REPORT2021.12.02

アート

目に見えない、大切な人を想う気持ちをかたちに。― フコクアトリウム空間プロデュースプロジェクト

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  • 京都芸術大学 広報課

JR大阪駅前にある大阪富国生命ビルの地下2階から地上4階にわたる吹抜けアトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」をアートでプロデュースするこちらのプロジェクト。平面制作・立体制作・空間プロデュースと、芸大生ならではのアイデアや表現力を発揮して多くの人を魅了することができる人気のプロジェクトです。

2021年冬季は「想いのかたち」と題し、なんと2,500個以上のビーズやヒートガンで加工した約1万個ものプラバンで、大きなハート型のオブジェを制作しました。ハートの中身は空洞で、まるでビーズが流れ落ちるかのような表現でその姿を浮かび上がらせています。普段は目に見えない「ハート(想い)」を大切にしてほしい。一つひとつの小さな素材に学生たちの想いが宿り、暖かさが感じられる作品が完成しました。

 

プロジェクトは今回で7年目。毎年、夏季には「巨大壁画」制作を、冬季には「立体オブジェ」の制作を行っています。元々はライブペインティング形式での制作やワークショップなども行っていましたが、コロナ禍のため中止に。

今年の夏季には、つながりをテーマにした壁画作品『影と私』を制作。絵画作品に「鏡」を活用して鑑賞者とのコミュニケーションを図ろうとしたり、高松次郎の作品《影》にインスピレーションを受け、空間の捉え方や表現手法を参考にするなど、その独創性あふれる作品が話題を集めました。

 

夏季の展示が終わるやいなや、お盆明けにはもう次の冬季「立体オブジェ」の企画検討がスタートしていたというから驚きます。そして、10月7日(木)にクライアントである富国生命保険相互会社へプレゼンし、デザイン案が決定。約一ヶ月半の制作期間を経て、11月27日(土)に設置、公開されました。12月25日(土)まで展示されています。

今年の特徴はなんといっても「ハート型」の形状です。大阪・梅田では、昨年から新しい冬のイベント「UMEDA MEETS HEART(梅田ミーツハート)」を開催。「ハートを贈ろう。梅田から未来へ。」をキャッチコピーに、梅田の街中にイルミネーションが灯り、ハートで可愛らしく装飾された、心暖まるスポットが登場。12月11日(土)からはお気に入りのスポットを投票するコンテストも始まるのだそう。ぜひ巡ってみてください。

 

そんな「UMEDA MEETS HEART」のテーマ「ハートを贈ろう。梅田から未来へ。」を踏まえ、今冬はハート型のオブジェを制作しました。作品名は「想いのかたち」。人と人とのつながりや大切な人を想う気持ちなど、「目に見えないもの」こそ大切にしてほしいという願いが込められています。

想いのかたち

今年度開催される「UMEDA MEETS HEART 2021」のテーマは、ハートから未来へ贈るです。

あなたの大切な人は誰ですか?想いを伝えていますか?
大切な人を想う気持ちは確かにあるけれど、日常に溶け込み、気がつきにくいものです。

私たちは個々の想いを素材一つ一つに込め、そして大きなハートを形作り、アートの力で想いを浮かび上がらせました。

たくさんの人が県を跨ぎ、また国を超えて集まるここ梅田で展示することで、多くの人に忘れかけている想いに気がついてほしいと願っています。

大切な人をより好きになりますように。
そしてあなたも、誰かの大切な人なのです。

想いを形にした、素敵な冬を。

We wish you have a happy winter.


制作:京都芸術大学 学生プロジェクトメンバー
吉田崇裕、志方克成、吉岡英、細川理央、谷浦萌、石濱菜々子、笠間真里愛、河村和奏、北岡明子、樂麗依奈、金佳愛、木田光風、飯室幸世、桑原彬、野口星奈、大石涼音、粥川琴絵、吉垣咲和、長縄海咲、薮杏吏、山中すず菜、坂巻雪乃、眞下菜々子、伊賀友美、田河穂乃華、谷山朔耶

制作補助:加藤菜月、村谷あみ、柳果歩
指導教員:森岡厚次、由井武人、原田悠輔
運営協力:京都芸術大学 芸術教養センター

設営当日、大きな音の出る作業は早朝に行う必要があるため、学生たちは朝7時から作業に取り組みました。土台を設置した後、大きなハート型のオブジェに取り掛かります。こちらのオブジェ、完成したものを設置しただけではありません。30cmx30cmほどの範囲ごとにまとめたものを現場で開梱し、ひとつの作品として組み上げています。ビーズやプラバンに通したワイヤーが絡まないように注意深く、慎重な作業が続きました。

設営開始から6時間が過ぎた頃の様子。学生29名が有機的に連携し、集中して作業に取り組んでいます。

 

「できたらすごいよね」で火がついた学生たち

プロジェクト指導教員の森岡厚次先生は、このハート型オブジェの案が決まったとき、内心「これをやるのか…」と凹んでしまったと言います。

「デザイン案を見て、完成させるには大変なイメージしかなかったですから、選ばれたときは、内心むちゃくちゃ凹みました。これはよっぽど気合をいれないとできないなと。
でも一方で、クライアントの富国生命保険相互会社さんは、これまでの学生の力量を踏まえて、ハードルが高いところをうまく突いてくださるんですよね。学生たちの “学びの場” としては、とてもありがたいことです」。

デザイン案の選定については、4つの班でそれぞれ案を検討し、8月下旬に富国生命保険相互会社へプレゼン。強度や安全性など、まずは「実現可能性」を踏まえつつ案の方向性を決め、その後、10月7日(木)に最終的なプレゼンを行ったのだそう。


決定したデザインを提案した班に所属していた、リーダーのひとり細川理央さん(空間演出デザイン学科1年生)は、クライアントからの「できたらすごいよね」という反応に火がついたと言います。

「選ばれたときは正直驚きではありました。フコクの方も全員が口を揃えて『できたらすごいよね』『きれいでしょうね』という反応で、班のみんなもそれで火がついた感じです。
見た目のデザインのほか、コンセプトにもある『見えないものを見えるようにする』が自分たちでも譲れない部分だったので、その軸をしっかりプレゼンしました」。

 

毎日のように直面する、さまざまな課題

高度なデザインだけれど、実現したらきっと素晴らしい作品になるだろうという、半ば学生たちへの期待を込めて選ばれた「ハート型」のデザイン案。その後、作品の土台を制作する班やビーズ班などに分かれて制作が進みました。実は、当初は「ビーズだけ」を用いて制作する予定だったそうですが、すぐに壁にぶつかってしまったと言います。

リーダーとしてビーズ班を牽引した吉岡英さん(プロダクトデザイン学科2年生)は、実験の結果すぐに「これではできない」と気がつき、急遽対案の検討に入ったのだと振り返ります。

「リアルワークプロジェクトは仕事ですから、クライアントから受託金をいただいて制作します。立体的なハート型を作るうえで必要なビーズの数を算出し、ビーズの値段と最大限買える個数を計算したところ、『これでは足りない…』と気づきました。そこで、さまざまな素材を実験した結果『プラバン』を使用することになったんです」。

 

同じくリーダーの志方克成さん(プロダクトデザイン学科2年生)も、当時の危機感をこう振り返ります。

「ビーズがやばい!ってなって、素材の対案を考える『ビーズの来世』というグループを作ったほどです。ビーズだけを使って実際の高さで実験したら、あまりにも数がいるし、見え方も美しくないことがわかって、ビーズの次の候補を早く探さねばと。そこで『ビーズの来世』と命名し、対案を検討し始めたんです」。

高さ2,700mmの巨大なハート型のオブジェを制作するには、数十のプラバンやビーズをテグスに通し、それを横46本、奥行き33本からなる層を形成する必要がありました。最終的には約1万個のプラバンと2,500個を超えるビーズが使われているそうですから、ものすごい数ですし、緻密な設計が求められます。

作品を上から見た図面。横は「あ〜を」までの46、奥行きは「1〜33」までの33本のテグスを吊り下げるということ。
「あ〜を」までの断面図。赤い縦線がテグスで、そのうち黒い実線部分がビーズやプラバンを取り付ける箇所です。左の「あ・を」がハートの一番外側の層で、右の「ぬ」が中央部分の層になります。

 


設置中の写真だとわかりやすいかもしれません。ハートの中身の部分は空洞で、360度ぐるっと取り囲むようにビーズやプラバンを吊り下げています。「目に見えないけれど、確かにそこに存在している」ことを表現するため、あえて中身を空洞にして、流れ落ちるかのようなビーズによって、その形を幻想的に浮かび上がらせています。

上下から見た図。
正面と側面から見た図。

 

案が決まって凹んでしまったと語っていた森岡先生は「これまで誰もビーズでそんな巨大な作品を作ったことはないんですね。サンプルで少し買ってきて組み合わせてみたくらいで。どのようなハートになるのか検討もつかないまま『こんな作品を作りたいです!』と。そして先方も『こんなのができたらすごいですね』という反応でスタートしたわけです。
でも、そこから学生たちが創意工夫を凝らして困難を乗り越えるというドラマティックな展開が待っていました」。

 

さまざまな実験の結果、ビーズのほかプラバンをヒートガンを用いて熱で加工することで解決した学生たち。結果、同じ形状のビーズだけよりも表情豊かな表現につながりました。

一方で、作品を支える「土台」は、シンプルで簡単なように見えますが「それが甘かった」と土台班リーダーの志方克成さん(プロダクトデザイン学科2年生)は言います。

「土台は『こんなシンプルな簡単な形だから意外と早くできそう』と思いきや、結局ギリギリになってしまって、痛い目にあいました。土台の中は “ねぶた” のような木組みにしていたのですが、組んでみたはいいものの、湿気で木が反ってしまい、ずれまくってしまったんです。計算上は合っていても実際作ってみたらずれてしまう。その難しさを感じました」。

 

同じくリーダーを務めた吉田崇裕さん(クロステックデザインコース2年生)も「毎日のように課題が出てきた」と困難を口にします。

「僕はビーズ班と土台班とのバランスをみて、両方の様子を見つつ動いていました。すると毎日行くたびに『どうしよう』という課題が毎回出ていて…。ひとつ解決して進んだら、次に別の課題がでてきてという状況。
特に一番苦しかったのは、土台の『鉄板』部分の塗装です。夏季の平面作品制作でスプレーガンを用いたこともあって、冬季もスプレーガンで塗装したのですが、運搬時に傷が付きそのレタッチが大変で、メンバーのみなさんがとても苦労していました。結果、ローラーや刷毛を使うことになったのですが、その間、僕は首を痛めてしまって、フォローすることができなかったんです。それが悔やまれます」。

 

“頭の中” で何度も現地に行き、搬入をシミュレーション

毎日のように直面するさまざまな課題。それを一つひとつクリアして前に進んでいった学生たちでしたが、最終局面の「搬入」にも大きな困難が立ちはだかりました。

昨年は、搬入の2週間前には作品がおおよそ完成し、一度学内で組んでみて、課題点をブラッシュアップ。そして実際に、作業している地下の教室からピロティへと、当日の動きどおりに搬入することでリハーサルができたのだそう。しかし今年は、制作スケジュールが押してしまったことで、それができなかったのです。

搬入方法を検討した吉田崇裕さん(クロステックデザインコース2年生)は、搬入日が迫り、不安が募る中、「頭の中で何度も現地に行った」と語ります。

「まだ一度も完成した状態を見ることができず、これが本当にハートの形になるという自信がなくって…。でも『できることはせねばあかん』と思い、どのような手順で搬入すればいいのかを検討しました。頭の中で何回もフコクに行って、何回も頭の中で搬入して、組み立てて、『これだと間に合わない』『これだったら間に合う』などと、先生と相談しながらシミュレーションしたんです。そしてメンバーのみんなにも、文章のほか、イラストを用いて誰でもパッと見てわかる資料を作るなど工夫しました。
完成するまで『ちゃんとハート型に見えるのかな』とドキドキの状態だったので、なんとか当日完成したときには『うわっ、形になった。良かった』という気持ちでしたね」。

文章での説明のほか、時間帯ごとの段取りをイラストで表現。こちらは、朝7:20の作業の様子。
7:40
8:30

 

困難だったからこそ、意義ある “学びの場” に

ついに完成した作品「想いのかたち」。その見どころは、やはり360度どこから見ても美しい「ハート型」の形状です。その光輝く姿や、一つひとつのパーツを学生たちが手作業で想いを込めて作っていることを感じてほしいと学生たちは言います。

デザイン案を考えた細川理央さん(空間演出デザイン学科1年生)の語る注目ポイントも、やはり「ハート」の形。

「ハートをアウトラインで表現したこともあって、宙に浮いているかのようなハートの作品で、まるでCGみたい。本当にきれいなんですよ。遠くからもいいですが、作品に近づいても見てほしいですね。そうすると『人の手』で作られている暖かさが伝わるかなと思います。
毎日の制作が終わると半泣きしながら帰るメンバーもいて、『完成するのか?』とみんな不安な中での制作でした。その気持ちが作品にぜんぶ出てきていて、言葉通り『血と汗と涙の結晶』。離れても、近づいても、じっくりと見てほしいですね」。


ビーズ制作を牽引した吉岡英さん(プロダクトデザイン学科2年生)は、「キラッ」と光るその輝きについて注目してほしいそう。

「『えっ!? ハート浮いてる!』みたいになるので、生で見たらやばいですよ。ハートのパーツ一つひとつが違うところとか、面がたくさんあるビーズなので、光が当たると『キラッ』と不定期に光るのがすごくきれいなんです。写真だけじゃなくって、実際に『キラッ』と光るのを目で見てほしいなと思います」。

 

昨年に続き2年連続で参加し、なんと今後も参加を予定しているという吉田崇裕さん(クロステックデザインコース2年生)。今回はリーダーとしての学びが多かったと言います。

「それぞれ制作していて一人ひとりこだわりがあります。大人数だからこそ、それらの意見を汲み取って最終的にひとつの形にする、いいところに落とし込むのがリーダーとして大事な仕事だったんだなと、終わってから改めて気がつきました。だから自分としては、今回はリーダーとしての動き方をめっちゃ学んだ半年でした」。


志方克成さん(プロダクトデザイン学科2年生)は「自転車」を例にこう振り返ります。

「自転車は『前を向いて走る』のが当たり前だけど、僕らが乗っていた自転車は『手前』しか見ていなかったなと。前方不注意で思いっきり電柱にぶつかっていたんです。ちゃんと前を向いて自転車で走れるように今後はしたいなと思いました」。


制作を補助するLA(ラーニング・アシスタント)を務めた加藤菜月さん(舞台芸術学科3年生)や村谷あみさん(情報デザイン学科2年生)は、「人に伝わるいい作品を作ることができた」と喜びを語る一方で、LAとしての動きについて反省点があると言います。

「確かに人に響くような作品が作れて『大成功じゃん』と、いい雰囲気で終えられたのは良かったけど、個人的には至らぬ点がけっこう多かったなと思っています。作品のビジュアルが定まった時点で、なかなか成功しにくい難しい作品だとわかっていたのであれば、『じゃあこういうふうに動く必要があったよね』と動き方が見えていたはずなのに、そのように動けなかった。だから納期もギリギリに…。その点、LAとして何ができたのだろうと考えていて、消化不良な部分が多かったです」。


そんな反省点を語るLAの姿に、森岡先生は「深い学びができた」と感慨深く語ります。

「学生たちの振り返りを聞いていると、とても深い学びができたんだなと改めて感じますね。例えば土台の塗装にしても、最初からローラーを使うことをやんわりと促しましたが、学生たちが頑固で聞かないんです(笑)。で、結局スプレーではうまくいかなくって、ローラーを使用する。でもそれでいいんですね。リアルワークではありますが、学生たちの “学びの場” なので。なかにはさまざまなプロジェクトや自主制作など、あれもこれもやりすぎて首を絞めてしまう学生もいますが、あれもこれもやりたいのが学生の性分。ですから私は、作品の安全面だけはきっちり担保して、学生たちにとって最大限の学びになるようプロジェクトを推進しています」。


最後に感想を聞くと、完成した喜びを語りつつ、一方で、LAとしての推進力や制作の段取り、リーダーたちのリーダーシップ、チームビルディングなど、さまざまな反省点がでてきました。しかしそこに「愚痴や不満」はありません。他責にせず「私がこういうふうに動けていたら」という自身の反省を口にする学生たち。「完成」することだけが目的ではなく、うまく行かなかったり、失敗したり、さまざまな困難にぶつかってそれを乗り越える、あくまで制作を通じた学生の学びにこそ、意義があるのだと感じます。


大阪・梅田の街を彩る美しいイルミネーションやオブジェの数々。お近くにお越しの際は、大阪富国生命ビルにもお立ち寄りいただき、芸大生ならではのアイデアや表現力を発揮した作品「想いのかたち」をぜひご覧ください。

フコクアトリウム空間プロデュース「想いのかたち」

期間 2021年11月27日(土)~12月25日(土)
場所 大阪富国生命ビル 地下2階 アトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」

https://umedameetsheart.com/top

 

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