REPORT2024.11.18

教育

牧野富太郎の想像力に触れる植物園[収穫祭i n 高知県高知市]

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  • 京都芸術大学 広報課

通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「収穫祭」という催しを開いています。

2024年10月5日の収穫祭は私の担当回としては2年連続で四国を訪れました。昨年は徳島県上勝町のゼロウェイストセンターなどを訪れましたが今年度は高知県立牧野植物園です。(その時の記事はこちら

私が学生だった20年ほど前、竣工して間もない頃に訪れて以来の訪問となりました。学生当時に建築雑誌で目にしたときは、白やシルバーの四角いシャープな建築が紙面の多くを占める中で、屋根型の建築で木材が多く使われていることや、木造にしては複雑なかたちをしていることが目を引き、建築の有り様が気候への呼応の仕方に由来しているという設計解説が印象に残って訪れるきっかけとなりました。昨今では、同じ建築雑誌には木材を多く使った規模の大きな建築が多く登場していることを思うと、時代に先駆けた規模の大きな木造建築だったように思います。

「牧野植物園 建築案内」の紙面を撮影

牧野植物園は五台山という山(最高標高146m)の頂上付近に立地しています。園の方によると「高知に植物園をつくるなら、五台山がええ」という高知県出身で植物学者の牧野富太郎の言葉を元に、元々五台山に立地していた竹林寺の脇坊跡を譲り受けて構想が練られたそうです。石積みの塀に囲われた門を通ると同時に『土佐の植物生態園』が始まり、チケットを買う本館までの小道も植物園の一部として整備されています。土佐の植物にはそれぞれ名札が付けられ、それを鑑賞しながら歩いているとなかなか本館に辿り着くことができません。
いきなり余談にはなりますが、竹林寺の納骨堂、本坊、庫裏は本学の大学院で教授をされていた堀部安嗣先生が設計されたもので環境と調和した素晴らしい建築です。

入場門
土佐の植物生態園1
土佐の植物生態園2
竹林寺納骨堂

門から続く小道がそのまま本館へとつながるのですが、建築の規模からすると小さく控えめなエントランスを見ると、テーマパーク的な植物園というよりはあくまで植物たちの住処である植物園に人間が滞在させてもらうような場所を目指していることが強く伝わりました。とはいえ、チケットを買って屋根の下に一歩足を踏み入れると大きな屋根の架構と中庭の眺めに迎えられ、建築を通して牧野富太郎が遺した植物園に足を踏み入れたことを実感できます。

散策路からエントランスを見る
エントランスホールから中庭を見る

まず本館エントランスに集合してホールでの施設レクチャーまで少し歓談する時間がありました。当日は暑かったこともあり施設が推すアイスを食べて過ごす方も多くいましたね。原材料はいちごと砂糖だけ、美味しくないはずがありません。中庭を囲って大屋根の下でくつろぐことができるエントランスでした。

エントランスホールで歓談
イチゴアイス

ホールでの施設レクチャーのあと、170m先にある展示館に移動しながら建築について殿井から解説。さらに、映像ホールで植物園の季節ごとの見所について映像を鑑賞したあと、温室に向かって自由散策という3時間ほどの行程です。
レクチャーによると、未知なる植物に名前をつけること1500種以上、40万枚以上の標本を遺した牧野富太郎が構想した植物園は開演当初から成長を続けて現在は8ha、3000種以上の植物を有するとのことでした。本来は植物分類学者と植物図を描く人は別々であるようですが、牧野富太郎の場合はひとりふた役、牧野式植物図も1500枚以上にのぼるということです。ちょうど開催されていた「山田壽雄の植物図」の展示によると、牧野氏は写真で植物を記録することを好まなかったようです。というのも、線で描くことで植物の構造や成り立ちを理解することができるという考えによるものだそうで、これはデッサンで対象をよく観察して描くことや、建築を図面で描くことに完全に通じるものですね。

ホールでのレクチャー
牧野富太郎のスケッチ1
牧野富太郎のスケッチ2
山田壽雄の植物図

建築は建築家、内藤廣による設計です。参加者の多くが利用された高知駅も同氏の設計で、そう言われると2つの建築がどこか似ていると思いませんか?

高知駅1
高知駅2

本館、展示館とそれをつなぐ170mほどの回廊が氏の設計によるものですが、その他に植物研究交流センターなどの整備が進み、もともとあった温室がリニューアルされるなど継続的に園施設の充実が図られています。本館、展示館の2棟ともに平面は中央の中庭を囲う円環状で木造切妻型の断面をしていますが、特徴的なかたちをしています。その成り立ちについて考察も含めて解説をさせてもらいました。

建築解説1
建築解説2
建築解説3

高知県といえば台風の影響を受けやすい地域ですが、そうした地域では強風に対する建築的な工夫が建築の特徴として現れることがあります。例えば同じ四国の愛媛県外泊の石積み集落や竹富島の集落などが挙げられます。

愛媛県の外泊石積み集落
竹富島の集落

気候に対する呼応の仕方は異なりますが牧野植物園でも強風に対する建築的な工夫が建築のかたちとして現れています。本館、展示館ともに風を受ける外壁面を小さくして、山に伏せるように屋根を架けることで強風への対策としています。また200年に一度の台風に対する風洞実験により構造的な検討を行っており、変形した屋根の形状も構造的な最適化を行った結果となっています。結果として、五台山の頂上に伏せたような形状は景観的にも周囲と調和がとれ、周囲の植物に隠れてほとんど建築の外観を感じることのない建築が実現しています。気が付いたら迫力ある木造屋根架構の下に入っていて、中庭に出ると屋根の存在が感じられるような体験をされたことでしょう。

牧野植物園上空から:「牧野植物園 建築案内」の紙面を撮影
牧野植物園の配置図:「牧野植物園 建築案内」の紙面を撮影
植物に埋もれる建築1
植物に埋もれる建築2

ところで、同じような切妻型の屋根架構ですが、本館は矩形の外形、展示館は変形した形をしていましたね。ここにある意図を探ってみたいと思います。
研究室や事務所といった必要諸室を受け入れる本館は、矩形の外形としてあくまでも建築として設計されているように感じました。一方、展示館では建築の外径や屋根の振る舞いがより自由となっています。全体として地形との関係がより重視されて、床も屋根も地形に沿うようにつくられ、本館よりも牧野富太郎の思想が強く建築空間に現れているように感じました。

展示館中庭
地形に沿う建築1
地形に沿う建築2
展示館説明
展示館屋根架構

雨樋にも環境的な工夫が見られました。屋根から落ちた雨は雨樋を伝って水桶に集まり、水桶から溢れた水がその下にある雨水タンクに集まります。そこから地下のピットに雨水が集められて灌水を中心に利用されているとのこと。山の頂上付近にまで水道を引かれてはいますが大変なエネルギーを要するものです。雨水の貯水や再利用のための仕掛けが植物園の風景の一部となっていました。

雨樋1
雨樋2

当時の設計解説に、『施工時の傷が癒えるにつれ、建物を建ち上げるという宴は終わり、山は元の佇まいに戻っていく。森で覆われた立面のない建築。その時、建物という暴力的な存在は、より大きな枠組みである環境や景観に還元され、切断された時間と和解する。中庭とそれを取り囲む屋根に覆われた空間だけが残る。』とあるのですが、今回の体験はまさに内藤廣さんが企図された通りのものとなっていました。

展示館の中庭1
展示館の中庭2
展示館の中庭3

惜しまれるのは、展示館中庭の植物について現地ガイドさんに話が聞きたかったのですが、「らんまん」の効果なのか予約がいっぱいで叶いませんでした。ランドスケープデザインコースの先生にと考えましたが、調整がつかず植物についての話が聞けませんでした。しかし、今回は食文化デザインコースの中山晴奈先生に同行いただきましたので、薬草の知識をお持ちの中山先生と一緒に薬草園などを巡ったり、園内や温室の植物について食べられる、食べられないといった視点で議論したりしながら見学することができました。中山先生が撮影された写真はどれも食材になりそうなものばかりだと感じたのですがいかがでしょうか?

中山先生によるお話
中山先生と散策する学生さん
中山先生撮影の植物写真

牧野富太郎にゆかりのあるものや高知の気候に適した植物を中心に見られる園内ですが、散策のゴール地点にしていた温室は別世界でした。こちらは植物を用いたテーマパークのような様相で、ラピュタの世界に入ったかのような珍しい植物群に見入っているうちに出口に着いていました。植物について語ることができる知識がないことが何とも悔しいところです。

温室のエントランス見上げ
温室のエントランスから見る
温室3
温室4
温室5
温室を出て歓談

牧野富太郎が植物学者として活動してきたことの蓄積が、広く大衆のための知財として植物園が実現していることが非常に興味深く、公共とは何か?を考えさせられます。建築デザインコースの卒業制作ではそれぞれが居住し卒業制作に取り組む地域における公共性について考えることを求めているのですが、大いに参考になる公共のあり方のひとつだと感じました。
ご参加いただいたみなさんありがとうございました。

牧野富太郎の書屋
集合写真

ここからは収穫祭終了後の余談になります。
当日は宿泊する予定だったことから夕食のために地元から参加した学生さんがおすすめしてくれた市内の観光名所ひろめ市場を訪れました。市場内のお店で買った食べ物を共用部のテーブルで食べるフードコートのようなスタイルが基本ですが、飲み物さえ頼めば食事は持ち込みでよい場合やお店のメニューだけで飲食する場合など、いくつかあるルールを確認しながら食事をする時間を楽しみました。
コロナ禍を経験した私たちにとっては非常に濃密で賑わいがあり、どこか祝祭性も感じられる食事の空間に元気をもらいました。大きなひとつのテーブルにカップル、会社の同僚らしきグループ、家族などが相席している様子に、高知特有の人と人の距離の近さを感じることができ、学生さんともご一緒する予定が混雑していてみなさん散り散りになってしまいましたが素晴らしい体験ができました。

ひろめ市場1
ひろめ市場2
ひろめ市場3

参加学生の感想

牧野植物園、共存する建築と植物

高知で暮らす私にとって、牧野植物園は馴染みのある場所だ。五台山の山頂にあるこの植物園に季節の植物を見に来たり、記念館のホールで催されるライブを聴きに来たりする。これまで一度も建築に注目したことはないので、よい機会と思い収穫祭に申し込んだ。
雨上がりの過ごしやすい天候のもと、植物園ガイドさんからのお話を中心にうかがった。園内に建つ牧野富太郎記念館は、本館と展示館の二つの建物で構成されており、設計を建築家の内藤廣が担当している。木材がたっぷり使われた建物で、本館と展示館それぞれが円に近い形をしている。ゆるやかに描かれる弧は、しなやかにたわむ植物の姿とも重なるが、なるほどこの建物も、山を駆け上ってきた強風に耐えうる強さをあちこちに備えているのだった。
園内を移動する時に、雨水を活用したしくみについて教えてもらった。降った雨は屋根から雨どい、雨どいから筒状のパイプを伝って水生植物が植えられた大きな鉢に落ちる。鉢から溢れた雨水は、下に敷かれた砂利の間から床下の貯水槽に落ち、さらに大きな貯水槽へと集められる。集められた雨水は、園内の小川や池、散水などに使われるのだそうだ。水生植物も参加するサスティナビリティ。牧野博士が聞いたら喜びそうな仕組みだなと思った。
自由散策の時間に、広い園内をゆっくり見て回る。馴染みの場所が深みを増して感じられた一日となった。

(梶原希美 芸術学科アートライティングコース 2024年度生)

 

 

牧野植物園での収穫

「植物園を造るなら五台山がええ」という牧野富太郎の言葉から高知県立牧野植物園の地は選ばれた。高知市中心部のはりまや橋から車で20分ほど、四国霊場第三十一番札所五台山竹林寺横のゆるやかな斜面に広がっている。
正門の両脇にさまざまな木々や草花が生い茂る。どのような世界が広がるのか楽しみに進んでいくと急に頭上が開け、初秋とは思えない強い日差しが降り注ぐ。視線の先、多様な植物の中に木造の屋根が見えてくる。上空から見たらアルファベットのCの形をした本館の屋根の一部である。屋根の下にすっぽり包まれるとまぶしさはなくなり、半屋外となっている空間に心地よい風が吹き抜けていく。
台風が多い土地柄、風の当たる面積をなるべく減らすため敷地の傾斜に対して屋根は伏せるようにし、内側は吹き飛ばされないよう鉄骨で補強されている。緻密に設計され、職人技を駆使して建てられた説明を聴き、居心地の良さに納得感が加わる。
日頃の勉強はWEB・本など言葉を通して一人で向き合うことがほとんどである。たまにはそれぞれの場で学ぶ仲間や導いてくださる先生と集い、五感に響く経験を共にする。今学期の目の前の課題に取り組むエネルギーを収穫できた午後であった。

(小村弘子 芸術学科アートライティングコース 2022年度生)

(文:建築デザインコース 教員 殿井環)

 

 

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