REPORT2022.10.04

アート

Kawaiiから始まった、人々の固定観念を取り払う増田セバスチャンの挑戦「Polychromatic Skin-身につける、脱ぎ棄てる-」

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  • 京都芸術大学 広報課

ニューヨークの拠点にした増田セバスチャンの新しい試み

2022年 9月30日(金)から10月2日(日)まで、工場地帯にある“アートの街”大阪・北加賀屋のKagooで、Kawaii文化の牽引者として知られるアーティスト、増田セバスチャンの参加型ライブパフォーマンス「Polychromatic Skin-身につける、脱ぎ棄てる-」が開催された。カラフルだけども象の頭のような、下着のような恰好をしたチラシを見た人もいるかもしれない。これは《Polychromatic Skin》(多色性の皮膚)と名付けられたシリーズであり、すでに「六本木アートナイト2022」でタワー型の作品や壁画が展示され話題となっていた。今回は、タワーの作品も組み込み、参加型ライブパフォーマンスとして展開された。

Polychromatic Skin-身につける、脱ぎ棄てる-
Polychromatic Skin -Gender Tower-


Kagooは、昨年、増田が大規模個展「YES, Kawaii Is Art」を開催した場所であり、1年ぶりに凱旋した形だ。「YES, Kawaii Is Art」はその後、神田明神でも巡回され、大いに評判となった。「YES, Kawaii Is Art」では、所有者である千島土地株式会社や地域の人々から多大な支援を得られたことからも、増田が実験的な試みを行える場所として高く評価していた。その後、増田はニューヨークに拠点を移し、新たな活動を始めている。今回、北加賀屋で実験的なパフォーマンスを開催するのも、世界的な展開を見越してのことだ。その最初が北加賀屋で行われることにも大きな意義があるだろう。

Kagoo外観。
《Colorful Rebellion -Seventh Nightmare-》(2014)


今回、テーマとなったのは、昨今社会的な課題となっている「ジェンダー」を巡る問題である。生物的な性差以外にも、さまざまな性があることはすでに多く人々に知られるようになった。それは一般的に「LGBTQ」と言われているが、近くに友人がいたり、当事者ではなかったりすると、自覚的に考えたり、行動に移せないことも多いだろう。わたしたちは、生物的な性差以外に、「男性らしく」「女性らしく」なるのは、社会的な規範が大きい。そのように振る舞うよう、社会や共同体から陰に陽に要求され、それに応えているうちに、固定観念として自分の中の認識になってしまっているのだ。

増田はそのことをニューヨークで気づいたという。2018年、ブルックリンにあるクラブでトイレに入ろうとすると、男性・女性のサインは潰され「non-gender」と記されていた。男性(青)・女性(赤)で記号化された、元の色の方のドアを開けると、今までとはまったく異なる風景が広がっていたという。そこで戸惑いを覚え、自身の中に固定観念があることに気づく。そこから、ジェンダーを始めとした固定観念を取り除くための方法を模索してきた。
 

カラフル・ラボと「YES, Kawaii Is Art」展

しかし、ジェンダーを巡る問題について、増田が無自覚的であったということではない。むしろ、今までのKawaiiをテーマにした活動は、ジェンダーと深い関係がある。増田が牽引したKawaii文化は、「幼きものを愛でる」といった意味合いを超えて、自分の好きなもの、可愛いと思えるものを過剰に身に着け、見るものを圧倒すると同時に、自身の大切な精神性、価値観を守るという傾向がある。それは大人の規範に対する抵抗と同時に、時に男性、女性といった性の対象として見られることに対する抵抗運動にもなっていることがある。

撮影:GION


増田は、2015年から京都芸術大学の社会実装プロジェクトの1つ、ウルトラプロジェクトに参加している。特に2018年からは「カラフル・ラボ」を立ち上げ、参加学生と一緒にリサーチと展示を行ってきた。「新型コロナ」の流行が始まった2020年度は、戦後少女文化から連なるKawaii文化と、その世界的伝播をテーマにリサーチをしている。2020年5月には、宣言文「Kawaii Tribe -Speak Up-」をSNSで発信し、世界中のKawaiiの価値観を共有し実践する人々を励ました。それは自動的に世界中の言語に翻訳されてSNSで波及していく。その後、「Kawaii Tribe Session」として、世界中のコミュニティとZOOMを使ったオンラインセッションを開始した。その成果は、2021年3月、「Digital Tribe -未来のコミュニティのあり方-」展として発表し、「YES, Kawaii Is Art」展でも巡回展示された。

ZOOMを使ったオンラインセッション。
「Digital Tribe -未来のコミュニティのあり方-」


国や性別、人種、民族などあらゆる属性が異なる「Kawaii Tribe」の人々は、共通して、Kawaiiファッションやアイテムを身に着けることで、本当の自分でいられる、自由になれる、勇気を持てるということを述べていた。つまりそれは、ジェンダーを乗り越える方法でもあるといえる。

「YES, Kawaii Is Art」展では、「7つの大罪」をテーマに、3つの部屋からなる壮大なインスタレーションによって、観客自身が自分の内側の色を見つける仕掛けだった。また、観客が移動型のカプセルに乗り込む《Fantastic Voyage》(2021)も隔離された空間の中で、移動しながら心の色の旅をする作品だったといえるだろう。その意味は、増田は、外面だけではなく、心の色や解放を一貫して追い続けている。

《Fantastic Voyage, Prototype II》(2021)大阪・北加賀屋「音ビル」

 

 

カラフルな皮を被って、心の殻を脱ぎ捨てる参加型パフォーマンス

「Polychromatic Skin-身につける、脱ぎ棄てる-」は、カラフルなファッション、アイテムを身に着けることで、自分自身の持っていた殻を打ち破るという「Kawaii Tribe」のエッセンスを取り入れ、今まで傍観的に眺めていた人々も参加できるようにしたパフォーマンス作品だ。

今回も、Kagooの内部に大がかりなセットを組み、フェンスで閉じられた大きな劇場を作り上げた。最初にパフォーマーとして参加する人と、鑑賞する人に分けられる。劇場に入る前に、パフォーマーとなって衣装を着る人の映像が流れている。劇場の中央奥には、「六本木アートナイト2022」で組み上げた巨大なタワー《Polychromatic Skin-Gender Tower》が鎮座する。左右には「Kawaii Tribe」の人の顔がスクリーンにプロジェクションされており、ステージには、「ジェレファント」が立っている。

劇場に入る前に参加者全員で映像を視聴する。(撮影:顧剣亨)
撮影:顧剣亨
《Polychromatic Skin-Gender Tower》(撮影:顧剣亨)


パフォーマーとなった人々は、自分の服の一部をあらかじめ脱ぎ、マスクとトップス、ボトムスを身に着けてフェンスの中に入っていく。頭は象のようにも、ガスマスクのようにも見え、胸と性器のようなものがついたカラフルな衣装になっている。その姿は、インドの神様であるガネーシャにも似る。フェンス越しで見ている鑑賞者からは、それが男性なのか、女性なのかわからない。モチーフとなったのは、アンドロギュノスである。

撮影:顧剣亨


アンドロギュノスとは、ギリシャ語で男性を意味する「アンドロ」と女性を意味する「ギュロス」を組み合わせた造語で、男女両性を兼ね備えた両性具有者のことである。芸術作品では乳房を持った少年、あるいは男根を持った女性として表され、プラトンの『饗宴』では、完全な性であり、男女に分かれる前の姿とされた。

劇場の中に入ると、ヴァイオリン、ドラムなどによる生演奏が始まり、「ジェレファント」が舞う。しばらくすると、「Kawaii Tribe」からさまざま問いかけが行われる。その問いかけによって、パフォーマンス参加者は右に動いたり、左に動いたり、飛んだり、叫んだりする。鑑賞者から見てもそれらが誰かは特定できないので、中に入っている参加者は、自分をさらけ出しているように見える。それらの問いかけは一種の楽譜や舞踊譜であり、それを元に参加者が動き、それに合わせて音楽が即興的に鳴らされる。その過程で、固定観念化したジェンダー、抑圧された思いなどが解きほぐれていく。そして毎回毎回、参加者が生み出す地場そのものが作品となるのだ。

ステージに立つ「ジェレファント」。(撮影:顧剣亨)
参加者は問いかけによってパフォーマンスを行う。(撮影:顧剣亨)


その後、演者として舞台の中でパフォーマンスを行っているウルトラプロジェクトに参加した学生に聞くと、衣装は嫌だったり、恥ずかしかったりする人はいるかもしれないが、着ることによって今までとは違う、新しい自分を見つけられる予感がしたという。そして、衣装を脱いだ後は、今までの固定観念の殻も脱ぎ捨てる感覚になる。だからジェンダーに思い悩んでいる人こそ参加して欲しいと語る。あるいは、マスクで踊るときの息苦しさは、ジェンダーに思い悩む人の苦しみを共有することになっていて、演じるだけではなく、自分も考えせられ、気づきがあるのだという。プロジェクトには、1年生から4年連続で参加している学生もおり、結束力の強い「Kawaii Tribe」になっている。なかでも、今回いろんな人や自分たちが参加することが反映され、化学反応を起こすことを経験し、今まで以上の手ごたえを感じているという。

プロジェクト参加学生は、演者のほかにも現地での設営や運営にも一部参加している。(撮影:顧剣亨)


会期中は、前回から交流を深めた地域の人々も多く訪れ、前衛的なこのイベントに参加したり、鑑賞したりする光景が見られた。まさに、人々の意識をダイナミックに変容させている。このパフォーマンスは、アメリカやヨーロッパを巡回し、東京、そして大阪に戻ってくることを検討しているという。ジェンダーを含めたさまざまな意識の壁を壊し、国境を越えてつながることこそ、このプロジェクトの目的でもあるだろう。

増田は、現在でこそ現代アートの分野でも活動しているが、『6%DOKIDOKI』などのショップ・ブランドオーナーやきゃりーぱみゅぱみゅの『PONPONPON』などのアートディレクターほか、さまざまな顔を持つ。人々の固定観念を壊して、さまざまな分野を乗り越えて人々をつないできた。実は90年代の実験演劇からキャリアをスタートしている。寺山修司にあこがれ、美術家・劇作家の飴屋法水などの美術などを担当したり、自身も舞台作品を制作したりしていた。今回の作品は、原点回帰的な要素もあるし、今までの経験を取り入れ、現代の社会に新しい形で提示したといってもよいだろう。

 

 

協働制作で得た新しい表現

Kawaiiで見出した、着ることによって、心を守り、そして心のわだかまりをさらけ出すこと。それはある種のアートセラピーのようでもあるし、実際そのような心の支えになっている。しかし、多くの人々にとって、そのような機会は少ない。誰しも社会に求められている「男らしさ」「女らしさ」「大人らしさ」「子供らしさ」などのイメージに抑圧され、そこから漏れ落ちた自分の心を吐き出す場面はほとんどない。

増田は、ニューヨークに行ってさらに視野を広げ、これからコロナ禍が開け、再び自由に人が動き出す前に、心の壁をとる必要を感じたという。性差別のほか、アジア人差別も依然として深刻である。自由に行き来する際に、それらは障壁になってくるだろう。増田の考えるように、まずは内側にある壁を取り払えば、外側の壁も徐々に開かれていくのではないか。

パフォーマンスによって徐々に開放されていく参加者たち。(撮影:顧剣亨)


会場には、プロジェクトの参加学生が、増田が“ジェンダー”もしくは無意識に作っている固定概念について、という投げかけを受けて行ったプレゼンテーションの展示も行われていて興味深い。例えば、「Q2,髪型やファッションを変えるにように、性別や性格を変えられるとしたら、あなたはどのような生活を送りますか?」「Q4,日々の生活の中で、ジェンダーの問題や、常識とされる境界線によって苦しんだこと、変だと思ったことはなんですか?」、「Q5,今まで常識として教わってきたことがすべて間違いだとしたら、あなたは何を信じますか?」などの質問に、それぞれが真摯に答えている。それだけではなく、男性と女性のキャラクターの書き分けについて考察した「キャラクターで見る“ジェンダー”の概念」や自身のジェンダーをイラストで表現したり、ダンスで表現したりするなど、芸術大学ならではの提示がされている。

プロジェクト参加学生による展示(撮影:顧剣亨)
学生は増田セバスチャンから直接指導を受けながら実践的な制作現場を経験。
パフォーマンス用のアイテムのデザインや制作にも携わっている。


そのようなプロジェクトの参加学生との対話や協働作業が、大きく作品に関係している。増田の今までの制作の中でも、ここまで学生とコミットして作品を作り上げたことは少ないという。しかし、そのような共に考える姿勢こそが、壁を取り払うために重要なのだろう。作品は、今後さまざまな場所で開催されて、いろいろな反応があると思うが、その過程でまた新しい形へと進化していくのではないか。

(取材・文 三木学)

 

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