SPECIAL TOPIC2020.11.04

京都アート

アート&サイエンスの力で地球を救う「藻バイルハウス」計画、ウルトラファクトリー×SeedBank

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  • 京都芸術大学 広報課

《Seed of Life(生命の実)》が予兆したコロナ危機

アートとサイエンス・テクノロジーの融合を目的とした「KYOTO STEAM ― 世界文化交流祭」の一環である「KYOTO STEAM 2020 国際アートコンペティション スタートアップ展」は、京都市京セラ美術館のリニューアル開館にあわせて、今春開催される予定であった。内覧会まで行われたが、開館間近になって新型コロナウイルスの感染拡大により開館は延期され、一般公開されなかった。言わば「幻の展覧会」なのである。内覧会のレポートはこの「瓜生通信」でも報告している。

「Seed of Life(生命の実)」-いのちと芸術の深部へ潜る時間旅行。大学・企業・アーティストによる共鳴作品の誕生
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/625


4月、5月にかけて新型コロナウイルスは猛威をふるい、緊急事態宣言が発令されることになった。ようやく落ち着いたと思いきや、緊急事態宣言解除の後、7月には第2波が訪れ、現在は小康状態を保っている。しかし、世界では現在もなお猛威を振るっており、世界は「コロナ前」と「コロナ後」に一変してしまったといえよう。

それから約6か月、幻の展覧会は、日本の感染状況の動向を注視し、予約優先制などの新型コロナウイルス感染症対策をしながら開催されることになった。会場を本館2階から、新設された新館東山キューブに移し、内容は同じまま展示し直されるとのことだった。


しかし、ウルトラファクトリーディレクターのヤノベケンジと大野裕和(本学美術工芸学科3年生)、共同制作している株式会社SeedBank石井健一郎は、今春に展示したバージョンを、一変した世界において同じまま展示することに違和感を覚えた。そのため、この危機的な状況においても希望の持てる新しいプランを練り直すことにした。ヤノベと石井は遠隔でミーティングを行い、大野とSeedBank社を訪ねるなどして、微細藻類の培養の実態をリサーチして議論を重ねながら新たな作品を制作した。

珪藻を採取する大野。
顕微鏡写真。


SeedBank社は植物プランクトンの一種である珪藻、緑藻、ラン褐藻などの微細藻類を分離・培養し、研究期間や企業に提供している。これらの微細藻類は、水産飼料や食料になったり、エネルギーになったり、さまざまな可能性を秘めた生物として注目されている。なかでも同社は、休眠期細胞と呼ばれる「種(タネ)」から分離・培養することで、多くの微細藻類の培養に世界で初めて成功している。さらに、これまで培養が困難とされてきた珪藻類の休眠胞子(Resting sport:休眠期細胞の一種)を分離・抽出し、効果的に分離・培養する技術を世界で初めて確立している最先端のバイオテクノロジー企業なのだ。

 

春に発表される予定だった《Seed of Life(生命の実)》と題されたインスタレーションは、ヤノベが2009年にウルトラファクトリーで制作したジオデシック・ドーム(フラードーム)を使用した作品《ULTRA -黒い太陽》の内部で、鑑賞者にVRゴーグルをかけてもらい、地球生態系を支える生命の源でもあるミクロなプランクトンの世界に没入する360度のVR映像を見せるプランであった。

《Seed of Life(生命の実)》※昨年度の内覧会の様子。

360度のVR映像。


そこでは、仲村康秀(島根大学)らが北太平洋で集めた単細胞プランクトンである、放散虫やフェオダリアの殻の3Dデータが使用されている。その美しい立体的で幾何学的な骨格は、生物学者エルンスト・ヘッケルによって克明にスケッチされ、かつて世界のアーティストに多大な影響を与えた。後に建築家・思想家のバックミンスター・フラーは自身の建築との類似性を指摘している。プランクトンの多くは食物連鎖の根幹に位置する一次生産者であり、太陽光をエネルギーとして光合成により二酸化炭素を吸収し、酸素と有機物を供給する地球生態系にとって極めて重要な生物である。

石井によると《ULTRA -黒い太陽》のドームの外観は、光合成を行う微細藻類の一種、Leptocylindrus danicus の休眠胞子に酷似しているという。いわば巨大化したプランクトンの種(タネ)に入りながら、ミクロな世界と同時に、過去の世界に遡る仕掛けであった。

提供:仲村康秀(島根大学)


大野の制作した映像は、徐々に小さくなりながら過去の海中世界に沈んでいく。そして、誕生と絶滅を繰り返しながら生命の源や起源に辿りつく。それは過去であるが実は我々の近い未来かもしれない。そのような二重の意味が込められていた。しかし新型コロナウイルスがあっという間に世界を覆い、鑑賞者が眼に装着するVRゴーグルを使いまわすことが難しくなり、プロジェクションで上映することに急遽変更。その後、展示も中止。作品が時代を先取りする形で、リアルな危機が訪れてしまったのだ。


生き延びるための「藻」の可能性を引き出す家

そこで新たに考えられたのが、危機の時代を乗り越える家の構想《藻バイルハウス計画》だ。《藻バイルハウス計画》は、気候変動の影響で自然災害が多発し、さらに新型コロナウイルスのような感染症が蔓延する時代に、いかに生き延びることができるか想定したモバイルハウスの計画である。


「藻」とあるように、微細藻類を活用した移動可能な家である。具体的には《ULTRA -黒い太陽》のドームの外壁に、微細藻類が生育可能なフィルムを貼り、微細藻類を培養できるようにする。微細藻類の種であるさまざまな休眠胞子をドーム内部に保存しておき、環境や用途に応じて休眠胞子の種類を変えながら、ドーム外膜で微細藻類を培養することができる。まさに「生命の実」である。そして、培養した微細藻類から、食糧にしたり、燃料用のバイオエタノールを抽出したりできるようにする。居住する人間が生き延びるための最低限必要な食糧を確保し、バイオエタノールでドーム内の室温や空調を最適に保てるような計画だ。つまりそれだけで自給自足が可能なのである。

《藻バイルハウス》は、災害時にも強くできており、ドームから四方八方に突き出た角は、濁流や土砂などによる横転から防げるような仕組みを想定している。石井は、《ULTRA -黒い太陽》の形を珪藻類の休眠胞子に酷似していると指摘したが、珪藻類も角のような突起物があり、強固な外骨格を有することで極めて高度な生存戦略を有している。

《Seed of Life(生命の実)》
制作:ヤノベケンジ × 大野裕和(本学美術工芸学科 3年生)
微生物データ提供者: 株式会社SeedBank、 仲村康秀氏(島根大学)、木元克典氏(海洋開発研究機構)


いっぽう大野は、今回、小松左京の『復活の日』に出てくるような、極地における厳しい環境下での生活を想定して新たに映像作品を制作した。そこでは複数の《藻バイルハウス》が建設され、中に人が暮らし、外にも人が佇みバイオエタノールを燃料とした外套に照らされている。天候や時間帯が移り変わり、そこでのリアルな生活を想像できるようになっている。

《藻バイルハウス》内のデスクでPCを使って作業をしている人物は、大野自身の身体から3Dスキャニングされた大野の分身(アバター)でもある。隣に立っているのは、大野と共同作業をしている竹内柊人(本学美術工芸学科3年生)であるという。いわば大野と竹内の仮想世界のアバターであると同時に、未来の姿でもある。

大野と竹内の仮想世界のアバター。


大野は、コロナ禍のなか、ガイア理論を打ち立てた科学者、ジェームズ・ラヴロックの最新刊『ノヴァセン』(NHK出版、2020)に記されている、人新世(アントロポセン)の先の超知能と共生する時代「ノヴァセン」のことを想像しながら、新たな未来像を描いたという。大野らの世代は地球環境が維持されれば22世紀まで生きる可能性は十分ある。遠い未来でなく現実的な問題なのである。その中において、自然だけではなくAIなどの新たな知性と共生していくことは自然な発想であろう。

映像制作のために、詳細なイメージボードと絵コンテを制作している。《Seed of Life(生命の実)》の映像も本展に合わせて制作し直した。
《Seed of Life(生命の実)》 の絵コンテ等。
《藻バイルハウス計画》  のイメージボード等。


なかには空中に浮いているドームもある。それを見た石井は、太陽の当たる効率が良くなり、合理的で驚いたという。フラードームは実際浮くことも不可能ではないらしいのであながち夢物語ではない。《Seed of Life(生命の実)》では、ミクロ・過去の世界を表現していたが、コロナ禍を経て《藻バイルハウス》では、マクロ・未来の世界を表現することになったのだ。


都市を作り、都市を変える家

《藻バイルハウス》は単体でも成立し、パネルを持ち運ぶことによって、どこでも設置が可能であるが、それらをモジュールとして集積させることによって、「都市」にもなる。それだけではない。既存の都市に《藻バイルハウス》を組み込むことによって、二酸化炭素を吸収し、低炭素社会を実現させる装置にもなりうるのだ。

ヤノベは、ドローイングとともに、都市に《藻バイルハウス》をジョイントさせるジオラマを提示した。《藻バイルハウス》は、生活や工場などの排水に含まれる二酸化炭素を吸収する。緊急用の避難装置としてだけではなく、都市を浄化し、二酸化炭素を削減する強力な道具にもなりうる。今の危機的な地球温暖化の状況を鑑みると、これくらいしないと間に合わないだろうと石井は言う。「生命の実」である《藻バイルハウス》が世界中に設置されると生態系を維持することが可能になるという、夢のようではあるが、非常にリアリティのあるプランといえよう。


さらに、今後、月や火星へと宇宙開発する際、この《藻バイルハウス》は有効になるのではないかと石井は指摘している。現在においても、食糧や水は宇宙船にもっていく荷物としてかなり負担になっている。野菜を育成させるという計画もあるが、微細藻類のタネ(Seed)を持ち運び、環境に応じた微細藻類を培養することで災害時の隔離された状況や宇宙などの閉鎖系において真価を発揮するプランである。


現代の「方丈庵」から地球を救う箱舟へ

実は、この《藻バイルハウス計画》は、鴨長明の「方丈庵」も一つのイメージソースとなっている。鴨長明は日本三大随筆とされる『方丈記』を書いたことで知られている。実は『方丈記』は、「安元の大火」「治承の辻風」「福原遷都」「養和の飢饉」「元暦の大地震」という平安末期から鎌倉初期の五大厄災を克明に描いており、日本で最初の厄災のルポルタージュとも言われている。それを描いたのが「方丈庵」なのだ。

「方丈庵」は現在の京都市の郊外、日野山(京都市伏見区日野町)にあり、一丈四方(約3メートル四方)、高さ七尺(約2メートル)の小さな庵で移動可能であったと言われている。多くの災害に見舞われ、人との距離を保ちながら生きることを課せられた現代の私たちにとって、鴨長明の「移動可能な家」は非常にリアリティのあるものだといえるだろう。

方丈庵(下鴨神社摂社の河合神社に復元されたもの)


アート&サイエンス・テクノロジーの融合といったとき、どうしても夢物語になりがちである。たしかに、夢のあるプレゼンテーションではないと人々を惹きつけることはできない。アートに求められるのは夢や空想を表象する力でもある。いっぽうサイエンス・テクノロジーはより現実的な実証性が必要となる。ただし、より多くの人々の理解を得て現実を動かすには別の技法(アート)も必要とする。それらの融合は、実証性、有効性、可能性の時間設定がとても重要になるだろう。

サイエンティストの石井は微細藻類という目に見えないものの可能性を人々に知らせるために苦心していたという。その意味で、今回の《藻バイルハウス計画》は微細藻類の可能性を一つのイメージに集約して伝える方法として最適だそうだ。食料問題、エネルギー問題、地球環境問題、宇宙開発と微細藻類の有効性には、近いものと遠いものがあるが、それが一つのアート作品に結晶化されることによって、より現実を良い方向に牽引し、変える力となるだろう。

実際、《藻バイルハウス》は、すでに展覧会終了後、茶室として使用したいというオファーが来ている。「方丈」とはもともと『維摩経』に描かれている維摩居士の居る空間であり、全宇宙を内包しているとされたことから、その後、禅宗の住職に居る間や、本堂にもなったりしている。禅宗に影響を受けた茶道にもその思想は受け継がれている。小さいながら広大な宇宙を宿した空間なのだ。次回の「藻バイル茶室」でも珪藻類を使ったさまざまな試みがなされる予定である。

もともと「宇宙船地球号」と地球を船のメタファーで語ったのはバックミンスター・フラーである。フラーの発想を継承し、実際の宇宙船に活用可能であると共に、地球を救う「生命の実」、「生命の箱舟」として、《藻バイルハウス》が大きな可能性の種子を孕んでいることは確かだろう。コロナ禍という100年に一度と言われる危機、悪化する地球環境に対して、アート&サイエンス・テクノロジーが提示できる一つの回答となったのではないか。


(文:三木学、撮影:顧剣亨)

 

KYOTO STEAM 2020「国際アートコンペティション スタートアップ展」

会期 2020年10月31日〜2020年12月6日
会場 京都市京セラ美術館(新館 東山キューブ)

※観覧方法等の情報は、京都市京セラ美術館のWebサイトをご覧ください。
https://kyotocity-kyocera.museum/

今回ご紹介したヤノベケンジ先生率いるウルトラファクトリーの他、空間演出デザイン学科の八木良太先生、本学卒業・修了生の大和美緒さんが出展しています。アーティストと企業・研究機関のコラボレーションによって切り拓かれる、アート&サイエンス・テクノロジーの可能性をどうぞご覧ください。

《Resonance》八木良太 × 美濃商事株式会社
《under my skin》大和美緒 × 株式会社島津製作所

 

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