REPORT2021.03.19

京都アート歴史

1200年前の音を“創造”するアートプロジェクト「NAQUYO-平安京の幻視宇宙- KYOTO STEAM in collaboration with MUTEK.JP」〈前編〉

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  • 京都芸術大学 広報課

京都を舞台に展開する、アート×サイエンス・テクノロジーをテーマとした国際的な文化・芸術フェスティバル「KYOTO STEAM-世界文化交流祭-」。そのプログラムの一つ、「NAQUYO-平安京の幻視宇宙- KYOTO STEAM in collaboration with MUTEK.JP」に本学の歴史遺産学科が協力し、1200年前の平安時代、平安京に住む人たちが耳にしていた「音」の創造に取り組んでいます。2か年にわたるアートプロジェクトのうち今回は、2020年12月に開催されたオンライントークプログラム「NAQUYO#2 平安京の音宇宙を想像する〜文学と美術史料から探るサウンドスケープ〜」のレポートをお届けします。


1200年前に聞こえていたのは、どんな音?

最先端テクノロジーを用いた音楽とデジタルアートの祭典「MUTEK」を主催するMUTEK.JPと、「KYOTO STEAM-世界文化交流祭-」が連携したアートプロジェクト「NAQUYO-平安京の幻視宇宙- KYOTO STEAM in collaboration with MUTEK.JP(以下、NAQUYO)」。プロジェクト名のNAQUYO(ナクヨ)は、数字の「794」からきています。794年は、平安京が京都に遷都した年。日本史の授業で「鳴くよ(794) うぐいす 平安京」と教わった記憶のある方もいると思います。

その平安京が消失してからちょうど794年目という2020年に始動した「NAQUYO」は、1200年前の京都(平安京)の音と響きの仮想的な再現にチャレンジするアートプロジェクトです。本学の歴史遺産学科をはじめ、さまざまなクリエイターや研究者、エンジニアたちの協力・共同のもと、最先端技術と文化研究を融合させて実現に挑戦するとともに、そのプロセスを広く共有する、開かれたプロジェクトとして展開されています。

第一弾は、2020年10月22日に、「NAQUYO#1 オンラインTALK&LIVE『平安京の幻視宇宙』」と題したオンラインイベントを、ライブストリーミングサイト&スタジオ SUPER DOMMUNEを会場に実施。4時間以上に及ぶトーク&ライブイベントで、NAQUYOプロジェクトのキックオフとなりました。

 

「NAQUYO#1 オンラインTALK&LIVE『平安京の幻視宇宙』」でLIVEする長屋さん

 

 

 

今回レポートをお届けするのは、12月19日に開催された第二弾のオンライントークプログラム「NAQUYO#2 平安京の音宇宙を想像する〜文学と美術史料から探るサウンドスケープ〜」。音楽学者の中川真さんと、本学・歴史遺産学科 学科長の仲 隆裕さん、サウンドアーティストの長屋和哉さんが登壇し、NAQUYOで取り組んでいる平安京の音に関する学術的な探求と、その魅力について語り合いました。

 

NAQUYO LIVE PERFORMANCE
 

日程 2020年12月19日(土) 14:00〜16:00
会場 オンライン(Zoomウェビナー)
料金 無料(要事前申込)
定員 100名(先着順)
出演 中川 真(音楽学者/大阪市大都市研究プラザ特任教授)
   仲 隆裕(京都芸術大学 歴史遺産学科学科長兼教授)
   長屋和哉(サウンドアーティスト)
   谷崎テトラ(放送作家/KYOTO STEAM -世界文化交流祭- 実行委員会チーフディレクター)ほか
https://kyoto-steam.com/program/event04/

 

 

なお、このプロジェクトの一つの到達点として、2021年3月27日にライブパフォーマンス「NAQUYO#4 NAQUYO LIVE PERFORMANCE」がロームシアター京都での上演とオンライン配信のハイブリッド開催(予定)で行われます。本公演前に、このプロジェクトの見どころをおさらいするのに、今回のレポートは役立つはず! では、ここからは第二弾のイベントレポートをお届けします。

 

寺院の梵鐘は平安京の“歴史の証人”

平安時代、平安京に住む人たちは、どのような音を耳にして暮らし、それをどういった心情で受け止めていたのか?――「NAQUYO」がテーマとして定めた壮大な“問い”へのチャレンジは、実際どのように展開されていったのでしょうか?
トークイベントでは、平安時代の書物や絵巻物等に記された平安京の音風景に関する資料を元に、いにしえの音をどのように想像していくか、具体的なプロセスや手法が紹介されていきました。
まず、イントロとして、「KYOTO STEAM-世界文化交流祭-」でチーフディレクターを務める放送作家の谷崎テトラさんから、平安時代における京都の街のつくりについて解説がありました。

「平安京のサウンドスケープをどのように再現していくのか?を考えるための骨格となるリサーチを現在行っています。まず、平安京のサウンドスケープをイメージするために、どんな音が聞こえていたかが記録された、さまざまな美術資料や文献を元に想像してみました。次に、その中で、可能なものに関しては再現も行い、さらに再現したものを元に新たな想像を行っていくというプロセスで進めています。

もともと、平安京自体が音を意識したつくりになっていた、といわれています。それぞれの方角に神獣が宿っているとされ、音のチューニング、音程も決まっていたそうです。そして、平安京ができた当時、京都には16の寺院が存在しており、それに東寺と西寺を加えて18の寺院がありました。このことから、平安京ではこれらの寺院にある鐘の音が聞こえていたのだろう、ということも想像されます。NAQUYOの取り組みでは、それらの鐘の音も再現してみたいと考えています」。

 

梵鐘の音収録の様子 来迎院(京都市東山区)にて


NAQUYOのアートプロジェクトについて谷崎さんは、
「京都芸術大学 歴史遺産学科で行うリサーチを元に、さまざまなクリエイターや研究者、エンジニアが参加するアートコレクティブによった作品づくりを行っています。
実は、このNAQUYOというプロジェクトは一冊の本がきっかけで始まっているのですが、その本は、音楽学者の中川真さんによる『平安京 音の宇宙』です。NAQUYOのアートコレクティブのメンバーに中川さんも入っていただいています」と語り、続けて、ゲスト登壇者の中川さんから『平安京 音の宇宙』についての解説がありました。

「1302年に刊行された『管絃音義(かんげんおんぎ)』という雅楽の理論書があるのですが、その中に不思議な図が載っているんですね。図をよく見ると東西南北があり、季節があり、音の高さ、音調についての記述もある。それを中国から入ってきた五行(ごぎょう)思想に基づき、わかりやすくした表をつくって分析してみたところ、実は、平安京のまちづくりは五行思想に基づいて、音のことも計算されて行われていたのでは?という仮説ができたんです。
そこで、この興味深い仮説を元にして、“音”に着目して実証してみよう、ということで『平安京 音の宇宙』のための調査がスタートしていきました」(中川さん)

 

『管弦音義』による音の宇宙論(輔音壱越甲乙)
『管弦音義』を五行思想に基づいて分析した図


音に着目したフィールドワークで、最初にスポットライトがあたったのは寺院に現存する「梵鐘(ぼんしょう)」だったそうで、中川さんは、
「平安京ができた当時の寺院は18か所あり、それぞれのお寺にある梵鐘は当時に鋳造されて、いまも残っている。そうなると、この梵鐘こそが歴史の証人になるわけですね。リサーチでは、いくつかの梵鐘の音を実際に録音し、音のピッチをFMT(高速剰余変換)という技術を用いて分析しました。すると、たとえば北の方にある大徳寺の鐘は盤渉調(ばんしきちょう)であるとか、西本願寺の鐘は壱越調(いちこつちょう)、西の方にある神護寺の鐘は平調(へいちょう)とか、清水寺、高台寺、知恩院など東の方の寺も調べてみると、五行思想で記されている各方角の音調と一致するものが多いとわかってきたんです。

ということは、もしかしたら本当に、五行思想のコスモロジーが音として、当時の平安京で鳴り響いていたのではないか、と。ただ、あくまで仮説で、すべての鐘の音が一致したわけではないけれども、半分くらいは一致しているのではないだろうかとわかったんです。
当時の平安京では、そういった壮大な音のプランニング、音響プランがされていたということで、ある意味、これは“音のインスタレーション”と言えるのではないかとわかって、とても刺激的でした。その調査結果を1992年に一冊の本にしたのが『平安京 音の宇宙』です。NAQUYOのプロジェクトでは、この本のためのフィールドワークや、平安京におけるサウンドスケープの知見を活かして、アドバイザーとして参加しています」。

 

トークイベントの様子。左から、放送作家・谷崎テトラさん、京都芸術大学 歴史遺産学科 学科長・仲 隆裕さん、音楽学者・中川 真さん、サウンドアーティスト・長屋和哉さん

 

舟を浮かべ、音楽を奏でた平安期の庭園


続いて、平安京そのものを歴史遺産として研究し、庭園研究の第一人者でもある京都芸術大学 歴史遺産学科 学科長の仲 隆裕さんが登壇して、平安時代の庭園に着目した調査研究について解説していきました。仲さんは、音と庭園の関係性について、
「たとえば京都の庭では禅寺が有名ですが、枯山水のように座って楽しむ庭があり、そこでは“静寂”が一つのポイントとなっています。聞こえない音をそこで聞く、という体験ができます。
平安時代の庭園を見ていくと、当時は庭の中で舟遊びをしていたことがわかっています。儀式が行われたり、楽器が奏でられたりしていたようです。たとえば、平安時代初期の庭園に離宮嵯峨院・大沢池があります。嵯峨天皇が作った庭園で、現在は大覚寺の大沢池として知られていますが、非常に広大な池で、授業で学生を連れて行くと、先生、このため池はなんですか?庭園はどこなんですか?なんて言われるわけです(笑)。実は、この“ため池”そのものが庭園で、当時は、こういった広大な池の中に舟を浮かべて遊びました。秋になると満月の夜に名月を舟から見て楽しんだりもしていたようです」。

 

「旧嵯峨御所 大本山大覚寺」大沢池・菊ケ島
「旧嵯峨御所 大本山大覚寺」観月の夕べ

 

もう一つ、仲さんが注目したのは、大沢池にある『名古曽滝跡(なこそのたきあと)』でした。
「百人一首で有名な『名古曽滝』という句があります。『滝の音は たえて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ』という歌ですが、名古曽滝は庭園につくられた人工の滝で、平安中期には水が絶えて枯れてしまったんですね。その“聞こえなくなった滝の音”を歌ったものなんです。

そのような点から、庭園というのは文化芸術を生産する“場”でもあったと考えています。今回のNAQUYOのリサーチでは音に着目して、庭園の中では音はどのように聞こえていたのかを探っていくきっかけになりました」。

 

平安時代の庭園について解説する京都芸術大学 歴史遺産学科 学科長の仲 隆裕さん

 

“いまは聞こえない音”を聞くために


3人目のゲストとして、3月27日開催の「NAQUYO#4 NAQUYO LIVE PERFORMANCE」にも出演するサウンドアーティストの長屋和哉さんが登壇しました。

長屋さんは、NAQUYOのプロジェクトについて、
「中川さんの『平安京 音の宇宙』は初版の頃に読んで以来、すばらしい本だと思っていて、ずいぶん前に本を読んでからずっと、平安京で実際に鳴っていた梵鐘の音を自分の耳で聞いてみたい、再現してみたいと考えていました。長らく温めていたその想いを、想うたびに人に話していたところ、今回、KYOTO STEAM-世界文化交流祭-とコラボレーションをすることになったMUTEK.JPが関心をもってくれて、実現に一歩近づくことができました。

私自身は作曲家ですが、音そのものにすごく興味があるんです。特に興味があるのは、“いま聞こえない音”。たとえば、『9世紀の音ってどんなものだったんだろう?』というようなもので、学術的な関心というよりは、想いを寄せる、という感じです。ほかにも例をあげると『17世紀の江戸時代の音』とか。江戸の地で最初に都を開いた人が、片田舎で聞いた音ってどんな音だったんだろうなぁ、というような興味がある。
そういった、“いまは聞こえない音”のことを想うと、気が遠くなるんです。気が遠くなって、ポーっとするというか。そして、自分の耳で聞いてみたいなという想い、パッションが、より強くなるんですね。
その“聞いてみたい”というパッションが、NAQUYOのプロジェクトに取り組むときの自分自身の土台にあります。そのパッションは、私だけじゃなく、きっとこのプロジェクトに関わる人や、興味をもつ人にはみんなに共通してあるように思います」。

 

「平安京の音を自分の耳で実際に聞いてみたい」と語るサウンドアーティストの長屋和哉さん

 

事実に即して、平安京の音をイメージする


トークイベント前半の締めくくりは、本学歴史遺産学科が行ったNAQUYOのための調査研究について、どのような切り口で行われたのかを仲さんが解説しました。

「平安京の音をどのように捉えていくか?というとき、最初は、平安京の『ある一日』を取り上げてみることを考えました。その日の朝から夜まで、どんな音が聞こえていたかを想像していくのですが、“想像する”といっても、今回の研究ではリサーチを通して事実に即して、そこから発想して展開していくことを大切にしました。
ただ、『ある一日』を選ぶ、といっても、どの一日を選ぶかが大事になってきます。 “平安京が誕生した日”や、“葵祭の日”など、さまざまな日があげられますが、リサーチを進めながら学生たちと話し合う中で、今回はその『ある一日』という枠は外してみることにしました。それよりも、素直に、貴族の日記や絵巻物といった当時を記した歴史の記録を見ていって、『こんな音が聞こえたよ』という記述があるかどうかを調べていきました。しかし、その調査でも、音に関する直接的な記述はあまり見つからなかったんですね。

次に着目したのは、当時の生活や儀式の中で、自分がどんな音を発していたか、または聞いていたかという『行動記録』でした。その行動記録をリサーチしてデータベースを作っていくと、膨大な件数になっていきました。そこで、学生と話し合い、平安京の音を探るため、3つの観点を設定して分類してみました」。

 

平安時代の「行動記録」をデータベースにしたプロセスを語る仲さん


歴史遺産学科の学生がデータベースを作る上で設定した3つの観点は、「自然」「ヒト」「モノ」。それぞれの観点について、仲さんは、
「“自然”という観点では、天気についての記録を調べていきました。たとえば貴族の日記の最初に、“今日は雨が降った”などと書いてあるんですね。そうすると、雨の音はどのように聞こえていたのだろうか?と想像することができる。
次の“ヒト”という観点は、誰が聞いていたのかということを調べました。たとえば天皇や姫様、庶民まで、どんな人物がどのような環境・状況で音を聞いていたかを資料を元に想像していく切り口です。

最後の“モノ”という観点はおもしろくて、学生が提案してくれた切り口なのですが、音と一言でいっても人だけが聞いていたわけではないのでは?という観点です。たとえば、朱雀大路。これは朱雀門から羅城門まで、南北に4kmにわたって延びていた平安京のメインストリートですが、その道を往来する人や住む人がいて、喧嘩もあっただろうし、火事も地震もあったかもしれない。そういう“モノ”を擬人化して、あるモノがどんな音を聞いているかを考えてみるというやり方です。今回は、朱雀門が聞いていた音という設定でリサーチを進めました。
そのような3つの観点で学生が行った行動記録のリサーチが、NAQUYOのアートプロジェクトを支えています」。

歴史遺産学科の学生は、Zoomなどのオンライン会議ツールを使ってミーティングや研究会を重ね、リサーチを続けてきたそうで、仲さんは、学生たちの成長について、
「普段は仏像や彫刻、美術工芸品に関わることが多いですが、今回の調査を通して、音も大事な歴史遺産だと改めて認識することができました。中には、研究を重ねていくうちに、実際に平安京で音を聞いてきたかのように感じた、とうれしそうに語ってくれる学生もいました。芸術大学の中で歴史を探っていく大切さを再発見できる取り組みになりましたね」と語りました。

 

「圧倒的な静寂が包んでいた平安京の音」をイメージするおもしろさを語る中川さん


今回のトークイベントでは、歴史遺産学科の学生が登壇して研究レポートも行われました。本記事「NAQUYO-平安京の幻視宇宙- KYOTO STEAM in collaboration with MUTEK.JP」は〈前編〉と〈後編〉の2本立てとなっており、後編では研究プロセスをプロジェクトに関わった学生たちにインタビューして、NAQUYOのアートプロジェクトを支える研究の舞台裏に迫ります。どうぞお楽しみに!


(取材・文:杉谷紗香)

 

NAQUYO#4 NAQUYO LIVE PERFORMANCE


京都で収録した梵鐘の響きと、最先端の電子音楽とデジタルアートを融合させ、「平安京のサウンドスケープ(音風景)」をテーマとしたライブパフォーマンスを実施します。ライブには、音楽・映像シーンで最先端技術を駆使してパフォーマンスを行う3組のアーティストが出演。電子音楽、アンビエント、デジタルアート、コンテンポラリーダンスを組み合わせたライブパフォーマンスを披露します。

日程 2021年3月27日(土) 18時00分〜20時00分
会場 ロームシアター京都 サウスホール
料金 無料(要事前申込)*受付は3月24日まで
定員 200名(先着順)
出演 Kazuya Nagaya (Music) + Ali M. Demirel (Visual)
   Junichi Akagawa (Music、Visual) + nouseskou (Dance)
   Yuri Urano (Music)+ Manami Sakamoto(Visual)
https://kyoto-steam.com/program/event04/

 

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