「街の邪魔者」が「街の人気者」に変身!学生たちが挑んだ「障がい者アート×デザイン」—なくなるかべプロジェクト
- 京都芸術大学 広報課

京都府向日市で、京都芸術大学の学生と障がい者アーティストの共同制作による、今までにない仮囲いが誕生しました。
無機質な白いかべが、障がい者アーティストの作品と学生のデザインによって「パズルピース」のように彩られ、道ゆく人が思わず足を止めて眺める場所へと生まれ変わる。
「あの絵、すごくいいね」「これ、誰が描いたの?」—そんな会話が自然と生まれる、まさに「街の人気者」となりました。
これは、京都芸術大学キャラクターデザイン学科マンガコースの学生9名が、大阪市八尾市の障がい者福祉施設ノーサイドの障がい者アーティストの作品をもとにデザインした「なくなるかべ プロジェクト」の成果です。
お披露目会では、関係者が集い、完成の喜びを分かち合いました。
取材に訪れた記者も「どの絵も力強さがあり、特に宇宙艦隊の絵は想像力豊かで印象的」と作品の魅力を語ります。
しかし、この美しい仮囲いプロジェクトの裏側には、学生たちの大きな挑戦と学びのプロセスがありました。
白い仮囲いが街の人気者になるまで
このプロジェクトの始まりは、大学院時代の同期生という意外な縁でした。
株式会社稲継工務店代表取締役の山中拓哉さんと非営利型株式会社andna(アンドナ)代表の野村由紀さんは、同じゼミで学んだ同期生です。


山中さんは建築業界に入って約5年、「建築業界のイメージを一新したい」と考えていました。
一方、障がい福祉と社会をつなぐ事業を行う野村さんは、「障がい者福祉施設の良さをもっと広く伝えたい」という思いを抱いていました。二人が議論を重ねる中で、今回のプロジェクトが動きだします。
山中さんは「仮囲いは本来、街の景観の中でも、できれば目にしたくない存在。だが、これを大きな白いキャンバスとみたて、街のアートとして生まれ変わらせ、街と人との接点を生み出せないか」と発案しました。
この構想を聞いた野村さんは「もう一工夫できる」と考え、以前andnaのホームページデザインで関わりのあった本学キャラクターデザイン学科非常勤講師であり、株式会社ねき代表の坂田佐武郎先生に声をかけます。

野村さんは「学生の授業の課題として使えないか?実際の社会的な課題を題材にした、リアルなプロジェクトができないか?」という提案を坂田先生に持ちかけたのです。
こうして2024年12月、「障がい者アーティストの作品を使って仮囲いをデザインする」という、これまでにないプロジェクトが生まれます。
しかし、このプロジェクトにはある課題が予想されました。
自分たちの作品ではなく、他の人が描いた絵をどうデザインするかという前例の少ないプロジェクトが始まることに。学生たちにとっては、自分の作品ではなく他者の作品を扱うこと、そして障がいのある方の作品をどう扱うのかというデリケートな課題と向き合うことになります。
坂田先生は「授業として成立するのか、学生たちは戸惑うのではないか」という不安を抱きつつ、教員間で何度も議論を重ねます。
そして、「単なる支援ではなく、対等な立場での協働、制作を目指したい」「アーティスト同士の仕事として成立させたい」という思いが、最終的にプロジェクトに関わった全員の心を動かすことになります。
対等な協働がひらいたデザインの視野
プロジェクトで関わることとなったノーサイドは重度心身障がいをもつ子どもから大人までをケアする、大阪府八尾市の施設です。
今回、作品を提供していただくことになったのが、ノーサイドSTUDIOで活動する18歳から23歳を中心とした若手障がい者アーティストたち。

原画を全部で30点提供いただき、学生たちはそこから7点選び、仮囲い全体をジグソーパズルとしてデザイン構成しました。

7点の作品は、「ピース状に組み合わせやすいこと」「不定形のモチーフとも相性が良いこと」「画面中央に見せ場があること」「全体を並べた時にバランスが取れること」を基準に選定されました。






取材に訪れた記者も「ジグソーパズルというアイデアが面白く、みなさんの思いがつながるデザインがしっくりきました」と評価しました。
「アーティスト同士」として向き合う―学生たちの心境の変化
当初、学生たちには戸惑いがありました。
「障がいのある方との協働で、どこまで配慮すべきか」「障がいにどう触れて良いか分からず、怖さもあった」「他者の原画を使うことは失礼ではないか。
魂のこもった作品に、どう折り合いをつけるか」—踏み込めない一線を感じ、プロジェクトを進められるかという不安もあったといいます。
しかし、転機はオンラインでの対話で訪れます。
直接やり取りを重ねるうちに、「障がいというラベルではなく、目の前の作品と向き合う」「対等なアーティスト同士として関わる」という姿勢を共有できたのです。


野村さんはこの変化を「障がい者の絵を使うのではなく、一つの作品を使うという感覚に変わった。まさにアーティスト同士の仕事だと感じた」と話します。
ノーサイドSTUDIO統括マネージャーの高木康弘さんも、「福祉業界は外との接点が少ない。18歳から23歳のエネルギーあるアーティストが外部と関わる意義は大きい」と手応えを語ります。
ノーサイドSTUDIOのアーティストたちの制作は丁寧で、作品によっては完成まで3か月かけることも。デジタル制作に取り組むなど、表現手法も多様です。

1/10スケール模型から実寸へ—技術面の挑戦

「当初は1/10スケール模型での確認だけで不安を感じていましたが、完成した仮囲いを見て、印刷の再現性もきれいで安心した」と学生たち。大判印刷での色再現や屋外設置での耐久性など、初めて向き合う技術課題を乗り越えました。
授業で培ったデザインを社会実装する貴重な機会となり、「多くの原画の魅力を最大化する見せ方にこだわった」「こんな大きなプロジェクトに関われて良い経験になった」と振り返ります。
プレゼンテーションまでは授業の一環でしたが、実際の施工作業は有志の学生3名が担当し、就職活動や卒業制作と並行しながら最後までやり切りました。

地域に愛される街の人気者の誕生
完成した仮囲いは、「無機質な仮囲いを、街のアートを飾る装置に変えた」象徴的な事例になりました。山中さんは「地域の方が足を止め、話題にしてくれる」と実感。
野村さんも「歩いている人が立ち止まって見ていた」と手応えを語ります。
取材記者からも「景観に配慮しつつ、絵を生かしてデザインとしてまとまっている」と高評価を得ました。
建築現場という、どうしても邪魔な存在になりがちな場所が、人が集い会話が生まれるコミュニティスポットへ。これこそが「なくなるかべ」の目指した姿でした。
プロジェクトが灯した、学生と社会の未来

お披露目会での笑顔が、成功を物語っていました。山中さんは「当初は反対も受けたが、学生に『邪魔者を人気者に変えてほしい』とお願いした。地域の方が足を止め話題にしてくれるのは大きな効果」と振り返ります。「飾ることだけを目的にせず、アーティストにも学生にも価値があり、メッセージになる取り組みを。本業の延長線上で、慈善ではなく、挑戦として成り立ったことが良かった」と話します。
坂田先生も「最初は不安だったが、完成と今日の集いを見て、ようやくスタートラインに立てた」と語ります。
野村さんは「昨年3月に『どうしたらいいか、いいアイデアはないか』から始まった。京都芸術大学に協力いただき、この形にできてよかった。障がい者アーティストたちが普段は出会わない同世代と出会う機会を作れたことが何よりうれしい」と話しました。
高木さんも「良い経験が重なり、前に進める」と今後に期待を寄せます。
継続する「なくなるかべ」—未来への展望

この成功は一過性ではありません。
山中さんは「仮囲いは迷惑なものという先入観を越え、ワクワクする街なみの資産になり得ると分かった。障がいのあるアーティストと学生、地域とがつながるハブとして、今後も継続したい」と力強く語ります。
野村さんも「ここで終わりではなく、ここから始まる。関わる人が増えたことで、より良いものができた。福祉だから手伝ってあげるのではなく、対等に協力していきたい。関係性があるからこそ生まれた成果で、まだまだ発展させられる」と展望を述べます。
この取り組みは他地域・他団体からも注目を集め、仮囲いという一枚のかべから、さまざまなつながりが生まれる未来が、現実味を帯びてきました。
デザインが福祉と連携することで、新たな社会価値を生み出せる—「なくなるかべ プロジェクト」はその可能性を実証しました。
地域に愛される仮囲いと、そこに並ぶ個性豊かなアートが、何より雄弁にそれを語っています。
物理的な仮囲いを超えて、障がいの有無や立場の違いといった見えないかべまでが薄れつつあります。街の「邪魔者」だった仮囲いが「人気者」へと変わったように、社会もまた少しずつ変わりはじめています。
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