通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「収穫祭」という催しを開いています。
2024年10月5日の収穫祭は私の担当回としては2年連続で四国を訪れました。昨年は徳島県上勝町のゼロウェイストセンターなどを訪れましたが今年度は高知県立牧野植物園です。(その時の記事はこちら)
私が学生だった20年ほど前、竣工して間もない頃に訪れて以来の訪問となりました。学生当時に建築雑誌で目にしたときは、白やシルバーの四角いシャープな建築が紙面の多くを占める中で、屋根型の建築で木材が多く使われていることや、木造にしては複雑なかたちをしていることが目を引き、建築の有り様が気候への呼応の仕方に由来しているという設計解説が印象に残って訪れるきっかけとなりました。昨今では、同じ建築雑誌には木材を多く使った規模の大きな建築が多く登場していることを思うと、時代に先駆けた規模の大きな木造建築だったように思います。
牧野植物園は五台山という山(最高標高146m)の頂上付近に立地しています。園の方によると「高知に植物園をつくるなら、五台山がええ」という高知県出身で植物学者の牧野富太郎の言葉を元に、元々五台山に立地していた竹林寺の脇坊跡を譲り受けて構想が練られたそうです。石積みの塀に囲われた門を通ると同時に『土佐の植物生態園』が始まり、チケットを買う本館までの小道も植物園の一部として整備されています。土佐の植物にはそれぞれ名札が付けられ、それを鑑賞しながら歩いているとなかなか本館に辿り着くことができません。
いきなり余談にはなりますが、竹林寺の納骨堂、本坊、庫裏は本学の大学院で教授をされていた堀部安嗣先生が設計されたもので環境と調和した素晴らしい建築です。
門から続く小道がそのまま本館へとつながるのですが、建築の規模からすると小さく控えめなエントランスを見ると、テーマパーク的な植物園というよりはあくまで植物たちの住処である植物園に人間が滞在させてもらうような場所を目指していることが強く伝わりました。とはいえ、チケットを買って屋根の下に一歩足を踏み入れると大きな屋根の架構と中庭の眺めに迎えられ、建築を通して牧野富太郎が遺した植物園に足を踏み入れたことを実感できます。
まず本館エントランスに集合してホールでの施設レクチャーまで少し歓談する時間がありました。当日は暑かったこともあり施設が推すアイスを食べて過ごす方も多くいましたね。原材料はいちごと砂糖だけ、美味しくないはずがありません。中庭を囲って大屋根の下でくつろぐことができるエントランスでした。
ホールでの施設レクチャーのあと、170m先にある展示館に移動しながら建築について殿井から解説。さらに、映像ホールで植物園の季節ごとの見所について映像を鑑賞したあと、温室に向かって自由散策という3時間ほどの行程です。
レクチャーによると、未知なる植物に名前をつけること1500種以上、40万枚以上の標本を遺した牧野富太郎が構想した植物園は開演当初から成長を続けて現在は8ha、3000種以上の植物を有するとのことでした。本来は植物分類学者と植物図を描く人は別々であるようですが、牧野富太郎の場合はひとりふた役、牧野式植物図も1500枚以上にのぼるということです。ちょうど開催されていた「山田壽雄の植物図」の展示によると、牧野氏は写真で植物を記録することを好まなかったようです。というのも、線で描くことで植物の構造や成り立ちを理解することができるという考えによるものだそうで、これはデッサンで対象をよく観察して描くことや、建築を図面で描くことに完全に通じるものですね。
建築は建築家、内藤廣による設計です。参加者の多くが利用された高知駅も同氏の設計で、そう言われると2つの建築がどこか似ていると思いませんか?
本館、展示館とそれをつなぐ170mほどの回廊が氏の設計によるものですが、その他に植物研究交流センターなどの整備が進み、もともとあった温室がリニューアルされるなど継続的に園施設の充実が図られています。本館、展示館の2棟ともに平面は中央の中庭を囲う円環状で木造切妻型の断面をしていますが、特徴的なかたちをしています。その成り立ちについて考察も含めて解説をさせてもらいました。
高知県といえば台風の影響を受けやすい地域ですが、そうした地域では強風に対する建築的な工夫が建築の特徴として現れることがあります。例えば同じ四国の愛媛県外泊の石積み集落や竹富島の集落などが挙げられます。
気候に対する呼応の仕方は異なりますが牧野植物園でも強風に対する建築的な工夫が建築のかたちとして現れています。本館、展示館ともに風を受ける外壁面を小さくして、山に伏せるように屋根を架けることで強風への対策としています。また200年に一度の台風に対する風洞実験により構造的な検討を行っており、変形した屋根の形状も構造的な最適化を行った結果となっています。結果として、五台山の頂上に伏せたような形状は景観的にも周囲と調和がとれ、周囲の植物に隠れてほとんど建築の外観を感じることのない建築が実現しています。気が付いたら迫力ある木造屋根架構の下に入っていて、中庭に出ると屋根の存在が感じられるような体験をされたことでしょう。
ところで、同じような切妻型の屋根架構ですが、本館は矩形の外形、展示館は変形した形をしていましたね。ここにある意図を探ってみたいと思います。
研究室や事務所といった必要諸室を受け入れる本館は、矩形の外形としてあくまでも建築として設計されているように感じました。一方、展示館では建築の外径や屋根の振る舞いがより自由となっています。全体として地形との関係がより重視されて、床も屋根も地形に沿うようにつくられ、本館よりも牧野富太郎の思想が強く建築空間に現れているように感じました。
雨樋にも環境的な工夫が見られました。屋根から落ちた雨は雨樋を伝って水桶に集まり、水桶から溢れた水がその下にある雨水タンクに集まります。そこから地下のピットに雨水が集められて灌水を中心に利用されているとのこと。山の頂上付近にまで水道を引かれてはいますが大変なエネルギーを要するものです。雨水の貯水や再利用のための仕掛けが植物園の風景の一部となっていました。
当時の設計解説に、『施工時の傷が癒えるにつれ、建物を建ち上げるという宴は終わり、山は元の佇まいに戻っていく。森で覆われた立面のない建築。その時、建物という暴力的な存在は、より大きな枠組みである環境や景観に還元され、切断された時間と和解する。中庭とそれを取り囲む屋根に覆われた空間だけが残る。』とあるのですが、今回の体験はまさに内藤廣さんが企図された通りのものとなっていました。
惜しまれるのは、展示館中庭の植物について現地ガイドさんに話が聞きたかったのですが、「らんまん」の効果なのか予約がいっぱいで叶いませんでした。ランドスケープデザインコースの先生にと考えましたが、調整がつかず植物についての話が聞けませんでした。しかし、今回は食文化デザインコースの中山晴奈先生に同行いただきましたので、薬草の知識をお持ちの中山先生と一緒に薬草園などを巡ったり、園内や温室の植物について食べられる、食べられないといった視点で議論したりしながら見学することができました。中山先生が撮影された写真はどれも食材になりそうなものばかりだと感じたのですがいかがでしょうか?
牧野富太郎にゆかりのあるものや高知の気候に適した植物を中心に見られる園内ですが、散策のゴール地点にしていた温室は別世界でした。こちらは植物を用いたテーマパークのような様相で、ラピュタの世界に入ったかのような珍しい植物群に見入っているうちに出口に着いていました。植物について語ることができる知識がないことが何とも悔しいところです。
牧野富太郎が植物学者として活動してきたことの蓄積が、広く大衆のための知財として植物園が実現していることが非常に興味深く、公共とは何か?を考えさせられます。建築デザインコースの卒業制作ではそれぞれが居住し卒業制作に取り組む地域における公共性について考えることを求めているのですが、大いに参考になる公共のあり方のひとつだと感じました。
ご参加いただいたみなさんありがとうございました。
ここからは収穫祭終了後の余談になります。
当日は宿泊する予定だったことから夕食のために地元から参加した学生さんがおすすめしてくれた市内の観光名所ひろめ市場を訪れました。市場内のお店で買った食べ物を共用部のテーブルで食べるフードコートのようなスタイルが基本ですが、飲み物さえ頼めば食事は持ち込みでよい場合やお店のメニューだけで飲食する場合など、いくつかあるルールを確認しながら食事をする時間を楽しみました。
コロナ禍を経験した私たちにとっては非常に濃密で賑わいがあり、どこか祝祭性も感じられる食事の空間に元気をもらいました。大きなひとつのテーブルにカップル、会社の同僚らしきグループ、家族などが相席している様子に、高知特有の人と人の距離の近さを感じることができ、学生さんともご一緒する予定が混雑していてみなさん散り散りになってしまいましたが素晴らしい体験ができました。
(文:建築デザインコース 教員 殿井環)
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts
所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
連絡先: 075-791-9112
E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp