
伝統工芸の本当の姿に光を当て、「かわいい伝統」「かっこいい伝統」「おしゃれな伝統」を世界に持っていく京都伝統文化イノベーション研究センター(T5)が発信するコラムを瓜生通信にてお届けします。
今回は、「きょうのお祭り手帖 #01 お火焚き祭|地域の文化に寄り添って」をぜひご覧ください。
「お火焚き(おひたき)祭」というお祭り。京都外の出身者にはなかなか聞きなじみのないお祭りですが、どのようなお祭りなのでしょうか。
今回は「お火焚き祭」、そしてお火焚き祭にかかわりが深い「お火焚き饅頭」について、今年で創業150年を迎える和菓子屋さん、「鳴海餅本店」の鳴海力哉さんにお話を伺いました。

11月に入ると京都各地の神社では「お火焚き(おひたき)祭」が行われます。神社によって異なりますが、多くは家内安全、家族円満などの願いを書き入れた護摩木(ごまぎ)などを焚き上げ、奉納された願い事が叶うように神職が大祝詞を奏上します。湯立て神楽の舞が奉納されるなど、京都の冬の風物詩のひとつにもなっています。
その由来は諸説ありますが、収穫への感謝を行う平安時代の宮中行事「新嘗祭(にいなめさい)」や火を使う道具への感謝をする「ふいご祭り」とも関係するといわれます。

お火焚き祭の時期になると京都各地の和菓子屋さんでお火焚き饅頭が並びます。「お火焚き饅頭」とは、ふかし饅頭にほどよく塩味がきいたこし餡が入っている素朴な味わいのお菓子です。炎が3つ連なった「火炎宝珠」の焼印が押されており、厄除けや招福の願いが込められているそうです。鳴海餅本店では、神社さんからお火焚き祭のお配りものとしてご注文をいただくほか、地域の人々からもよく買い求められます。
京都に古くからある「お火焚き祭」には様々な由来があるとされています。いろいろと諸説はありますが、有力な説としては、「ふいご祭り」をはじめとして、秋の収穫祭など様々なお祭りが混ざっているのではないかと考えられています。
ふいご祭りは、旧暦の11月8日に火を扱う人々が火の神様に感謝し、安全を祈願するお祭りです。もともと鍛冶屋や鋳物師などのふいごを使って火を起こす職人たちがふいごを労い感謝を捧げるお祭りだったのが、風呂屋や和菓子屋などの火を扱う職人にも広がっていったという背景があります。

「うちもふいご祭りの日は毎年お火焚き饅頭と“おこし”とみかんをお供えしてボイラーに向かって拝んでいます。大正時代くらいまではかまどを使って薪を燃やして火を起こしていたんですけど、戦後からは工業用ボイラーを使っています。」
余談にはなりますが、そんなお話を伺った後にボイラーやふいご祭りについて調べていると興味深い記念日を見つけました。その名も「ボイラーデー」。ふいご祭りが行われていた11月8日を「ボイラーデー」としてボイラーの点検や整備など、安全管理を行う日になっているそうです。火の神様に感謝するお祭りがこんな風に機械をいたわって安全を守る記念日となって現代に受け継がれているのが個人的に面白いなと思いました。
新嘗祭をはじめ、秋の実りや収穫祭的なもの、それからふいご祭りといった、さまざまなお祭りが時代とともに京都市井の人々の間で広まり、地域に根ざしたお祭りとして今日まで受け継がれてきたのでしょうか。こんな風に一つのお祭りにいろんなお祭りが由来として関わっているのが、お火焚き祭の面白いところだと思います。
そんなお火焚き祭ですが、「お火焚き饅頭」の由来や、どの時代にどういうタイミングで始まったのかは文献が残っておらず、詳しくは分かっていません。
「ただ、通常の上用饅頭と違って、お火焚き饅頭の皮は小麦で作った“並饅頭”を使っています。小麦は米に比べて安かったため、庶民でも手に入りやすい材料でした。そういうところからも庶民のお祭りが起源なのかなというのが分かってくるのではないでしょうか」
神社さんや街の人たちのなかでお祭りが広がっていくにつれて、このようなお菓子も自然と発生したのではないか、と鳴海さんは考えているそうです。
「こういうのは儀礼的なところでいうと、お餅を使うところが多いんですよね。お饅頭なんかは後々、お配りもので紅白饅頭が使われるようになったっていうパターンは結構ありますけど、神様へのお供えで饅頭を使うっていうのはなかなか珍しいんじゃないかと思うんですよ。」
鳴海餅本店では「お火焚き万寿」をはじめ、お饅頭はすべて読みは同じまま「万寿」と書かれています。
「うちはお赤飯が看板商品ということもあって、お赤飯と一緒にお祝い事で注文を受けることが多いので。うちで販売するお饅頭はゲンを担いで“万”に“寿”で統一させていただいてます。」
名前にも思いがこもっていて、食べるだけで幸せな気分になれそうです。
鳴海餅本店では、お火焚き万寿が11月いっぱいまで販売されています。
12月に入るといちご大福やみたらし団子が店頭に並ぶように。古くから続く歳時記のサイクルはなるべく崩さず、地域の文化に寄り添っています。
また、素材にもこだわりが。
小豆は最高級品種の「丹波大納言小豆」を。水は工場内に引き入れた井戸水をつかっているそうです。
京都の食文化の発展には水の影響が大きくかかわっています。鳴海餅本店が位置する堀川下立売近辺は、西陣をはじめ、表千家や裏千家、聚楽第などもあったことから仕出し文化も発展し、京都の食文化を支えてきました。
「和菓子の魅力は見た目には見えない所にたくさん詰まっているんですよね。徐々に機械が入ってきて手仕事が少なくなってきて、特に饅頭を作るところなんかは機械でもある程度代用できるようになってきていますが、うちでは手仕事にこだわりを持って、見えないところに手仕事のあたたかみが出ていたらいいなと思っています」
しかし、若い方と和菓子の距離が昔に比べて遠くなってきていると感じることが多いそう。確かに、和菓子って質にこだわりを求めなければコンビニにも売っていますし、専門店で買うという行為はどうしても敷居が高く感じてしまいます。
「お火焚き饅頭のような地域の文化と結びついているお菓子なんかは、文化を大事にされる方は買いに来られますけど、そういうものを知らない方が大半になります。そういったところを知らない方にどういう風に発信していけるかは非常に頭をひねっているところですね」
忙しい日々を生きる私たち現代人は、どうしても季節の変化や文化に目を向けることを忘れがちです。行き詰まったときほど少し立ち止まって、京都の豊かな季節の移ろいを感じてみるのもいいかもしれません。
きょうのお祭り手帖
#01
鳴海餅本店
鳴海力哉
文:西岡菫(文化財保存修復・歴史文化コース)
撮影:西岡菫(文化財保存修復・歴史文化コース)
鳴海餅本店 HP:narumi-mochi.jp
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