
2025年4月、京都芸術大学の新たな学長として、グラフィックデザイナーの佐藤卓氏が就任しました。佐藤学長は「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」などの商品パッケージやポスターなどのグラフィックデザイン、施設のサイン、商品ブランディングの分野で活躍し、NHK Eテレ「デザインあ」「デザインあneo」の総合指導も務めています。
実は本学のロゴマークを2013年にデザインしたのも佐藤学長です。その経緯から、これからの大学運営、そして芸術を学ぶ学生への思いまで、就任にあたっての率直な気持ちとともに、お話を伺いました。

プロフィール
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、81年同大学院修了。株式会社電通を経て、84年独立。株式会社TSDO代表。商品パッケージやポスターなどのグラフィックデザインの他、施設のサインや商品のブランディング、企業のCIなどを中心に活動。代表作に「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」パッケージデザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」グラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」シンボルマークなど。また、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」「デザインあneo」総合指導、21_21 DESIGN SIGHT館長を務め、展覧会も多数企画・開催。著書に『塑する思考』(新潮社)、『マークの本』(紀伊國屋書店)、『Just Enough Design』(Chronicle Books)など。毎日デザイン賞、芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章他受賞。
偶然に委ねた、ただ一つの形
佐藤学長と本学とのつながりが生まれたのは、2005年。本学の併設校である京都芸術デザイン専門学校の講演に招かれたのがきっかけだったそうです。その後、2007年から2008年にかけて東京の21_21 DESIGN SIGHTで開催された「water」展で制作した『猫の傘 Cat umbrella』を本学の人間館ピロティに寄贈したり、人間館エントランスで畳を用いた展示インスタレーションを行ったりと、本学との関係を深めてきました。
——本学のロゴマークは、墨汁を紙に垂らしたときにできる形をベースに制作されたそうですね。制作の意図を教えてください。

「通常、ロゴマークを作るときには、組織の理念をうかがって、わたしが輪郭を作ります。でも、京都芸術大学の建学の理念である『藝術立国』や『京都文藝復興』の姿勢について考えたとき、唯一無二のこの大学のロゴマークをデザインするにあたって、通常の手法でいいんだろうかと思ったんですね。そこで、一滴の墨汁を紙に垂らすことを繰り返して、その中から『これだ』と思える形を選びました。これは書道に近い手法です。書道で、墨を含ませた筆を紙に置くと、墨汁は水の流れによって紙に染み込んでいきますよね。輪郭を『自然に委ねる』ことは、アジアや日本の『にじみ』や『ぼかし』という技法にも通じるものです。当時はわたしが輪郭を作ったものも含めていくつかのデザイン案を提出して、その中からこのロゴマークを選んでもらいました。この唯一無二のロゴマークを選んでもらってうれしかったですね」
こちらが当時の実験風景です。



こうした実験を繰り返し、偶然にできた一瞬の形を選びました。「アナログで自然に委ねるって、AIにはできないことなんです」と佐藤学長は語ります。AI技術の進歩によって、クリエイティブの現場も変わりつつあります。
AIの時代に生まれる仕事
——AIが進化するいま、芸術を学ぶ意義について、どのように考えておられますか?
「AIの進歩は目覚ましいですが、歴史を繰り返しているだけとも言えるんですよね。コンピューターが普及したとき、『線1本人間が引かなくたってデザインできる』と言われたけれど、逆に人間が引く線の価値が上がったとも言える。つまり、人間ができること、やることはなんなのかを考えることが重要なんです。コンピューターの登場によって、フォントが次々に生まれ、写真植字をする職人さんの仕事は無くなりましたよね。以前はデザイナーが版下にピンセットで文字を張り込み、字間を詰めるときは紙をカッターで切って、ピンセットで一字ずつ詰めていた。そうした仕事がなくなる一方で、新しい仕事も生まれました。今後、AIの勢いは止まらないと思います。でも、それによって新たなクリエイティブや考え方、仕事が生まれることは楽しみでもあります」

佐藤学長はいまもデザインするとき、紙と鉛筆と消しゴムしか使わないのだといいます。会社のシンボルマークや商品のロゴマーク、たとえば「キシリトール」の文字もすべて元は手書きで、デザイン事務所のスタッフがトレースするのだそう。
「コンピューターを否定しているわけではありません。ただ、根本的な考え方や核になる部分は人間が決めることなので、わたしはアナログでやっています。AIが今後、どのように活かされていくのか興味があります。一方で、AIの進歩によってデザインの質が落ちるとすれば、それは問題なので、教育の現場で考えていかなければいけないと思っています。今後は、質が落ちていることを判断する目を持っているかどうかが問われると思います」
目を養う力、自分を追い込む力
——学生がその目を養うにはどうしたらよいとお考えですか?
「逆にわたしが学生たちに聞きたいですね(笑) 新たなやり方や、自分の鍛え方が生まれてくると思うので。ある意味では、昔よりも、技術を身につける環境が複雑になっている。かつては厳しい指導が当たり前で、社会人になったばかりの頃、著名なアートディレクターに『佐藤くんはデザイナーに向いていないねえ』と言われて、大きな衝撃を受けました。どこか、わたしも驕っていたところがあったのかもしれません。その一言で目が覚め、ゼロからやり直そうと決意できたんです。もちろん、厳しい指導を復活させようなんて言いたいわけではありません。周囲から厳しく言われることが少ない時代だからこそ、自分で自分をどれだけ追い込めるかが重要になってくるのだと思います」

——自分で自分をどれだけ追い込めるかが、プロとして活動し続ける秘訣なんでしょうか。
「クリエイティブには『ゆるさ』が必要な場面もありますよね。デザインの仕事では微細な判断が求められます。たとえば輪郭を作るとき、0.1ミリ右を選ぶか左を選ぶか、それはだれかが決めなければいけない。『どっちでもいいや』というものと、『こうじゃなきゃダメだ』というものが見極められる人では、やっぱり出来上がるものは違います。流行に左右されず、10年後や20年後でも、耐えうる『びくともしない』ものを作れるかどうかが重要で、そのためには『ゆるさ』では対応できない場面もある。ただ、わたしとはちがう考え方やアプローチがあれば、興味があるのでぜひ教えてほしいです。『ゆるさ』を突き詰めることで、別の可能性が生まれるかもしれないですから」
本気で遊ぶ学生生活
——佐藤学長の学生時代は、どんな学生でしたか?
「学生時代はロックバンドに夢中でした。オリジナル曲を作って、週2回スタジオで練習して週1回ライブに出ていました。ミュージシャンになりたかったので、就職を避けたくて、大学院に進んだんです(笑) でも、結果的にデザイナーになって、その経験はいますべて活きていますね。音楽もそうですが、当時の指導教授の影響で文様を作ったり、大学の課題をやったり、遊びも学びもぜんぶ夢中でやっていました」
——入学式の式辞でおっしゃっていた「本気で遊んでください」という言葉が印象的でした。

「まさにそうですね。なにかに没頭することが大事です。没頭するってね、自我を忘れることなんですよね。たとえば、虫をじっと観察しているとき、虫の綺麗さに夢中になっていたら、そこに自我はない。そのときに自分に流れ込んでくる情報や感動は計り知れないんです。ところが、自我が立ち上がった瞬間に流れ込んでくるものの邪魔になってしまう。本当に興味を持ったものに、どんどん、徹底的に入り込んでいってほしいですね」
——なるほど。「没頭する」「本気で遊ぶ」ということもそうだと思いますが、本学の学生が学ぶ上で、期待することとか、こういう風に学んでほしいとか、ありますか。
「ないですね」
——ないんですね(笑)。それは、「特定の型にはめたくない」という意味で「ない」ということなんでしょうか。
「人それぞれに、無限にやり方がありますから。自由に学んでほしいですね。だって、クリエイティブって世の中にある概念を壊すことからはじまるでしょう。クリエイターは世の中に後ろからついていくんじゃなく、世の中を引っ張っていく側ですから。世の中の概念のおかしい部分を壊して、新たな繋ぎ方を見つけていく。その繋ぎ方が魅力的だったら、世の中を動かすことができるわけですよね」

「大学をデザインする」という使命
——入学式でも「デザインとは様々なものの間を繋ぐこと」という表現をされていましたね。同時に、「学長としてわたしの使命は『大学をデザインする』ことである」ともおっしゃっていました。その意図は?
「学長就任の打診を受けたとき、『自分になにが求められているのか』を考えたんです。それは、教育現場をよりよくする環境づくりであり、大学をデザインすることなんじゃないかと考えると、腑に落ちて。デザイナーの中には圧倒的な力で引っ張っていく人もいますが、わたしはよく観察して、力をうまく引き出す方がたぶん得意なんです。この大学にすでに存在しているけれど、まだだれも気がついていない力を見つけて、引き出して、世の中と繋いでいきたいですね」
——なるほど、それはデザインですね。
「そうです。わたしがやってるすべての仕事はそうなんです。『デザインあ』という番組も、デザインの世界と子供たちを繋ぐ番組ですし、『明治おいしい牛乳』のパッケージデザインも新しい殺菌技術を使った牛乳と消費者の間を繋ぐものですよね。これから、この大学をもっと理解したときにどんな繋ぎ方ができるかはまだわかりませんが、まずは観察して、浮かび上がってくるものを見つける作業をしていきたいと思います」
デザインは気遣い

——最後に学生に向けてのメッセージをお願いします。
「わたしが若いときのことを考えると、いまの若い人に偉そうに言えることなんてなにもないんですが(笑) やはり、入学式で申し上げたように『デザインは気遣い』なんですよね。もちろん、本学にはアートを学ぶ学生も多く在籍していますが、やっぱり気遣いというのは最も大切なことなんじゃないかと思います。これから先、なにが起きるかを予測し、想像して、いまのうちに手を打つ。すべてのデザインって気遣いなんですよね。世の中の問題の多くは、気遣いが足りない状態から起きているんじゃないかと思います。あとは、色々と実験してもらいたいです。『あっ』と思ったことは絶対やる。『デザインあ』の番組名は、気づきの『あっ』という瞬間を意味しているんです。ひらがなの五十音の最初という意味ももちろんあるんですが、一番込めた思いは『あっ』と思ったその瞬間、言語化されていない感覚を大切にしてほしいということなんです。『あっ』と思った瞬間を大切にしてください」
デザイナーとして第一線で活躍し続ける佐藤学長だからこその視点に富んだお話をうかがうことができました。AIの進化によって変化する社会の中で、自分自身をどう成長させていくか。「あっ」と思った瞬間の言語化されていない感覚をどうやって大切にするか。そんな問いが浮かんできます。答えは一つではなく、学生一人ひとりが向き合い、見つけていくものなのでしょう。佐藤学長が力を引き出し、繋ぎ、デザインするこれからの京都芸術大学に、ぜひご期待ください。
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上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。