金木犀の香りに秋の訪れを感じる10月19日(土)〜20(日)、京都芸術劇場 春秋座にて朗読劇「蒲田行進曲」の公演が開催されました。
演出は、作家・演出家・俳優・映画監督として活躍し、「大人計画」主宰、Bunkamuraシアターコクーン芸術監督をつとめ、2023年に本学 舞台芸術研究センター教授に着任した松尾スズキさん。
昨年度からは学科・コースの垣根を越えて集まった本学の学生が松尾さんとともに演劇を作り上げるリアルワークプロジェクト(社会実装プロジェクト)も開始し、今年2月には「命、ギガ長スzzz」と題して公演を行いました。
「命、ギガ長スzzz」の様子はこちら!
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/1205
つかこうへいの名作を再演
「蒲田行進曲」は、つかこうへいの不朽の名作。映画の撮影所を舞台に、スター俳優と大部屋俳優の奇妙な友情、そしてその間で揺れ動く女優の姿が描かれます。1980年に第15回紀伊國屋演劇賞を受賞。後に小説化、映画化され、小説は第86回直木賞を受賞、映画は第6回日本アカデミー賞をはじめ映画界の各賞を多数受賞しました。
松尾さんは「学生演劇で上演された『熱海殺人事件』を見て、演劇の自由さに衝撃を受け、芝居を始めた」とつかこうへいさんから受けた影響を語ります。
「当初は、つかさんの世界観に影響を受けすぎていたので、別のアプローチでやらないとダメだなと思って、あえて距離を置いていたんです。
でも、ぼくが今年、つかさんがお亡くなりになられた年齢になるので、けじめをつけるような気持ちで朗読劇をやることにしました」
朗読劇には、本学の卒業生(映画学科俳優コース5期生)の上川周作さんが出演したほか、笠松はるさん、少路勇介さん、東野良平さん、在学生からは末松萌香さん、松浦輝海さん、山川豹真さんの三人が出演しました。
上川さんは東映京都撮影所の大部屋役者・ヤス役を務めることについて、「大学時代につかさんの『熱海殺人事件 ザ・ロンゲスト・スプリング』と『ロマンス』をやったことがありました。演じてみてわかったことなのですが、名もなき人や脇のキャラクターがすごく輝く瞬間があって。人生のなかでだれでも光る瞬間があるように思えて、すごく勇気をもらったんです。今回演じさせていただく『蒲田行進曲』でも、ヤスは大部屋俳優として下積みでがんばってきて、銀ちゃんや小夏さんと出会う。人間らしく生きている中で、スポットライトが一瞬バッと当たるんです。ヤスという役を演じることができて嬉しいです」と話します。
言葉と音だけで伝える
当日は、春秋座の一階席がほとんど埋まるほどの大盛況となりました。前説として上川さんが舞台袖から現れると、劇場は万雷の拍手に包まれました。
舞台上に置かれているのは、中央に五脚と端に二脚の椅子だけ。ギターの生演奏による音楽や、音響効果、照明とそれぞれの役者の演技で「蒲田行進曲」の世界を観客に伝えます。
舞台となるのは「新撰組」の撮影が行われる東映京都撮影所。土方歳三の役を演じるのはスター役者・銀ちゃんこと倉岡銀四郎(少路勇介)です。銀ちゃんに憧れる大部屋俳優のヤス(上川周作)は、銀ちゃんの子どもを身ごもる女優の小夏(笠松はる)と結婚することになります。さらに、「新撰組」の監督(東野良平)と話すうち、高さ十数メートルの樫の木の大階段から『階段落ち』をする羽目になり……。
演出を務めた松尾さんの「言葉が重要な戯曲」という言葉どおり、芝居は長台詞やかけあいの応酬で進んでいきます。しかし、観客はときに悲壮感を、ときにユーモアを感じる隙のない言葉に翻弄されるうち、芝居に没入していきます。
在学生の末松さん、松浦さんはそれぞれト書き(戯曲の台詞以外の部分で、人物の行動や場面設定などを説明する文章)のナレーション、劇中の「新撰組」で坂本龍馬を演じる若旦那などを演じ、山川さんはギター演奏で参加しました。
舞台セットや体を動かしての演技が少ない朗読劇において、ト書きによる説明や音楽は観客の想像を掻き立てる重要なもの。三人とも、朗読を引き立て、つかこうへいの世界に観客を誘う好演でした。
ギター演奏を担当した山川さんは昨年度の松尾スズキプロジェクトに参加した情報デザイン学科の学生。今回、舞台での音楽に演奏者として関わってみて、「もう一度、松尾さんの演出が受けられる。プロとして活躍される方々とご一緒できる。とても嬉しかったです」と話します。
松尾さんとの稽古
今回、学生とともに演劇をつくりあげた上川さんは、稽古の感想を次のように話します。
「一年間、松尾さんとプロジェクトを一緒にしていた学生たちなので、関係性ができているな、と感じました。松尾さんからの演出に、みんな自分で考えてすぐに対応できる。ぼくは今回、松尾さんとはじめてご一緒したので、学生たちのほうが松尾さんとの稽古歴で言えば先輩なんです。みんなリラックスして稽古に臨んでいて、稽古場がとてもいい空気でした」
本番では、朗読で物語を伝えるという制限がある中で、お客さんにどこまで届くか不安だったという上川さん。客席から見ていても、前半は少し固い空気でしたが、後半からは笑いも起こり、観客からの反応が返ってくることに手応えを感じていたそうです。
はじめて松尾さんと演劇をつくってみた感想については、「ヤスという人物を深く知れたと思います。なにがヤスにとって一番大切で、引っかかることなのかとか、そういうことを松尾さんが一緒に考えて、言葉にして伝えてくださって。一緒に役を作っていくような感覚でした。松尾さんの頭の中にあるイメージを声で表現したい、とただただ、がむしゃらに作品に向き合った貴重な時間でした」と手応えを語りました。
プロと稽古をともにする
終演後には、卒業生である上川さんやプロの俳優と共演し、舞台を作りあげた在学生たちにもお話をうかがいました。
——昨年度の松尾スズキプロジェクトに参加し、今回の「蒲田行進曲」に抜擢されました。出演が決まったときはどんなお気持ちでしたか?
末松さん「プロと一緒の舞台に立つことへの恐怖が3割、プロと一緒の舞台に立てることへの高揚感が7割でした。震えました。それと同時に、嬉しくもありました。松尾さんが私のことを、一緒に舞台を作ってもいいと思ってくださったことが。偶然や運もあるかとは思いますが、死ぬ気で頑張ろうと思いました。しかし、そう思っていても、顔合わせで松尾さんやほかの役者の方々とお会いするまでは現実味がなく、なんだか妙に浮き足立って東京の町を歩いたことを覚えています」
山川さん「本公演では「音を大切にしたい」と伝えられていたからこそ、自分の発する音を介入させていいものかという不安もありました。思わず、『ぼくでいいんですか』と松尾さんに訪ねてしまったことも。『山川で、よろしく』と答えていただけたことで、『とにかく頑張ろう、作ろう、弾こう、楽しむぞい!』と、非常に前向きな心持ちで稽古に入っていくことができました」
——本学の卒業生・上川周作さんをはじめ、俳優としてプロの舞台で活躍されている方々と稽古・本番を共にされ、いかがでしたか?
山川さん「『プロ』とは、どんな演出もそつなくこなす人を指すのだと思っていました。しかし実際の稽古場には、私たち学生と同じように、一つ一つ課題にぶつかり、悩み、それを強い責任感で乗り越えていこうとする大人の姿がありました。また、『いつでもいけます!』という姿勢を崩されない光景にも、背筋を正される思いがありました。本番は、音を先導するはずの私が、いつの間にか皆さんの声音に連れられる気分に。とっても暖かい空間でした」
松浦さん「上川さんは沢山話しかけてくださいましたし、たまに気まぐれで「まっちゃん」と呼んでくださる時もありました。少路さんには「その靴で出るの?」と言う言葉と靴を頂きました、すんごく嬉しかったです、銀ちゃんっ!笠松さんは本番前緊張でゲロ吐きそうな僕に「バナナなら食べられるかも」とわざわざ楽屋までバナナを届けに来てくださいました。東野さんは本番前緊張でゲロ吐きそうな僕を何度もハグしてくださいました」
——今年度の松尾スズキプロジェクトも、現在進行中ですね。2月の公演に向けて、意気込みをお願いします。
末松さん「4月からはじまった松尾スズキプロジェクトですが、あっという間に半年が経ちました。あと数ヶ月しかないということに怯えています。なんだか実感が湧きません。相変わらずてんやわんやしています。先が見えないことに焦る気持ちもありますが、なんとか頑張りたいです。来年の私に期待して、『最高に面白いものになりました! 期待して観に来てください!』と言っておきます。なんたって今回は松尾さんの書き下ろし。面白いに決まってる!」
松浦さん「恐怖に打ち震えています。いよいよ意気込みを言わなきゃいけない期間に突入した恐怖です。さっき意気込んだと思ったらもう本番、ちょっとコンビニに意気込みに行ったら留守を狙って本番に入られた、意気込みを道に停めていたら本番に回収された、よくわかんないけどこんな感じです意気込みって。意気込んだら本番まですぐなんです。怖いです。でも、だけど、死ぬ気で頑張ります。よろしくお願いします! 意気込みました。もうすぐです」
山川さん「今年度、私は演者として出演することはありませんが、本番中に皆さんが歌う『うた』を作曲させていただきます。すでに松尾さんから素敵な詞もいただいています。そこに描かれる思いや、皆さんの歌声に寄り添う形を探すため、また0からの心持ちで頑張りたいと思います。ぜひぜひ、お越しください」
今年度の松尾スズキプロジェクトも、着々と稽古が進行中! 本学・春秋座にて、2025年2月23日(日)、24日(月)の2日に渡って上演予定です。
演劇だけでなく、様々な芸術分野の第一線で活躍する松尾スズキさんとともに舞台芸術作品を創作するという、学生にとっては一生の宝物になる経験が得られるプロジェクト。その集大成を、ぜひ劇場でご覧ください。
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上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。