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京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会II」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。
本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。
(構成・執筆:文芸表現学科2年 喜田 武琉)
帰りの電車で隣に立つサラリーマンが、疲れた顔でつり革を掴みながら、もう片方の手で読んでいるあの本。気になるあの子が、教室の隅で読んでいるあの本。芸大生がコーヒーをすすりながら、鋭い目つきで読んでいるあの本。
スマホを使えば、いくらでも情報を得られる時代。重たい紙の束を持って、何を読んでいるのだろうか?
本を読むということ自体が、なんとなく面白く見える時代。
何を読んでいるのか気になる。表紙をのぞき見たい。知っている本なら語りあいたい。読んでいる最中に表情がゆるんだのなら、どんな文章が書かれているのか気になってしかたがない。そんなに面白い本を読んでいるのなら、ブックカバーを外して表紙とタイトルを堂々とかかげてほしい。
京都芸術大学の文芸表現学科にいる私は、教室のイスから立ち上がった。
「芸大生は何を読んでいるのだろうか?」
周りを見渡しても、本を読んでいる人どころか、人が誰も見当たらない。探し出してインタビューしなければ!
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京都芸術大学は京都市左京区にある芸術大学だ。
10学科24コース。油画にイラスト、文芸に歴史遺産などなど幅広く芸術を学ぶことができる大学だ。そんな多様な学生の集まる学校で、学生は何を読んでいるのだろうか?
そういうわけで、京都芸術大学内で本を読んでいる学生たちに「いま何読んでますか?」と声をかけてきた。どんな本を、なぜ読んでいるのだろうか?
〝出来ないこと〟から〝出来ること〟を考える
人を探すとなったとき、私の頭には一人の友人が浮かび上がった。
その友人はわたしが本を読んでいる際、「何読んでるの」と声をかけてきたのである。その当時読んでいた本の話題で盛り上がったことを覚えている。
今と似た状況が起こったのは、およそ一年前のことだ。
あのときの彼は、今どんな本を読んでいるのか。
わたしが今回声をかけたのはアートプロデュース学科2年生の神保刻さん。
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アートプロデュース学科は芸術を社会に活かす企画力や、実践的な活動、アートイベントや展覧会などの企画・運営まで学ぶ学科。過去・現在のアートの力で、よりよい「未来を企画する」ことを目的としている。
神保さんはアートイベントへの参加と企画立案について精力的に活動しており、2026年春には福島県富岡町にてアートイベントを企画している。
そんな彼が今どんな本を読んでいるのか、聞いてみました。
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菅野幸子・日沼禎子 編著
美学出版 掲載許可済み
――いま何読んでますか?
「『アーティスト・イン・レジデンス まち・人・アートをつなぐポテンシャル』っていう――AIR(アーティスト・イン・レジデンス)についての本だね。AIRを経営している人が紹介してくれた」
AIRとは、アーティストの芸術活動を支援するために、無償で住まいを貸し出す場所のことだ。地方で行っているところもあり、地域活性の役割を担っているところもあるのだとか。
「国内のAIRについて書かれているんだけど。AIRについて専門的に、国内、日本語で書かれている本って、ほとんどなくって……。ほぼこれって感じだね。参考になる」
――参考というと、ご自身の企画制作の参考にされてるんですか?
「そうだね。おばあちゃんが倉を貸してくれるっていうから、そこをAIRにしようかと考えたんだけど……学生だからさ。費用の問題で今は凍結中だね」
神保さんが知り合ったAIRの経営者は、国からの補助金を資金に経営しているという。学生が行うには荷が重すぎたようだ。
「あんまり〝学生だから〟とか言いたくないんだけどね。でも、学生にしか出来ないこととかあるでしょ。学生だからこそ、学生の身分でも参加しやすいイベントとか考えられるし。周囲の学生の人にアートイベントを広めたりできるし――出来ることの限界こそあるけど、良い感じに考えていきたいよね」
学生だから、ではなく、学生ならでは。
ものは考えようと神保さんはいう。出来ないことには見切りを付けながらも、転んでもただでは起きない姿勢があった。
満足しないで諦めないこと
神保さんには大切にしているテーマがふたつある。
「人と人の関わり」と「過程」がそのテーマだという。
イベントを企画する中で、多くの人たちと関わっていくこと。それらの人たちと協力して制作をする過程。
そうした関わりや過程が、とても魅力的なのだと神保さんは話す。
このテーマを大切にするようになったのは、ある本との出会いがきっかけだったという。
――その本というのが、『ふたご』なんですね。
「そうだね。人生で初めて読み切った本。SEKAI NO OWARIっていうバンドの――ピアノ弾いてる沙織さんが書いた本で、セカオワについて書かれててさ。その頃にはもうアートに興味があったから、けっこう影響を受けたりもしたね」
SEKAI NO OWARIは男女混合の四人組バンドだ。2011年にメジャーデビューし、これまで多大な人気を集めるバンドである。
――影響というと、どんなことですか?
「読んで、〝あいだ〟を大事にしようって思ったというか。作中でさ、セカオワの人たちが成長するでしょ。ライブのために色々な人と関わって諦めないで頑張るんだよ。その〝あいだ〟、努力している過程っていうのかな。それが一番いいなって思ってさ。ファンは普通、結果であるライブだけしか見れない。それが勿体なく感じてさ。そう思ったから、考える企画は〝あいだ〟が見えるようにしてる。関わった人たちの努力を、イベントに来た人たちが見られるようにしてるね」
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そうして神保さんは今企画しているイベントの企画書を見せてくれた。町の記録とその継承をテーマとするイベントで、様々な立場の人の視点から、町の歴史をフューチャーするという。
目を惹くような特徴を持ったイベントではない。だが、突飛なことに頼らないこのイベントには、定期的に開催できそうな連続性があるように見えた。
――定期的に開催する予定のイベントなんですか?
「その予定はないよ。でも、学生が企画したイベントって、その場限りで終わっちゃうことが殆どなんだよ。それが嫌でさ。僕が運営に関わらなくても、気に入ってくれた人が第二回第三回ができるような企画になるように考えてるね」
学生なのに先のことを考えていてすごい、とわたしは思ったが、それこそ神保さんが考えるところの「学生だから」な考えなのだろう。
神保さんはわたしが思うよりもずっと、わたしより一歩も二歩も先を行っているように見える。
神保さんは学生ゆえの資金力のなさで妥協せざるを得ないことがあったとき、「では学生ならではの出来ることはなんだろう」と考える。自分が学生だからこそ、学生が参加しやすいイベントを考えることが出来る。そして得られるものがあるのだ。
学生だから、で満足してしまいそうなところで満足せずに取り組む。
誰もが一度きりで終わってしまうのだから、自分も同じでいいとは考えない。突飛なことをして目を惹くよりも、当事者たちの過程や努力といった〝あいだ〟という、自分が大切にしているテーマを企画に落とし込もうとしている。諦めずに頑張る過程の魅力を知っているからこそ、神保さんも諦めない。
神保さんは「学生」としてではなく、「アートプロデューサー」として社会と向き合っていた。
おわりに
何かを諦めたとしても、次に何が出来るかを考える切っ掛けになったなら、それは無駄ではなく、自分がどんな立場だったとしても、自覚的に責任感を持って物事に取り組む。
日々の忙しさの中、忘れてしまいがちな大切なことを見つめ直すことが出来た。
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