本学の通信教育課程に通う、18歳以上の若者から社会人まで、あらゆる立場・職業の学生たちの学びの集大成を展示する「2023年度 京都芸術大学 通信教育課程 卒業・修了制作展」が3月10日(日)から17日(日)まで、本学の瓜生山キャンパスにて開催されました。
学内での展示期間は終了してしまいましたが、展示作品は「Web卒業・修了制作展サイト」でアーカイブがご覧いただけます。
https://www.kyoto-art.ac.jp/t/graduationworks/
本学の通信教育課程は、芸術教養学科、芸術学科、美術科、デザイン科の4学科18コースで国内外から集まった1万5千人以上の学生が学ぶ、日本で初めての4年制の通信制芸術大学です。
今回は、この春、通信教育課程を卒業し、学びの集大成を展示されるとともに、新たな学びに向かっていく日本画コース、グラフィックデザインコース、写真コース、洋画コースの4名の卒業生にお話をうかがいました。
多様なバックグラウンドをもつ学生が集まる学び舎
瓜生山キャンパスのギャルリ・オーブに展示された2枚の100号の洋画。ちいさいころに読み聞かせしてもらった絵本のような、温かみのある絵にほれぼれしていると、菅あす香さんが「こんにちは」と話しかけてくれました。
菅さんは愛知県在住の25歳。2020年度に1年次入学し、この度、最短の4年で卒業されます。卒業制作ではコース奨励賞を受賞しました。卒業制作の進め方や、自分で計画を立て課題を進めていく通信のならではの苦労などを詳しく語っていただきました。
——卒業制作はどのように進められたんですか?
昨年の10月からスタートして、資料集めをしてエスキース(下絵)を描いてプレゼンして……といった工程を経て、半年ほどで制作しました。まず「子どもが見て楽しめるような絵を描きたい」という思いがいちばん初めにあって、それから「動物を描きたい」と思い、構図を考えていきました。
こちらの絵は幼少期から好きな絵本「おちゃのじかんにきたとら」の後日談を想像して、トラが女の子をお茶に招く場面を描いたのですが、はじめは外の明るさをうまく表現できていなくて。スクーリングのときに先生から「全体的に影がもっとあったほうが、状況がわかりやすくなる」とアドバイスいただいたのをきっかけに、影を描くのが上手なクラスメイトに相談して、ここは逆光になる、ここに光が当たる、と教えてもらって描いていきました。影を描き足したことで物語が見えてくるようになったんじゃないかなと思います。
——学生同士で教え合って制作を進めていけるというよさもあるんですね。通信での学生生活を選ばれたきっかけや、実際に4年間通ってみてどうだったかなどを聞かせてください。
小中学校のころ絵画教室に通ってはいたんですが、高校のころは『絵はもういいかな』と思っていました。でも、高校時代に体調を崩して不登校になり、幼少期に好きだった絵をまた描くようになったんです。進路を考えるとき、通信制で芸術を学べる大学があることを知って「好きなことをやりたい」という気持ちが強くなり、入学しました。
わたしは愛知から3年間、スクーリングに通いました。人と授業を受けることに不安があって、はじめは完全オンラインの芸術教養学科に入学したのですが、ひとりで制作を進めることに限界を感じて、洋画コースに転科して、通いつづけるうちに慣れて学生生活を楽しむ余裕もでてきました。スクーリングでは人生の先輩からアドバイスいただけたり、さまざまな年代の方とお話しできたりするのがうれしかったですね。
——印象に残っている授業や、授業での課題を自分で進めるコツはありますか?
担当教員である山河全先生の抽象画の授業が印象に残っていますね。内面への感度が高いというか。通信での学びのコツはシラバスをよく読むことだと思います。年間の予定を自分で書き出して、自己管理を徹底すると……と言っても、わたしも忘れちゃったりするんですけど(笑) 細かく確認することですかね。あとは、スクーリングでほかの人の作品を見たり、仲間と話してモチベーションを保つというのもコツのひとつだと思います。
実際、心が折れそうになったときもあったんですが、絵を書くことが好きで、好きなことだから最後までやり切ることができたなと感じています。
——卒業後についてひとこと、そして、これから入学する社会人芸大生にメッセージをお願いします。
今後も、絵はつづけたいと思っています。発表はしつづけて、制作したり人に見てもらったりする機会は持ちつづけたいですね。
これから入学される方には、通信のよさを伝えたいですかね。やっぱり、通信のよさはいろいろな年代、いろいろなバックグラウンドの方が同じ学び舎にいることだと思います。わたしは最初、『通学課程に行けなかった』っていうコンプレックスがあったんですが、通信で学ぶようになって全然そんなふうに思わなくていいんだと考えるようになりました。人それぞれに感じる通信の強みやよさが絶対あると思うので、入学されたら、楽しんで制作に取り組んでほしいなと思います。
学べる時間があるという幸運
急な取材依頼に「ちょうど、通信のお友だちと進々堂で話していたところでしたから」と柔和にほほえんで応じてくださったのは、日本画コースの志摩まゆみさん。
短期大学卒業後、企業につとめ、2017年度に53歳で本学の3年次に編入学しました。年限最長の在籍7年で卒業。家庭や仕事と学びを両立し、卒業制作では学長賞ならびに学科賞を受賞されました。7年の学びを終えてのいまのお気持ちをお聞きしました。
——入学するきっかけや、通信での学生生活について教えてください。
わたしは学生時代から芸術大学に憧れていたんですが、高校卒業のときは両親から反対されてちがう専攻に進みました。でも、子どもたちも大学へ進学し家を離れ、時間ができたときに、ふと『芸大行きたかったな』と思って、こちらの通信のことを知り入学しました。
入学したころは仕事もしていましたし、家庭のこともありましたから、学びと両立するのは大変でした。でも、通信をやめようとか休学しようとか思ったことはないんです。日本画に取り組んでいるときは集中できるし、楽しい時間でしたから。日本画ってすごく色がきれいなんです。岩絵の具を家で並べているだけで、幸せな気持ちになります。
——卒業制作の作品もとても配色が美しいですね。この作品はどのように描かれたんですか?
卒業制作の作品は、家の近くの野田沼(滋賀県彦根市)の道を歩いていたときに出会った風景を描いたものです。春の緑のなか、木陰の奥から黄色い花の群生が広がって、それがあたたかな陽を帯びて眩しいほど輝いて見えました。なんて気持ちのいい穏やかな風景なんだろうと思って写生したのがはじまりです。
実は、卒業制作には泰山木を描こうと決めていたんですが、オンラインスクーリングのときに写生を見てくださった松生歩先生に『この風景写生を見てしまったら、こっち(黄色い花のある風景)の本画が見てみたいなあ』と言われて、変更しました。心のどこかに描いてみたいという衝動があったのだと思います。
だけど自然は刻々と変わっていくので、下絵を考えるときは、木の位置や道を心地よいイメージに近くなるように再構成していきます。見たままの自然は、案外複雑でごちゃごちゃしているので、描きたいものだけを描いてあとは色のイメージでまとめました。
——卒業制作の作品について、教員からコメントをもらう機会などはありましたか?
はい。制作中はスクーリングのたびに、家で制作中に迷っているところを相談して、先生方にいろいろな意見をいただくうちに自分の中でヒントや答えが見つかって、制作を進めることができました。
完成したあとには、『気持ちのいい絵だね』とか『7年間学ぶとここまで変わるのか』とか(笑)、いろいろ言ってくださいました。
——先生も卒業制作に志摩さんの7年間の成長を感じられたんですね! 志摩さんご自身は、7年間を振り返っていかがですか?
もちろん、ここの通信は(編入学の場合)最短2年で卒業できるんですけど、わたしにとって卒業は目的ではなくて、好きな世界を知り学ぶことでした。だから課題にじっくり取り組んでいるうちに7年も経ってしまいました(笑)
いろいろなことがある人生の中で、学べる時間が得られるってすごく幸運なことだと思うんです。再び学生として学ぶことも、若返ったようでうれしかった。本当に7年間楽しかったです。
大学での学びを終えても、日本画は奥が深いので、これからも生涯、学びつづけたいと思っています。怠けないよう、公募展に毎年挑戦してみようと思っていますが、なにより、『この絵はよく描けたな』っていう絵を一枚でも描いてみたいなと思います。
物理学と美学両方の観点からアプローチする
写真コースの小林知広さんは、国立大学の理学研究科で博士前期課程(化学専攻)を修了し、大手光学機器メーカーで技術職に就きながら、2019年度から本学の通信教育課程に3年次編入学した異色の経歴の持ち主です。
カメラやレンズについて語りだすと止まらない、エンジニアらしさ全開の小林さんにたじたじになりつつ、写真を撮ることを芸術大学で学びたいと思った理由や、コース奨励賞を受賞された卒業制作への思いなどをうかがいました。
——小林さんは普段どんなお仕事をされているんでしょうか?
光学機器メーカーで写真用レンズの光学設計をしています。一眼カメラの交換レンズやスマホカメラの内部には何枚もの凸凹のレンズが並んでいるのですが、このレンズや形状や並び方、動かし方を決めるのが光学設計者の仕事です。コンピュータで計算しながら適切な光の通り道を作ってあげることで、フィルムやセンサーにカメラが向き合っている世界の像が形成され、それが写真になるのです。
——なるほど。では、芸術大学で写真を学んでみようと思われたのはどうしてなんですか?
幼少期からカメラや天文に興味があったことから今の職業を選んだのですが、仕事をしていく中でもっと写真のことを知りたいと思ったのがきっかけですね。
自分が設計したレンズで撮影された写真やレビューに触れていくなかで『いい写りってなんだろう?』『いい写真ってなんだろう?』という疑問が湧いてきたんです。光の進み方はある物理法則に従うことがわかっているので、カメラの中に結ぶ像は数式で表現することができます。芸術大学に通って美学的な観点から『人間が美しいと感じるものってなんだろう?』ということを学び考えていくと、物理学と芸術学を繋ぐ存在として写真を捉えて『いい』を探求できるのではないかと考えました。
——実際に芸術大学で学ばれて、いかがでしたか?
さきほど言ったテーマはあまりにも壮大で、学べば学ぶほどよくわからなくなってしまって(笑) 卒業を迎えた今でもまとまった答えは出せていないのですが、この経験を始まりとして生涯取り組んでいきたいと考えています。通信には様々なバックグラウンドを持っている方が通われているので、講義や制作といった交流の中で、私自身も自分の設計者としての知見を共有させていただいたりと、お互いに高め合える環境というのはとても貴重だったなと思います。
写真コースでは、ライティングなどの撮影技術を習得する授業、ポートフォリオのまとめ方やデジタル写真の印刷技術を習得する授業からカメラキャップにピンホールを空けて写真の原理を学ぶ授業まで幅広くあって、3年次以降はそうした技術をベースに、写真による芸術表現を考えていきます。
3年次には、卒業制作への助走として自分の写真を竹内万里子先生をはじめとする大学の先生方や、第一線で活躍されている写真作家、写真集の出版社の方に見て頂ける機会があり、そこから『自分が写真でなにをやりたいのか』を固めていって、4年次の卒業制作に繋げていきます。
——小林さん自身は卒業制作をどのように進めていきましたか?
私の場合は、まず写真を撮るという行為が先にあったんです。卒業制作の前年から、街の中をひたすら歩いて、見て、撮って、を続けていました。それは一種の衝動のようなものなのか、テーマや言葉が全くついてこない状態で。普段の理詰め仕事の反動なのかもしれませんが(笑)
そんな有様だったので「写真でなにをしたいの? なにを相手に伝えたいの?」という、先生方の最も基本的で大切な問いに答えられずに悩むことから始まった卒業制作でした。
答えの出ぬ間も撮るという行為は止められず、増殖を続ける写真たちと向き合って頭を抱える日々。それでも秋くらいに、ふと自分の中で腑に落ちた瞬間があったんですね。そのときのセレクトを持参した公開審査の場でも、相変わらず明確なプレゼンは出来なかったのですが、先生方から頂いた言葉たちにとても救われて、そこから吹っ切れた状態で制作できるようになりました。
卒業制作を終えた今でも、まだまだ写真に言葉が追いつかない日々が続いていますが、わたし自身が言葉に救われたということもありますので、写真を見ていただける方々にそっと寄り添うような言葉を紡ぐことを意識した制作活動を続けていきたいです。
——最後に、これから入学する社会人芸大生に向けてメッセージをお願いします。
現代はスマートフォンで誰でも写真が撮れ、SNSで大量かつ高速に消費されますよね。大学で写真を学ぶということは、それとは逆で、一枚一枚の写真と時間をかけてじっくり向き合っていくこと。撮影技術の向上はもちろんですが、写真に対するまなざしの強度を高めることは、イメージであふれた現代社会をしなやかに生きていく上で大切なことだと思います。
外に発表すること、つづけること
グラフィックデザインコースの学科賞を受賞されたのは、鈴木彩子さん。卒業制作「CAMBRILLIANT!」はカンブリア紀の古生物たちを親子でいっしょに見て知ることができるカードやアニメーションなどのコンテンツです。
鈴木さんは公立大学の文学部で歴史を専攻。卒業後、企業に勤めながら2021年度に3年次編入学しました。仕事と両立する苦労や、グラフィックデザインコースで印象的だった授業についてお聞きしました。
——グラフィックデザインを学ぼうと思われたきっかけを教えてください。
子どものころから作ったりデザインしたりするのが好きで、仕事に慣れて落ち着いてきた時期に『デザインを学んでみたいな』と思って、入学を決めました。学生時代は美大に進学しようなんてまったく考えていなくて、歴史系に進んで、仕事も美術とは縁遠い職につきました。
京都芸術大学にした理由は、通信の美大の存在を知ったとき、いろんな大学に資料請求した中で対応がよかったからです。仕事をしながら通信で芸術大学に通うって、はじめはイメージしづらかったんですが、オンライン相談会やSNSでの交流などを通じてイメージが湧いて、不安も少なくなりました。
——実際にグラフィックデザインコースで学ばれて、印象に残っている授業などありますか?
印象に残っているのは、ひとつは「ピクトグラム」の授業ですね(ピクトグラムとは、非常口やトイレの案内用図記号や、オリンピックの各競技の記号のように、言語の壁を超えて全世界の人が理解できるように作られたもの)。わたしは堅苦しく考えてしまっていたのですが、先生に「もっと遊んでいいんだよ」と言われて、自分らしいデザインにできたことを覚えています。先生や同級生から意見を聞いて、ブラッシュアップすることも大事なんですね。
もうひとつ、「エディトリアルデザイン」の授業もよく覚えています。人物紹介のリーフレットを作成する授業だったんですが、情報を整理して、なにを優先して伝えるのかという紙面設計をしなければいけなくて。ここでも、先生から「文字の大小をつけたほうがいいよ」「配色で情報を整理しよう」というように細かくアドバイスをもらい、作品をよりよくしていくことができました。
——卒業制作の作品についても、先生方や学生からフィードバックをもらいながら制作されたんでしょうか。
そうですね。『見ている人がどんな思いで見るか?』ということは制作するとき常に考えていて、オープンゼミで『この表現どうですかね』と先生方に聞きにいったり、スクーリングで学生と相談しあったりして、ブラッシュアップしていきました。『親子でわくわくした気持ちで見てほしい』というのは明確だったので、そこに向けて試行錯誤しました。
卒業制作は8月くらいから、半年ほどの期間で制作しました。まず古生物の本とにらめっこしながらキャラクターを描き出していって、そこに文章をつけて、コンテンツとしてまとめていきました。
ちなみに、AdobeのAfter Effectsは授業のスクーリングでしか触ったことがなくて、今回のアニメーションを作るときはずいぶん苦労しました。スクーリングで配られた資料を読みこんだり、インターネットで操作方法を調べて制作しました。
——卒業後についてひとこと、そして、これから入学する社会人芸大生にメッセージをお願いします。
これからも作品をつくり続けていきたいと思っています。
これから入学する方へは……いろいろつくってみることが大事なのかなと。つくってSNSで発信していたら、フィードバックがもらえたり、SNS上でさまざまな作品が見られたりするので、つくって外に発表してみると楽しいんじゃないかなと思います。
通学課程とは異なり、多くの方が社会人学生である通信教育課程。今回は、4名のさまざまな立場・職業の卒業生にお話をうかがいました。インタビューを終えて作品を観てまわると、作品ひとつひとつに卒業生のみなさんが大学で過ごされた時間が宿っているように感じられます。
多様なバックグラウンドの中で学生たちが制作に向き合った成果が一堂に介した「通信教育課程 卒業・修了制作展」。ぜひ、学生たちの学びの時間を想像しながら、ひとつひとつの作品をウェブで鑑賞してみてください。
TOP写真 撮影:吉見 崚
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上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。