「Seed of Life(生命の実)」-いのちと芸術の深部へ潜る時間旅行。大学・企業・アーティストによる共鳴作品の誕生
- 京都芸術大学 広報課
- 顧 剣亨
2020, 3/31更新(京都市京セラ美術館の開館延期の為、本作品公開は中止となりました。本記事では動画で作品の様子を紹介しています。是非ご覧ください。)
アートとサイエンスの融合を目的にした、「KYOTO STEAM―世界文化交流祭」の一環として、「STEAM THINKING―未来を創るアート京都からの挑戦 アート×サイエンス LABOからGIGへ」展が、2020年4月4日(土)~5(日)、京都京セラ美術館のリニューアルオープンに合わせて開催される。(京都市京セラ美術館の開館延期の為、本作品公開は中止となりました)
STEAMとは、 Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)Mathematics(数学)の頭文字である「STEM」といわれる現代社会に必須とされる理科系の教育分野に、新たにArt(芸術)を加えた用語として注目されている。京都でも、大学と産業、科学と芸術の交流・融合を進めることが企図されている。そして今回、京都造形芸術大学、京都市立芸術大学、京都工芸繊維大学といった大学と先端企業とのコラボレーションが行われた。京都造形芸術大学では、ウルトラファクトリーと先端企業がコラボレーションし、《Seed of Life 生命の実》を発表する。
VRゴーグルで鑑賞できる映像をお楽しみください(360度スクロールできます)
KYOTO STEAM -世界文化交流祭- 2020制作作品
微生物データ提供者:仲村康秀氏 (国立科学博物館)、木元克典氏(海洋開発研究機構)
●バイオテクノロジーの先端企業とのコラボレーション
ウルトラファクトリー・ディレクターのヤノベケンジは、この展覧会の開催にあたり、プランクトンの研究を行うバイオテクノロジーの先端企業、株式会社SeedBankと連携し、新しい作品を共同制作することを企画した。ヤノベはSeedBank社長の石井健一郎と、SeedBankと共同研究をしている仲村康秀(国立科学博物館)が、京都造形芸術大学で講演をしたことをきっかけに、その研究に関心を持った。特に石井や仲村の紹介したプランクトンの殻の複雑で美しい立体構造に驚いたという。
株式会社SeedBankは、植物プランクトンの一種である珪藻、緑藻、褐藻などの微細藻類を分離・培養し、休眠期細胞と呼ばれる「種(タネ)」を作って企業や研究機関に提供する事業を手掛けている。微細藻類は一次生産者( エネルギーを変換して有機物を生態系に供給する生物群)であり、水産飼料、食料になるほか、光合成を行い二酸化炭素を吸収するため環境保全に活かされている。いわば生態系を根底から支える、「生命の源」である。さらに、珪藻などの殻は、二酸化ケイ素(ガラス質)で出来ており、その幾何学形態は工業製品への応用展開も期待されている。
仲村の研究している、珪藻よりもやや大きい単細胞動物プランクトンである、放散虫やフェオダリアの殻も、多くが5 mm以下である。単純な形を組み合わせた殻の立体構造は、精巧な幾何学形態で極めて美しい。それらの殻もガラス質でできているため長く化石として残っており、地質年代の特定にも役立っている。プランクトンである放散虫などは、約5億年前のカンブリア紀から存在しているのだ。
ドイツの生物学者のエルンスト・ヘッケルは、放散虫や珪藻の化石を顕微鏡で克明に観察し、芸術的なスケッチを残している。ヘッケルの画集『自然の芸術的形態』は、アール・ヌーヴォーやユーゲントシュティールに影響を与えた。また、建築家・思想家のバックミンスター・フラーは、自身の作ったジオデシック・ドーム(フラー・ドーム)と放散虫の殻の立体構造との類似性を発見していた。プランクトンと芸術とのかかわりは思いのほか深い。
●ウルトラファクトリー制作作品との偶然の一致
ヤノベは、2008年に共通立体工房ウルトラファクトリーのディレクターに就任し、2009年にフラー・ドームの一種である「フライ・アイ・ドーム」に巨大な黒い突起物を取り付け、内部にテスラコイル(共振変圧器)を設置した《ULTRA-黒い太陽》という作品を制作している。それは直径6mの巨大なドームの内部に、稲光が走り雷鳴が轟く、超自然的で壮絶な作品である。また、ヤノベがウルトラファクトリーで最初に学生とともに制作した記念碑的作品でもある。
外形は、分子構造を思わせ、内部は「第四の物質」と言われるプラズマが、ドームの内壁に向けて木の根を張り巡らせたような閃光の造形を創る超越的「彫刻」である。そこにヤノベは、物質を還元した原子の力を見る。
石井は、《ULTRA-黒い太陽》の形態は、珪藻の一種、Leptocylindrus danicusのresting spore(休眠胞子:休眠期細胞の一種)と酷似していると指摘したという。いっぽうヤノベは、プランクトンという原始的な生命が作った形の美しさに、芸術の原点を見る。そのような偶然の一致、科学者と芸術家の出会いを通して、一つの作品に仕上げることが決まった。
そして、ヤノベは今回、「生命の実」をテーマに、ドームと内部空間を使って、「生命の形」「生命の源」を表現することを思いつく。無機から有機の発生、ダイナミックな出会いによる「生命の誕生」には、 “形=芸術”があると考えたのだ。特にヤノベが連想したのは、岡本太郎が制作した「太陽の塔」の地下展示の空間だ。「太陽の塔」には「生命の樹」が塔内部にあり、アメーバなどのプランクトンから人類に至るまでの生物模型が取り付けられていた。さらに地下展示には無生物から生物へ転換する「生命の誕生」をテーマにした空間があったのだ。
そもそも「黒い太陽」とは、「太陽の塔」にあった4つの顔のうち、背中に陶板で描かれた太陽の図像のことである。岡本は「太陽の塔」に、太陽と人間が作った核エネルギーとを対比させていたと推察されている。そして、生命の進化とともに、自身の生存も脅かす自然環境を大きく変える過大な技術を持った人類の相克を意識していたのかもしれない。今回、さらにヤノベは、「太陽の塔」の根源を探ろうとしたといえる。
●海に潜って「生命の形」と「生命の源」に辿り着く時間旅行
ヤノベは、「生命の形」「生命の源」を辿る時間旅行を演出するためのヴァーチャル・リアリティー(VR)映像の制作を若干20歳、美術工芸学科2年生の大野裕和に依頼する。大野は昨年、ヤノベが比叡山延暦寺の「にない堂」に奉納展示した《KOMAINU―Guardian Beasts-》の制作で、片方の尻尾の制作をすべて任されるなど、その造形力には定評があった。さらに、造形作家ワクイアキラの指導により、ウルトラファクトリーの最新機材を使った3D 制作にも習熟し、アナログとデジタルを横断する技能を獲得していた。
そして、ヤノベは《Seed of Life 生命の実》の核となる、海洋から誕生するミクロな生命体の世界、幾何学的なプランクトンの殻の形、「地球のレコード」ともいえる、それらの殻の積層かわかる地質年代、そして人類が自然環境を大きく変えた地質年代、人新世(アントロポセン)の行方という、壮大な内容のVR映像の制作を大野に全面的に任せた。
それに応えて大野は、約半年というわずかな制作期間で、二部構成からなる高精細な5分間の映像を仕上げる。当初はヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着し鑑賞してもらう予定であったが、新型コロナウイスの感染拡大の影響により、ドーム内にプロジェクションする仕様に急遽変更した。2月末の決定から2週間余りで修正を行ったというからその技量の高さに驚く。状況に対応した転換ではあったが、ドーム内に立ったり、座ったりすると、ドームの床全面と、壁面2か所に映されたプロジェクションによって、空間と一体化した没入感、身体ごと海中に沈んでいくリアリティが得られる。
第一部では、《ULTRA-黒い太陽》のドームが潜水艦のようになって海中に垂直に沈んでいく。そして、ザトウクジラの群れなど海洋生物や沈没船を見ながら徐々に海底にたどりつく。大野はそこまでは生態系をある程度、正確に描写することを心掛けたという。そこから第二部の放散虫やフェオダリアの3Dデータを使ったシーンに移る。
今回、VR映像作品に使用した放散虫やフェオダリアは、仲村が北太平洋など世界中の海で採取したもので、それらの3D データの提供を受けた。現在、放散虫やフェオダリアの殻は、マイクロCTスキャンによって、3Dデータ化できるようになっているという。しかし、マイクロCTスキャンでとったデータはかなり重くそのまま使うとコンピュータがうまく作動しない。大野はデータを省きながら、それでいて科学的な再現度を維持するよう、株式会社SeedBankや仲村ら研究者と相談しながら作り込んでいった。
なかでも、稲妻の形状に近い放散虫やフェオダリアのデータを選択し、《ULTRA-黒い太陽》のイメージを継承した。最後にヤノベが東日本大震災からの再生・復興の願いを込めて制作した巨大子ども立像《サン・チャイルド》が手に持つ炎のような希望や命の光をともして映像は終了する。
●生命の誕生と絶滅、そして再生
大野は制作にあたり、「生命の誕生」とともに、「ビッグファイブ」という、過去に5回起こった大量絶滅を意識したという。そのため、第二部のシーンに移行する際、白亜紀末に隕石で恐竜などの生物が大量絶滅したとされることから、巨大なクレーターを作り潜り抜けるようにした。そこには、放散虫やフェオダリアの殻の美しい幾何学形態が浮かんでおり、まるで宇宙空間に浮かぶ星雲のような静謐な世界が出現する。それは生物の死骸・化石の層ともいえる「美しくも儚い死の世界」(大野)である。しかしそのような大量絶滅の後にも生物は誕生し、特にプランクトンは進化して生き続けいる。
人類も巻き込まれる、あるいは人類自身が引き金を引く6回目の大量絶滅があるかもしれない。そのような悲惨は終末観の先にも、生命は生き続けるという未来があるのではないか―。大野は単なる終末論ではない思いを映像に込めた。そして、生と死を繰り返す、あるいは生死や過去と未来が同居するアンビバレントな表現を目指した。映像は過去に遡りながら、未来を予兆しているのだ。それは大阪万博会場跡地、「未来の廃墟」に創造の啓示を受けたヤノベの世界観と通じる。
石井によると、珪藻など微細藻類の種を分離・抽出し、効率的に培養できるようになったのはここ10年ほどのことだという。微細藻類は、食糧だけではなく、自然環境の保全、エネルギー利用などさまざまな可能性を秘めており、気候変動によって大きく変わる自然環境や生態系を守る手段になる。株式会社SeedBankでは、そのような人類の未来を左右するプランクトンの世界をできるだけ多くの人に知ってもらうことを重視しており、定期的に一般人も参加可能な勉強会を開催しているという。そういう意味では、今回の展覧会はサイエンスコミュニケーションの観点からも、大きな意義があったし、珪藻の殻を巨大化したともいえるドームとVR映像で見せることで、顕微鏡の中だけでは実感できない身体的な発見があったという。それはまさに芸術の力だといってよいだろう。
気候変動による危機的状況が進行するなか、プランクトンに象徴される「生命の実」をテーマに自然環境や生態系を再考する。今回のコラボレーションは、アーティストとサイエンティスト、大学と企業のどちらかが主導するというわけではなく、同じテーマを別の方法で模索していたものたちの共鳴によって作品として結晶化したといえるだろう。それは訪れた人々に新たな共鳴現象を生むに違いない。また、アーティストとして同じ舞台に立った大野の今後の作品にも期待したい。ウルトラファクトリーが目指す実践的教育としてもこれ以上ない機会になったのではないか。
KYOTO STEAM -世界文化交流祭- 2020制作作品
微生物データ提供者:仲村康秀氏 (国立科学博物館)、木元克典氏(海洋開発研究機構)
(文・三木学)
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顧 剣亨Kenryou GU
1994年京都生まれ、上海育ち。京都造形芸術大学現代美術・写真コース卒業。大学在学中フランスアルルの国立高等写真学校へ留学。都市空間における自身の身体感覚を基軸にしながら、そこで蓄積された情報を圧縮・変換する装置として写真を拡張的に用いている。