山本さん。映画学科の学生たちは、先生を「さん」付けで呼びます。聞けば、「それは高原(映画学科の校舎がある場所)の伝統ですね。ただし現場では、学生もプロのスタッフも必ず監督と呼びます」。映画『のさりの島』は、プロのスタッフと学生が一丸となり劇場公開映画を製作する、京都芸術大学映画学科のプロジェクト「北白川派」の第7弾作品です。監督は映画学科の山本起也先生。池﨑陽介役を演じた俳優コースの西野光さんと、監督助手を務めた映画製作コースの天木皓太さんは、ともに1年生の時にこの作品に参加しました。4年生になった今年5月の映画公開後は、宣伝・広報を担当する「のさりの島クラブ」の一員としても奔走しています。山本先生と『のさりの島』に関わった日々のことを振り返って、今の気持ちを聞いてみました。
★山本起也監督のインタビュー記事も併せてご覧ください。
「映画の現場は、社会の縮図。 ―山本起也監督に聞く、教育現場としての映画『のさりの島』
前編 : https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/874
後編 : https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/879
映画『のさりの島』
“のさり”とは、熊本・天草に古くからある言葉。“自分の今あるすべての境遇は、良いことも悪いことも天からの授かりものとして否定せずに受け入れる”という意味を持つ。
オレオレ詐欺の見知らぬ若い男を受け止める、天草のやさしさと懐の深さ。
公式サイト
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Twitter
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©北白川派
天木皓太 Kota Amaki
愛知県岡崎市出身、2018年度映画学科映画製作コース入学(北白川派12期生)の4年生。映画が大好きで、中学生の頃から年間500本くらい鑑賞。マーティン・スコセッシ監督に憧れ、映画を撮る側になりたいと志して入学。
西野光 Hikaru Nishino
大阪府泉大津市出身、2018年度映画学科俳優コース入学(北白川派12期生)の4年生。特技は小3から続けている極真空手。オープンキャンパスで出会った山本起也監督の言葉に心を動かされ入学。『のさりの島』が初めての映画出演。
西野さんは入学してすぐに北白川派山本組作品メンバー(今回の作品)の再募集があり、興味を惹かれました。「山本さんって厳しいんちゃうかな、なんか先輩たちは結構やめてるみたいだけど…」という周りの声を耳にしながらも、参加を決意。一方の天木さんは入学当初、自主映画を撮ることに情熱を傾けていましたがまったく思うようにいかず、真剣にプロの映画作りを勉強したいと半年遅れて山本組に入りました。(以下、敬称略)
西野 山本さんには最初の頃から、「予算がなくて全員は天草に連れて行けないので、自分で居場所を勝ち取って現地へ行けるように考えて」と言われていました。俳優コースの僕は、天草の人に顔を覚えてもらえるようにと、1年生ながらに大階段でドローン飛ばしたりして、自己紹介動画を撮ったんですよ。でも、なんで俳優コースなのに製作の方のこともしなくちゃいけないんだろうという子も出てきたり、ちょっときつかったりして、どんどん人数が減っていきました。それで、映画製作コースの天木たちをずっと誘ってたんですけどね。
天木 もうその頃には少し進行していたんですけど、山本さんに「何でもやります!お願いします!」っていう感じで入りました。とにかく監督から何でも盗んで学んでやろうという気持ちでした。演出部の監督助手として、いつも山本さんの傍にいられたことで、よりプロの世界への意欲が湧きました。まぁ、そこからまた何度も何度も挫折するんですけどね(笑)。
本作では19日間、舞台となった熊本県天草市でのオールロケが行われました。ロケに入る以前より、山本監督による地道な活動や関係づくりがあったため、地元・天草の人々は若い学生たちを気にかけてくれていました。そのため、2019年2月から3月にかけての天草ロケ中、学生20人にプロが11人というロケ隊の撮影現場や合宿所には、毎日のように天草市民の姿があったのだそうです。支援物資だけではなく、ある人は差し入れを手に、またある人は古い資料を探してきてくれたり、またある時はエキストラ出演のできる知人を紹介してくれたりと、連日多くの方々との出会いがありました。
天木 この映画が人と人とのつながりで出来ているんだってことは、現場に入る準備段階からも完成してからも、つくづく感じています。天草ロケの3週間は、プロとか学年とか関係なく一緒に寝泊まりする合宿スタイルで、生活必需品は毛布やヤカンや大根までご提供いただいたりして、天草の方々にはご支援や協力をお願いするばかりでした。作ってもらったご飯が本当に美味しかったことや、「がんばってね!」と道行く人が気さくに声をかけてくれた温かさには、今も感謝しかありません。
西野 撮影ではただでさえ住民の方たちに迷惑をかける。ロケにかかる予算を自分たちで考えて、迷惑の上にさらに協力までお願いすることの意味や大変さを山本さんはわからせようとしていました。また、お金がかかるからこそ、映画のここに予算がかけたいならどうするかというのが実感できた。1年生の何もわからない時に、こんなふうに映画が作られているんだってことが知れたことはラッキーだったし、まぁ後々、この作り方は”特殊”なんだってこともわかるんですけどね(笑)。僕は俳優コースやから芝居だけしてたらいいってことじゃなく、何でもやる。劇中に出てきた赤いアルバムとかは僕が作りましたし、天木と演出部の手伝いもしました。
天木 僕は世界に通用する映画監督を目指していた割には、うわ~これはもう俺には無理だ!自分とはかけ離れすぎた世界かもって、しょっちゅう裏で泣いていました。山本さんは現場では超~厳しくて怖いんですけど、ロケ終わりに行っていた近くの温泉に入ってる時とかは優しくて気さくで。そうそう、その時の印象的な会話があって。「天木、おまえ映画監督にとって一番必要なのは何だと思う?」「責任感とか緊張感ですか?」「エネルギーだ!地球上のエネルギーをぐわーっと集めてきてな、ワンカットにドーンと落とすのが監督の仕事なんだよ」って(笑)。
西野 半分冗談みたいな感じですが、温泉ではそんな気の抜けた雑談をしたり、裸の付き合いができたのがよかった。山本さんに役者としてどうしたらいいか相談したら、親身にアドバイスしてくれたり。俳優として大先輩の柄本さんにも温泉で「売れても天狗になっちゃだめだよ」とか、まだ売れてもないのに言ってもらえたり、水上(竜士)さんともいろいろお話ができました。考えてみたら、プロと学生が本当の意味で身近にいられる場を、ちゃんと仕組んでくれてたのかなって。天草の人たちにもとてもよくしていただいて、恵まれた環境で映画作りが学べたんだなと思います。
その後二人は、次の北白川派の作品である時代劇『CHAIN /チェイン』(福岡芳穂監督、今秋公開予定)にも参加。『のさりの島』を経験した彼らは、前回のインタビューで山本監督がおっしゃっていたように、新たな視点や自分たちの成長に気づいていきます。
天木 今はもう後輩が中心になっていますが、監督助手で最初から最後まで参加しました。『CHAIN /チェイン』の作り方は『のさりの島』とはもう全然違っていて、時代劇と現代劇というだけじゃなくて、脚本も別だし、プロデュースの方法も進行も撮影も。この『CHAIN /チェイン』の現場を知ることでまた『のさり』が見えてきたというか…いろんな気づきがありました。
西野 『のさりの島』の編集期間以降、山本さんも時々『CHAIN /チェイン』を手伝われていて、現場で会うとその時は監督じゃない顔で「どうだ?」と気にかけてくれたりしました。「お前ら1年から『のさり』経験してるんだから引っ張っていけよ!」と言われ、『のさりの島』でやったことを絶対ここで発揮するぞ!とがんばりました。実践的な学びの場として北白川派をやるのは、先輩後輩の関係にも大きいと思います。後輩がいるって僕らも成長できるから。
今年5月に映画の公開が始まってからは、山本監督とともに次々と全国の上映会場を廻り、宣伝や舞台挨拶、観客との交流にも力を注いでいます。そして、山本監督の「最後まで届ける」ということの深意を肌で実感していると言います。
西野 天草で5月に先行公開した時には僕と天木が行ったんですけど、お世話になった方たちと再会して、あらためて繋がりを感じてありがたかった。完成してからの方が、映画を通じて天草の人から教えられることが多くて。今、必死で配給・宣伝活動を山本さんとやりながら、映画を届けるまでで完成で、その後も繋がっていくんだって言われていたのがこういうことなんやなってわかってきた。僕は上映会後も天草に残りたくて、地域の皆さんにお願いしてみたら「よかよ」って快く受け入れてくれて、その後2週間滞在して漁師体験とかもさせてもらいました。映画の主人公の将太みたいに、本当の孫や息子のように接していただいて、映画にも天草にも育てられてるんだなってしみじみ思います。
天木 「のさりの島クラブ」では宣伝・配給を学び、並行してミニシアターについても勉強させてもらっています。ミニシアターの方にインタビューする機会をもらったんですが、映画全盛時代と比べて今はどんな状況なのかとか、ミニシアターにしかない魅力とか、映画館で映画を観る価値とは、っていうお話のひとつ一つに感じ入りました。あと、ミニシアターならではだなと思ったのが、知らないお客さま同士で観た映画を熱く語り合っている光景。監督に対してもその人たちは遠慮なく同じように語りまくるんですが(笑)、山本さんはまったく監督然とせずに、お客さまと同じ目線でいち映画ファンとしてお話しされてるんですよね。そんな山本さんの背中を見ながら、僕も映画を頑張りたいし、今は本当に経営的に厳しい映画館のことをいつも念頭に置いて動きたいと思っています。
西野 上映会場に劇中に出てきた「かかし」を持って行くプロジェクトをやっていまして、その投稿は僕らがやっているんですけど、ツイートに15回目です!なんていう驚きの方もいて、リピーターさんは確かに多いです。天草では何回も地域上映会をしていて、もちろん僕らも何回も見ているわけなんですけど、そうなんですよね、これはそういう映画だなと思います。公開が延期になって、最初は皆がマジか~、、ってなってましたけど、山本さんは「こういう状況も“のさり”だ、逆にどう届けるかを考えたり準備する時間ができたじゃないか」とおっしゃった。お世話になった方々と繋がりなおせたり、新たな方と繋がったりという意味でも、そういう方向へ持っていけた『のさりの島』はすごいなと。
こうして忙しくも充実した4年生の夏を過ごしていた二人に、卒業後の進路について聞いてみました。天木さんはフリーランスで現場の助監督を、西野さんも役者を目指すときっぱり。
天木 コロナのこんな状況で映画の撮影がたくさんあるわけではないと思いますし、もちろんまだどこの現場の仕事だとかは決まっていませんが、どんな状況でも何でもできることはあるはずですので。自分が本当に撮りたいのはどんな映画かがわかるまで、本気で映画製作に関わろうと思っています。
西野 僕も役者で食っていけるようにがんばりたい。芝居もまだまだですけど、長期的に考えて最初は仕事がなくても折れないぞ、っていう覚悟は決めてます。天草の人とか、関係者とか、本当に心から応援してくださる方々がいらっしゃることが嬉しくて、その人たちの期待を裏切らんように頑張るぞ!という気持ちです。『のさりの島』での経験が今のモチベーションになっているので、映画のように目には見えないものや見えないつながりを信じてがんばっていこうと思います。
天木 山本監督と福岡監督、北白川派の作品を2本経験してきて、関わったプロの方々は本当にとことんやり尽くすのに、それでもやり尽くせないことがあったりする。それを知ったので、これはもう幼稚なものはできないぞと。卒業制作では今の力の限りを尽くしたいです。天草では撮れなくなってしまったけど、”思いもかけないもの”が出来上がる予定なんで、ここで宣伝しときますね!(笑)。西野とも同じ組で、『CHAIN /チェイン』で一緒だったメンバーも集まっていますので楽しみにしていてください。
情熱的だけど、受け答えが落ち着いていて大人っぽい天木さん。人懐っこくて、行く先々でかわいがられる西野さん。山本組、そしてプロと相まみえる北白川派ならではの厳しい現場をしっかり経験してきたからこそ、これから世に出て映画に関わっていくことへの熱意と覚悟をひしひしと感じました。頼もしい二人から今後も目が離せません。
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