まさかの2回目。
マンガは紙とペンさえあれば描ける…なんて、コスパ最高!みたいな話を以前はよく聞いた気がする。
ま、確かに小学生の頃、ノートにエンピツ書きで、同級生の東くんや担任の小池先生を主人公にマンガ学級日誌なんてものを描いていたりしたので、紙とペンというかノートとエンピツがあれば描けるわけだけど、今どきのZ世代はいきなりiPadで描き始めちゃったりして、そうなるとけしてコスパがいいとは言えないのかもしれない。
アナログ時代…というかデジタルツールなんてそもそもなかった小学生時代、プロのマンガ家と同じようにマンガを描きたい!
マンガ原稿を仕上げたい!
あわよくば完成したマンガ原稿を出版社に送りつけて(投稿なんて言葉はまだ知らない)「週刊少年サンデー」か「週刊少年マガジン」あたりに「天才小学生マンガ家現る!」なんてアオリ文字とともに掲載されちゃったりして…ムフフフ…。
ちなみに、今でこそ大メジャーの「週刊少年ジャンプ」は当時、創刊したてで人気連載作品も少なく手塚治虫先生や石森章太郎先生のような巨匠が連載している「サンデー」や「マガジン」に比べればまだまだマイナーな存在だったのです。よし!天才小学生マンガ家を目指すなら、プロのマンガ家と同じ道具をそろえなければならないではないか!ノートにエンピツじゃダメでしょ!
だって雑誌に載っているプロのマンガ家が描いたマンガにはノートの罫線なんて印刷されてないし。で、さっそく学校の近所にある文房具屋さんへ。
そう、この時はまだ画材屋さんなどという専門的でマニアックな匂いのするお店屋さんが存在することなど知らない小学生。
絵や字を書く道具と言えば文房具屋さんである。
「下描きが終わったら製図用インクか墨汁でペン入れをします」というマンガ雑誌の「マンガの描き方」みたいな記事の情報を思い出しつつ「墨汁は習字の時間に使うから持っているけれど製図用インクの方がオシャレでヤングなマンガ家っぽいからそっちだ!」と…お店の棚を探して見つけた「パイロットインク」!
ところが、どこかがなにか違う。
しゃれた厚紙製の箱には「製図用」とどこにも書かれていない!
お店の人に恐る恐る聞いてみる。
「あのう…これって製図用インクですか?」
「ん?違うよ」
「え?じ、じゃあこれは何?」
「万年筆用のインクだよ」
「え?え?それじゃあ製図用はどこに?」
「うちには置いてないね」
「え?え?え?」
ならば製図用インクはどこに行けば手に入るのだ!
「駅前の○○画材なら置いてあるでしょ」
その時マンガ家を夢見る小学生は、初めて専門的なお絵描き道具を売っている画材屋さんという存在を知るのだった。
ちなみに、インクには万年筆用、製図用、証券用といった種類がある。万年筆用は文字通り吸い入れ式の万年筆に使うもので黒以外に赤や青もある。じゃあなぜ万年筆用はマンガのペン入れに使えないのかというと、万年筆用インクは黒といっても少し青みがかっていて、モノクロ印刷では青を感知しないため都合が悪いのだ。
一方、証券用インクというのは証券用とある通り、大事な書類に書き込むためのもので、万が一書類が水で濡れてしまい書かれた大事な文面などがにじんでしまわないために乾燥後耐水性となる性質を持っているこのインクが使われる。
なので、マンガでも水彩絵の具で着色することが多いカラー原稿のペン入れに、ペン入れした線が水彩絵の具の水分でにじんでしまったりしないようにこの証券用インクを使う。
そんなわけで、文房具屋さんに教えられた駅前の画材店にチャリを飛ばして行くと、あるじゃないですかパイロット製図用インク!他にもペン先にペン軸、雲形定規もあるぞ…あ、でも雲形定規はどうやって使うかわかんないし値段も張るので今回はやめておこう。
よし!これで本格的なマンガ原稿が描けるぞ!
と、いそいそと家に帰ってからはたと気がついた。
紙は?紙はどうする?
さすがにいまさらノートに描くわけにいかない。で、「マンガの描き方」の記事には「ケント紙や上質紙をB4サイズに切ってもらい四隅に千枚通しで穴をあける」…などと書いてあった。
そして次の日曜日に再びチャリで駅前の画材店へ。
「あのお…ケント紙をB4に切ってください。」
上質紙よりケント紙のほうが名前がカッコいい。
「ん?うちは紙を切るサービスとかやってないんだよね」
え?切ってくれないの?ケチだなぁ。
「B4より少し大きいけど八つ切りじゃダメかな?」
や、八つ切りって何だ?ま、いいや。
「じゃあ、それで。八つ切りケント紙を16枚下さい」
ちなみに、16枚というのは、週刊誌1話分のページ数。
そんな知識はあるくせに失敗したときのために枚数を多めに買っておくという知恵は働いていなかったりする。
ずいぶんとあとになって気がついたのだけど、連載を持っているようなプロのマンガ家は1か月に何十枚、何百枚と紙を消費するので、画材屋を通して紙の卸に何百枚単位で注文サイズに切ってもらっていたのでした。
「あと千枚通しも下さい」
正直その時、千枚通しというものがどのような形状でどのような用途でマンガ制作に使うものなのかもわかっておらず、なので店の棚を物色しても自力で見つけられるわけもなく店の人に聞くしかなかったのだけれど。
「千枚通しはうちには置いてないね」
え?画材屋さんでしょ?千枚通しはマンガの道具じゃないの?
「千枚通しは金物屋だね」
か、金物屋…?
そこからの記憶はあいまいで、結局のところ千枚通しは手に入れることができたのか?16枚のケント紙にマンガを描いて完成させたのかは定かではない。
そもそも千枚通しで穴を開けた記憶も、手元に千枚通しそのものも残っていない。
きっと飽きちゃったのかな。
ところで昨今、千枚通しというアイテムを知らないという人は結構多いのかな?
直径2ミリほど長さ10センチほどの鉄針に木の持ち手がついた、アイスピックやキリに似た形状の紙や布などに穴をあける道具なのであります。
で、その千枚通しは何に使うかというと1回に使う枚数を重ねた原稿用の紙の四隅に穴を開けて「トンボ」にするわけです。
「トンボ」とはここまで描くんですよという印しですね。「トリムマーク」とも言ったりしますね。
そうこうしているうちに、「B4マンガ専用原稿用紙」なんてものが各社から発売され四隅には穴の代わりに水色でトンボがすでに印刷されていたりして、それこそ文房具屋さんなどで誰でも気軽に手に入るようになっていったのですね。
それでも、○△社の紙は白すぎて目が疲れるだの、△◇社の紙はGペンが引っかかるだの文句だけはいっちょ前に言ってたりしたなぁ。
ま、デジタルツールでマンガを描くのが当たり前のようになってきた昨今、紙のサイズなんて「描くサイズ」ではなく「出力するサイズ」でしかなくなってきてしまったのかな。
デジタルツールと言えば、液晶タブレットやiPadの保護フィルムに「ペーパーライク」なんてのが出ていて、要するに表面が少しざらついていて紙の描き味に近いというものなのだけど。
なんかデジアナ逆転というか、まだまだアナログの再現に四苦八苦しているみたいな感じ。
そうそう、まだ駆け出しのマンガ描きだったころ連載している出版社の社長から「原稿用紙いります?」と言って「○○社専用原稿用紙」と原稿の一番下に水色で出版社名が印刷された50枚綴りのB4の紙束を渡された。
「2,3冊持っていきますか?また無くなりそうになったらいくらでもお渡ししますよ」
え?原稿用紙買わなくていいんだ?いくらでももらえるんだ?
「紙質が気に入らなければ無理にとは言いませんが…」
「つ!使います!喜んで使わせていただきます!」
その時やっと自分がプロのマンガ家として認めてもらえた気がしてめちゃめちゃうれしかったのを覚えている。
ちなみに、雑誌の看板をはるような売れっ子マンガ家ともなると、紙の質なども選べて原稿の一番下には出版社名じゃなく「○○先生専用原稿用紙」と自分の名前が入るらしいのだけれど、ボクはそのような原稿用紙を今の今までいただいたことはございません。
(文・イラスト=よしかわ哲郎)
(ディレクション=井本圭祐)
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