REPORT2024.11.11

アート教育

鑑賞授業で作品の見方はどう変わる?大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco) 鑑賞授業「見て・みて・エノコレ!」レポート

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  • 京都芸術大学 広報課

2024年9月17日(火)・18日(水)・20日(金)の3日間、大阪府立江之子島文化芸術創造センター(以下、enoco)の展覧会「くりかえしとつみかさね2 大阪府20世紀美術コレクションと現代作家たち」の関連企画として、近隣の小学校を対象とした対話型鑑賞授業「見て・みて・エノコレ!」が行われた。
鑑賞授業のプログラムの企画・監修は京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター研究員が、鑑賞ファシリテーターは本学アートプロデュース学科の学生3名が務め実施された。

本展は「大阪府20世紀美術コレクション」(※1)から作家の行為や思考の痕跡が目に見える作品を選び、さらに大阪府内の障がいのあるアーティストの作品を現代美術のマーケットに紹介するプロジェクトcapacious(カペイシャス)の協力で、大阪府下で活動する5人の現代作家の作品をあわせて展示したもの。アメリカの作家で環境活動家、海洋学者でもあるレイチェル・カーソンが短編で表現した「センス・オブ・ワンダー(=不思議を感じ取る感性)」の言葉も用いながら、人間の営みとしての創造行為や表現活動に光をあてる。

今回の対話型鑑賞授業では、アート作品との関わり方の一つである「対話型鑑賞」(※2)を応用し、近隣の小学校3校の3〜4年生9クラス(※3)を対象に行った。

1つのアート作品と向き合い、みんなで「みる・考える・話す・聴く」の4つの基本プログラムを繰り返すことで児童たちにはどのような変化が起こったのか。

本記事では、その変化を中心に学生たちのファシリテーションの様子もレポートする。

要素出しから物語化へ。児童らの変化

鑑賞作品には、児童たちにとって「なじみがあるモチーフがあるか」「みえたものを言葉にしやすいか」などを基準に以下の3作品を選定した。

<選定作品>

伊藤継郎《鳥と寺院》
上前智祐《作品(食パン包装袋)》
イマンツ・ティラーズ《アラブル・ロード》

美術館に行ったことがない児童も少なくなく、慣れない場所でも児童たちが楽しみながら作品を鑑賞できるよう、授業は主に次の流れで行った。

 

なお、9月20日(金)に実施した西船場小学校については、学校からenocoまでの所要時間が他校と比べて長いことなどを考慮し、一部プログラムを変更した。導入時の鑑賞のコツの共有を鑑賞1と統合し、鑑賞2の後に再度自由鑑賞を設けた。

 

鑑賞のコツを共有する前の自由鑑賞では、児童たちは「何これ」や「〇〇が描いてある」「〇〇みたい」「緑!赤もある」といったようにみえたものを口々に話していた。また、話し声は比較的小さめであり、ひそひそ声で友達同士で共有する姿が見受けられた。

 

その後、みんなで作品をみる際のコツとして「みる・考える・話す・聴く」ことが共有され、本学アートプロデュース学科の学生3名が鑑賞ファシリテーターを務め、児童たちは2グループに分かれて1作品、全員で1作品を鑑賞した。

どの作品でも、児童たちは自由鑑賞同様「みえたもの」を元気よくどんどん発言していく。その際、ファシリテーターが「どこからそう思った?」「そこからどう思う?」と問いかけ、いろんな要素が出たあとでそれまでの話をまとめ「今までのお話を踏まえてどう思う?」とさらに問いかける。

こうした問いかけやほかの人の意見を聴くことは、児童たちの作品の見方に変化をもたらした。

 

 

一例を挙げると、《アラブル・ロード》では「全部同じ顔がある」「ちょっとずつ違うよ」といった発言に対し、ファシリテーターが「どこからそう思ったか」を聞くことで髪型や目線といった顔の詳細が描写された。人の顔が一見すると同じだがよくみると違う事実が明らかになることで「1年に1回自分の顔を描いているのではないか」「1年かけて少しずつつ描いているんだ」と、そのような違いがなぜ生まれているのかの解釈が行われた。

 

 

また、《作品(食パン包装袋)》ではAさんが「こんなにたくさんの袋をどうやって集めたんだろう?」と疑問を発し「(作品を)つくった人はパン好きなのかな」と自分なりの考えを述べた。その後、Bさんが「さっきのAさんの意見のつづきだけど、こんなにたくさん袋があるのはそれだけ買えるということだからお金持ちなんだよ」と発言し、それを受けてCさんが「こんなにたくさん買うのは大変だし、捨てられていたものをリサイクルしたんだよ」と続けた。「食パンの袋がたくさんある」という事実から、それがどうして可能になっているのか、制作背景を想像する場面が見受けられた。

誰かの発言を聴いて自分の見方が変わったときには「ほんまや!」「たしかに!」といった驚きの声が挙がることが多く、あるときには「絵の見方は無限大だ」という声も漏れ出ていた。

見方の変化に関して、西船場小学校で行った2回目の自由鑑賞ではそれがより明らかとなった。前述した通り、鑑賞のコツの共有前の自由鑑賞はどの学校の児童もみえたものを口々に話し、作品の中に描かれている要素を発言する傾向が強かった。一方、2回目の自由鑑賞では、ある作品に対して「光っているからライトアップしているんじゃないか」「岩のようにもみえるし、この光はマグマが噴き出ているのかもしれない」と、みえている要素から解釈を加える様子が見受けられた。鑑賞時間にも違いが生まれ、1作品にかける時間は1回目の自由鑑賞時よりも比較的長く、なかには5分間同じ作品をみつづけている子たちもいた。また「作品がにおって鼻にツーンときた」という声もあり、視覚だけではなく嗅覚も使うなど、身体全体でその作品を鑑賞する子がいたのも特徴的であった。

 

 

帰り際には「もっとみたかった」「また来るね」と話してくれ、放課後にはさっそく数人の児童がenocoを訪れた。アート作品との関わりを「楽しい」「面白い」体験として受け取ってくれたのではないだろうか。

ここで、授業実施後に行ったアンケートで寄せられた児童や教員の声の一部を紹介する(原文ママ)。

児童の声

「絵を見てみて考えたりこれはどうやって作ったんだろうとか友だちといっしょに考えたりした。自分の意見がちゃんといえたし友だちの意見も聞けた」

「『見る→かんがえる→はなす→きく』がコツと聞いたときから芸術作品の見方がかわった気がして、とっても楽しかったし、おもしろかったです。また行きたいです!!」

「さいしょのじゆうタイムのときは1分ぐらいしか絵をみていなかったけど2回目のじゆうタイムではじっくり考えました。絵にはこんなおもしろさがあるのかが分かりました。とても楽しかったです。またいきたいです!」

「絵を見て話してみればみんなとは見え方がちがうことにびっくりしたし、最初は1つの見え方だったのに、だんだんちがう見え方になってきたのがすごいと思った」

「えの子島文化げいじゅつそうぞうセンターに行ったのが初めてで、どんな所なんやろうって思ってたけど行ったらすごくいっぱい絵とか作品があったからすごいもらいたいって思って見てていろいろしつ問とか答えたりとかできて楽しかったし、うれしかったです。また行きたいと思った時家族や友達と行きたいと思っています。ありがとうございました!」

教員の声

「非常に楽しい時間でした。一つの絵に対して、子どもたちが『対話』をすることで、それぞれの見方が共有され、また違った見方が生まれる。子どもたちが鑑賞する姿から、私自身の見方も刺激され、とても楽しい時間を過ごすことができました。子どもたちもとても楽しかったようで『またやりたい!』『見にいきたい!』と口々に話していました。見る→考える→話す→聞くのサイクルは私も授業で大切にしていることです。このサイクルにそって行う対話型鑑賞の授業を見れてとても勉強になりました。本日は本当にありがとうございました。(ぜひ定期的にやってほしいですね!)」

「子どもたちが自由に発言できるふんいきをつくってくださったので、子どもたちはとても満足した様子でした。もう少し見学の時間がとれればよかったと思いました。どうしても同じ子ばかりが感じたことを発表していたので、もっと少ない人数のグループであれば1人1人の考えがより出しやすかった(言うチャンスが生まれる)かと思いました」

「本日はありがとうございました。子どもたちも私もとてもたのしく参加させていただきました。1つの作品を見てたくさん考えたことや感じたことを伝えあうことができ子どもたちも深い学びになったとかんじました。学校の授業でも作品の鑑賞を行い意見交換などたくさん行っていきたいと思います。とても充実した対話型鑑賞でした。ありがとうございました」

今回の鑑賞授業は45分という限られた時間ではあったが、児童たちにアート作品と関わる楽しさをもたらしただけではなく、他者の意見を聴くことで、自分の見方や考えが変わるという貴重な体験をもたらす機会にもなったのではないだろうか。

 

鑑賞会で重ねた学生らの試行錯誤

このような見方の変化はファシリテーターが関与することで促進される部分がある。今回参加したファシリテーターの学生3名はどのような思いで取り組み、どういった試行錯誤を重ねたのか。

一人の学生は「図工が苦手やな、嫌やなって思ってる子に、少しでもつくるのが上手という価値観がすべてではないと思ってもらいたい。作品をみる人がいっぱいいて、考えることや話すことが楽しい作品もあるんだということに気づいてもらえたら」との思いが参加動機にあった。

アート作品はつくる人だけではなく、鑑賞する人がいるからこそ成り立つ。そうした一端を知ってもらうためにも、鑑賞体験後に目指す状態として「面白かった」「また体験したい」「思わず帰り道に話したくなる」ことを共通認識とした。

とはいえ、学生3名は普段から小学生と関わるわけではない。実際に児童らを前にファシリテーションをしてみると、予想以上に多くを話してくれるからこそ「聴く環境をうまくつくれなかった」「1対1になりすぎてしまった」といった状況が生まれた。一方で「話したそうだけど手を挙げられない子に対し、どうフォローして、感じたことや考えたことを全体に共有するか」など、鑑賞の場づくりの難しさが浮き彫りとなった。

そうした課題を踏まえ「コツの共有で聴くことが一番楽しいんだよと伝えてみよう」「言わんとしていることをパラフレーズ(言い換え)して早めに鑑賞者全体に共有する」「鑑賞者側にいるサポートスタッフがこうした意見も出てるよと鑑賞の合間に投げかける」といったように、うまくいかなかったことに対して改善案を考え実践していった。場づくりの改善を行いながら、ファシリテーターが「どこから?」などの基本的な問いかけを行うことで作品の要素出しから考察へとだんだんと鑑賞を深めていける場面が見受けられた。短時間で試行錯誤を重ねられたことは今回の鑑賞授業だからこそできた経験といえる。

学生らに3日間の感想を聞いてみると、

「『できた』『楽しい』と思えることが作品を『もっとみたい』につながるのでは?と考え、手を挙げて発言した子だけでなく、子どもたちの口をついた言葉も『ほかにこんなことを言ってくれたのが聞こえましたね』と全体に共有するようにした。その場ですくいあげることができたのは声を聴けているからだと思うのでできてよかった」
「自分はどの発言に対しても反射的に『面白い』を多用していたので、それをしないことでより相手の発言に耳を傾けられるようになった。鑑賞会の最後に今回の体験から持ち帰ってほしいこちらの想いを伝えることもできた」
「手を挙げている子を前後ろ満遍なくあてることや、鑑賞の合間に小まとめを挟むことを意識した。一つひとつの会への反省はあるけど、全体としては自分の満足度は大きい」

といったように、それぞれが一定の手応えを得られたことがわかる。

 

 

鑑賞授業がもたらした気づき

今回の鑑賞授業について、enocoの担当者からは「次のクラスに良かった作品を『みて!』と伝える子がいるなど、個々の体験の広がりを感じた」「対話型鑑賞によって得られた作品情報もあった」というフィードバックをいただいた。

アート作品を通じて対話することは私たちに多くの発見をもたらす。子どもたちが作品を隅々までみて発した言葉が、何度も作品をみていたはずの大人にとって初めての視点をもたらすことがあったように、それぞれがみて考えたことは誰かの新たな気づきとなる。アート作品の前では誰もが平等であり、年齢や肩書を超えたコミュニケーションが生まれることを実感する時間でもあった。

3日間行われた鑑賞授業は子どもだけでなく、それに関わった大人にも「センス・オブ・ワンダー(=不思議を感じ取る感性)」を刺激する機会を与えてくれたのではないだろうか。

※1
大阪府では20世紀後半に制作された作品を中心に、国内外のさまざまな美術作品(約7,900点)を所蔵する。企画展はコレクションを知ってもらうことを目的として年に数回開催される。

※2
対話型鑑賞とは、1980年代にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された鑑賞教育プログラムである。グループで1つの作品をみながら、発見や感想、疑問などを話し合い、対話を通じて鑑賞を深めていく。Visual Thinking Curriculum(VTC)、および後に開発者らが発展させたVisual Thinking Strategies(VTS)がある。京都芸術大学ではそれらを発展させたACOP(Art Communication Project)を展開する。

※3
・大阪市立本田小学校3年生4クラス(9月17日:午前2クラス、9月18日:午前2クラス)
・大阪市立明治小学校4年生3クラス(9月17日:午後2クラス、9月18日:午後1クラス)
・大阪市立西船場小学校4年生2クラス(9月20日)


ライター:南澤悠佳(編集者/コンテンツデザイナー/対話型鑑賞ファシリテーター)

 

 

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