島根県松江市美保関町。そこは海の資源あふれる、島根半島の一番東にある小さな港町です。出雲御三社の一つでえびす様の総本山でもある「美保神社」があり、三方を海に囲まれ、「神と海と人をむすぶ聖なる岬」と呼ばれるなど、町には神聖な空気が漂います。毎年、江戸時代の参拝道の遺構である「青石畳通り」で行われるライトアップに本学も参加。学生たちが制作した “ねぶた” が設置されました。当時の面影を残す古い町並みと石畳の道。情緒ある空間の中で、おぼろげな灯籠の光と影が織りなす、まさに「陰翳礼賛」な世界がそこに広がります。
ねぶたを制作したのは、学生8名からなる「島根プロジェクト」のメンバーたち。本学では例年、島根県松江観光協会との産学連携事業として、松江市の松江城一帯で毎年9月から10月にかけて開催されるライトアップイベント「松江水燈路」に参加。松江市の観光を盛り上げる一助となるべく、本学の初年次教育で行われているねぶた制作のノウハウを用いたワークショップや、ねぶた共同制作などに取り組んできました。
昨年度は新型コロナウイルス感染症の影響もあり実施できませんでしたが、今年は観光協会や地域の方々のご協力のもと、場所を松江市美保関町に変え、新しい形として実現することができました。
2019.10.04 城下町に“あの”巨大マンモス登場!-松江水燈路2019
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/565
くじらねぶた「ホエちゃん」の誕生
地域交流や地域創生を目的にしている「島根プロジェクト」。今年は松江市美保関町にちなんだ “ねぶた” を作ることになりました。本来であれば現地を訪れてフィールドワークを行い、その土地の歴史を深く知ることから始めます。しかし今年は情勢上難しく、美保関の方々にリモートで話を伺い、デザイン案を決定していきました。
美保関の歴史や町並みにふさわしいモチーフとして選ばれたのは「くじら」。美保関は美保神社の門前町として繁盛した町なのですが、江戸時代後期頃には捕鯨のための基地があり、「鯨方」という役所があったという記録が残されています。参拝者のほか、捕鯨の様子を見るために多くの人で賑わい、さまざまな物売りや行商が集まっていたのだとか。藩主のお殿様やお姫様もその様子を見に来ていたと言います。
島根プロジェクトは、学科を横断し、さまざまな学生が取り組んでいるのも特徴のひとつです。プロジェクトを担当する芸術教養センターの森岡厚次先生による指導の下、映画学科や情報デザイン学科、美術工芸学科、空間演出デザイン学科、プロダクトデザイン学科、こども芸術学科から、3年生5人、2年生3人の計8名が参加しました。さまざまな専門性を有する学生たちが、得意を生かし、不得意を助け合いながら、力を合わせてねぶた制作に取り組みました。
ねぶたの愛称は「ホエちゃん」。制作の途中、メンバーの一人がふと呼び始めたあだ名にすぎなかったのですが、それがいつしかメンバー内で定着し、正式な愛称になったのだとか。
いよいよお披露目
5月から制作をはじめ、約6か月間の制作期間を経て、ついにねぶたが完成。暗闇で電気を灯すと、とても美しく光輝く「ホエちゃん」。ブルーを基調にしつつさまざまな配色を取り入れ、賑やかで楽しい雰囲気があります。とはいえ、情緒ある青石畳通りに溶け込むよう派手過ぎず、色調が抑えられています。
そんな「ホエちゃん」は、いよいよ10月3日に美保関でお披露目されることに。全国のえびすさんの総本社と言われる古社「美保神社」から仏谷寺を結ぶ約250mの青石畳通りをライトアップするイベント「青石畳通りライトアップ」に合わせて設置されました。これまで現地に行くことができなかった学生たちですが、感染症対策を講じたうえで、8名全員が設置に向かうことができました。
「青石畳通り」は、古い町並みを残し、まるで別世界へと移動したかのようなノスタルジックな雰囲気に包まれています。通り沿いには歴史を感じさせる旅館や老舗の醤油藏が建ち、与謝野鉄幹・晶子夫妻や高浜虚子、西条八十などの文豪も多く訪れた由緒正しい旅館や旧家、お店が並んでいます。
この石畳が敷設されたのは、江戸時代後期のこと。航路の寄港地として多くの利用があったため、その物資の積み降ろし作業の効率化のために、海石を切り出して舗装されています。水を打つとほのかに青く色づくことから「青石畳」と呼ばれているのだそう。海に囲まれたこの地だからこその歴史・文化がこの場所にあります。
作品のディテールを見てみましょう。ホエちゃんの潮のしぶきと周りのカラフルな泡玉。その表面には、液体が飛び散ったような模様が浮かんでいます。溶かした蝋を吹き付け、それが着色を弾くことでこのような模様が残るのだそう。水や泡のイメージをうまく表現できないかと試行錯誤を重ねた手法です。
背中のカラフルな模様は、コンピューターグラフィックスの「ポリゴン」のデザインを参考にしているのだそう。ねぶたの構造とポリゴンの多角形の集合体が似ていることから、単色の中でも色の表情を出せるのでは?と取り入れたそうです。
学生は「誰でも作れるものではない、私たちにしかできない “くじら” を作りたかった」と語ります。
設置を終え、美保関地域観光振興協議会の北國惠久会長同席のもと納入式を執り行い、会長のご挨拶では、美保関の歴史や文化についてお話くださいました。
そのほか、観光協会の方のご案内で美保関町内をぐるり。美保関町のさまざまな歴史や文化、人々との交流の機会をいただきました。写真やメモを取りつつ熱心に話を聞く学生たち。島根プロジェクトのほか、例えば「粟田大燈呂プロジェクト」にも参加している学生も多く、郷土の歴史や寺社仏閣に関する詳しい解説に興味津々です。
青石畳通り沿いにある老舗割烹旅館の「美保館」は、2004年に国の登録有形文化財に登録され、ノスタルジックな雰囲気で落ち着く空間で、時を忘れるほどでした。
青石畳通りにねぶたの設置場所をご提供くださった地元名士の三代暢實さんからは、松江市登録歴史的建造物に認定されている三代家住宅主屋にて、捕鯨時代から残る史資料を拝見させていただきました。
そして全国のえびすさんの総本社「美保神社」にも参拝。本殿は「美保造り」と呼ばれる大社造りのお社が2つ並んだ珍しい構造です。福の神と言われるえびすさまの総本社をお参りした学生たち。きっと大学まで “福” を持ち帰ってきてくれたことでしょう。
その他、資料館では美保関にまつわる史資料や美保神社の神事の写真などを拝見し、佛谷寺では、ご住職から地域の歴史や仏像についてなど・・・・、たくさんの方々がご丁寧に美保関をご案内くださり、歴史や文化を深く理解することができました。
初めて美保関を訪れ、町の魅力を肌で感じた学生たち。場所の魅力もそうですが、地域の方の温かさや受け入れてくださる気持ちにとても感動したそうです。学生たちは「ねぶた」という “もの” を作るだけではなく、ものづくりを通して地域の歴史や文化を知り、多くを学び、たくさんの美保関の人とつながることができました。神様が集まると言われる神無月(10月)に島根を訪れた学生たちに、神様たちがたくさんのご縁をくださったのかもしれません。
「島根プロジェクト2021 in 美保関」に参加してみて
島根プロジェクトに参加した8名の学生のうち、LA(ラーニング・アシスタント)を担った沖綾乃さん(情報デザイン学科)、中川美里さん(映画学科)の2人に今回のプロジェクトを振り返ってもらいました。
― 島根プロジェクトに参加したきっかけは?
沖さん:
学外とつながることのできる「地域交流型」のプロジェクトをやりたいとずっと思っていました。あと、自分の専門分野であるビジュアルコミュニケーションデザイン以外の、手や身体全体を動かしてチームで大きなものづくりに取り組むのも好きだったので参加しました。
中川さん:
私もこれまで参加したことがあったのが、すべて「学内完結型」のプロジェクトだったのですが、一方で大学から離れれば離れるほど、そこで得た感想や評価が “ものづくりの実感” を高めてくれる気がしていました。島根プロジェクトはクライアントが地方の方々ですし、そこに広がりを感じて良いなと思ったんです。
― ねぶた設置の際、実際に美保関を訪れてみていかがでしたか?
中川さん:
めっちゃいいところ。それに尽きますね。時間の流れ方は一緒なのに穏やかな空気を感じました。あと、自分が地方に対して先入観を持っていたのですが、それを裏切るように地域の方が活動的で活気があって… そのギャップに感動しました。それと、町の至るところに歴史があって、きちんと守られてきたことが分かりました。
沖さん:
とにかく綺麗でした。海や景色もちろんだけど、親身になって作品のことを考えてくれたり、人の温かさが嬉しかったです。もし私たちがお客さんとして訪れたとしても、この親身さは変わらず同じように受け入れてくださるのだろうなと思って、有名な観光地ではこうはいかないのでは?と思いました。神様の町だからなのかもしれないけれど、人のことを想える人が多いのかなとも感じましたね。
― プロジェクトを通じて大変だったことは?
中川さん:
プロジェクトの「導入づくり」が難しかったです。昨年のプロジェクトの様子を参考にできなかったのと、美保関は初めて取り組む場所でしたから、自分たちのテンションが一方通行にならないよう注意が必要で、美保関の方々との気持ちがズレていないかがずっと心配でした。
沖さん:
いつもの制作活動の場合、作品が手に渡る人の顔はわからないけれど、今回は美保関の人のことがイメージできた分満足してほしかったし、それを考えるのが難しかったです。
あと、実際は実現できませんでしたが、現地に行かずにワークショップをどのように開催するのか、どうしたら実現できるのかを考えるのが難しかったです。現地の方々と合わずにネットでねぶたを作ってお渡しするだけで、それは果たして「交流」になるのかと。
― 学んだことは、自分の今後に活かせそうですか?
沖さん:
やはり「現地に行かなきゃ分からない」ということが分かりました。普段の課題でもリサーチはめちゃくちゃするけれど、すべてインターネットで得た情報なので。たとえば、青石畳通りがなぜそのような名前なのかとか。「雨に濡れると青く光ることから」ということはネットで出てくるけれど、現地で実際に自分の目で見ないとその青さは表現のしようがないと思います。現地に行って人に会って話を聞いて自分の目で見ないと分からないことを実感して、ものづくりする上で自分のリサーチやプロセスの考え方が変わったかも。
中川さん:
地域交流のプロジェクトなのに、コロナ禍で交流ができないことが引っ掛かっていたのですが、振り返るとそれを悩み、考える過程は学びが多かったなと思います。いつものプロジェクトでは与えられた環境が整っていることがほとんどですが、今回はそうじゃなくて0からのスタート。でもその分、現地を訪れたときの感動がすごかったです。自分からテーマへのアプローチについて積極的に考え、動くことができましたし、それは今後にも活きてくると思います。
― プロジェクトを振り返ってみて、いかがですか?
沖さん:
一番良かったのは、美保関のことを肌身で知ることができたこと。これまで制作物を作ってそれをただ渡すということが多かったのですが、今回は、その土地の歴史や、なぜくじらなのかを知ったうえで作品化してお渡しする。このことが一連でできて良かったです。
中川さん:
始まってから終わるまでコロナ禍で変更点も多かったので、ある意味厳しいプロジェクトだったけど、すぐに臨機応変に対応してくれた仲間のすごさを感じました。自分たちで危機管理ができるメンバーでほんと良かったです。美保関の結び付けるパワーがそうしてくれたのかなとも思いました。
正直、このプロジェクトに参加することがなければ、美保関を訪れることは無かったかもしれないと語る2人。しかし「絶対また行きたい…!すぐに行きたい。美保関の人に本当に感謝しています」と熱く語ってくれました。
ねぶたが設置された「青石畳通りライトアップ『陰翳礼賛・青の共演』」は、11月27日までの開催でしたが、その後も多くの方々にご覧いただけるよう、美保神社様のご厚意により、現在は美保神社境内の宝物庫前に設置いただいております。ぜひ「ホエちゃん」に会いに美保関町にお越しください。
京都芸術大学 社会実装プロジェクトでは、産学連携としてアート・デザインの力を活かして、企業や自治体が抱える課題に取り組み、人々の幸福な体験価値を提供するアイデアや取り組みを考案・実現する事を目指しています。これからも是非、本取り組み「社会実装プロジェクト」にご注目ください。
https://www.kyoto-art.ac.jp/kuaproduction/
青石畳通りライトアップ「陰翳礼賛(いんえいらいさん)・青の共演」
期間 | 2021年7月21日~11月27日までの毎金・土・祝前日 ※雨天時は中止 |
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時間 | 19:00~21:00頃まで |
https://www.mihonoseki-kankou.jp/event/event_aoishi_lightup/
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