INTERVIEW2024.07.16

アートデザイン

「役には立たないけれど、意味がある」という価値。それが「カクダイナソーイズム」――多田修三×越前屋俵太対談

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  • 京都芸術大学 広報課

2023年度に行われた「カクダイナソープロジェクト」。今回の瓜生通信では、発注元である株式会社カクダイ代表取締役 多田修三さんと、プロジェクトのディレクターを務めた本学客員教授でもある越前屋俵太(ACADEMIC VISION合同会社)さんをお招きし、プロジェクトや「ものづくり」についてお話いただきました。

 

取材に行くと、多田さんが自らおでんを仕込んで出迎えてくださいました。
このおでんは、カクダイさんが「おでん鍋セット」という蛇口と洗面器のセットを作ったことにちなんでいるそうです。

おいしそうなおでん…!
と思ったら蛇口でした

 

「カクダイ」と「ダイナソー」

 

越前屋:多田さんが、俵越山(書家としての雅号)の作品をショーウィンドーに飾って欲しいと言われて飾ってくださったのがはじまりなんです。でも、カクダイさんのショーウィンドーにただぼくの作品を置くのは何か違和感があって、蛇口や水栓と何か関係を持たせなければと思った。それで最初は、金屏風にはめこまれた蛇口から水が流れていて、そこに書を描いた作品を置かせていただきました。
インパクトはあったと思うのですが、もっと蛇口にフィーチャリングできないかと思ったんです。

越前屋:たとえば、阪急百貨店のショーウインドーは、アーティストの作家性を発露する美術館のような場所として機能しているじゃないですか。そういうものを、カクダイさんのショーウィンドーで展開できないかと、ずっと考えていたんです。それで、ある日、蛇口だけで恐竜を作ったら面白いんじゃないかと思いついた。

――カクダイナソーのはじまりですね。

越前屋:でも、僕が「アーティストとして作ったのでは僕としては当たり前すぎて面白くない」。そんな時に、リアルワークプロジェクトの存在を知って、カクダイさんが承諾してくださるなら、学生と一緒にできるって分かって。でも最初はね、カクダイさんからも「学生さんって難しいですよね」と釘を刺されたんですよね。

多田:そうでしたね(笑)。そしてやっぱり、その通りの苦労をしましたね、学生の皆さんは。

越前屋:カクダイとダイナソーっていうダジャレですけれど、でもそれってカクダイさんでしかできないんですよね。それで、自分の中のアイディアを夜中に多田さんに電話で話して、「全然いいですよ、好きにやってみてくださいよ」って言われたんです。でもそこからですよね、プレッシャーを感じるようになって。

多田:そのとき越前屋さんのなかに存在していたのは、「カクダイナソー」っていう、それだけだったんですもんね。

越前屋:だから制作をはじめてから、大変でした。前もってある程度設計してからつくるのではなくて、余ってる蛇口や水栓というものをいただいて、学生たちといっしょに触りながら作ろうと思ったんです。でもそれは難しいということで、カタログをいただいて、ここから必要なものを言ってくださいと言われた。そうなるともう、わからないじゃないですか、学生さんは蛇口なんて触ったことがないから(笑)。

――機会がなかなかないですからね。

 

「岐阜ニーランド」へようこそ

越前屋:やっぱり学生さんたちも初対面同士で、お互い意見を出しにくいのかなという雰囲気を感じたから、打ち解けてもらうのも兼ねて、恐竜のセットの質感を理解してもらうためにUSJの「ジュラシック・パーク」に連れて行こうと思っていたんです。そしたら多田さんが「僕はUSJは嫌いです!」っておっしゃって。

多田:だってUSJなんて、行っても「わー、楽しい!」ってなるだけじゃないですか(笑)。

越前屋:でもね、多田さんは代わりに「作品の素材としてみるのではなく、一個一個の蛇口がどう作られているのかを見てほしい。だから、カクダイの岐阜工場、岐阜ニーランドに来てください!」って、学生を30人くらい招いてくださったんです。そんなことをしたらUSJに行くよりずっとお金が掛かるのに、バスもホテルも用意してくださって。

越前屋:学生たち自身もフル装備で鋳鉄する体験をさせてもらって。それで夜は、ぼくたちが行くからってわざわざ工場の社員さん総出で屋台村を出してくださって、花火大会と称して大ロケット花火大会を開催していただいたりと……それが岐阜ニーランドだったわけです。

多田:でもそこから、学生のみなさんは相当苦しまれましたよね。だって、どこまでいっても「カクダイナソー」っていう言葉しかなかったわけですから。

 

「意味のあるもの」を作る力

越前屋:本当はね、作ったカクダイナソーをコマ撮りで動かしたかったんですよ。あるいは、機械仕掛けで本当に動くとか、水栓だからカクダイナソーから水が出る仕掛けとか作りたかったんです。でも、まずはカクダイナソーを形にすることが第一だったので、立体をしっかり作ることに注力することになりました。


――カクダイナソーの展示をやるにあたって、週ごとに「卵がある」「卵が割れる」
「ダイナソーが出てくる」という風にエンタメにしたいと決まって、はじめに卵を作り始めたんですよね。

越前屋:カクダイさんには好き放題やらせてもらったわけですが、掛かった予算も時間も膨大で……カクダイさんがどう思われたのか、率直に気になりました。

多田:数値化できないものにいかに意味があるか、なんですよね。数値化できる指標は、いいねの数とか来客数とか、いくらでもあるわけですし、そういうものを求めるのは楽ですよね。でも、そこからは何も新しいものは生まれない。あそこのショーウィンドウに面白いものがあることによって、カクダイの知名度がどれだけ上がるかっていうと、上がらないです。でも、カクダイという会社が何かをするときに、なんかすごいものを生み出すぞという心を演出していただいたことに、計り知れない価値があります。

越前屋:それは、どういう価値なんでしょうか。

多田:例えばね、うちの取引先の部品メーカーさんからしたら、こわいことなんじゃないかと思うんですよね。何をどのくらいのコストでどんな設計で作るかということがすぐにわかる、見通しのよい業界のみなさんがカクダイナソーを見て、「こんなのどうやって作ったの?」と口々に聞いてくれた。そのことがカクダイの価値が確実に上がったと思います。カクダイを知っている人たちが、やっぱりこの会社すごいなと思ってくれたようです。

越前屋:一番嬉しいご感想ですね。あれは、出来上がったものを見さえすれば2〜3時間で出来てしまうものかもしれない。でも、カクダイナソーは設計図面が書けないんです。

多田:ものづくりの会社のコラボレーションは、どうしても有名なデザイナーと契約をして商品を作り「どうでしょう、かっこいいでしょう」というような、デザインの見本市のようになってしまいがちです。でも、私たちはむしろ民藝運動のように、普段使いだけどちょっと面白いというような、民芸品を作れる職人になりたい。

越前屋:アーティストは「自分が作った」ということを示して、それで生計を立てる。それはそういうものだと思うけれど、ぼくは、ものづくりってそれだけじゃないと思います。そういうところが多田さんと似ているのかな。だから、多田さんは今回のプロジェクトにも「いいよ」と言ってくださったんだと思います。

――設置のときも大人気でしたね。

越前屋:子供たちがみんな立ち止まっていましたもんね。蛇口だと思ってるものが、恐竜の爪とか手に見える。それが、すごいと思う。カクダイは蛇口の会社、だから、カクダイがつくったカクダイナソーということに意味があるんですよね。

多田:意味は出てるんだけど、何の役にも立たないんですよ(笑)。でも、それがいま、日本で一番大事なことだと思っています。

越前屋:カクダイさんは面白い蛇口をたくさん作っておられますよね。でも、それって蛇口が面白いんじゃなくて、そういうものを作ろうとする考え方が、僕は面白いと思ったんです。そういうことを、表現したかったんですよね。

多田:日本は、役に立つものをつくらないといけないと思いすぎてます。カタログに載っている製品のスペックで勝負をして、役に立つ競争をしてしまう。でも、それでは大手に勝てないから、カクダイは、意味がどれだけあるかという競争をしているんです。

越前屋:ぼくも同じです。だって、お笑いって、5000人の芸人さんを抱える吉本には勝てないですよ。だから、そこで自分がどうやったら一番輝けるのかを考えないといけない。

多田:むちゃくちゃ負けず嫌いなんでしょうね、我々。

越前屋:負けたくないですよね。だから、自分のことをよく見て、どうやったら勝てるかっていうのをずっと考えてる。それを学生にも伝えたかったんです。だって、自分ができることはきっとあるから。

多田:我々のほうでも、たとえば学生さんたちを迎えた岐阜工場のスタッフなんかにとっても、すごく勉強になったと思う。費用対効果だけを見たら役に立たないことかもしれないけれど、でも本当にとても意味があることなんですよ。日本の価値観も、こういう「意味」を重視したものに変わっていくのではないかと思っていますし、大手メーカーなんかは徐々に「今までのやり方ではだめなんだ」と方向性を変えつつありますね。

越前屋:どういうやり方がいい、というのは僕にははっきり示せないけど、これまでのやり方が行き詰ってるのは確かですよね。そのやり方だって、あらゆる人たちが一生懸命考えて、試行錯誤や重い決断を繰り返して作りあげてきたもの。でも、そのやり方も、もう無理ということですよね。

 

京都の芸術大学に期待すること

越前屋:今回は、ショーウインドーという「顔」の部分を、学生たちという未知の力を含めて、「好きなようにやってください」と言われたわけです。今までのやり方では何も生まれない、だから新しい何かを見せてもらいたい、ってことだと思ったんです。それって、すごいプレッシャーですよね。だから、出来上がったとき、ほんまに嬉しかったんですよ。

多田:だって、最後まで設計図面はなかったんでしょ。あったのは「カクダイナソー」という言葉だけですもんね。
越前屋:そうなんです。図面がないものを作るのは初めてだったんじゃないかな。みんなねぶたもきちんと最初に図面を書いて。それを作業分担してみんなで作り上げる、そういう経験しかしてこなかった学生たちだから本当に戸惑ったと思います。ただ、みんなしんどかったと思いますよ。
越前屋:いまは分からなくても、社会に出て働きはじめて何十年か経って、もし彼らがものづくりの世界にまだいたらもしかしたら、「あっ、この感覚」て思い出すかもしれない。僕、それでええと思うんですよ。いまの教育は、いま役に立つことにフォーカスしすぎているような気がします。でも、それじゃ本当にクリエイティブなことができるとは思わない。ゼロからものを作るというのはそんなんじゃないと思う。

多田:京都は学生の街と言われていて、モラトリアムの雰囲気が残っている。だからこそできることがあると思っているんです。

越前屋:京都といえば、伝統とかしきたりのイメージがありますけど、意外と無茶苦茶革新的なこともしているじゃないですか。

多田:いけずっていうのも、文明そのものをクサしているような調子で……

越前屋:ブラックユーモアですよね、言うたら。

多田:でも、私にとってはそれが、京都の底知れぬ文化なんです。

越前屋:多田さんにとって、京都にある芸大に望むことはなんでしょうか。

多田:ビジネスを見てほしくない。私たちの世代は、役に立たないことでは食っていけないと、そういう価値観を持ってしまっている。親だって「いい学校に行って、いい会社に就職しなさい」って言うじゃないですか。

越前屋:美術が好きで芸大に行こうとしていた僕に向かって親が言いました。「芸大なんて食われへんから行くな」って。

多田:その「食われへんからあかん」っていうのが先に来ますよね。だから、京都に求めるのはその、食われへんのを食えるようにしてやってほしい、ってことですね。

越前屋:1億総デザイナーの世界が来ていると思うんですよね。手作り市がなぜ全国でここまで流行っているかって、みんな「これって自分も作れるやん!」ってことに気付いたからなんですよ。僕の知り合いの教授は、「ものが世に出て流通したらその時点でおしまいになる」って言って、そういうことを研究してはりますよ。

多田:私もよく言ってるように、「売れたら終わり」です。

越前屋:それは本当にそうだと思います。

 

広まれ、カクダイナソー精神

越前屋:カクダイナソーの生息地は工場やご家庭で、身体を構成する蛇口はどこにでもある、って書いてあるじゃないですか。食べ物は水道水(笑)。それで日本中に繁殖する……それがね、ぼくはカクダイナソー精神というか、カクダイイズムとか俵太イズムみたいなものがいろいろなところに伝わってほしいと思って、それでああいうものを作ったんです。

越前屋:ものづくりは奥深いですよ。多田さんにものづくりの話を聞いたら、一冊の本が出来るくらい大変なことになりました。「カクダイの秘密」って本を作りたいくらいです。表紙はカクダイナソーを使ってほしい。

多田:本として売らんでもいい気がしますけどね(笑)。

越前屋:本は売らなあかんですよ!(笑)アイディアだ、イノベーションだ、って悩むときに、ユニクロ帝国の本を読んだって仕方がないじゃないですか。でも、カクダイの本を読んだら、発想を取り込んで、生活を豊かにできるじゃないですか。

多田:でも、実際には企業としては役に立つものを作るし、役に立つものを作らないと、「役に立たないけど意味のあるもの」を作るお金が出てこない。

越前屋:だから、今回の結論としては、役に立つもので稼いだお金で「役に立たないけど意味のあるもの」を作らせていただいたんですね。

多田:間違いなくそういうことです。

終始和気あいあいとしたお二人のお話を聞き、広報部員はおでんをご馳走になりました。京都芸術大学の皆さんも、これからも「意味のある」ものづくりに取り組んでいけたら素敵ですね。

 

 

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