「福島ビエンナーレ2020 風月の芸術祭 in 白河」ヤノベケンジ X ダルライザー アーティストビジュアル(アートデレクション&デザイン:和知健明氏)
福島ビエンナーレと白河市の歴史
今年春以降、新型コロナウイルスによる感染拡大が続く中、各地の美術館の展覧会や芸術祭は、開催中止や延期が相次いだ。しかし、さまざまな芸術分野の中で、展覧会や芸術祭は人の密度のコントロールが効きやすく、いち早く開館、開催に舵が切られている。とはいえ、例年のような来場者数を見込めないため、オンライン配信などさまざまな試みがなされている。なかでも福島ビエンナーレ2020「風月の芸術祭」は、地域の物語と融合し拡張する新たな芸術祭に取り組んでいる。
福島ビエンナーレは、2004年より福島市内で隔年で行なわれ、震災以降は福島空港、喜多方市、二本松市、南相馬市と福島県内各地を移動しながら開催しており、今年は白河市が舞台となっている。白河は奈良時代から奥州の関所「白河の関」が設けられた要衝であり、幕末の戊辰戦争でも激しい戦闘が行われた。江戸においては白河藩の藩主であり、後に「寛政の改革」を実施した老中、松平定信の治世が知られている。「風月の芸術祭 ~祈り~」と銘打たれているが、「風月」とは松平定信の雅号に由来する。
それ以前の老中、田村意次の時代は、浅間山大噴火、関東地方の大洪水など災害が相次ぎ「天明の大飢饉」が起こり、全国各地で打ちこわしが行われた。それはさながら、東日本大震災、新型コロナウイルスの流行、気候変動による自然災害が続く現在と重なる。しかし、白河藩内においては、定信が米を買い集め、配給をしたため餓死者が出なかったという言い伝えが残っているという。また定信は、「士民共楽」の理念のもと、日本最初の公園といわれる「南湖公園」を築造、庶民に開放するほか、さまざまな文化教育を奨励している。今振り返るべき為政者の一人だろう。
ヤノベケンジは東日本大震災後の2012年から、少しでも福島復興に役に立ちたいという思いで、福島ビエンナーレに出展を続けてきた。2012年には巨大作品の《サン・チャイルド》を展示会場の福島空港へ運ぶ費用を捻出するクラウドファンディングを立ち上げ、その後も飯舘、会津や二本松で文化復興に立ち上がる地元の人々とコミュニケーションを図りながら、作品制作や展示を行っている。残念ながら、2018年はビエンナーレ直前に、福島市内のパブリックスペースに《サン・チャイルド》を常設展示することを巡って大きな混乱をもたらしたが、その後も市民対話の活動を続けている。2019年、福島市内の中学校でおこなったワークショップで訪れた際に、白河市にも立ち寄り、そこでご当地ヒーロー「ダルライザー」の存在を知ることになる。
「福島ビエンナーレ」でのヤノベ作品展示風景。いずれも作品制作協力:京都芸術大学 ウルトラファクトリー。
ヤノベは、2020年も福島ビエンナーレに招聘されることになったが、新型コロナウイルスの感染拡大のため市民との対話を行うのが難しい状況になった。そのため、現地に密着していて市民の声を日頃から聞いていて、なおかつ世界に発信している人材とコラボレーションする必要を感じていた。「ダルライザー」の作者、和知健明も、福島ビエンナーレの実行委員に名を連ねていたこともあり、ヤノベとのコラボレーションという形で参加することが決まる。
ご当地ヒーロー「ダルライザー」の誕生
「ダルライザー」は福島県白河市のご当地ヒーローとして2008年に誕生した。白河市の名産、「白河だるま」をモチーフとしている。「白河だるま」とは、松平定信が、白河藩に新たな名産品を創り、繁栄させるため技術習得をさせて生まれたという。まさにご当地キャラの元祖なのだ。そして、ダルマが転んでも何度でも起き上がる(ライズ)ことから、「ダルライザー」と命名された。白河市を拠点にステージショーなどで活動しているが、2017年には『ライズ -ダルライザー THE MOVIE-』として映画化され、県外の多くの人々にも知られるようになった。
映画のシナリオは、作者・主演の和知健明の人生が重ねられている。幼少期の和知は『機動戦士ガンダム』に憧れ、ロボット開発を夢見ていた。しかし、本田技術研究所の「ASIMO」の開発を知り断念。その後、俳優・声優を夢見て、上京し演劇の学校に通っていた。卒業後、演劇の舞台に立ち続けていたが、学生時代からの恋人との結婚が決まったため帰郷し、家業を継ぐことにした。そして、父の経営する結婚式場で勤めながら、商工会議所青年部に所属し、ご当地キャラクターを作ろうという機運が盛り上がる中で和知が考えたのが「ダルライザー」であった。
和知はその頃、病気を患っており希望が見いだせない状態であったが、伴侶の応援と子供の誕生によって、街のために何かしたいという思いを込めて「ダルライザー」を作ったのだった。しかし、和知の考えたヒーロー像は超人ではない。普通の人間がスーツを着て、「努力と工夫」で街を救う。参考にしたのは、「バットマン」。ゴッサム・シティ(ニューヨーク)という一つの都市を守るために、スーツを着て知恵と努力、そして格闘技を習って犯罪者たちと戦うバットマンは、「ご当地ヒーロー」のルーツであると捉えたのだ。ヘルメットも自身で創り上げ、「白河だるま」の特徴を活かしながらうまくヒーローに仕立てあげた。
和知は映画化する際、映画『バットマン・ビギンズ』や『ダークナイト』に採用されている護身術KEYSI(ケイシ)を採用する。KEYSIを開発したスペイン人のフスト・ディエゲスは、和知の情熱に打たれて来日し、アクションシーンの演出のほか本人も映画に出演している。和知はその際、ディエゲスからKEYSIを伝授され、その後インストラクターとしても活躍している。
夢をあきらめて帰郷したはずが、俳優になることも、ある種の「モビルスーツ」を創ることも実現するという、迂回した和知自身のライフヒストリーも興味深い。その自己実現に至らしめたものが、子供や街の未来、つまり地域・ご当地のためであったというところがその鍵となっている。
ダルマと狛犬、2つの特産が結びつける物語
さらに、白河市には最近注目されている名産がある。狛犬である。白河市を中心とする福島県南部には飛翔獅子(ひしょうじし)といわれる「飛翔する狛犬」がいる。その独特なデザインの狛犬は、小松寅吉(1844~1915)、その弟子の小林和平(1881~1966)が制作した。
その文化や技法は、信州の高遠藩出身の石工、小松利平によってもたらされたといわれている。産業のない高遠藩は石切りの技術を長男以外の男子に習得させ、全国に出稼ぎに派遣したという。旅をする中で、小松利平は彫りやすくて劣化しにくい福貴作石(ふきさくいし)に出会い、産地の浅川町に住み着いたといわれ、小松利平作とされる狛犬も残っている。まさに名産から生まれた彫刻、芸術作品といえよう。そして、町の発展と人々の安寧の願いを込めて、白河の神社に奉納された「霊獣」「神獣」でもある。
いっぽうヤノベは、昨年、比叡山延暦寺で開催された照隅祭に合わせて、にない堂の前に狛犬の作品《KOMAINU -Guardian Beasts-》を奉納展示した。2019年も多かった自然災害、そして昨今激化している分断と対立から人々を守る守護獣となること願ったものだ。2020年3月末、日本でも新型コロナウイルスの感染拡大の影響のため、ヤノベが勤めている京都芸術大学も閉鎖されることになった。それを受け、疫病退散の願いを込めてヤノベは再び、《KOMAINU》を「京の都」を見渡す高台にある大学の門前に設置している。
今回、「ダルライザー」というダルマからヒントを得たヒーローと、狛犬からヒントを得た守護獣《KOMAINU》がコラボレーションすることは、ある種の必然かもしれない。和知もヤノベの活動は知っており、自身でヘルメットを創る和知は、特撮に影響を受けたヤノベの作品の完成度の高さに注目していたという。白河という土地に息づく、ダルマと狛犬が運命的に出会い、「祈」をテーマに現代の課題に向きあうという方向性が一致したのだ。
オンラインによるコラボレーションとAR(拡張現実)による新たな表現の挑戦
コラボレーションするにあたり、「ダルライザー」の世界観とストーリー性のあるヤノベの作品をいかに違和感なく融合させるかが課題となった。骨太な「ダルライザー」のストーリーを壊してしまってはいけないからだ。また、コロナ禍で実際の鑑賞が制限されるなか、新たな表現を模索する必要があった。
一度も直接会ったことがないヤノベと和知、芸術監督の渡邊晃一、さらにウルトラファクトリーのスタッフ、ウルトラプロジェクトメンバーは、福島と大阪・京都をつないで遠隔でオンラインミーティングを重ねた。そして、「ダルライザー」の新しいストーリーとして《KOMAINU》を登場させ、それを映画ではなく、3Dモデリングを展開したAR(拡張現実)を用いて、現実の空間に出現させるという構想を描いた。
コロナ禍を受け今年、ヤノベが牽引するウルトラプロジェクトでは、「デジタル彫刻」がテーマになっていた。そのため、参加学生たちはウルトラファクトリーのテクニカルスタッフの水口翔太や鈴木弦人、大野裕和(美術工芸学科3年生)、小笹優介(キャラクターデザイン学科3年生)の指導のもと、3Dモデリングに挑戦していた。福島ビエンナーレは彼らの習熟を発揮する格好の舞台となった。
そして和知はヤノベらと相談しながら、ダルライザーと《KOMAINU》が融合するストーリーを編んでいった。まず、獅子や狛犬、麒麟といった「神獣」の世界の可視化する機械を、「ダルライザー」の宿敵ダイスが開発し、それらがゴーグル(スマホ)の前に現れる。しかし、世界の危機に不安になる人々の心は、巨大な物体《黒い太陽》を創りだし、ダイスも、神獣「獅子」も飲み込まれそうになる。それをダルライザーが人々の声援や祈りを背景に立ち向かい、狛犬・獅子と合体した「コマライザー」となって、倒していくという筋書きだ。タイトルは、狛犬・獅子、ヤノベ×ダルライザーの融合、アートの力で立ち上がる、アートが立ち上がるという思いを込めて、《阿吽 -ライズ THE ART-》と銘打たれた。
「ダルライザー」と《KOMAINU》とのコラボレーションとして、両者が融合した大刀《狛犬偃月刀》と甲冑《鉄達磨狛犬具足》が制作された。
《阿吽 -ライズ THE ART-》では、「神獣」の世界を表現するためにさまざまな3D化、AR化された「デジタル彫刻」が登場する。ヤノベの制作した《ULTRA - 黒い太陽》(2008)、《KOMAINU》(2019)、さらに、「ダルライザー」、「ダルライザー」と《KOMAINU》が融合した「コマライザー」などである。さらに「コマライザー」は、ストーリーに合わせて大刀を振りまわす動きが加えられている。それらの3D制作をウルトラプロジェクトの参加学生たちが担当し、ウルトラファクトリーのテクニカルスタッフ水口がとりまとめAR化した。
見に行く芸術祭から家に来る芸術祭へ
会場となったのは白河小峰城跡である。戊辰戦争で大半が焼けたが、1991年に三重櫓、1994年に前御門が江戸時代の絵図に基づき忠実に再建され、往時をしのばせる美しい姿をたたえている。
白河小峰城跡には、幾つかの立札が立てられており、画家でもある渡邊の墨絵によるストーリーボードが描かれている。そこに貼られているQRコードを読み込めば、今回のストーリーに登場している「ダルライザー」やヤノベの彫刻、「コマライザー」が闘うシーンをスマホやタブレットを通して見たり、写真を撮ったりすることができる。アニメや映画のロケ地を周る「聖地巡礼」と『ポケモンGO』のような位置情報ゲームアプリが合体したような方法である。
また現地に行けない人も、映画のようなディザーサイトを通してストーリーやAR作品をダウンロードして楽しむことができる。また、公式サイトから学生たちが疫病除けの妖怪「アマビエ」をテーマに制作したAR作品や、ヤノベの《ジャイアン・トらやん》(2004)のARバージョンをダウンロードして自分の部屋などに出現させることができる。つまり、芸術祭に行くのではなく、白河発の芸術祭が人々のところに出現するのだ。SNS上でもすでにAR作品を楽しんでいる様子がアップロードされている。
ヤノベはさらに、ストーリーの中で「ダルライザー」の鎧に変身した《KOMAINU》の彫刻《鉄達磨狛犬具足》と、大刀に変身した《狛犬偃月刀》を新たに制作し、白河小峰城跡に展示した。ヤノベが近年、学生たちと巨大作品を創るために素材として使っているFRPやステンレスではなく、単独で制作したこともあり初期作品のような鉄で溶接した立体作品になっており、ヤノベの90年代の作風にも近くなっているところも見どころである。
小峰城での設営風景。白河市の職員が見守るなか、福島大学の学生、和知氏と共に展示の仕上げを行う。
白河小峰城に立つ《鉄達磨狛犬具足》と《狛犬偃月刀》は、白河の伝説を示しているようでもある。実は、白河市には、ヤマトタケルが東征した跡とされる山、建鉾山があり、そこでヤマトタケルは鉾を建てて神を奉納したとされており、ヤノベの作品を彷彿とさせる。今回のプロジェクトも白河という土地のポテンシャルが生み出したものかもしれない。そして、ヤノベ、和知、ダルマ、狛犬など様々なストーリーが重なり、アート・映画・舞台芸術が融合し、AR技術によって世界に拡張していく新しいアート作品、新しい芸術祭となったのではないか。
(文・三木学)
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