NEWS2023.03.08

アート

美術家・山口和也がいざなう「生命」という音の原初、絵画の原初への旅:卒業生からのメッセージ

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  • 京都芸術大学 広報課

美術家の山口和也が3月13日に大阪のザ・シンフォニーホールで「絵画というリサイタル」というイベントを行う。なぜ美術用語の「絵画」と音楽用語の「リサイタル」が並ぶのか、なぜクラシック音楽の殿堂ザ・シンフォニーホールが会場なのか、頭のなかに疑問符がよぎった人もいるだろう。本稿ではその概要と、山口がそこに至った経緯、そして美術家としての道のりを紹介する。

山口和也 yamaguchikazuya.jp


京都芸術大学卒業。一人の音楽家との即興で描かれる "KAKIAIKKO" で、2000年絵画の全国公募展 関口芸術基金賞(TAMON賞)グランプリを受賞。副賞として滞在したニューヨークで日本画家千住博の依頼を受け、アトリエでの制作風景を数年間に渡って撮影、二冊の写真集を刊行する。2008年からはボクサー辰吉丈一郎の撮影を継続している。

2016年 観音寺本堂(兵庫)の天井画「鳳凰図」が完成。2018年 日本で唯一の紙祖神を祀る岡太神社・大瀧神社(福井)の「千参百年大祭・御神忌」にて「絵画点火式」を奉納。同年、一休禅師を開祖とする大徳寺真珠庵本堂(京都)の襖絵「空花」が完成。2019年アルマーニ銀座タワーリニューアル記念スペシャルイベントでのライブペインティング、ロサンゼルスにて最新作「空花」の滞在制作・発表をおこなう。

2020年 ロームシアター京都メインホールにて、リサイタル"Blackout/Whiteout" #0 を無観客上演(企画・演出・出演)。2021年ロームシアター京都ノースホールにて、同リサイタル #1を初公演。出雲大神宮(京都)にて「クニトコタチ」を上演。アラベスクホール(兵庫)にて「絵画というリサイタル」を開催。

受賞歴:日本ビジュアルアート展 特別賞、フラッグアート展 日比野克彦賞、関口芸術基金賞(TAMON賞)大賞、高砂市文化奨励賞 など

BLACKOUT #0 2020
WHITEOUT #0 2020

 

独自の表現スタイルの創造と、それがもたらしたもの

まず、山口が2020年にロームシアター京都メインホールで行った「リサイタル BLACK OUT / WHITE OUT ♯0」と、翌2021年に同ノースホール行った「リサイタル BLACK OUT / WHITE OUT ♯1」に触れねばならない。

「♯0」は、新型コロナ禍により公演の開催が不可能になった時期に、京都市が募集したホール活用プランに山口がエントリーし、採用された。2020年7月に無観客で上演されている。ステージ上にはパネルが弧を描いて並び、無人・無音の広大な空間に立った山口が、闇の向こう側、光の向こう側と対峙しながら絵画作品を描き上げていくというものだ。

構成は、二日間にわたってBLACKとWHITEがそれぞれ1日づつ行われ、BLACKでは極力照明を落とした空間が、WHITEではスモークによる霧中のような空間が作られる。つまり、絵画という視覚芸術であるにもかかわらず、あえて視覚を拠り所としにくい状態を作り出し、その状況下で美術家はいかなる創造性を発揮できるのかを問うているのだ。作品数は9枚×2日間で計18点。無音の会場には山口の筆致から発せられる、時に打撃音ともいえる描画音が響きわたり、その音量、音質、テンポ、緊張感が一種の音楽あるいは芸術家精神の鼓動のように感じられた。
 

 

翌年3月に行われた「♯1」は、「♯0」の有観客バージョンである。観客という新たな要が加わることにより、山口は空間と自己に加えて観客の視線を意識することになる。それが音楽や演劇などの公演なら、エンタテインメントとして観客をもてなすのは当たり前のことだ。しかし山口が目指す地点はそこではない。観客を意識して作為が顔を出した瞬間、予定調和や受け狙いなどの邪念が作品に忍び込む。それらを排し、徹底的に空間や自己と向き合いながら、さりとて観客の存在を無視するのではなく、むしろ力に変えてさらなる高みを目指すのである。まるで綱渡りのようなバランスが求められるクリエーションだが、彼は見事にそれをやってのけた。これら2度の「BLACK OUT / WHITE OUT」について、山口はこのように述べている。

リサイタル BLACKOUT #1 2021
リサイタル WHITEOUT #1 2021


「1999年から即興演奏のできる音楽家と1対1でステージに立って、事前に打ち合わせを行わずに音と線を重ねていく『KAKIAIKKO』というシリーズを続けているのですが、そこでは人と人との間合いに焦点がありました。でも、パンデミックの状況下でそのやり方を持ち込もうとした際に違和感があった。コミュニケーションの仕方や人と人との関係性が大きく変化したからだと思います。じゃあ今何をやるべきかとなった時に、自分が今まで培ってきたものを解体する好機ではないかと。頭の中に個というイメージが強くありました。そこから自らを一人で舞台に立たせることとし『BLACK OUT / WHITE OUT』のプランが生まれました」。

「一人で舞台に立った時、何をきっかけや拠り所として描きはじめるのか。もしかしたら描こうという衝動が起こらないかもしれないし、下手に画面へ触れてしまうことは手ひどいしっぺ返しへと繋がる。それでも自分を舞台に立たせてみようと思いました。ロームシアター京都メインホールの大空間はそれに相応しく、2000を超える無人の客席を前に、ステージに立つ個としての自分は一体何を生み出すのか」。

KAKIAIKKO with Taiichi Kamimura 2013
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KAKIAIKKO with Yusuke Kataoka 2013


「そのような、ほぼ真っ暗な空間や真っ白な空間に自分を置いてみると、まるで宇宙空間に一人でいるかのようでした。同時に、闇と光という原初的な両極からその向こう側に突き抜けて行く感覚がありました。より絵画が自由になった気がして、全てにおいてすごくいいと。今までやってきたことが結実して、それが小さくまとまるのではなく、大きくバーンと開かれた感じで出来ました」。

 

「絵画」と「音」が切りひらく新たなクリエーション

そんな「BLACK OUT / WHITE OUT」の成果を受けて行われるのが「絵画というリサイタル」だ。今回もホールを会場としているが、そこで山口が絵を描く訳ではない。「♯1」で制作した作品がザ・シンフォニーホールの舞台に並び、制作時にレコーディングされた描画音がスピーカーから発せられる。つまり、絵と音のインスタレーションである。観客は客席1階とステージ上を自由に移動でき、座る、立つ、歩くなどしながら絵画と音の空間を味わえるのだ。開場は午後2時から午後8時まで。コンサートのように公演時間が決まっている訳ではないので、観客は何時に来て帰っても良い。心行くまで絵画と音響が繰り広げる世界を体感できる。山口はなぜ、このようなプランを思いついたのか。

「舞台の中央に一人で立ち、闇や光のなかで湧き上がる衝動を瞬発的に画面に描きつけるのですが、その瞬間、アタック音がホールの空間に響きわたるんです。カカカンッとかコツコツという音が生まれては消えていく。その音たちは闇や光の彼方へと飛んでいくんだと思います。絵はその音の痕跡であり、絵画が誕生するまでの産声と言えるかもしれない。後日そのことを考えていてふと気付きました。『BLACK OUT / WHITE OUT』の核心は『音』にあるのではないかと」。

「もちろん絵も核心ですよ、描くために舞台に上がったのですから。しかし、音が核心だというのは間違いなく言える。このリサイタルで生まれた絵は核心であるその音々が刻み込まれた絵画といえます。自分は絵描きなので、描画法や構図など過去の勉強や経験を通して植え付けられたものがありますが、音にはそれがない。作為を超えたところで生じたものだから、むしろそちらに本質が宿ったのです。また、友人から聞いた話ですが、先史時代の洞窟壁画がありますよね。その壁画が描かれているのは洞窟内で最も音響の良い場所だというのです。それを知って、ますますこのプランに自信を持ちました」。

「筆音によって音楽の、そして絵画の原初へとアプローチするこのリサイタルにふさわしい会場としてまず、ザ・シンフォニーホールが頭に浮かびました。恐れ多くも。このホールは20世紀を代表する指揮者カラヤンが称賛し、『残響2秒』と呼ばれる素晴らしい音響を誇っています。この最高の音環境、そして古典から更なる原初へというこのリサイタルの特性もあって相応しい空間だと思ったのです。とはいえクラシック音楽の殿堂といわれるコンサートホールへ美術家が、筆音によるリサイタルなどという企画を持ち込む訳ですから、なかなかの勇気です。ただ不思議と自信はありました。ザ・シンフォニーホールの音楽総監督である喜多弘悦氏が思いがけず大きく興味を示して下さり、その日のうちに2024年に実現させようという話にまで至りました。またそのプレイベントとして3月に「絵画というリサイタル」をやることが決定しました」。

「ホール内の照明はできるだけ暗くするつもりです。その方が音に焦点を合わせやすいし自らへも意識が向くと思うので。いわゆる絵画展とは違い、やけに広いホールの舞台に絵画が18点佇んでいます。空間にはそれらの絵画が誕生するまでの描画音が鳴っていて、来場者はあたかも体内回帰のような、または洞窟のような薄暗い空間を歩きながら、さて何を感じるのでしょうか。それが『絵画というリサイタル』です」。

絵画というリサイタル @ROHM Theatre Kyoto North Hall 2021
絵画というリサイタル@Arabesque Hall 2021

 

ユニークな作家性を育んだキャリアを振り返る

 山口の表現は「BLACK OUT / WHITE OUT」にせよ、「KAKIAIKKO」にせよ、通常の画家の仕事とは異なる。制作プロセスを共演者や観客と分かち合い、体験を重視する傾向が感じられるのだ。独自のスタイルはどのように育まれたのだろうか。それを知るには学生時代までさかのぼらねばならない。

「僕は志を持って美大に進学したのではありません。子供の頃に体育と美術だけ成績がいい子っていたでしょう。自分はその典型でした。大学進学を前にいろいろな学校を調べたら美術大学というのがあると。それで、自分は釣りが好きだったので、当時琵琶湖に一番近い美大ということで京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)に進学しました」。

「入学はしたけれど学生生活に馴染めず、1回生のときに退学届を出しています。そしてアルバイト先のアイスクリーム屋に就職して副店長に抜擢されたのですが、やはりそこでも違和感が拭えない。結局大学の先生が退学届を事務局へ提出せず手元に置いてくれたおかげでそのまま大学に籍を置くことができましたが、その後もずっと悶々としていました。卒業制作展でも、当時は先生が票を持っていて、懇親会のときに誰が何票取ったかを多い人から読み上げるんですよ、『○○君何票、○○君学科賞』って。僕はいつ呼ばれるのかと思ったら最後でした。多分先生方は僕が作家に進むとは思っていなかったでしょうし、実際にそう言われたこともある。そういうつらい思い出が結構あります。いまその中で作家として活動しているのは僕だけですが」。

「自分にとってきっかけの一つは、大学時代の阪神淡路大震災(1995年)。震災後にイラストレーターの黒田征太郎さんと、ドンドコドンというパーカッションのグループが神戸を元気づけようとやって来て、工場跡地にシートを何十メートルも張って、多くのミュージシャンが音を出しながら、誰でも描いていいよって。僕も行って描きました。翌日に黒田さんが鳩の絵をたくさん描いて、お金を寄付した来場者がその絵を持って帰るというのがあったんです。それが衝撃的というか、それまでは画廊で展覧会をやって、絵をいくらで売るとか、そういうのが画家だと思っていた。僕も1枚持ち帰って神戸駅で電車を待っている時に、それを上空から見てみると、ここから何十枚の絵が神戸から広がっていく、次に黒田さんが別の場所で同じように絵を描いたら、そこからまたあちこちへと広がっていく。すごいな、これはと。心が解放されたというか、こんなのもあるのかと感動しました」。

その夜は興奮して寝れなかったという山口は、翌日から様々な人と一対一で向かい合って座り、画用紙に同時に互いを描き、そして出来上がった絵を最後に交換する「描き合いっこ」というプロジェクトをはじめた。最初は親族や友人、そして路上で出会った人々と描き合っていく。

描き合いっこ in N.Y


「そして1999年からはじめた『KAKIAIKKO』で描いた絵が、2000年に関口芸術基金賞(TAMON賞)でグランプリを受賞します。その副賞として滞在したニューヨークで日本画家の千住博さんと出会い、制作をお手伝いしたり、制作の舞台裏を数年間撮影したものが写真集になったり。そうした経験がボクサーの小松則幸さんや辰吉丈一郎さんの撮影や、海外での滞在制作、お寺の天井画や襖絵制作などへと繋がります。最近は自ら山へ入って原料を採取するところから作品の為の紙を漉いたり焼きもんを焼いたりしていますね。2019年にやったアルマーニ銀座タワーでのライブペインティングでは、遠い昔のヨーロッパを旅するような感覚を覚えたのですが、それが今の「BLACK OUT / WHITE OUT」へと昇華されました。決して順風満帆ではありませんよ。むしろ失敗続きというか、効率の悪い生き方をしてきたなと思っています」。

 本人の言う通り、彼のキャリアは手探りの連続で、失敗を重ねながらも自分が手繰り寄せた一本の細い道を愚直に進んできたと言える。また、彼のそんな姿勢に共感した人々とのつながりが創作にひらめきを与え、独自の道を行く支えになってきた。芸術家はたった一人で世界と対峙する孤独な一面を持つが、今の学生たちのなかにも当時の彼と同じように悶々としている人が少なくないだろう。山口和也の存在、そしてザ・シンフォニーホールの「絵画というリサイタル」は、そうした人々にとって一つの希望になるかもしれない。当日、山口は会場におり、毎時00分に舞台挨拶を行う。作家の肉声を聴きたい人はその時間帯に出かけてほしい。

 

(文:小吹隆文)

絵画というリサイタル @ ザ・シンフォニーホール

日時 2023年3月13日(月)2:00pm-8:00pm
随時入場可 開場1:30pm 毎時00分に作家挨拶あり
会場 ザ・シンフォニーホール
〒531-0075 大阪市北区大淀南2丁目3-3
チケット 前売券 1,000円/当日券 1,500円
☆特別前売券 3,000円
https://kazuyayamaguchi20230313.peatix.com/view
主催 空花
協力 ザ・シンフォニーホール / アーツサポート関西

https://yamaguchikazuya.jp

 

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