、最後までこだわり抜きました。


1ミリまでこだわる
実際に設置された一文字看板を見た学生たちは、プロジェクトメンバー全員での記念撮影が終わったあとも、興奮気味にグループや個人で写真を撮り合っていました。


制作班でリーダーを務めた米田創太さん(キャラクターデザインコース / 2年生)は「ぼくはプロジェクトに参加するのが2回目なので感慨はそんなにないんですけど」と笑いながらも、「公演を観劇して南座から出てこられた方が、看板を振り返って写真を撮ったり、指さしたりしている姿が見られてうれしかったです」と安堵の気持ちを語りました。


佐藤さんは掲出された看板を見て「めっちゃうれしくて、家族に自慢しました。大学のプロジェクトで自分たちがデザインして、制作した看板がいま南座に掲げられてるんだよって、帰省したときに写真を見せて話しました」と喜びを語ってくれました。
1月7日(火)の公演終了後も、南座周辺は観光客で賑わっていました。南座前を通る多くの方が看板を見上げ、カメラを向ける様子が印象的でした。
今回のプロジェクトについて、木村さんは「今回は前期のプロジェクトよりも人数が増えて、50人という大人数での制作なので、いままでとやり方を変えてみたんです。いままでは、MM
が制作スケジュールを見ながらメンバーのシフトを組んで、人数の調整をしていたんですが、今回からメンバーに自分でスケジュールを管理してもらうようにしました。人が集まらなかったときもあって、そこは反省点です。ただ、プロジェクトに参加するのが2回目の学生もいたので、そのメンバーたちがはじめて参加するメンバーに制作について細かく説明してくれたり、人手が足りないところを補ったりしてくれて、助かりました」と大人数での制作の大変さを振り返りました。

米田さんは「『1ミリの誤差もないように、1ミリまでこだわる』、ということは強く心に残っています」と、細かい部分まで妥協しないことが求められる看板制作を通じて学んだことを語りました。
「世に出るものをミスのないように1ミリまでこだわって制作した経験は、自分の学科の制作にも活きていると感じます。所属するキャラクターデザイン学科で展示の設営をするときにも、これまでなら『少しズレててもいいでしょ』と思ってしまっていたけど、いまはちゃんとズレを修正して、ピシッとしなきゃいけないな、と意識するようになりました。また、プロジェクトで様々な学科・学年の学生と共同制作したことで、『集団制作におけるコミュニケーションの重要性』を実感しました。制作のリーダーとして、みんなを引っぱっていくときにも活気あふれる空間にしようと声かけを積極的に行いました。コミュニケーションがないと作れるものも作れないと思います。今回のプロジェクトではみんなが和気藹々と制作に取り組んでいて、うれしかったです」
看板の掲出は1月8日(水)で終了してしまいましたが、来年度も南座看板を制作するプロジェクトは続行予定です! お近くにお越しの際は、夏と年末年始の風物詩・本学の学生による南座看板を見に、どうぞ南座にお立ち寄りください。
南座看板プロジェクト
X(旧Twitter):@minamiza_pj
Instagram:@minamizapj_kua
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。