
2025年9月17日(水)から9月23日(火)まで、「ECHO 京都芸術大学 通信教育課程美術科展」(京都展)が大丸京都店の美術画廊にて開催されました。京都芸術大学 通信教育課程美術科の日本画・洋画・陶芸・染織・写真の5コースに関わる教員・在校生・卒業生の協力のもと作品が展示され、9月20日(土)と21日(日)には各コースの教員・在校生・卒業生によるギャラリートークも行われました。
展覧会のタイトルである「ECHO」は、ひとつの表現が波紋のように広がり、世代やジャンルを超えた作家同士の表現が呼応し合うことで、新たな視点や感動が生まれる展覧会となることを願ってつけられたタイトルです。多彩な表現が一堂に会した展覧会の様子を、各コースの教員の解説とともに振り返ります!
陶芸コース:価値観を問い直す多様な表現
ギャラリー入ってすぐ右手に展示されていたのは大小様々な陶芸作品。陶芸コースは、遠隔学習に加え、大学の工房でスクーリングを取り入れる実践型のカリキュラムが特徴です。今回は教員3名と、卒業生3名の作品が展示されました。

ギャラリートークでは、かのうたかお先生(陶芸コース専任講師)が教員3名、卒業生1名の作品について紹介し、昨年度の卒業生で、京都芸術大学通信教育課程卒業制作展にてコース奨励賞を受賞された藤井健司さんと、陶芸コースを卒業後、本学大学院(通信教育)美術・工芸領域・工芸デザイン分野に在学中の市田智美さんの2名が登壇しました。

かのう先生:まずぼく自身の陶芸作品『線壺』は、価値観の問い直しをテーマにした作品です。パッと見ると多くの方が「壺だ」と認識すると思うんですが、果たして「輪郭線だけを抜き出しても壺になるんだろうか」ということを問いかける作品です。続いて、田中哲也先生(陶芸コース非常勤講師)の『輝器 KAGAYAKI-Cocoon TypeⅢ』は近年開発された「光を通す土」という素材を使ったミクストメディア作品です。青い光が透けて見えて、パッと目を引きますよね。田中先生は様々な新しい素材を使った表現を研究されています。


かのう先生は他にも、上半分と下半分で違う焼き方をすることでふたつの表情を表現した山田浩之先生(陶芸コース非常勤講師)の『脱衣獣』や、自身でタイルから制作し、調合した釉薬で絵付けしたという卒業生の田中麻実子さんの『愛と光の中で...#007』などについて解説しました。


ギャラリートークに登壇した藤井さんと市田さんの作品はそれぞれ、近づくとふっと鼻を掠める「香り」と、絵本の世界に入り込んだように錯覚する優しい「色」が特徴的な作品です。


藤井さん:わたしは元々、お茶の急須を作りたくて入学したのですが、卒業制作では『茶 光 炉(ちゃこうろ)』という作品を制作しました。会場のみなさんには香りが届いているのではないかなと思います。陶芸作品には、絵画や写真などの他のコースの作品と明確に違うところが1点あります。それは、陶芸は最後に必ず「窯の中に入れて焼く」ということです。自分たちの手の届かないところで作品が完成するんですね。実はこの作品も、6つ試作して、この1つだけが残ったんです。無事に完成させることができて、ホッとしています。


市田さん:『IBASHOシリーズ ~象バージョンピンクⅠ~』は、土家由岐雄作の「かわいそうなゾウ」(太平洋戦争中の上野動物園で、ゾウが戦時猛獣処分を受けた実話をもとにした絵本)をモチーフにした作品です。わたしは「居場所」をテーマに制作しています。現代社会は、物理的なバリアフリーは進んだものの、心のバリアフリーは進んでいないと思います。そんな社会の中で、悩んでいる人たちが、作品を見ることで心が安らぐような作品をこれからも作っていきたいです。
洋画コース:多様な表現技法とアプローチ
洋画コースの展示には、写実的な油画、アクリル絵の具を使った抽象画、平面を構成する色彩のバランスが目を引くミクストメディアなど、個性豊かな作品が並びました。
洋画コースではデッサンのような基礎的な絵画の描き方から学び、卒業制作では100号の大作に挑戦します。
今回の展覧会には、学生時代から熱心に制作に取り組み、現在も精力的に活動する2名の卒業生の作品が選出されました。藤田つぐみ先生(洋画コース講師)、大路誠先生(洋画コース専任講師)と卒業生2名がギャラリートークに登壇し、自身の作品について解説しました。
藤田先生の『HOLY SMOKE』はマーブリングと鉛筆によるドローイングの二つの手法を組み合わせた作品です。「キリスト教で司祭が煙で神様とコミュニケーションを取るという話から着想を得て、見えないけれど感じられるものとの瞬間的な接触を描いています」と藤田先生は自作を説明します。


大路先生は『イチジク』を「物をしっかり見つめて描くことを大切にした写実的な作品」だと説明します。大路先生は臨場感を絵の中で大切にしていて、そこに物があるような感じ、香りが漂ってくるような感じ、掴んで食べたら美味しそうな感じを見る人と共有したいと考えているそう。たしかに、じっと見つめているとイチジクの香りが漂ってきそうですね。


ギャラリートークに登壇した卒業生の佐東ヒロキさんと矢野さやかさんは、どちらも色彩の表現が特徴的な作品を展示しました。


佐東さん:『色彩に暮れる (Crepuscular Colors)』では、油絵の具ではなく主にアクリル絵の具と日本画でよく使用される岩絵の具や胡粉(貝殻を砕いて作られる白色の粉末顔料)を使い、表面のざらっとした質感を表現しています。一見、ミニマルに見えますが、そぎ落とせばそぎ落とすほどいいと思っているわけではなく、要素を整理し、最小限にして自分の表現したいものを相対的に強調したいと考えています。


矢野さん:『赤い室内』は自宅の一室を廊下から見たところを描きました。普段過ごしていてちょっと心が動いた瞬間を絵にできたらと思って制作しています。色については映画「アメリ」のカラフルで可愛らしいイメージを意識し、画面の中で色が美しくハーモニーを奏でるような絵画を目指しています。
写真コース:時間性への新たなアプローチ
写真コースの展示には、アクリルブロックにUVインクジェットで印刷した作品や、時間の流れを可視化する実験的な作品、フォトコラージュ作品など、写真表現の可能性を広げる多様な作品が並びました。
写真コースには、カメラの基本的な知識や技術の習得から展覧会に出品する作品の制作まで、卒業後も自立した制作活動ができるようなカリキュラムが用意されています。
今回の展覧会では教員3名と卒業生2名の作品が展示され、ギャラリートークには勝又公仁彦先生(写真コース教授)と卒業生のYuri SEKIさんが登壇しました。

勝又先生の『Panning of Days "3 Days in 3 Years"』は、目黒川の桜を複数年にわたって撮影した作品です。「真ん中の1枚を2006年に撮って、左右の1枚を次の年、また次の年というように順々に撮影することで、『写真における時間性の解体と再統合』に挑戦しています」と勝又先生はその実験的なアプローチを説明しました。

勝又先生は他にも、アクリルキューブにUVプリントで花の画像を印刷した藤岡亜弥先生(写真コース専任講師)の『日々是好日』や、静物画のような画面構成と、油絵のようなフレームによって絵画史の伝統を見る人に想起させるakemori hirokazuさんの『Vase de pivoines/Hommage à Édouard Manet』、京都市内の庭を長年撮り続けているライフワーク作品の一点である片岡俊先生(写真コース非常勤講師)の『Life Works #60』について、写真という芸術の歴史や技法の説明を交えて解説しました。



ギャラリートークに登壇したYuri SEKIさんは、フォトコラージュという手法で多様な素材を組み合わせた作品を制作しています。


SEKIさん:『雨がふっても傘をさして踊ればいい』では、固定観念から抜け出すことを大きなテーマとしています。自分で撮った写真とネット上のフリー素材を使い、一旦デジタル上で構成した後、プリントアウトして1つ1つのパーツに分けてアナログで切り張りしています。アクリル絵の具や生地、ダンボール、新聞紙なども使用し、いろんな領域を超えて1つの作品にしたいと考えています。
残念ながら20日に行われた日本画コースと染織コースのギャラリートークには参加できませんでしたが、染織コースの繁田真樹子先生(染織コース専任講師)と日本画コースの山本雄教先生(日本画コース専任講師)、岸本祥太先生(日本画コース業務担当)にお話をうかがうことができました!
染織コース:手仕事の奥深さと技法の多様性
染織コースの展示では、伝統的な絞り染めや蠟染め、綴織、サイアノタイププリントなど、染織作品の幅広い可能性を示す作品が並びました。

こちらの高橋桃子先生(染織コース非常勤講師)の『点と点が結ぶ時』は絞り染めの技法を使った作品です。卒業生の山元真己子さんの『憂い たゆたう』は綴織の作品で、卒業制作展でコース奨励賞を受賞され、コース紹介パンフレットの表紙にも採用された山元さんの卒業制作作品と同じ、アネモネをモチーフにしています。松井さおりさんの『風』も同じく綴織で、自分で糸を染め、染めた糸を織るという時間のかかる手法を使って制作されています。



松井さおり 『風』
伴那津子さんの『○△□ -のぞいてみる-』と繁田先生の『良き日』はどちらも蠟染めという技法を使った作品です。溶かした蠟を筆で生地に塗ると、蠟を置いた部分が染まらない性質を利用し、複雑で絵画的な表現ができるのだそう。鑑賞する角度によって多彩な表現を見せる、思わず様々な角度から見たくなる作品でした。



繁田先生:久田多恵先生の『夏の余韻』はとても複雑な技法を使っている作品です。まず自分で糸を染め、たていととよこいとを交差させて平織します。そして、織り上がった布にサイアノタイププリントという技法で形を写していきます。これは、布に感光液を塗って乾燥させ、その上にモチーフを置いて太陽光に当てて露光すると、影になったモチーフ部分だけが白く残り、太陽光が当たった部分は青くなるという技法です。素材を大切にする染織コースならではの、素材感をすごく意識して制作された作品だと思います。

日本画コース:伝統的技法と現代的表現の融合
日本画コースでは昨年度の卒業生4人と教員3名が出品しました。多くの学生にとって百貨店での発表ははじめての経験で、販売価格の設定なども含めて社会と接続する貴重な機会となったと山本先生は話します。

山本先生:春原敦子さんの『桜』は、背景に銀箔を使い、「たらしこみ」という技法で水をたっぷり含んだ筆で枝を描き、金箔で花を表現した作品です。山本純子さんの『君がため』は百人一首の『君がため惜しからざりし命さへながくもがなと思ひけるかな』という歌をモチーフにしています。こだわりのポイントは椿の赤色と葉っぱの青色なのだそうです。発色のいい天然の岩絵の具を使用しています。石橋和美さんの『海への想い』は、プラスチックの浮き玉とその影、貝殻などのモチーフを組み合わせて画面を構成した作品です。紙をくしゃくしゃと揉み込む「もみ紙」という日本画の技法によって、独特の質感を表現しています。




岸本先生:わたしの『痕跡のある風景』は樹木を描いた作品で、自然の有機的な形を観察して描いています。絵の具を分厚く盛り上げて、絵の具の質感とモチーフが上手く噛み合うような表現を探しながら制作しました。色は灰色と黒がベースですが、青や緑も使い、銀鼠や紫鼠といった微妙な色味を組み合わせて樹木を表現しています。

それ以外にも、東寺にある梵天をガチョウと組み合わせて描いた栁橋英里乃さんの『梵天遊戯 東寺』や、日本画用の紙をバーナーで燃やして焼き目をつけ、銀箔を下に敷くことで二層構造を作り出す独特な技法を用いた後藤吉晃先生(日本画コース准教授)の『景』、偏光顔料を使用し、見る角度や距離によってモチーフの見え方を変化させることで、身近なものを改めて見つめ直す山本先生の『Rainbow rice』など、多様な技法を用いた作品が展示されていました。



山本先生の作品『Rainbow rice』見る距離や角度によって見え方が変わる


いかがだったでしょうか。5つのコースの展示を見て、それぞれのコースが異なる視点と技法を持ちながら、同じ空間で展示されることで生まれる響き合いの重要性を感じました。ギャラリートークには教員だけでなく様々な世代の卒業生・在校生が登壇し、交流を深め、まさに「ECHO」というタイトル通り、一つの表現が波紋のように広がり、世代やジャンルを超えた表現が響き合う学びの場となっていました。
また、会期終了後には来場者の投票により決定した 「オーディエンス賞」が発表されました。巡回展である10月28日〜11月3日開催予定の「WAVES - 京都芸術大学通信教育課程美術科展」でも、来場者投票によるオーディエンス賞を実施予定です。
受賞者は、「茶光炉(ちゃこうろ)」を制作した藤井健司さん(陶芸コース・2025年卒)です。視覚だけでなく、お茶の焙煎機を内蔵し、嗅覚にも訴える、五感に響く作品として多くの支持を集めました。焙煎機そのものも藤井さんの発案によって機械メーカーに製作を依頼されたそうで、今後デパートなどでお目にかかれる日も近いかもしれません。
藤井さんから、受賞のコメントをいただいております。
【オーディエンス賞の受賞によせて】

この度は「ECHO京都芸術大学通信教育課程美術科展」におきまして、栄えある「オーディエンス賞」を拝受させていただくこととなり、誠に有難く存じます。大丸百貨店様を始め、大学関係者の皆様やご指導いただいた先生方に深く感謝申し上げます。2年間の京都芸術大学通信教育課程での学びを基礎に、本校の「藝術立国」の理念をもって、今後も作品制作に取り組んで参りたいと思います。

京都芸術大学 通信教育課程美術科展は、神奈川県でも開催されます(10月28日(火)から11/3(月)まで「WAVES 京都芸術大学 通信教育課程美術科展」(そごう横浜店(〒220-8510 神奈川県横浜市西区高島2-18-1)で開催)。最終日の11月3日(月)には、会場にて全コースの出品者によるギャラリートークを行います。ぜひ、お近くにお立ち寄りの際は、会場で多様な表現の響き合いを体感してみてください。
https://www.kyoto-art.ac.jp/t/news/271/
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上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。