REPORT2024.10.09

教育

古くて新しい未来の美術[収穫祭in福井県大野市]

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  • 京都芸術大学 広報課

9/7の収穫祭は福井県大野市にあるCOCONOアートプレイスを訪問しました。既存建築ストックの再生や利活用は全国的に課題となっていますが、COCONOアートプレイスはその好例のひとつです。美術館のありようとしても特徴的な取り組みをされていることから、設計や運営の方からぜひお話を伺いたいと考えていました。

訪問時は企画展「ママは、みてる」が開催していました

当日は集合してから初めに中西先生、伊藤さんから建築や運営についてのお話を聞かせていただきました。エントランスの土間で靴を脱いで、畳間のカフェスペースで車座になってのレクチャーです。カフェも利用させていただきました。

エントランスホールと中庭をつなぐ畳間
カフェとしても使われている畳間での中西先生レクチャー

地下水が豊富な大野では街の至る所で井戸が引かれて地下水を利用しています。設計を始めるにあたって初めの現地調査に行くとインフラ状況を確認するものですが、水道の引き込みが見当たらないので尋ねてみると、水道水の利用はなく井戸水を利用していたことが明らかになったということでした。施設見学後の街歩きでも、「七間清水」や「水舟清水」といった湧水スポットが点在している様子が見られました。

街に地下水が汲める水場が点在しています
飲料水としても飲むことができます

「小コレクター運動」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?
1950年代に美術教育界では「創造美育運動」が起こり、それを背景として美術評論家の久保貞次郎が提唱した「美術を通して子どもの想像力を健全に育てる」運動に福井県の多くの教師が熱心に取り組んだそうです。中でも、中心メンバーの一人が大野市の美術教師であったことから久保貞次郎との接点が生まれ、氏を介して作品が大野に入ってきたことをきっかけに「小コレクター運動」が起こりました。小コレクターとは3点以上の作品を持っている人を指し、美術品を所有することが無い人たちに積極的に持つことを推奨し、美術に対する理解や関心を持たせること、不遇な位置にいる画家を支持し社会に広めることの2つが目指されました。現在でも街には300〜400のアートワークが残っているとのことですが、手頃な価格で多くの市民に作品を行き渡らせるという背景からその多くが版画作品だったということも興味深い点です。そうした市民が所有する文化的なストックを活かして展示し、市民や観光客に親しまれる場所として計画されたのがCOCONOアートプレイスです。

小コレクター運動_市民所有作品による常設展示 *COCONOアートプレイスHPより引用

明治期に建築され、二家族による住まいとして利用された後に越前紙問屋、医院、書店などとして活用されたのちに大野市に寄贈されCOCONOアートプレイスとなった建築の外観を見ると、雪国特有の重厚な外観を残しながらも表通りから1階のエントランス土間がよく見えるガラスファサードに改修され、畳間のカフェを通して中庭まで視線が抜けて重厚な印象を受ける街並みに対するアクセントにもなっています。

屋根や壁の厚さによる重量感と1階の透明感の対比が特徴的な外観です
屋根勾配が急なことも雪の多い地域の特徴です
畳間見通し:エントランスの土間から畳間を通して中庭まで視線が抜けます

館内にはオモヤギャラリー、ハナレギャラリー、クラギャラリーがあり、3つの展示室をつなぐ動線は建築の来歴が展示されるギャラリーとなったり、庭のランドスケープを楽しむ回廊のようであったりと、作品だけでなく建築や環境を体験することができます。

エントランスから展示室へと続く通路空間
動線部分にも来歴などが展示されています
ハナレギャラリーとクラギャラリーへと分かれます
視線がよく抜ける建築に誘導されるように回遊できます

建築の竣工式が2018年の大雪の時期に重なり、中西先生も竣工式に駆けつけられなかったということでしたが、冬期の積雪の重さに耐える雪国の建築として非常に堅牢につくられ、屋根架構の部材ひとつひとつが京都の町屋などと比べると非常に大きく高密で、積雪の影響を視覚的に感じることができます。

エントランスホール_この建築を象徴する重厚な架構による大空間
下屋の屋根架構_平屋部分でも各部材の寸法が大きく高密な架構です

展示室では白い展示壁の上部に重厚な屋根架構が現れ、伝統工法の建築物を再生したからこそ実現できる展示空間となっていました。また土間の床には、既存建物の石場建の礎石が見えるように残され、既存建物の特徴が建築の至るところで現れることを意図しているのが伝わります。

ハナレ展示室_元々茶室だったというハナレの展示室
クラ展示室1_中西先生に質問をしながら館内を巡りました
クラ展示室2_白い展示壁と架構の対比が特徴的な展示室
礎石1__展示壁の下からはみ出すように現れている礎石
礎石2_展示室とつなぐ通路に現れる礎石

当然のことですが、既存建築ストックの再生では構造補強が非常に重要です。今回の計画では、石場建ての伝統工法で建てられた既存建築物がもつ架構の柔軟性や粘り強さを維持しながら、新たな構造体による建物の構造強度を向上させることが意図されています。既存の重厚な架構に対して新しく挿入する構造体が薄っぺらく見えないように木材の厚みを感じさせる壁柱工法が考案され、既存の建築から新たなアイデアが生まれています。これまで通り将来も柔軟に使っていけるよう、その骨格となる構造体を整えることが非常に重視されていました。

壁柱工法1_地場産の杉材を隙間なく並べて緊結した壁柱
壁柱工法2_左奥の壁が2層にわたる壁柱工法による構造壁
壁柱工法3_構造壁であるだけでなく新たな素材感を建築に付加しています

エントランスのポーチは雪がかりを避けられる外縁となり、中庭に面したガラス面は冬季に雪囲いが取り付けられる工夫がされています。中庭には地下水が流れる水路がめぐり、打ち水効果による温度差換気が計画され、自然換気を促すように開口部が計画されています。エントランスの土間は夜間電力を利用した蓄熱暖房が採用されるなど、地域の気候に呼応する先人の知性に学びながら新たな技術との調和を目指す設計がされています。

ポーチ_積雪に対して懐の深いエントランスポーチ、重厚な屋根にも雪の影響を感じます
中庭の水路_中庭の外周に沿う水路に地下水が流れます
手水鉢と水路_水路を流れる地下水が打ち水効果をもたらします

格式高い美術館や博物館といった位置付けから、より親しみやすいものへと市民の力で変えていく取り組みは、多くの美術館で見られるようになりつつありますが、1960年代から美術作品が大衆にとって身近なものとしてあり、その活動を再興しながら市民が交流する場所を提供し、地元の作家も育てていこうとするCOCONOアートプレイスの取り組みは美術館のあり方としてひとつの未来を提示しているように感じました。
今回、施設運営の立場からお話しいただいた大野市地域づくり部地域文化課 文化振興担当の伊藤富美さんは、そうした取り組みを推進する中心人物です。お聞きすると、本学の姉妹校である東北芸術工科大学の出身らしく、本学に通われていた友人を訪ねて来られたこともあったとか。実際にされている仕事の内容をお聞きすると、ここでの企画展示のキュレーションや常設展示の入れ替え、訪問客の案内や今回のようなレクチャー、街案内など多岐に渡り、市民キュレーターとでも呼びたくなるような役割を担っておられました。伊藤さんからお話を伺うために参加された学生さんもいるなど、COCONOアートプレイスでの仕事ぶりがひとつのロールモデルになりつつあるようです。

伊藤さん_街の見どころを話す伊藤さん

COCONOという名前は「COLLECTOR」「COMMUNITY」の2つの「CO」に大野「ONO」を連ねた造語で、「ギャラリー」や「ミュージアム」にとどまることなく、これまでもこれからもアートを軸に大野市民が集う場所として「アートプレイス」と名付けられたそうです。設計者の中西先生、運営者の伊藤さんの実感のある言葉から、新しい美術館のありようが地方から生まれていることを実感する一方、街としては縮小の一途を辿りつつあり、この活動を通してどのように街に寄与できるか?いうことは継続して試行錯誤している最中だというCOCONOアートプレイスの今後の展開にもぜひ注目していきたいものです。皆さんもぜひ大野へお出かけください。
この場を借りて建築を案内してくださった中西ひろむ先生、COCONOアートプレイスの伊藤富美さんに御礼申し上げます。

COCONOロゴ_ COCONOアートプレイスのロゴ
街歩き_施設見学の後に街歩きを楽しみました
集合写真_ご参加いただいた皆さんありがとうございました
 

参加学生の感想

堀先生は、リヤカーを引いて。――小コレクター運動の話を聞いて

福井・大野の地では、戦後に小コレクター運動が起こった。小コレクター運動は、美術教師・堀栄治先生を中心に拡がった市民芸術運動で、アートに馴染みがない一般市民が、実力がありつつも不遇な若手作家を、作品を購入することで支援したという。収穫祭会場となったCOCONOアートプレイスは、この運動で市民が所有した作品を展示し、みんなが集う場として、まちに根付くアートの文化を次世代へ繋げていく施設である。

アートを身近にした小コレクター運動は、理想そのものに思え、当初にわかには信じがたかった。アートに縁がない人々が、名もない作家が作った現代アートを買うだろうか。それでも、今まさにアート普及活動に携わっている私は、希望を感じたかった。

そんな思いで会場を回り始めると、世界的に名高い靉嘔(あいおう)の絵に出会った。それから街に繰り出すと、店舗の中に版画がかかっているのを見かけ、更に進むと、他の店舗で虹色の靉嘔作品に再会した。驚きの後に、じわじわと胸が温かくなるのを感じた。

最後に会場に戻り、「リヤカーに絵を載せて、町内を回りながら販売した堀先生の逸話」を聞き、現在に至るまでの地道な活動を知った。これから幾度も思い出して、私も前を向こうと思う。


(亀井泰世(かめいやすよ)芸術学科アートライティングコース)

(文:建築デザインコース 教員 殿井環)

 

 

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