COLUMN2024.01.09

「対話型鑑賞のこれまでとこれから」をめぐる3冊 第一回

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  • 京都芸術大学 広報課

京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センターが監修した書籍「対話型鑑賞のこれまでとこれから」※の出版に関連して、本書の編集にご協力いただいた、平野智紀さん(内田洋行教育総合研究所 主任研究員)に、本書にまつわる3冊、というテーマで原稿を執筆いただきました。
本書は、2022年8月に東京国立博物館で開催された、「VTC/VTS 日本上陸30周年記念フォーラム:対話型鑑賞のこれまでとこれから」の記録を元に書籍化されたもので、当日に行われた全セッションの発表・議論を収録しています。また、フォーラム終了後に、モデレーターや登壇者たちによって更に行われた議論についても、加筆されたものとなっています。その他、当日のレポートは、瓜生通信でも公開されていますので、ぜひ合わせてご一読ください。

『VTC/VTS 日本上陸30周年記念フォーラム:対話型鑑賞のこれまでとこれから』
鑑賞者と向き合う30年、対話型鑑賞の「これまで」を振り返る(前編)
対話型鑑賞の「これから」へ、次なる一歩を踏み出すために(後編)

※京都芸術大学 プレスリリースより

『ここからどう進む?対話型鑑賞のこれまでとこれから アート・コミュニケーションの可能性』刊行。https://www.kyoto-art.ac.jp/news/press/1101

 

「対話型鑑賞のこれまでとこれから」をめぐる3冊

『ここからどう進む? 対話型鑑賞のこれまでとこれから アート・コミュニケーションの可能性』が、2023年9月に淡交社より発刊された。本稿は同書籍に関連して、この書籍に込めきれなかった対話型鑑賞のこれまでとこれからについて、編者のひとりである平野智紀の視点から論じるものである。

同書のもとになったフォーラム「対話型鑑賞のこれまでとこれから」は、対話型鑑賞の日本上陸30周年をうたって2022年8月に開催された。2022年から30年前にあたる1992年は、編者のひとりでありインディペンダント・キュレーターであった福のり子が、逢坂恵理子とドイツで出会った年にあたる。その後、対話型鑑賞は、美術館教育や学校教育のみならず、医療・科学の分野やビジネスパーソン向け研修などに展開をしていったことは書籍で報告されているとおりである。

同フォーラムは京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センターの視点からの30年の取りまとめであり、あとがきで伊達隆洋が述べているように、さまざまな事情からフォーラムにご登壇いただけなかったが対話型鑑賞の30年を語るのに欠かせない方ももちろんおられる。本稿では、書籍『対話型鑑賞のこれまでとこれから』の追補編として、フォーラムでは十分に取り上げることができなかったが、日本の対話型鑑賞を考える上で欠かせない書籍を3冊取り上げ、フォーラム書籍の議論に接続することを試みたい。

主に取り上げるのは、上野行一の『まなざしの共有』(2001年)、奥村高明の『エグゼクティブは美術館に集う』(2015年)そして、手前味噌ではあるが、筆者(平野智紀)の『鑑賞のファシリテーション』(2023年)である。

『まなざしの共有』(2001年)と、対話型鑑賞のはじまり

アメリア・アレナスの『なぜ、これがアートなの?』が淡交社から発売された3年後の2001年、上野行一による『まなざしの共有――アメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ』が同じ淡交社から発刊されている。当時、高知大学の助教授であった上野行一は、アメリア・アレナスの対話型鑑賞に早くから着目し、同書において彼女の類まれなファシリテーションの独自の分析を行っている(ちなみに同書には、フォーラム書籍2章に登場する都筑正敏氏も豊田市美術館の学芸員として執筆されている章がある)。

同書には、フォーラム参加者に向けて特別に配信されたアメリア・アレナスの豊田市美術館でのマリオ・メルツ《明晰と不分明》のギャラリートークのビデオがCD-ROMとして付属されていた(かなり古いデータであったが、筆者は現在使っているMacでQuickTimeムービーに変換して開くことができた)。福のり子がフォーラム書籍1章で指摘しているように、アメリアのファシリテーションは、VTC: Visual Thinking Curriculumをベースにしながら、作品にまつわる情報提供やある種の挑戦的な問いかけなど、彼女自身の実践感覚によって独自に研ぎ澄まされたものである。

上野は、上記のビデオを素材としながら、アメリアの対話型鑑賞が、単に発見や観察を共有するだけにとどまらず、段階を追って鑑賞を深めるよう周到に進められていることを見抜いている。上野によると対話型鑑賞のトークは3段階で進行するという。第一に〈発見と吟味〉すなわち、作品の中にさまざまな要素が描かれていることを見つけていく段階である。第二に〈比較と転換〉、複数の要素を比較し、それらの間の関係性を検討し、発想を転換させる。第三に〈統合〉として、これまでの鑑賞者の複数の発言を引用しながら、ひとつながりの鑑賞体験としてまとめる。この鑑賞会でのアレナスのまとめの言葉を引用する。鑑賞者の言葉を使って作品の対比的な概念を見出し、議論を総括していることがわかる。

アレナス:このネオンも、靴も、あの小枝も身の回りの物ばかり、ありきたりの物を組み合わせて、まったく違う何かを表している。力強さと、いまにも壊れそうな危うさを暗示している。ガラスの構造が、〈隠れる〉〈守る〉〈イヌイットの家〉を暗示する一方で、中が透けて隠れることなどできないと示唆している。守ってくれそうで、いまにも崩れてしまいそうな危険も感じさせる。この作品をみて、危険だから離れようか、壊れそうだから支えてあげようか、いったいどちらを選べばいいの。近づけば、作品が私たちを傷つけるのか、それとも作品が傷ついてしまうのか……。核実験、人間と自然との関係、環境問題、みなさんが話したことのすべてがここに入っているの。(上野2001, p.86)

なお、上野は対話型鑑賞(上野の言い方では「対話による意味生成的な美術鑑賞」)が30年前に突如日本に上陸したわけでなく、そのずっと前から日本において対話型鑑賞は行われていたと指摘している。上野による2012年の論文では、1973年に静岡県浜松市の中学校で《モナ・リザ》の鑑賞授業が行われていたことが紹介されている。実践的に、こうした(広義の)対話型鑑賞が30年以上前から学校現場で行われてきたことは事実として受け止める必要があろう。

先生:感想を書きます。できるだけ早くね。ぱっぱっとね。感じたことをそのまま言ってくれて結構です。
生徒:女の人の顔が気にくわん(爆笑)
先生:どういう点で?
生徒:目つき。目つきが悪いで。(爆笑)
先生:いやいや、みんな笑いましたが、これ実にいい見所ですよ。(上野2012, p.82)

こうした実践が生まれた背景には、「鑑賞」と「学習」をめぐる大きな思潮の流れがあると上野は述べている。まず「鑑賞」の理論として、ウンベルト・エーコの『開かれた作品』やロラン・バルトによる「作者の死」など、主に1980年代以降に文学の領域で行われてきた鑑賞者・オーディエンスの存在を前景化するような議論が、対話型鑑賞が注目される背景にあったと上野は指摘する。

続けて、人の学習を能動的で構成的なものであるとしたジャン・ピアジェや、発達における他者や社会の重要性を指摘したレフ・ヴィゴツキーといった「学習」に関する理論が、対話型鑑賞の受容を後押ししたことも上野は述べている。これは、VTSの背景理論にピアジェやヴィゴツキーが挙げられることとは別の、教育界全体の話である。この学習に関する理論の転換は、1990年代から2000年代に至る学習指導要領の改訂にも影響した。2002年の学習指導要領において「総合的な学習の時間」が新設されたことや「美術館の活用」が明記されたことが、学校教育における対話型鑑賞の広がりにもつながっている。

現在、上野は「美術による学び研究会」を主宰し、対話型鑑賞の普及だけでなく、アートを中心とする統合的な教育の実践としてSTEAM教育にも携わっている。STEAM教育とは、S(Science: 科学)T(Technology: 技術)E(Engineering: 工学)M(Mathematics: 数学)の教育にA(Art: 芸術)の視点を取り入れようとする取り組みであり、フォーラム書籍4章で取り上げられた「医療・科学と対話型鑑賞」とも通じる試みと言えよう。

続いて、奥村高明の『エグゼクティブは美術館に集う』を取り上げる。

※「対話型鑑賞のこれまでとこれから」をめぐる3冊 第二回に続く

参考文献

上野行一 (2001) まなざしの共有: アメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ. 淡交社
上野行一 (2012) 対話による美術鑑賞教育の日本における受容について. 帝京科学大学紀要, 8, 79-86.
京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター (2023) ここからどう進む?対話型鑑賞のこれまでとこれから. 淡交社.

 

(文:平野智紀(内田洋行教育総合研究所 主任研究員))

 

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