REPORT2021.09.01

アート

幾重にも重なる、色とりどりの「影と私」 ― フコクアトリウム空間プロデュースプロジェクト

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  • 京都芸術大学 広報課

JR大阪駅前にある大阪富国生命ビルの地下2階から地上4階にわたる吹抜けアトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」をアートでプロデュースするこちらのプロジェクト。平面制作・立体制作・空間プロデュースと、芸大生ならではのアイデアや表現力を発揮して多くの人を魅了することができる、毎年人気のプロジェクトです。

今年は計29名の学生が参加し、巨大壁画を制作。2021年8月5日(木)に公開されました。

プロジェクトは今回で7年目。毎年夏季にライブペインティング形式で「巨大壁画」制作を、冬季には「立体オブジェ」の制作を行っていますが、残念ながら昨年の夏季は中止に。今年はライブペインティング形式は断念せざるをえませんでしたが、感染症対策を講じつつ、巨大壁画制作を行えることになり、無事に完成いたしました。

影と私

2m間隔、外出自粛、リモートワーク。
周りと距離を保って送る生活に、1人だと感じた人もいるのではないでしょうか。
しかし私たちは、決して何もかもに距離ができた訳ではないと考えます。
この作品の様々な色の影は、人々の個性を表しています。
それが幾重にも重なり、新しい色や形を生み出すことで、言葉や心は以前と変わらず交わり続けていることを表現しました。

そのことを体感して頂くために、手を振っている人や路上ライブを行っている人のような、こちらへアプローチをしている影を取り入れました。
また、鏡を使い、皆さんも作品の一部となれるようにしています。
自分の姿が鏡に映ることで、より目には見えない繋がりを実感して頂くことができるのではないでしょうか。
触れられない今だからこそ、言葉や心の繋がりを意識する。
この作品により、今まで気づかなかったコミュニティを発見し、皆様の勇気に繋がれば幸いです。

 

制作:京都芸術大学 学生プロジェクトメンバー
谷浦萌、細川理央、吉岡英、飯室幸世、石濱菜々子、伊賀友美、大石涼音、笠間真里愛、粥川琴絵、河村和奏、北岡明子、金佳愛、木田光風、桑原彬、坂巻雪乃、志方克成、田河穂乃華、谷山朔耶、長縄海咲、野口星奈、眞下菜々子、山中すず菜、薮杏吏、吉垣咲和、吉田崇浩、樂麗依奈

制作補助:加藤菜月、村谷あみ、柳果歩

指導教員:由井武人、森岡厚次、原田悠輔

運営協力:京都芸術大学 芸術教養センター

夏季「巨大壁画制作」プロジェクトの様子を、リーダーの谷浦萌絵さんを中心に、制作を補助するLA(ラーニング・アシスタント)を務めた加藤菜月さん、そして田河穂乃華さん、指導教員の由井武人先生に伺いました。

 

『影と私』― つながりをテーマにした壁画作品

― 作品のコンセプトにはどのような想いが?

谷浦さん:いまコロナ禍で人と人との関わりが減っています。活動の自粛やソーシャル・ディスタンスなどで寂しさや孤独を感じている方々に向けて制作しました。カラフルに描かれた「影」は一人ひとりの個性を表していて、いろんな人たちの個性の色が合わさることによって新しい色が生まれていく。言葉や心が以前とは変わらずに関わり続けている、混ざり続けているということを表しています。

描かれたさまざまな人型のモチーフには、物理的にはつながっていないかもしれないけれど、言葉や心はつながっているということを体感してもらうために、手を振っているモチーフや路上ライブを行っているような、鑑賞者側に向かってアプローチしているようなモチーフをいろいろと取り入れています。

 

― 「鏡」を用いているのも特徴的ですね。

谷浦さん:鏡があることで、そこに鑑賞している自分自身が映ります。鑑賞者も作品の中に入り込み、その一部になることで一体感がでるような作品に仕上げました。いろんな人がつながっている様子を描いた作品の中に鑑賞者自身も入り込むことで、「あっ、自分もつながっているんだ」と体感してもらえたらと考えたんです。

作品だけでなく、その中に映り込む自分も含めて鑑賞するという形にすることで、すごく自分を俯瞰できるような作品になるんじゃないかなと思ったんです。自分の中で自分を考えるのではなくって「作品の中にいる自分」を考えることで、より自分の身の周りに気を配れたりとかするのではと。人がいろいろと重なりあっている作品なので、自分の周りって実はいろいろな人たちがいるんだなと感じてもらえたらと考えました。

いくつかのモチーフにステンレスで作られた鏡がはめられている。

 

田河さん:設置した壁画作品のそばに感想をお書きいただく「アンケートボックス」を用意しているんです。完成後、一番最初にアンケートを書いてくださった方が、他大学で建築を専攻している学生の方だったのですが、「影のモチーフや据え付けられた鏡など、作品に関わりながら鑑賞できるのが面白くて、素晴らしいですね」と書いてくださっていて、私たちの想いが伝わったことを実感したというか、こんなふうに想ってくださる方がいるのだと感じて、もう感激の涙でした。

 

個性豊かな3案を提案。

―  3つのチームで案を策定したとか。

由井先生:4月下旬にプロジェクトがキックオフし、最初はメンバー各々がアイデアを発表しつつ思索を深め、その後、7月上旬頃に3つの班に分かれました。各ネーミングは「グリーン・アート班」「ファクトリー班」「スプラッシュ班」です。そして、それぞれのグループで一案ずつ案を固め、何度もブラッシュアップを重ねてもらいました。

最終的に採用となった谷浦さんたちの班も、当初は「グリーン」がコンセプトでしたが、議論を重ねる中で「影」というコンセプトに落ち着いたんです。


谷浦さん:私はグリーン・アート班というネーミングの班で、最初は「草木」を使うコンセプトで進めていました。最初に提案したのが『私をみる壁画』という案で、その後に完成した『影と私』と、それほどコンセプトはそんなに変わらなくて、コミュニケーションが減ったコロナ禍での「つながり」に関して、みんながつながっていることを感じてほしいという作品です。

ただ、クライアントである富国生命保険相互会社さんの「空間を明るい印象にしてほしい」という意向を考えると、印象が明るく見えなかったり、グリーン班ということで、ところどころにグリーンを入れたのですが、あまり現実的じゃないんじゃないかもとか、色々な意見が出て、いまの形に変化していきました。

グリーン・アート班「私をみる壁画」

 

ファクトリー班「Connect Factory」


ファクトリー班は、SDGsから環境問題を上手く取り上げポップながら考えさせる作品を提案しています。深刻なテーマを深刻に描くのではなく、あえて可愛くポップに描き、可愛い印象にごまかされないという狙いも。

田河さん:SDGsに私たちは焦点を当てて、身の周りの「環境にとって悪いこと」に意識を向けてもらうのが狙いです。この壁画を通して、気づきをみつけてもらうというか、「気づきから繋げる」ということをコンセプトに案をまとめました。よくみると、木を植えていたり、環境に良いことをしている小人がいる一方で、食べ物を捨てていたり、環境に悪いことをしている、さまざまな小人たちを描いています。


壁画を設置する場所は、主にビジネスマンが行き交う場所。足早に通り過ぎる人が多いことから、絵の中に半立体、レリーフとして石膏で作ったペットボトルなどのゴミを貼り付けるブラッシュアップ案も考えたそう。

 

スプラッシュ班「splash gift」


スプラッシュ班は、他の2班にないインパクトあるビジュアルを提案。コンセプトより先に、モチーフや技法を決めたそう。

LAの加藤さん:ドリッピングという技法は、指や筆に絵具をつけて、投げたりとか垂らしたりして模様を描く技法です。とても勢いのある技法なので、3x10メートルの画面いっぱいに描いたらエネルギーを感じる作品になるのではないか、と考えられたものです。外出が禁止されたり、人と会うのに制限がかかったりとか、そういう抑制されたもののエネルギーの爆発を絵で表現するというコンセプトでこのようなイラストになりました。


―  ちなみに、自分の班が採用されなくてショックでは?

田河さん:私たちの「Connect Factory」が通らず、正直、ちょっとショックだったかも。ここまで頑張って来たのに悲しいなと。でも他の班のプレゼンを見て、どこの班も良かったんですよ。ほんと正直に。だから、どこが通っても良いなと思っていたので、うれしかったです。先生から「クライアントありきの仕事だから、3案ボツになることもある」と聞いていたので、自分の班じゃなくても、制作できるってこと自体が嬉しかったです。


由井先生:見ていただいたとおり、今年はグループとしての個性が3つともかなり違ったんですよね。谷浦さんのところは、知的で上品な清楚系という感じ。田河さんのところは、一年生も多くて仲も良くって、みんなで楽しみながら作る感じ。そのグループの雰囲気が、ポップで可愛らしいイラストとして表れています。スプラッシュ班は、メンバーの個性そのままに、とにかくパンチの効いた作品。そうしたグループごとの個性みたいなものが作品の個性として、今年は割と色濃く反映されたという印象ですね。

 

インスピレーションを受けた、高松次郎の作品。

―  採用案の壁画は、高松次郎さんの作品にインスピレーションを受けたものだとか。

谷浦さん:高松次郎さんの《影》の作品は、「反実在的な不在」を表現していると言われています。影が床、壁に残っているけれど、その影を落とす「もの」は前の空間にもどこにも存在しないというものです。それが当時の戦後美術界では、とても新しい技法として捉えられていたようです。そのような空間の捉え方、表現手法を参考にさせていただきました。

《工事現場の影》(1971年)
©The Estate of Jiro Takamatsu, Courtesy of Yumiko Chiba Associates


由井先生:高松次郎の作品に強いインスピレーションを受けて、人型のシルエットを使うことにしたと聞いて、特にその谷浦さんの話しぶりに「熱量」を感じたんです。でも、そのまま白黒で影を描くと、ほんとに高松次郎さんの作品になってしまいますし、フコクアトリウムの空間を明るい印象にしてほしいというクライアントさんの意向には添えません。そこで「じゃあ、色のついた光の影でアイデアをつくってみようか」とアドバイスしました。

高松次郎や、案を考えた谷浦さん個人の感性みたいなものが割ときっかけになって、アイデアがすごくこう、大きく化けたっていう感じですね。


― 「3原色」を用いた表現が特徴的ですね。

谷浦さん:黒い普通の影だとやっぱり暗く見えてしまいますし、高松次郎さんの作品のままなので、みんなで面白い影をいろいろと探しました。そこで探し当てたのが「3原色」の影。3色の電球を用意して、ビニール傘とかイヤホンなどを投影したりして、どのような影が表現できるか、実験を重ねました。


富国生命さんへの本プレゼンで一番アピールしたところは、いまできないような食べ歩きだったりとか、カラオケだったりとか、ハイタッチみたいな人と人との「接触」を影で描くこと。影って、その空間にはいないけれど「いたんだな」っていう「そこに本当はいるんだな」みたいなニュアンスがあるものだと、私たちは感じていたんです。それが、高松次郎さんの表現とつながっていきました。

コロナ禍で今はできないような、例えば「口を開けて笑っている人の姿」など、実は自粛をしていて見えないだけで、この世界にはいるんだよと、つながっているんだということを意識して描きました。

 

20人以上で巨大壁画を描く難しさ。

― 壁画はどのように描かれたのですか?

由井先生:最終的に谷浦さんの案が通り、その後、ローラーでベタで塗るのか、筆で塗るのか、何で塗るのか、実験をいろいろとやっていくなかで、今回はスプレーガンで描いていくことになりました。

スプレーガンというのは基本的に絵具の粒を飛ばすんですね。だから技法的にはスプラッシュ班の技法と一緒なんですよ。また、シアン、マゼンタ、イエローの3色に加えて、白しか使っていないんですね。だから緑の部分とか紫の部分とか、オレンジに見えている完成作品の色は、すべて3原色の重なり。色の粒子の重なりによっていろんな色に見えている。ですから、割とスプラッシュ班の技法と「影と私」のコンセプトやビジュアルが、最終的には奇跡的に一緒になったんですね。

最終案が決まった後、約2週間ほどかけて画材や技法を検討。スプレーガンに決まった後は、本番のキャンバスにすぐさま描くのではなく、いろんなキャンバスにテストし、技術力を高めていったそう。
実際に現地で色の見え方を検証。こちらは、黄色絵具の種類の違いについて。アクリルのほうが鮮やかに見え、イベントカラーのほうが不透明度が高く、シルエットがはっきり見えることなどがわかった。
どの順番で色を重ねていくのかを検討した様子。基本的には、明るい色から先に塗るべきでは?とわかったそう。

 

谷浦さん:私は制作系の学科ではないので、ムラ無く塗るのがとても難しかったです。やっぱりムラ無く塗れる人とそうではない人とがいるのですが、必ず全員がスプレーガンを扱うことにはしました。例えば、大きい影とかジェッソで薄めて薄く描く影などは、積極的にいろんな人が塗ってくれていたと思います。最後の仕上げとか、一番目立つ手前の影とかは、ムラ無く塗れる上手な人が、率先して塗ってくれていました。


由井先生:やっぱり洋画や日本画コースだけでやっているプロジェクトではないので、文芸表現学科の学生とか、絵を描かない、描けないという学生も。また、全員で一つの作品を描くにあたって、一人ひとりの個性が出すぎてもダメですし、そこでいつも技法などをどうしようか悩むことになりますね。20人以上で描いても一つの作品として統一感が出るような技法はないだろうかと。ルネサンス期に工房製で描くというわけでもないですし、20人以上で筆を入れて統一感をもたせるというのは、とても難しいことなんです。

そこで今回採用したのがスプレーガンという道具と、自作の型を使って描くステンシルという技法です。

教員も学生たちとともに、コンプレッサーから出る圧力をどのくらいの強さにすれば均一に塗れるか、スプレーガンと絵との距離をどのくらい離せば粒が大きくなるか、小さくなるかなどの研究を重ねたそう。

 

無事に巨大壁画「影と私」が完成して。

― プロジェクトを振り返って、いかがでしたか?

谷浦さん:作品のコンセプトや伝えたいメッセージ的な部分は自信があったのですが、私はアートプロデュース学科で制作系ではないので、技法も何もわからないところでリーダーになったことがすごく難しかったです。スプレーガンの使い方とか、キャンバスの作り方、色の塗り重ね方とか、技法的な面で周りから聞かれたり、頼られたときに答えられなかったのが、「あー、力になれなかったな」って無力さを感じました。

でも、制作系の学科ではない私の案から派生して、みんながこう、いっぱい自分の能力をつぎ込んでくれた結果、プロジェクト全体としてあの作品ができたっていうのが、すごく個人的には感動していて。とても光栄だなって思っています。

アトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」への設置作業は、感染症対策を踏まえ、メンバー全員ではなく、少人数に絞って行われました。

田河さん:スプレーガンというまったく自分が関わることのなかった技法を使うことになったので、まず吹き方すらわからず… 例えば、背景の影と、いま描いている手前の影とのムラがすごいできてしまったのですが、「こうしたらいいよ」ってアドバイスをめちゃくちゃ周りのみんなに教えてもらって、なんとかなりました。

あと、実際のフコクアトリウムでの設置作業では、鏡となるステンレスを貼らさせてもらったのですが、それも難しかったです。ちょっとした誤差で、ぜんぜん見た目の印象が変わるから。それをみんなで「ここがいいかな」って場所を話し合って、なんとかバランスの良い場所をみつけていったのですが、その点が難しかった一方で、とても充実した作業でした。

LAの加藤さん:LAという立場は、制作をメインにするというよりも先生方とメンバーの架け橋になるような役割。それが、ただの伝書鳩みたいに「先生がこう言ってたから、こうしなよ」ではなくて、率先して先にスケジュールを立てたりとか、メンバー自身の個性や性格とか見極めつつバランスを見たりとか、「自分対誰か一人」という関係性ではなくって、ほかの人同士の関係性がうまくいっているのかなどもみないといけない。そのあたりが結構大変でした。

達成感としては、実際に設置された後、メンバーたちが自分の作った作品をめちゃくちゃ、20,30分ずっと作品を撮っている光景を見たときですね。この作品をすごく大事に思ってくれているんだなとか、メンバーたちの作品への愛情を感じました。実際に描くのは2週間という「間に合うのか?」という短い期間だったのですが、焦ること無く作品自体を楽しみながら作ってくれて、実際に完成することができて、いちLAとして良かったなーっていう、充実した思いでいっぱいです。

アトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」への設置作業には、メンバー全員で伺えなかったため、学内での制作完了時に皆さんで集合写真を撮りました。皆さん、達成感に満ち溢れた良い笑顔ですね。

 

フコクアトリウム空間プロデュース「影と私」

期間 2021年8月5日(木)~8月31日(火)※予定
場所 大阪富国生命ビル 地下2階 アトリウム空間「フコク生命(いのち)の森」

 

 

 

 

 

 

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