本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。
(構成・執筆:文芸表現学科2年 稲垣湧太)
1.「いま、なに読んでますか?」と聞きたい
帰りの電車で隣に立つサラリーマンが、疲れた顔でつり革を掴みながら、もう片方の手で読んでいるあの本。気になるあの子が、教室の隅で読んでいるあの本。芸大生がコーヒーをすすりながら、鋭い目つきで読んでいるあの本。
スマホを使えば、いくらでも情報を得られる時代。重たい紙の束を持って、なにを読んでいるのだろうか?
本を読むということ自体が、なんとなく面白く見える時代。
なにを読んでいるのか気になる。表紙をのぞき見たい。知っている本なら語りあいたい。読んでいる最中に表情がゆるんだのなら、どんな文章が書かれているのか気になってしかたがない。そんなに面白い本を読んでいるのなら、ブックカバーを外して表紙とタイトルを堂々とかかげてほしい。
京都芸術大学の文芸表現学科にいる私は、教室のイスから立ち上がった。
「芸大生はなにを読んでいるのだろうか?」
周りを見渡しても、本を読んでいる人どころか、人が誰も見当たらない。探し出してインタビューしなければ!
ちなみに、京都芸術大学は京都市左京区にある芸術大学だ。
10学科24コース。油画にイラスト、文芸に歴史遺産などなど幅広く芸術を学ぶことができる大学だ。そんな多様な学生の集まる学校で、学生はなにを読んでいるのだろうか?
そういうわけで、京都芸術大学内で本を読んでいる学生たちに「いま、なに読んでますか?」と声をかけてきた。どんな本を、なぜ読んでいるのだろうか?
2.でかいマンガを見つめる手
本を読んでいる人を探して、相照館へと向かう。
相照館は白川通り沿いに建設された新校舎。主にキャラクターデザイン学科の学生が授業を受ける教室や研究室が入っている。
キャラクターデザイン学科にはキャラクターデザインコースとマンガコースがある。
私が気になったのは、マンガコースの人がどんな本を読んでいるのか? ということ。どんなマンガを読んでいるのか、マンガ以外にはなにを読んでいるのか?
忙しげにペンを動かすところにお邪魔して、話をきいてみた。
「すいません、ちょっとインタビューさせていただいてもいいですか?」
興奮しながら近づいてくる怪しげな男に話しかけられたその人は、たじろぎながらもペンを止め、「いいですよ」と笑顔で了承してくれた。
キャラクターデザイン学科マンガコースの半田海夢(ハンダ カイム)さん。
録音、写真撮影、時間のかかるインタビューのすべてをOKしてくださった。
では、いざ。
●いま、なに読んでますか?
「大友克洋さんの作品集、『BOOGIE WOOGIE WALTZ』を読んでいます。いま、いちばん参考にしている作家さんで、絵のタッチ、ベタの使いかたが一番かっこいいと思ってます」
『BOOGIE WOOGIE WALTZ』著:大友克洋(オオトモ カツヒロ)講談社(C)MASH・ROOM/KODANSHA 2022年発売 画像掲載許諾済
大友克洋が20~22歳のころ、1974~1976年にかけて発表した15編の短編漫画作品を発表順に収録した作品集。『童夢』『AKIRA』に結実する、実験的な意欲作が並ぶ。
半田さんはタブレットで絵を描いている最中だった。
アナログで描かれた大友さんのマンガを、どのようにデジタルの表現に落としこむのだろうか。
「大友さんは筆をよく使われる作家さんなんですが、デジタルの筆とアナログの筆って、だいぶかっこよさが変わるんです。そこの表現の差をどう埋めるかっていうのを日々考えてますね」
「たとえば、ペンの設定を変えてみたり、細いペンで筆致そのものを真似たり。模写をしたりして研究しています」
大友克洋さんの作品は有名だが、新しい作家ではない。映画版『AKIRA』を観て大判のコミック本を集め始めた私としては、『AKIRA』の話で盛り上がるかもと期待しつつ、半田さんとこの本の出会いについて尋ねた。
「この本を古本屋さんでちょっと立ち読みしたとき、絵がかっこよくって。この作品集から入りましたね。あらかじめこれを買おう、と思って本屋に行くことがなくって。ふらっと立ち寄ったときにいいのがあれば、何個か買っていくみたいな感じで、この本とも出会いました」
なかなか運命的な出会いをされている。思いがけない出会いは、アナログの本屋ならではの魅力だ。私も本屋に入ると自分が探している本以上に、なんとなく目についた本を買っていくことのほうが多い。しかし、全集の第二巻を手に取りかっこよさを発見できるのはすごいアンテナの張り方だ。
3.小説、なに読んでますか?
本屋の話をきくと、半田さんが他にどんな本を、どんなふうに読んでいるかが気になる。そこで半田さんに小説についてもきいてみた。
●小説、なに読んでますか?
「星新一さんのショートショートだったり、湊かなえさんとかはよく読んだりします」
小説を読むことはマンガに影響を与える、と半田さんは言う。表現の形式を超えて、どのように影響が与えられるのだろうか。
「小説の要素ってマンガにも必要だと思っています。決め台詞なんかは端的に、バシッと決めたほうがかっこいいですよね。そういうときは小説に絵がついた、みたいな感覚もあります。
マンガの中にだけキャラクターが存在するのではなくって、マンガで描かれる以前、以後も時間があることを意識して、関係性とかを台詞で端的に表せるように考えますが、そういうところに文章は表れますね」
台詞をただ流れるだけのものとしてではなく、過去現在未来と時空ごととらえている。一コマに入れられる文字の量は限られているのに、ここまで表現しなくてはいけないのだ。文章を書くものとして、激励されているようだ。私はマンガを読むとき、そこまで意識して読んでいただろうか?
小説だけでなく、他の媒体からの影響も語る。
「マンガを描くときにマンガだけを参考にすると、パクリじゃんってなると思います。小説や映画やアニメだったり、違う媒体を参考にしたほうが深みを持たせられるところもありますから。
重たいストーリーを作るときは、小説や映画を参考にすることが多いです」
なんともプロ意識を感じさせる言葉だ。面白いもの、オリジナルなものを描くために貪欲に、あらゆる媒体から学ぼうとしている。
4.アナログかデジタルか
半田さんはデジタルで絵を描いているが、参考にしているのはアナログな本。では、アナログか、デジタルか。どちらか片方を選べと言われたらどちらを選ぶのだろうか?
「100%アナログ」
半田さんは即答した。
「紙をめくらないといけないと思うんですよ。デジタルで描いてはいるのですが、できればアナログで描いたほうがいいと思っています」
紙一枚に、どれほどの情報量が詰まっているのか。半田さんはその思いを大事にしたいと言う。
「……ですが、やっぱり便利さではどうしても、アナログだと難しいですね。ずっとつけペンと原稿用紙を持ち歩くわけにもいかないので」
「紙の本はいい!」「アナログはいい!」と口でいうのは簡単だ。しかし、半田さんのように熱い想いを持ちながらも考え続け、折り合いをつけて前に進もうとする人が、どれほどいるだろうか。
5.おわりに
絵を描いている芸大生は、かっこいいマンガを読んでいた。文芸表現学科で、日々ワープロと向き合う私にとっては新鮮な話ばかりで、語り合うどころか、つい聞き惚れてしまうほど熱い語り口だった。
スマホを使えば、いくらでも情報を得られる時代。重たい紙の束だからこそ、見えてくるものがあった。
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