INTERVIEW2021.08.20

教育

あらゆる世代に開かれた芸術の学び舎「藝術学舎」の魅力を語る ― 上村博、中島敏行、森田都紀による鼎談企画

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  • 京都芸術大学 広報課

あらゆる世代に開かれた新しい形のアートカレッジ「藝術学舎」。入学金0円でスタートできる、京都芸術大学が企画・運営する一般公開講座の総称です。
藝術学舎公式HP(https://air-u.kyoto-art.ac.jp/gakusha/

自宅での時間が増え、社会人の「学び」により一層の注目が集まる昨今、あらためて藝術学舎の持つ魅力と可能性について、学舎長の上村博先生、副学舎長の中島敏行先生、各講座のプログラムディレクターを担当されている森田都紀先生のお三方にお話を伺いました。

左から森田都紀先生、上村博先生、中島敏行先生。


― まずは、「藝術学舎」創立の経緯や特徴などについてお話をお聞かせください。

上村:最初は京都で細々とエクステンション講座というものをしていましたが、2010年、東京・外苑キャンパスが開設されることを機に、通学課程の大学、通信教育課程の大学、それに並ぶもう一つの「第3の大学」を作ろうという意気込みで始まりました。大学を出た方にも、これから入ろうとしている方にも開かれた新しいタイプの高等教育機関を作れないかと。

森田:通信教育課程に在学しながら学んでいる学生も多いですね。在学生の場合、すでに通信のカリキュラムを通して基礎的な芸術の知識や技術は身に付いているため、藝術学舎ではさらにそういった術を用いて、普段の生活や地域社会において芸術の学びをどう生かしていくかを考えていく人が多いと思います。通信で学んでいる事を応用してさらに発展させていくようなイメージです。

幅広い地域であらゆる世代が学ぶ藝術学舎。


上村:例えば大学では研究分野を学んでいて普段は文献を読んだり論文を書いたりが中心の学生ですと、自分のコースにはない制作系の授業を受けたりと、自由にさまざまな分野にトライできるのも学舎の魅力です。逆もしかりですね。

中島:講座毎に先生が違いますから、さまざまな芸術分野で活躍する先生方と巡り合って、一緒になって自分の芸術に対する考え方や成果を深めたいと通われるリピーターの方が多いのも特徴だと思います。

 

― 1講座単位で受けられるので学びの幅を気軽に広げやすい印象です。昨今、コロナの影響で変わってきたと感じられることもあるのでしょうか?

中島:講座の内容というよりは、授業の形態がやはり変わりましたよね。通信教育課程のスクーリングの話にはなりますが、オンラインを使った遠隔の授業を急きょ取り入れざるを得なくなった点がやはり大きいです。私は特に実技を伴う演習系の授業を受け持っているので、「演習系で遠隔は難しい」と当初思っていたのですが、実際やってみると学生の伸びはそれほど変わらなかったんです。


例えばデッサンの授業ですと、対面と遠隔では教え方が全然変わってきます。面白いと思ったのは、遠隔でデジタルを使うことによって、例えば、画面上で拡大したりすることができる。そのことによって客観性が生まれ、学生が自分で何が出来て何が出来ていないかを把握しやすくなったという点があるかもしれません。新しい授業形態が出来たなと思いました。まだ、検討すべき課題はありますが、授業自体は外国からも沖縄や北海道からも当たり前に受講できる。遠隔の授業での発見は大きな収穫だと思います。

森田:講義系講座でも同じ事が言えると思います。例えば文献資料を扱うような講座ですと、画面上で資料を拡大して解析できたりするのでより一層学生に読み解き方のコツであるとか資料の使い方を伝えやすいという側面もあるかもしれません。遠隔で行う講義の違いや良さというものをこの1年ちょっとで感じましたね。そういった所を踏まえ、学舎でも今後、遠隔の講座を広げていくという可能性はあると思います。一方で芸術は五感を使って体感するものでもあるので、同じ空間で五感を共有できない遠隔には課題もあるとは思います。

オンライン上の授業の様子。
教室から全国に向けて配信しています。


上村:昔、「出汁(だし)」の講座をしていたことがあるんです。椎茸や昆布など、さまざまな出汁を使った講座です。その場で出汁を取ってテイスティングするので、遠隔では少しやりにくいですよね(笑)。

 

― ユニークな講座ですね(笑)。たしかに体感の共有は「遠隔」における大きなテーマになりそうです。

上村:本学に限らず、今後遠隔で授業を受けるということは大きなトレンドになってくると思います。完全遠隔の講座もあるんですが、遠隔になっていけばいくほど、どこかで顔を合わせる授業がないと、本当に自宅で一人で学んでいるだけになり、モチベーションや成果に繋がりにくいという面もあるように感じます。顔を合わせることでやはり励みになりますよね。

中島:遠隔と対面では、教える方も違いますが、受け取る方もやはり違いますよね。遠隔という新しい形が生まれたということであって、対面をなくすわけではないですからね。遠隔という形も一つの教育のシステムとして定着していけば、それはそれで面白いなと思います。

 

― 対面や遠隔など、さまざまな学びが生まれていく中であらためて、学舎で芸術を学ぶ意義について、それぞれのお考えをお聞かせください。

中島:いま、芸術に足りないものは何だろうという話を3人でしていました。私の中で一つ答えとして出ているのは、明らかに感覚が鈍ってきているということです。これは大問題だと思います。感覚とは、「違いを見極めること」なんですよね。その感度が鈍るということは恐ろしいことで、違いが分からなくなると違う物を認められなくなってくる。違う物を受け入れられなくなると同一の物ばかりになっていく。そうするとさらに感覚が鈍り、どんどん関係のない物を排除していってしまう。特に演習の授業を行っていると思うのは、本人が意識しようがしまいが感覚がぜったいに鍛えられていくんです。敏感にならざるを得ない。「感覚を鍛える」ことが芸術の根幹だと思っています。

森田:中島先生とは分野が違うのですが、やはり思うことは同じだなと思います。舞台芸術や音楽に触れる機会が多いんですけれども、そこで起きている現象をどう捉えるかが変わってきていると感じます。例えば、演じている側からいま起きていることの意味まで発せられると観客は入りやすい。でもそうではなく観客に解釈が委ねられるような発信をされると、どう受け取っていいのか分からなくなる。本来、本人の想像力や自分の体験、過去に感じたこと等と重ね合わせて現象をそれぞれの解釈で受け止めていくという側面が芸術にはあると思うのですが、それを受け止められない。どう受け取っていいか分からないから何も感じられなくて、「面白くない」となってしまう。結局、芸術のゆるやかな遊びの部分、個人が自由に捉えてよい一番大切な部分が失われているのかなと感じています。


上村:いろいろな定義があるかもしれませんが、本来芸術とは個人がそれぞれに実践し、自分自身を他者に開いていくような側面があると思います。最近ではどうしても、芸術というとプロのアーティストが作ったものをお金を出して買うという、受け取るだけの一方向のあり方が主になってしまっているように感じます。そうすると先ほど中島先生がおっしゃったように自分に馴染みのあるものにしか関心が向かなくなっていく。思わぬ出会いや自分たちの中から生まれてくる新しい価値観というものがたくさんあるはずなんです。藝術学舎の一つの大きな目的として、普段受け身にならざるを得ない人たちが、自分たちから積極的に芸術に関わるような機会をつくりたいとも思っています。

森田:講座の企画を考える時も、芸術を型にはめるんじゃなくて、「どうあなたは感じているのか」「どうあなたが社会に還元するのか」「どうあなたの生活に活かしたいのか」という部分をとても大事にしています。それはこちらから与えるものではなくて、参加してくださった受講生と講師とがともにつくり上げるような講座が出来たらと考えています。

中島:現代美術を学ぶ講座でも、単に現代美術はこういうものですと教えるんじゃなくて、参加している一人一人がどう感じるのか、どう生活に結び付くかという部分に落とし込んでいくような講座のつくり方をずっとされていると思います。こんな事をやっている学校は他にはないと思うので、本当に面白いですよ。

 

― 先生が面白がってくれていると受講生もうれしいですね。

上村:面白くなってくると伝染していくんですよね。友人や家族や知り合いに。学舎はご家族で通われている方も多かったりします。

中島:先ほど出汁の話がありましたよね。絵画の授業のアトリエでは、馴染みのある油絵具や膠、鉛筆の匂いがしていて、でも、廊下に出たら出汁の匂いがしていて(笑)。こんな新鮮な体験はないなぁと思いますね。隣でまったく違う講座が行われている点も藝術学舎の面白いところだと思います。絵画も出汁も芸術。

 

― まさに多様性を体現されている場ですね。講座の内容も多岐にわたっている印象です。

上村:いま、さまざまな講座を受講されている方が多いのですが、常連の方や卒業生などにも向けて、「履修証明プログラム」というテーマ性のある講座群も作っています。

森田:大きく分けると「リベラルアーティスト」と「芸術教育士」の資格が取れるというプログラムです。芸術の知識や技術を身に付けるだけでなくて、それをどう生かしていくかという方法論を学べるような、社会と芸術がどう関わっていけるかを実践的に育んでいけるようなものになっています。単発の講座ですと1回で終わってしまうんですが、それを4つセットで1つのプログラムという構成にしています。それぞれの講座の中で段階を経て学んでいくことができますし、各プログラムの間にも関連して学ぶとよいような講座をいくつも用意しています。さまざまな学びの在り方を提案できないかと生まれたものです。


中島:もともと、「履修証明プログラム」が生まれる前に、半年や1年単位のプログラムもあったんですよね。基本は単発が中心だったんですが、やはり学びが進むにつれて、時間をかけてじっくり学びたいという学生のニーズがあったようにも思います。

上村:「時間ができたから」「趣味として楽しみたい」というような動機がきっかけだったとしても、さらに学べることがあるように思います。ダイレクトに明日の仕事に役立つわけではないにしても、基本的な生きる力や、物を観察する力、想像する力などは、普段からもっと気にかけていいような事だと思うんです。藝術学舎での学びが自分の普段の生活をリフレッシュしてくれるような伴走者として機能したらいいなと思っています。

 

― 通信の学生が急増していたり、より一層「学び」への注目が高まっているように感じます。最後に、「芸術を学ぶこと」が持つ可能性についてお聞かせいただけますでしょうか。

中島:今ではみなさん当たり前にスマホを持っていますよね。15年前では考えられなかったことです。各社がカメラの機能を競っていますが、昔は写真を撮るということは写真好きのごく一部の方だけがしていた事だったと思います。誰も彼もが写真を撮っている時代に、たかだか15年で変わった。今後5年、10年で自然環境やAI等の技術面も含め、大きく変わっていくと思います。人間の生活が変わっていく中で芸術の在り方も変わっていく。それに合わせてどういう風に芸術を役立てていけるかを考えています。それが「生きた芸術」の在り方かなと思います。いまや一人一人の中で芸術を学んでいく環境が整ってきている。その裾野をどんどん広げていくことが大切だと思います。遠隔の授業もそうですし、生活に合わせてどう変わっていけるか。そこに敏感に反応していける学舎であってほしいと思っています。


森田:まったく同意見です。もちろん大変な状況ではありますが、コロナの影響もあってとても分かりやすく芸術の在り方なり、性質なりが日々変わってきていると思います。人間が変わっていく、芸術も変わっていく。いまの芸術の姿を見つめていきたいし、その先も少し見据えていければ面白いと思います。また、先ほどリピーターが多いというお話があったかと思いますが、通われている方のニーズもさまざまだと思うんですよね。知識を得たい、生活に活かしたいなど、本当にいろいろな方が集ってくださっているので、その多様なニーズも受け止められるような学舎でありたいなと思っています。

 

― 本当にさまざまな方が受講されているというのも大きな魅力の一つですね。

森田:そうですね。ここで得たものを持ってまた日々の生活に戻っていって、そこで得た体験や成果をまた学舎に持ち帰って、それをみんなで共有して発展させていけるような集いの場でもありたいですね。

中島:自分が変わっていけるというのもまた芸術の大きな目的かもしれません。自分が変わらないと何も変わらない。自分が変わるだけで日常の世界が変わっていく。それもまた芸術のいい所じゃないかなと思います。

上村:普段の生活と行ったり来たりするという点もとても大事ですよね。同じ世代の同じ事に興味を持っている学生同士で勉強するのとは、また違うと思いますし、これからは一人一人が芸術の担い手となっていけるような時代になっていけると思います。いろいろな背景を持った人が集まる中で生まれてくる「あやしげなもの」。何だこれはという所から生まれる可能性。それぞれが持つ隠れたポテンシャルを引き出せる場所でもあるので、そこもまた、社会と大学が接しているとてもよい効果じゃないかなと思います。

2021年度秋季 藝術学舎 公開講座76選

9月1日(水)13:00より秋季講座をサイトにて情報公開!
https://air-u.kyoto-art.ac.jp/gakusha/
申込方法 Web、FAX、郵送、窓口
※Web申込が簡単便利
受付開始 9月8日(水)13:00~
TEL 075-791-9124
※10:00~16:00(月~土)
MAIL gakusha@office.kyoto-art.ac.jp

 

(取材・文:ヤマザキムツミ、撮影:小嶋淑子)

 

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