INTERVIEW2024.09.10

文芸教育

親子が営む京都・松田製本処〜本を紡ぎ、人と織りなす ――文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信

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  • 京都芸術大学 広報課

京都市北野白梅町の大通りから少し細い道に入った閑静な住宅街の中の一軒家に松田製本処の自宅兼工房がある。
そこでは製本職人である松田努さんと娘の松田洋子さんの二人で、依頼された本の製本や製本ワークショップを開いている。
製本ワークショップでは、使われなくなった着物の生地を本の表紙に使った手製本を体験でき、ノートや御朱印帳、絵本型の本を作ることができる。

製本ワークショップの体験記事についてはこちら→京都・松田製本処で手製本ワークショップを体験〜自分の手で、世界にひとつだけの本を作ろう!〜文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/1280


また努さんは、京都精華大学や同志社大学で授業を請け負っており、卒業制作の制作の指導も行っている。

受け継いだもの、繋げるもの

松田努さんは職人歴61年の製本職人だ。努さんのお父様は友禅の下絵の絵師、親戚のおじさんは代々製本をしている職人である。そのため普段から伝統工芸が身近にあり、幼少期はよくおじさんの工房へ行き、製本作業をする姿を見てきたそうだ。
そこから製本に興味を持ち、おじさんに師匠を紹介してもらい、20歳の時に弟子入りした。
修行時代は下仕事ばかりで難しい仕事は全て師匠がしていたそうだ。
「工程でいうと、10工程あるとしたら半分くらいしかしてこなかったんですよ。よく職人の世界では「目で見て盗め」という言葉がありますけども、独立してからは師匠の見様見真似で、失敗の連続でしたね」
師匠の店の廃業に伴い師匠から機材や活字棚などを譲り受け、15年間の修業を経て35歳の時に松田製本処として独立し、今日に至る。

そんな職人として技術の研鑽を積む父の姿を見てきた娘の洋子さん。洋子さんは製本コーディネーターとして世界中を飛び回っており、松田製本処では通訳としても努さんを支えている。
製本コーディネーターとは、製本と人とを繋げる仕事だと洋子さんは語る。

「私は旅をメインに仕事をしてきました。そのなかで、旅をただ行くだけのものと捉えるのか、ストーリー性を持たせるのかでは、旅の意味合いが大きく変わってくると思うんですね。それは本も一緒で、本を作るだけではなくて、その人にとって本がどういったものなのか、その先どういうふうになっていくのかを繋げていく。時代も、人と人との関わりも繋げていくし、タイミングや国内・海外を全部繋げていく。それがコーディネーターの仕事だと思っています」

私たちが製本ワークショップをした際、洋子さんは完成した本を「未完成の始まり」とも表現していた。確かに中が白紙の本は、本としてはまだ未完成である。

そういった本がどんなふうになるのか、その先へ繋げていく。
それがコーディネーターの仕事であり、洋子さんは努さんがしてきたことを繋いでいるのだ。

受け継いだ技術

松田製本処で取り扱っている本はおもに上製本である。
上製本はハードカバーとも呼ばれ、本文(本の中身)より一回り大きい板紙(厚手のボール紙や布)の表紙で本文をくるむ製本方法のことであり、丈夫な本になるのが特徴だ。

松田製本処では、箔押し印刷という金箔や銀箔などの箔を専用のプレス機を使って熱と圧力で紙に転写する特殊印刷技法を使っており、インタビューの際に説明していただいた。
「ここ(専用の小手)に活字(※)を並べて、作った用紙を下に置いて、そこに箔を置いて、上から押します。小手にヒーターが入っていますから、温度は100度越えます。それをプレスすることによって高熱で箔を熔かしてこれに印字するんです。通常の印刷はインクを乗せるだけですけども、箔押しの場合は高熱で箔を熔かして印字しますので非常に難しい技術ですね」

「箔押し印刷をする際の機械」

「もちろん大きい字と小さい字で温度を変えたり、押すタイミングや時間を変えたりします。わずかな時間差で変化をつけて仕事しますからね。一日ではできませんね。また材料によっても色々くせがあってね。それを吞み込んでやらないと一律で同じようにはできません(箔押しするものの素材によっても違いが出る)から色々難しいですね」
この技術を使って大学の卒業論文の表紙を作ることもあるそうだ。

箔押し印刷は約一時間のワークショップで体験することができる。

※活字とは凸型の判の事であり、この活字を一文字一文字並べて印刷を行う。活字を収めている棚から該当する文字を一つずつ拾うため、大変な作業なのだと、努さんは言う。

「活字、箔の色で一本一本、一行一行全部押していくので、ものすごい手間ですね。活字拾うだけでも大変な時間かかりますし、ほんで拾った活字を今度は棚に戻さないといけないのでね、大変な手間です」

他にも「裏打ち技術」というものにも携わっていると洋子さんから伺った。

「京都ではこの裏打ちだけを専門にされる方々がいらっしゃるくらい、高度な技術がいるんですね。それを父は長い間やってきたのでサッとやってくれてるんですけど、着物をほどいて、糸を全部手でとって、アイロンして、のばしてカットをして、という果てしなく大変な作業なんですよ」

「裏打ちの説明をする努さん」

努さんが表紙を見せながら分かりやすく補足してくれた。

「これが裏打ちね。着物を壊して、柄の場合はそれをみながらカットして、紙を貼って。これを裏打ちっていうんですけど。生地によって色々塗る量を変えてみたり、濃度を変えてみたりするんです」

このような受け継がれた技術は自動でしてくれるような機械に頼らず、自分たちの手で作業するため大変である。
しかし、手作業だからこそ依頼を受けて作る本、裏打ちされた着物を使ったワークショップで作る本は他にはない「世界でたった一つの本」になるのだ。

コロナ禍

2019年末から始まった新型コロナ感染拡大の影響で多くの企業や個人事業主に大きな打撃があった。
洋子さん曰く、コロナ前から外国のお客さんが多かったため、松田製本処ではちょうどいい休みがとれた時期だそうだ。

「一口に海外って言っても全く違う文化を持っています。そこを踏まえた上でこちらは(ワークショップで製本方法を)提示をしていかないといけないので、受け入れする側としては結構大変なんですよね。私は仕事柄、重々承知しているので心構えもあるんですけど、父はここに来て初めて知って対応するので、すごく大変な時期が続いたと思うんですね。」

確かに外国人との異文化交流は事前に情報収集をしなければならない事が数多くあり、その状態でも困難を極めることがあるため、松田製本処に来てから初めて対応するのは至難の業だろう。

「なので、そういった意味でもコロナ時期は休憩できました。それと、コロナが収まったあとまた忙しくなるだろうな、と予想もできたので、その間に(ワークショップ用の生地の)下準備や海外の情報収集などができましたね。」

「松田製本処に並ぶ手製本の写真」

コロナ禍での収入について伺ったところ、カナダのバンクーバーにて本を販売していただいているそうだ。

「売る際に私が出した条件がありまして。そのまま物だけを売るのではなくて、作られた背景やコンセプトをうまく表現していただけるということであれば一緒にやっていきたいと思うということです。そう言ったときに快く引き受けてくださって、インタビューとか受けてくれて、本も1,000冊ぐらいご注文してくださったんですよ。なので、結構助かりましたね」

急に訪れたコロナ禍で混乱していた人が多かったなか、松田製本処ではその期間をうまく利用していたのだ。また、背景やコンセプトを表現するという条件を出すのは、製本コーディネーターである洋子さんだからこそのことだろう。

ワークショップを始めたきっかけと目的、努さんの楽しみ

洋子さんは「B&C MANIMANI」というゲストハウスを運営している。そのゲストハウスに泊まっていただいたゲストに、プレゼントととして差し上げるものが何かないか、と考えたのが一つ目のきっかけであると洋子さんは話した。

「二つ目のきっかけは、もう着られることのない着物が家の中に残っていて、人々が守り続けてきた、継承し続けてきたものが使われず朽ちていくということが非常に残念だったんです。そういったものを何かに使えないかなって考えた時に、私にとっては本にするっていうのがすごく自然なかたちだったんですね」

「写真 体験前の生地選び」

「ただ綺麗なものを作るというよりも、受け継いできたものを繋げるためのプロセスを共有したくて、そこにスポットを当ててワークショップを世界に向けて展開するということを考えました」

製本が身近にあったからこその発想を活かしたワークショップであると感じた。

また、ワークショップをしていて楽しみなことはなにか、努さんに聞いてみた。

「来てくれる人と交流できるのは楽しいですね。「今日はどんな国の人が来てくれるかなぁ」と思って楽しみにしていますね。ワークショップの日は一日中楽しいですよ。海外からいろんな国の方が来てね。私は(外国語は)仕事上のことぐらいはこのごろやっと単語並べて少しは喋れるようにはなってきたんだけども、それでも聞き取りは出来ないし質問されてもそれも分からないし、そういうのは娘がカバーしてくれていますけどもね。非常に助かっています」

製本をしていた努さんがいたから、ワークショップを思いついた洋子さん。海外の言葉を話せる洋子さんがいたから、海外の人と交流する機会が増えた努さん。
このワークショップは、この2人だからこそできたものなのだ。

続いていく「長い関係」、今につながる

努さんは大学で授業をすることがあり、学生から製本の依頼をされることもある。卒業制作などは特に絵本が多いそうだ。

絵本の場合、印刷のレイアウトのアドバイスからしている。
アドバイスしたレイアウトで印刷した後、それを本にするのだ。

表紙は自分でデザインするのだが、以前は学生から依頼されて表紙なども全て作っていたそう。しかし、それでは自分の作品にならないと感じ、松田さん自ら先生にある提案をした。

「私が作ったんでは意味がないなぁということで、私が指導しますのでここで作ってもらうようにしてはどうですかと先生にも進言して、そうしましょうってことになって。私が仕上げたんでは卒業制作になりませんからね」

ただ依頼に応えるだけ、作品と向き合うだけでなく人とも真剣に向き合っているのだ。

 

学生からの依頼で製本した絵本も見せてもらった。そこには手書きの文字のお礼状も添えられていた。
メールでお礼を済ませるのではなく、形に残る紙に手書きされている文字は温かみがあるものだ。
そんな努さんの人との繋がりについて、洋子さんはこう話す。

「父は若い方と接することを昔から続けていて、私の知らないところで長く関係性を蓄積させていて。そういう中から、学生さんが社会人になって新しいデザインを始められたり美術館に勤められたりして、そこから新しいお仕事をくださったり、新聞社に勤められている方から関連性のあるイベントとかをお声がけくださったりとか。そういうふうな、本だからこそかなって思うときがあります」

こうしたたくさんの人たちとの繋がりは、努さんが真摯にその人と作品について向き合って製本してきたからできたものなのだ。

2人の挑戦、分野や国を越えて

松田製本処には移動させるのが大変そうな大きな機械が多くあった。

移動させられないからこそ、問題もある。
ワークショップをしに海外に来てもらえないかと提案もあったという努さん。
しかし、機械の問題や日本と海外では製本の仕方が少し違うこともあり、難しいと努さんは話す。
「海外にワークショップをしに来てもらえないかという話は何回かありましたね。ただワークショップをやるには、最低限の道具は必要ですからね。それさえ準備が整っていればやぶさかではないんですけども。精華大でも同志社にしても最低限の道具は持っていきますからね」

しかし、これらは努さんが師匠から受け継いだ歴史ある機械であり、簡単には移動させることができない。

とはいえ洋子さんは今後ヨーロッパの工房を訪ねる機会があり、そのことがきっかけで化学反応が起きるかもしれないともおっしゃっていた。
海外ではワークショップを開催することは難しいが、その代わりに洋子さんが海外に行って松田製本処の魅力を広めているのだ。

これからのことについて洋子さんはこう話す。

「今やっていることを続けるのもあるんですけど、新しい問いにはどんどん協力する体制が大事だと感じています。全然違う分野の方と本を掛け合わせていくのをやっていきたいですね」

お話を聞いていると、2人からは新しいものに挑戦しようとする姿勢が常に感じられた。

挑戦する心を常にもち、人と真摯に向き合っている2人。
そんな2人の人とのつながりはこれからも増え、続いていく。

松田製本処(https://www.matsudaseihon.com/
B&C MANIMANI(https://www.manimani-kyoto.com/guest-book.html

松田製本処での手製本ワークショップ体験の記事はこちら→京都・松田製本処で手製本ワークショップを体験〜自分の手で、世界にひとつだけの本を作ろう!〜文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/1280


京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会Ⅴ」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。

本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。

(構成・執筆:文芸表現学科3年 呉谷夏生 米山綾音)

 

 

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