INTERVIEW2021.08.27

映像教育

映画の現場は、社会の縮図。 ― 山本起也監督に聞く、教育現場としての映画『のさりの島』:前編

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  • 京都芸術大学 広報課

プロのスタッフと学生が一丸となり劇場公開映画を製作する、京都芸術大学映画学科のプロジェクト「北白川派」。ミニシアター系の作品としては異例の大ヒットとなった前作『嵐電』に続いて、第7弾となる『のさりの島』も今年5月の公開以来、数多くのメディアに取り上げられ、“のさり” という天草弁の持つ意味が話題にのぼりました。また、何度も劇場に足を運びリピートする “のさり推し” ファンを獲得し、じわじわとこれまでにないムーブメントが起きています。監督は、第3弾の『カミハテ商店』に続き2作目となる山本起也先生。コロナ禍で10カ月公開が延期になり、のべ4年近くかかった今回の映画製作の現場と、「北白川派 山本組」が目指す教育の場としての活動についてお話を伺いました。

★前編・後編の2記事に分けてお届けします。

映画『のさりの島』

“のさり” とは、熊本・天草に古くからある言葉。 “自分の今あるすべての境遇は、良いことも悪いことも天からの授かりものとして否定せずに受け入れる” という意味を持つ。
オレオレ詐欺の見知らぬ若い男を受け止める、天草のやさしさと懐の深さ。

公式サイト
https://www.nosarinoshima.com/

Twitter
https://twitter.com/nosarinoshima
©北白川派

自らの手で観客に届けるまでが映画製作

― 5月に熊本県天草市で先行公開が始まってから、精力的に全国の上映館を巡って舞台挨拶などをされていますね。公開後の手応えはいかがですか。

満席の上映回も多くてありがたいかぎりですが、一方で様々な面にコロナの影響を感じます。でもお客さまの反応はとてもいいですね、僕は勝手に “のさらー” と呼んでるんですが(笑)、なぜかリピーターの方が多いんですよね。ストーリーはもうわかっているのに、何回も何回も観に来てくださるのはなぜなんだろう?と考えたら、今、“推し” ってあるじゃないですか、それの “のさり推し” みたいな方が増えているのかなと。

SNSでも感想やコメントを読むんですけど、ちゃんと映画を細かく分析してくださっていて、僕のほうが「へ~!そんなところを観るんだ」って感心するようなことも多いです。いずれにしても、万人受けする映画とは異質の、マニアックな映画ってことでしょうか(笑)。
 

― 映画の中には一度も出てこない “のさり” という方言が持つ精神性みたいなものが、コロナ後の今だからこそ響いているという感じはありますか。

う~んそうかもしれませんが、それはあくまでも結果論ですね。元々コロナの状況を念頭において作った映画でもないので。ただ、コロナ以前から既に僕たちは、何かにつけ常に仕分けし裁いてきたように思います。これは本当とかこれは嘘だとか、スマホの中の情報だけで世界をわかったかのように二極に分けて裁いてしまう。コロナは、その「裁く」ということをより顕在化させただけだと思うんですね。「あなたがたの生きている世界はこうなんですよ」と。

プロデューサーの小山(薫堂)先生も「〇でもなく×でもない、これからは△の思想が大切」とおっしゃっていましたが、“のさり” という言葉には、そうした分断の時代の後に必要な哲学が含まれているように思います。『のさりの島』というタイトルは薫堂さんからいただいたものですが、その辺りを予見されていたのではないか?と感じます。

今年5月1日の熊本県天草市・本渡第一映劇での先行公開にて。右から、プロデュ―サーの小山薫堂副学長、出演者の中田茉奈実さん(俳優コース卒業生)、杉原亜実さん(俳優コース卒業生)、柄本明さん、ブルースハープ奏者で出演者でもある小倉綾乃さん、俳優コース4年生西野光さん、山本監督。   


― 関わった学生たちも一緒に各地の上映館を廻っていますが、それは学生たちが自発的に決めたことですか。

映画学科では日頃から、「映画はお客さんに届いて初めて完成する」「上映するまでが映画」と言い続けています。『のさりの島』も、作るだけでなくどうやってお客さんに届けるのか、と映画製作に参加した学生たちに問いかけました。そうしたら、彼らのうちの何人かが、 映画に出てくる宮地岳かかし祭りの「かかし」を映画館に運ぶという活動を始めたわけです。「かかし」を通じて撮影地・天草をもっと身近に感じてもらい、一人でも多くのお客さまに劇場にお越しいただくための宣伝活動の一環として、彼ら自身が蒼山会(大学の学生保護者会)に支援をいただいて、彼ら自身で進めています。

上映される映画館での舞台挨拶には、こうした学生も登壇させています。正直言いますと、僕は学生を簡単に舞台挨拶などに上げるものじゃないと思うし、そもそも舞台挨拶なんて必要なのか?とすら思うんです。でも残念ながら、『のさりの島』は何もしないで皆さんが見に来てくださるような映画ではない。ならば、やれることは何でもやろうと。その気持ちは、学生たちも一緒です。ここまでやるんだという自分たちの想いをお客さまに表明する場として、彼らを舞台に立たせています。

今年7月25日、愛知県刈谷日劇での舞台挨拶に駆けつけた山本監督(手前向かって右)。左は『のさりの島』で監督助手を務めた映画製作コース4年生の天木皓太さん。
劇中に登場した、かかし祭りの「かかし」たちも学生スタッフと一緒に全国の上映館を巡回中。


― 自らが宣伝部員として、できることを最後まで徹底的にやっているんですね。

ただ流れ作業のように映画の現場だけやってるんじゃ、単なる段取り屋さんにしかならない。映画というのは、企画・発想の部分から脚本、準備、現場、編集、仕上げ、そしてそれをお客さまに届けるまで通しでやることに意味があるんだと思うんです。それは、水泳でいうところのインターバルトレーニングのようなものです。飛び込んだら泳いで、泳ぎ切るまでやらないと意味がない。最初から最後までをきっちり何本やるかが大事で、僕ら映画人は何度も何度もそれを繰り返してきたわけです。そのインターバルトレーニングのひとつが北白川派だと思っています。

一作のサイクルも長丁場です、今回は1年生で参加した学生がもう4年生。4年間かかってるんですよ、この作品に。4年間通して関わっているのが4名かな。もともとは20名ほどが天草に行って、卒業した学生もいるなか、4名残ったというのは素晴らしいことですよ。

プロの現場で映画を撮っているという覚悟

― 天草での活動に学生たちはどのように関わっていったのでしょうか。現場の厳しさに、メンバーの入れ替わりもかなりあったと聞いています。

そりゃあもう、かなり辛辣なことも言いますからね。劇場で皆さんからお金をいただく映画を撮っているわけですから、通常の実習やゼミ製作とは違う。2018年の年初から準備に入って、最初のメンバーは一人を残してみんなやめました。それで、入ってきたばかりの右も左もわからない1年生も含めて再募集をかけて、20人ほどが集まりました。脚本作りの段階では、学生たちに天草の歴史とか商店街の出来事とかのリサーチをさせました。3月に天草フィルムコミッションの小山真一さんとお会いして、地元の方たちへのヒアリングをしたり関係づくりを始めて、その活動を天草市への報告書として提出しました。

それ以降もロケハンに行ったり、現地でエキストラの方々を集めたり、天草の方言やイントネーションをキャスト(演者)の方々に覚えてもらうためのテープを収録したり…。映画の準備って本当にここまでやるか、っていうようなことがいっぱいある。僕は撮影までに、ほぼ毎月天草に行きました。そのうちの半分くらいは学生も一緒に行ったかな。このような過程を経ることで、天草の皆さんともだんだんと仲良くなっていきました。こうして、2019年2月の天草ロケにこぎつけたわけです。

©北白川派


― 地元の皆さんに学生たちがお世話になり、天草市にもご支援をいただきましたが、どのような経緯があったのでしょうか。

天草市もその過程の中で、「こいつら本気だぞ」と思ってくださったんじゃないでしょうか。天草には大学や専門学校がないので、高校を卒業したらみんな地元を離れてしまうんです。若い子が流出してしまうという悩みを抱えているところに、大学生が月イチくらい来て活動していく。そこに市民の方も参加したり、協働する。天草市としてもこれはこのまま終わりではなくて、おつき合いを続けていくことで学生がまた天草にお邪魔したり、市民講座を立ち上げたり、場合によっては京都芸術大学の教育システムの一部を(天草に)移管するのはどうだろう、ということまで言ってくださいました。ありがたいことです。

最初にレポートを提出したくらいでは、そうはならないですよね。学生たちも忙しい準備の合間に、天草の高校生向けに映画のワークショップを開催するなど、映画製作とは直接関係のない活動もしました。その後、もっと他の領域でもやってくださいというお話をいただき、天草市との包括協定から大学主催の「旅するキャンパス」プロジェクトへとつながりました。


自分たちは表現するのが仕事ですが、「表現するのはいいことだ」なんて思うと、映画製作においてロクなことはありません。よくそこを間違ってしまう。地方で映画を撮るっていうのは、そこに住む人たちにとってみたら言わば迷惑行為なわけです。僕たちは映画を作りたいっていう “欲望” がある。それを素直に認めて、地域の皆さんに何をやるのかを丁寧に説明する必要があると思うんです。迷惑行為をするにあたって、きちんとした手続きを取らないといけない。地域の皆さんに信用していただくためにも、仲良くしていただくにも。そして、時と場合によってその欲望が受け入れられない時は、こちらで修正をかけていく。これが映画作りであり、そこを学ぶのもまた、北白川派だからこそと思っています。


― 活動予算の管理も、すべて学生たちに任せたそうですね。

学生が活動するお金は、誰が出すんだってことです。例えば天草へ行くのに、飛行機代、宿泊費など、あなた(学生)にかかる経費はいくらなんだ?それはどこから出る?ということを考えないといけません。それは、映画館に何人のお客様に来ていただいたら充填できるのか。細かい話になりますが、一般料金を1800円として、会員価格やサービスデー、割引などがあるので、入場料の平均は1250円くらいです。その収益を映画館と配給会社で半々に分け、そこから配給が手数料を取って、残ったお金が製作者の取り分。これが一般的です。そのお金で製作者は映画の製作と、ポスターとかチラシ、映画のホームページなど、かかる宣伝費までをすべて賄わなければならないんです。

話を戻しますと、例えば天草で学生が仮にビジネスホテルに泊まったとします。1泊5000円として、たった1泊するだけで、一体何人のお客様に映画館に来ていただかないといけないのか。それが今回参加する20人だとどうなるのか。おそらく、20名の学生1泊分の宿泊費のために、小さなハコだと何回も劇場を満席にしなければならないでしょう。


それだけのお金をかけて自分(学生)が天草に行く時、自分は何をすべきなのか。費用以上のものを持って帰ってきます、という強い意志が必要です。全員が現場に行きたいと思っても難しい。ならば代表が一人行って必要なことを行い、帰ってきて情報の共有をするなどの知恵が生まれます。また、そう考えれば当然ホテルに泊まることはできない。ではどこに泊まるか、風呂はどうするか、食べ物はどうするか。そもそも僕たちには何もないわけですから。

学生たちは天草のコミュニティFM「みつばちラジオ」に出演させてもらい、そこで「余った野菜をください」とか、「暖房器具や布団など足りないものを貸してください」と、天草の皆さんに呼びかけました。それが結果として”映画を支援する”という形で、天草の皆さんも映画に参加することにつながりました。何もない、というのはハンディなようでいて、そうとも言い切れない気がします。

★学生たちにはあえて高いハードルを…
「山本起也監督に聞く、教育現場としての映画『のさりの島』:後編」に続きます!
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/879

山本起也 Tatsuya Yamamoto

1966年静岡市生まれ。映画監督、京都芸術大学映画学科教授。処女作は無名の4回戦ボクサーを6年にわたり追ったドキュメンタリー映画『ジム』。(2003年)。監督作『ツヒノスミカ』(2006年)でスペインの映画祭「PUNTO DE VISTA」監督賞を受賞。北白川派では第3作『カミハテ商店』(2012年)を監督、同年にカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ)メインコンペ部門で12作品のうちの1作品に選出された。

 

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