SPECIAL TOPIC2017.04.17

京都歴史舞台

井上流と「虫の音」 ー井上八千代 受け継ぐということ #3

edited by
  • 片山 達貴
  • 服部 千帆
  • 木下 花穂
  • 米川実果
  • 高橋 保世

日本が世界に誇る京都文化を凝縮した「祇園町」。そして日々井上流の京舞を修練し、芸道を歩む芸妓・舞妓は祇園の化身である。ここは花街、祇園町。「虫の音」の調べに誘われて、祇園の花は美しく咲く。

 

井上流と「虫の音」

「虫の音」は、四世井上八千代が最も愛した演目である。夜の野原に響きわたる虫の音を聞いて感慨にふける様子が、たおやかな曲調とともに表現されている。歌詞は謡曲の「松虫」を元に作られている。作曲は江戸時代中期の地歌演奏家、藤尾勾当によるもの。秋の夜の風景の中で、虫の声に耳を澄ませながら亡き恋人を想う気持ちを描いている。

歌の中で特に印象的なのは、虫の鳴き声の表現だ。繰り返される「きりはったりてふ」という独特なフレーズは、機を織る際の擬音だ。ここでは、鳴き声がその音に似ている機織虫の鳴き声を表している。現代とはまた違った繊細な言葉の表現が、秋の夜らしい感傷的な風景を描き出してくれる。ちなみに歌詞に登場する「きりぎりす」は、機織虫と同じ虫ではなく、現在のコオロギのことを指している。歌詞中に登場する「阿倍野」は、現在の大阪府阿倍野区のことだ。現在でも阿倍野区には松虫という駅名が残っており、そこに「松虫塚」という史跡が残されていることから、実際にこの歌の舞台だったことが窺い知れる。

「虫の音」は元来、能の世界では男舞とされてきた。それを初めて京舞で表現したのが三世である。それを再び舞台に乗せるにあたって四世は実際に舞っていきながら、京舞らしい動きに合わせて少しずつ作り変えていったのだという。「虫の音」は、家元に認められた者だけが舞うことができる。五世もまた、「虫の音」を舞うことで襲名の決意を固めていった。これまでの井上流の歴史を辿っていく中で、「虫の音」は象徴的な演目だといえるだろう。

[文・米川実果(情報デザイン学科3年)]

 

《虫の音》

思ひにや、焦れてすだく蟲の声々さ夜更けて、
いとど淋しき野菊にひとり、
道は白菊たどりて此処に、
誰をまつ蟲亡き面影を、
慕ふ心の穂にあらはれて、
萩よ薄よ寝乱れ髪の、
解けてこぼるる涙の露の、
かかる思ひをいつさて忘りよ、
兎角輪廻の拙きこの身、晴るる間もなき胸の闇、
雨の降る夜も降らぬ夜も、通ひ車の夜母に来れど、
逢ふて戻れば一夜が千夜、
逢はで戻ればまた千夜、
それそれそれよ、それがまことにさ、
ほんに浮世がままらなば、何を怨みんよしなし言よ、
桔梗、刈萱、女郎花。
我は恋路に名は立ちながら、
一人まる寝の長き夜に、
面白や、千草にすだく蟲の音の、
機織る音はきりはったりてふ、
きりはったりてふ、つづれさせてふ、ひぐらし、
きりぎりす、いろいろの色音の中に、
分きて我が忍ぶ松蟲の声、
りんりんりんとして、夜の声めいめいたり。
すはや難波の鐘も明け方の、
朝間にや成りぬべし、
さらばよ友人名残の袖を、
招く尾花はほのかに見えし跡たえて、
草茫々たる阿倍野の原に、
蟲の音ばかりや残るらん、
蟲の音ばかりや残るらん。

 

 

 

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