INTERVIEW2021.08.27

映像教育

映画の現場は、社会の縮図。 ― 山本起也監督に聞く、教育現場としての映画『のさりの島』:後編

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  • 京都芸術大学 広報課

★「映画の現場は、社会の縮図。 ―山本起也監督に聞く、教育現場としての映画『のさりの島』:前編」より続きます。
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/874


学生たちにはあえて高いハードルを

― 俳優コースの学生には、かなり厳しい条件を出したと聞いていますが。

俳優だけをやりたい人はお断りで、ちゃんとこうした映画の準備に参加する事が条件でした。自分が芝居するには、そのステージを自分たちで設営しないと芝居ができない、ということです。まず、俳優である以前に、あなたは何者でもない。そういうポジションを自覚し、自分で演じる場を作り出す意思がある人だけ参加しなさいと。そうしたら最初、応募者はゼロでした。

酷なようですけども、世の中に出たら一部のラッキーな俳優、売れ線に入れた監督、そんなひと握りの人以外は、自分たちの表現の場を自分たちで立ち上げるぐらいのことをしないと、監督だって映画が撮れないし、俳優も出演機会すら得られないんです。大学に保証されて、芝居する場所を用意してもらって、そこで演技をして褒められて俳優気取りになる。あるいは社会勉強みたいな気分で現場に行って、映画ってこんなものかとわかった気になる若者を世の中に出してしまう。これほどの害悪はないと僕は思う。学生には、しぶとく長くトライできる人になってほしい。学生にとっては高いハードルを課していると思います。もちろん、自分には無理っていう子がいてもそれは仕方ない。これはすべての学生の必修授業ではないわけですから。

2019年2月~3月の天草での撮影風景。左は、みつばちラジオDJ 堀川清ら役の杉原亜実さん(映画学科俳優コース10期卒業生)。


そんな中、「やります」と意志表明してくれる俳優志望の学生が少しずつ現れた。嬉しかったですね。だから、どんな短いシーンであっても出演の機会を作りました。端役で出ているのは下の学年の表現力はまだまだの子たちです。セリフが少ないとか後ろ姿ばかりとか、スタッフでこき使われて「たったこれだけかー」って思ったかもしれませんが、セリフひと言や後ろ姿だけの役ですら、実はすごく遠いところにある。彼らが本当の意味でそれに気づくのは、世の中に出てからかもしれませんが。

天草エアラインで都会へ旅立つ、金子ゆかり役の中田茉奈実さん(俳優コース10期卒業生)のロケシーン。


― 映画製作コースの学生はそもそも多岐にわたる業務がありますが、スタッフとして希望者は多かったですか?また、彼らに求めるのはどういった点でしょうか。

そんな集まりませんよ!無理もないです。例えば、雨降りの日に映画の主要舞台である商店街(銀天街)でブルースハープを吹くシーンを撮らなきゃならない。撮影場所はアーケードがちょうど途切れるところだったので、床が雨で濡れているわけです。それで製作の学生たちはみんな四つん這いになって、雨に濡れた床面を雑巾で拭いてはバケツに絞り、また拭いては絞っての繰り返しです。何をバカなことをっていうことを、ただ必死になってやる。映画ってそういうことの連続です。でも、それもまた映画なんです。

この映画のテーマは何か、伝えたいことは何なのか、この映画における世界観を構築するためにどういった準備が必要なのか。そんな小難しいことと、雨に濡れた床を雑巾で拭くこと。その合わせ技が映画なんですね。こんな映画が撮りたい、なんて誰でも言える。でも、それだけでは映画はできない。大人数のスタッフやキャストと協働し、そのやる気を喚起し、また同時に負荷にも配慮しながら現場を進める。そして一方では、映画っていうオーケストラの指揮棒を振ってる。監督って、そんな仕事だと思います。アーティストの部分だけでは現場はできないし、現場監督だけでも務まらない。それを融合しなきゃいけないのが映画の奇妙なところ ですね。それをそのまま学生に見せて、苦悩する自分を晒し、彼らがどう見たか。これもまた北白川派です。

銀天街アーケードでブルースハープを奏でるシーンのナイター撮影風景。


撮影地・天草とのかけがえのない繋がり


― 天草ロケの3週間では早朝から夜遅くまでかなりハードな合宿生活だったかと思いますが、撮影を通して学生の変化や成長をどう感じられましたか。

おのおのが日々のスケジュールをこなしたらもう気力も体力も残ってなくて、みんな倒れるように寝ていました。プロが11人で学生が21人、衣食住が一緒なので24時間どこにも逃げ場はありません。僕もね、最初に映画やった時にびっくりしたんですよ、何なの、この仕事量の多さはって。自分のそれまでの経験則が根底から崩れてしまうような衝撃があった。でもその時に、超面白い!って思っちゃったんですよね(笑)。他のどんな仕事よりも手応えがあった。

『のさりの島』でも、撮影当時1年生だった子が4年生になった今も映画の宣伝にも参画しています。そして、次の北白川派第8弾・福岡芳穂監督の時代劇『CHAIN / チェイン』に、『のさりの島』を経験した子が2本続けてスタッフで参加している。少なくとも彼らは「もう現場は嫌だ」って思わなかったわけです。

2019年2月~3月の天草ロケ時の合宿部屋の様子。
壁に支援者のお名前を貼り出し、毎日眺めて感謝の気持ちを忘れず励みにしていました。


『CHAIN / チェイン』の現場で、僕のとこでコテンパンに怒られていた子が、初めて現場に入った子よりもはるかに仕事ができている自分に気がつくんです。みんなが何をしていいかわからない時にそいつがぱっと動いたりすると、プロのスタッフから「おぉ、お前できるな」って褒められる。そうすると、その子もどんどん自信がつくからさらに率先して動いて、「卒業したらウチに来いよ」ってプロから言われるくらいになるわけですよ。

その時に初めて、『のさりの島』であれだけしんどい思いをしたのはこのためだったのか、ってわかったんじゃないですかね。そうやって何人かが、成長するきっかけを掴んだのが嬉しかったですね。みんなそこにいく前にやめちゃうから、勿体ないなと思います。

今秋公開予定の北白川派第8弾 時代劇『CHAIN / チェイン』の撮影現場。©北白川派


― 映画の完成後もずっと天草との交流を続けていらっしゃいますね。

卒業制作の作品を天草で撮ると言っていた学生(天木皓太さん)もいますが、残念ながらコロナで、地方で映画が撮れるような状況じゃないですよね。撮影には行けませんが、先日の天草でのお披露目上映では、学生の参加を許可して欲しいと大学にお願いし、一緒に天草に行きました。撮影の時に散々お世話になりながら、終わったらそれきりで、映画が完成したかどうかの報告もお礼もないなんて、ありえないことですよ。彼らも、「天草の皆さんに届けて初めて完成だ」と思っていたはずです。

上映会に参加した学生(西野光さん)は、そのまま帰らず2週間天草に残って、地元の漁師さんと漁に出たり、デイケアの施設で一日働いたり、天草の皆さんにあちこち連れ回していただいたそうです。もうね、「うちん子がひとり増えた」みたいな感じで。そういう繋がりになっていくと、ちょっといいですよね。映画の撮影は一過性のものではありますけど、大学と天草市が包括協定を結んでこれからのお付き合いもさらに広がるでしょうし、草の根レベルでもお付き合いが続くのは本当に嬉しいことです。

それとね、上映で全国を回っていると、映画をご覧になった天草出身の方々が口を揃えて「この映画を作ってくれて嬉しい!ありがとう!」と言ってくださるんです。出来上がった映画が、日本中でバラバラになっている天草出身の人たちをひとつに繋いでいく。そういうふうに考えていくと、映画にもまだまだできることがあるんだなって。まさに芸術大学発の映画ならではの展開だと感じます。普通の商業映画だ ったらこんなことできない。まさに教育機関が絡んでいるからこそできる、丁寧な仕組みづくりの賜物です。映画の様々な可能性を一つひとつ実験実証できているのかなと思いますね。

撮影終了後の2019年10月、山本監督と共に撮影に関わった4名の学生がロケ地の宮地岳「かかし村」を再訪。(撮影:松村理恵)
「かかし村」では地元の方と一緒に、絵はがき作りに使用するかかしのスチール撮影などを行った。(撮影:松村理恵)


オンライン配信ではなく劇場で上映するということ

― コロナで公開が延期になりましたが、それでもやはり劇場公開にこだわったのはどういう思いからですか?

音楽や演劇などの実演芸術ほど、コロナで損害を受けたわけです。一方、映画は複製芸術なので、オンライン配信などの逃げ場があった。でも、オンライン配信がどんどん進めば、地方の映画館やミニシア ターはどうなるのか。映画館だけではない。この映画の舞台のような地方の街や商店街は、一体どうなってしまうのか。僕はね、地方の映画館って、ただ映画をかけて見せるだけの場所じゃないと思うんです。例えば奥さんを亡くして一人暮らしのおじいちゃんが、毎週月曜日に必ず映画館に行くとします。映画館に行く、つまり、それがおじいちゃんの日課なわけです。映画館からしても、ああ、今週もあのおじいちゃん来てたなぁとか、なんかちょっと元気がなかったなぁとか。映画館はそうした地域の見守り役でもある。また、そういう顔見知りの人たちが、自分にとっての憩いの場として映画館を支えている。

映画館がつないでるコミュニティって、必ずあると思うんです。映画館だけでなく、美術館や博物館やライブハウス、あるいは飲み屋だって、コミュニティの中で存在してなんぼです。僕は映画を扱う身として、映画を表現の世界だけで考えるのではなく、映画や映画館が地域に果たす役割まで考えていかなきゃならないと思うんです。だから、『のさりの島』はオンライン配信を断って、劇場公開にこだわりました。さて、このこだわりが、これから映画界に出る学生たちの目にはどう映ったのでしょうか。

 

― 厳しさの裏にある映画への熱い想いと、学生たちへの愛情の深さに胸を打たれました。

北白川派と一言でいっても方法論は教員によっても違うし、みんながみんな地方でロケをやるわけでもない 。でも僕は、見ず知らずのところに行って相手の懐に飛び込む、みたいなやり方が好きなんだと思います。相手に迷惑をかけるってことも自覚した上で、その方々とどうつながって映画を作っていくか。映画という小さな社会が、半端者の自分を育ててくれたように、北白川派に参加した学生が将来どんな世界に進んだとしても、後々「あの体験があったから」と言ってもらえたら嬉しいですね。

映画の現場ってまさに小さなコミュニティ、小さな社会そのものなんですね。それが、僕にとっての映画学科であり、北白川派だと思っています。偉そうな言い草ですが、教育って「測定できない」もの。その効果がいついつまでにどれく らい上がるかなど、数値化できない。10年後、20年後、あるいは「はっ」と気づいた時、教えてくれた人はもういない。僕らも上の世代の方々にそうやって教わってきた。お礼を言いたいけどね。それができない分、まだまだやらなきゃいけないんでしょうね。

『のさりの島』の全国巡業はだいぶ落ち着いてきましたが、9月後半から年末にかけてもう一巡、映画館上映の流れを作りたいです。
 

★9月後半から、川崎市アートセンター、アップリンク吉祥寺など『のさりの島』の上映はまだまだ続きます。詳しくは『のさりの島』公式HPまで。
https://www.nosarinoshima.com

山本起也 Tatsuya Yamamoto

1966年静岡市生まれ。映画監督、京都芸術大学映画学科教授。処女作は無名の4回戦ボクサーを6年にわたり追ったドキュメンタリー映画『ジム』。(2003年)。監督作『ツヒノスミカ』(2006年)でスペインの映画祭「PUNTO DE VISTA」監督賞を受賞。北白川派では第3作『カミハテ商店』(2012年)を監督、同年にカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ)メインコンペ部門で12作品のうちの1作品に選出された。

 

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