REPORT2023.03.28

教育

対話型鑑賞プログラム「おしゃべり鑑賞会」ALTERNATIVE KYOTO in 福知山:後編 ― 実施からみえてきたこと−

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  • 京都芸術大学 広報課

前編に続き、京都府域展開アートプロジェクト「ALTERNATIVE KYOTO−もうひとつの京都−in 福知山」参加展示、花岡伸宏『記憶と立ち上げ』展を対象に実施された対話型鑑賞プログラム《おしゃべり鑑賞会》について考察する。
 

【前編】対話型鑑賞プログラム「おしゃべり鑑賞会」ALTERNATIVE KYOTO in 福知山:前編 ― 花岡伸宏『記憶と立ち上げ』展をめぐって−
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/1063
 

現在全国各地で行われている地域アートプロジェクトでは、作品の展示とあわせて様々な関連プログラムが企画されている。その内容は、ガイドツアー、ワークショップ、レクチャーなど多様であるが、鑑賞行為そのものに焦点を当てたものは決して多くない。そうした現状において、今回の《おしゃべり鑑賞会》は、参加者の主体的な鑑賞をサポートするプログラムとして企画された。背景には、地域アートプロジェクトにおいて最も多くの人に開かれた参加の形が鑑賞であるからこそ、鑑賞者へのアプローチをより積極的に行なっていきたいという京都府の意向があったという。

《おしゃべり鑑賞会》では、参加者同士の対話を通してより深い鑑賞を促す「対話型鑑賞」が用いられた。京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター監修のもと、同大学が実践・研究を続けているACOP/エイコップ(Art Communication Project)をベースに考案され、鑑賞会の司会・ナビゲーションは同大学アートプロデュース学科の学生が行なった。

 

1. 対話型鑑賞の実践

今回筆者は、全3回行われた《おしゃべり鑑賞会》の全てに立ち会った。そのすべての回において、異なる考察や感想、ときには相反する発言がでるたびに、参加者からは「おぉ」とか「なるほど」といった呟きやため息が洩れた。それは自分が想像しなかった他者の視点や考えに出会うことに対する純粋な驚きと喜びのように思われた。これが日常生活の中での出来事なら、私たちはこんなに純粋に喜べるだろうかと思わず想像してしまった。

身振り手振りを使い、作品から感じたことを他者に伝える様子


実施後のアンケートでも「作品を見て共有し、考えるという体験をしたことがなかったため、非常に面白かったです」「私にはない異なった視点で作品を鑑賞できたので、ひとりで鑑賞するより豊かな時間を過ごせました」「他の鑑賞者の気づいたことなどを聞きながら鑑賞することで、作品の見方や思考、理解が深まりました」「よく考えてみると、俳句や短歌は句会、小説や詩は読書会などで、作品をめぐって話す場がありますが、美術では今までなかったな!と気づきました」などのコメントが寄せられ、対話を通した初めての鑑賞体験を楽しんだ様子が伺えた。

一方、3回目の実施(前編を参照)において、作品の解釈には鑑賞者自身の経験や記憶が投影されているのではないかという指摘があり、アンケートでも「自分がなぜそう考えるのか、自分自身についても見つめ直せたように思います」というコメントがあった。これもひとりで鑑賞しているときにはなかなか自覚されない点であり、同じ作品を見つめながら発せられる多様な他者の考えに触れるからこその発見のように思われる。あくまで作品を鑑賞することを目的に集った参加者たちが、そのプロセスを通して、他者に出会い、自己に出会うということを自然と体験していくことが興味深かった。


なお、《おしゃべり鑑賞会》のベースとなっている、ACOPは京都芸術大学アートプロデュース学科において1回生の必修授業となっている。学生たちは1年以上の時間をかけて、まずは鑑賞者としての経験を積み、さらに模擬的な実践を通してナビゲーターとしてのスキルを磨いていく。本来的には、長期教育プログラムであるACOPを、今回は単発のプログラムに設計したものではあるが、参加者が他者の視点や考え方をもとに自分の考えを変化させていく様子(第1会場での対話)や、作品が何を意味しているかという視点からどのような世界観がみて取れるかというより高次の視点を獲得していく様子(第2会場での対話)、さらには作品の解釈には自分自身が影響していることへの気づき(第3会場での対話)がみてとれた。もちろん、対象となる作品や、鑑賞者の経験値、ナビゲーターの習熟度によって、到達度は異なるだろうが、単発のプログラムであってもこういったことが起こりえることが実感できた。

学生ファシリテーターによるプログラム説明
学生ファシリテーターによるプログラム説明


とはいえ、終了後に直接感想を聞いた参加者が「作品を見て考えたことを言葉にするということに私たちは慣れていないので、やっぱり時間がかかると思う」と言っており、またアンケートにおいても「自主的な発言を尊重するという意味もあるけど、ナビゲーターが発言を上手に促す方法はありそうだと思った」というコメントがあった。

より豊かな鑑賞のためには、参加者もナビゲーターも、体験を重ねていくことが必要であることは間違いない。特に参加者にとっては、単発のプログラムであっても、それが様々な場で行われていて、参加の機会が開かれているならば、鑑賞者としての学びを得ていくことはできるのではないかと思った。

学生ファシリテーターによるプログラム説明と鑑賞の様子

 

2. 地域アートプロジェクトにおける対話型鑑賞

地域アートプロジェクトでは、多くの作品がさまざまな形で地域と密接に関わりを持つ、いわゆるサイトスペシフィックな作品となる。本プログラムの鑑賞対象である花岡伸宏『記憶と立ち上げ』展も、地域住民から集めた素材を用いた作品を、その地域の中で展示するというサイトスペシフィックな作品であった。また、地域アートプロジェクトには地域外からも多くの人が訪れる。本プログラムの参加者も市内と市外(府内・近隣市)がほぼ半数ずつであり、一般向けの回では地域住民と来訪者が一緒に鑑賞することとなった。つまり、今回の《おしゃべり鑑賞会》は、地域アートプロジェクトに多くみられるサイトスペシフィック作品を地域住民と来訪者が一緒に対話型鑑賞するという試みとして捉えることができる。


1回目の第3会場ではこのような展開があった。2つの作品が、共に古いもので構成されているということについて、ある参加者は懐かしさや暖かさを感じると発言し、別の参加者はそこにはもう戻れない寂しさを感じると発言をした。しかし、寂しさを感じると言った参加者が、作品に使われていたベビーカーと酒樽を対比し、ベビーカーはさすがにもう使えなそうだが、酒樽は手入れをすればまだ使えるかもと新しい発見を共有する。

今度は、また別の参加者が、作品から感じる懐かしさと寂しさという二面性は、商店街の光景にも同様に感じる、と述べた。目の前の作品についての対話が、窓の外に見える商店街についての対話に重なった場面であった。ナビゲーターは、作品の解釈を商店街に置き換えて、この商店街にも新しい役割があるのかもしれない、とまとめた。残念ながら、商店街住民は参加者の中にいなかったが、地域住民と来訪者が、共に作品を鑑賞することによって、多様な視点で作品を鑑賞することができるだけではなく、地域に対する多様な視点を共有する機会にもなりえるのではないかと感じられた。

会場から商店街が見える。商店街関係者も実施の様子を見に来ていた


また、地元の中学生3人が参加した2回目にはこのような展開があった。錆びついたベビーカーを見ていた参加者が、この錆は被災によるものではないかと指摘し、別の参加者も、確かに水に濡れたら錆びる、と同意した。福知山では2014年8月に豪雨による水害が起き、市街地が冠水し、多数の家屋が浸水の被害を被った。このあたりも浸水したはずと、指摘した参加者は言った。彼らが小学校に入学する前の出来事だろう。恥ずかしながら、筆者もその指摘があって初めて、福知山の水害のことを思いだした。全国各地で起こる自然災害は、地元の人にとっては暮らしに大きな影響を与える出来事だが、外の人にとっては、すぐに遠くの出来事になって忘れてしまう。2回目は地域住民のみの参加であり、またナビゲーターがこの発言を対話につなげられなかったのは残念であったが、年齢に関わらず、地域住民と一緒に作品を鑑賞することによって、作品から見えてくるものは変わるのではないかと感じさせる、印象的な発言であった。

この地域が実際に浸水したことをスマホで確認する中学生と大学生


これら二つの事例から、地域住民と来訪者が共に対話型鑑賞をすることは、より豊かな鑑賞をもたらす可能性があると感じた。

地域アートプロジェクトにおいて、来場者と地域住民との交流という場合、多くは来場者へのもてなし(商業的なもの含めて)といったホストの立場での交流がイメージされるだろう。しかし、対話型鑑賞プログラムは、作品の鑑賞を介して来場者と地域住民がフラットな立場で対話し、交流することを可能にする。今回、プログラムを実際にみた地域住民が、自らそれを交流の機会と捉えたことは、非常に大きな意味を持つと感じられた。

 

3. 次世代育成のための対話型鑑賞

地域アートプロジェクトは美術館やギャラリーなどといった、身近で芸術文化に触れられる場所や機会が限られている地域で開催されることが多い。観光集客や地域経済活性化などの副次的効用が注目されがちであるが、地域住民にとっての第一の効用は(当たり前すぎで見過ごされがちだが)身近な場所に芸術文化体験の機会が生まれることであろう。これは、特に活動範囲が限られている次世代の子ども・若者にとっては重要なことであり、今回の《おしゃべり鑑賞会》も、そういった状況を踏まえて中学生対象の回が設けられていた。もちろん、家族や友人などと来場し、自由に個人で鑑賞することもできるが、対話型鑑賞が豊かな鑑賞につながると感じられたことは、1で述べた通りである。


中学生の参加者の様子で、一般の参加者と大きく異なるようにみえたのは、作品をみることへの意欲であった。ナビゲーターは各回とも、ぜひ作品に近づいて見て欲しいと伝えたが、大人がなかなか距離を縮められない一方で、中学生は触れんばかりに作品に近づいてみていた。第1会場で、ある参加者が作品に「泣くおかみ」と名付けたが、それは頭像の頬にかすかな緑青色をした水滴跡を発見したからだと発言した。アンケートには「芸術のことを少しでも知れて楽しかった」というコメントもあった。鑑賞の機会そのものを求めているのだろうと感じた。

見ることへの意欲


また、2の中で、中学生の参加者が福知山の水害の歴史に言及したことに触れたが、地域住民が地域に密接に関わる作品を鑑賞する際には、自らの生活の経験や知識を生かし、独自の視点で鑑賞を深めていける可能性もある。特に鑑賞に際して参照しうる体験がまだ少ない子どもや若者にとっては、作品と自分との接点を見出しやすいとも言える。

対話型鑑賞そのものだけではなく、芸術文化に携わる人との出会いにも喜びを感じている様子がみえた。アンケートには「人としゃべりながらの鑑賞は(中略)芸術に興味がある人と話すと、とても楽しく感じました」というコメントがあり、また帰り際にも運営スタッフなどに「また、ここに来て欲しい」と口にしていた。

芸術文化人材との交流


今回参加した中学生たちは、所属する美術部の先生から《おしゃべり鑑賞会》を紹介され参加したとのことであった。こういった機会を中学生自身がみつけることは容易ではない。今回の参加者は美術に特別な関心を持った中学生であったが、対話型鑑賞がもたらすものは美術教育に止まらない。アンケートでも参加者自身が「いろいろな意見を聞き、自分の意見を言って考える範囲が広がったのでよかった」と述べていたように、コミュニケーション教育としての効用もある。期間限定で行われる芸術祭を、貴重な教育資源として活用することはもっと検討されてもいいのではないか。

最後に、芸術文化を学ぶ大学生が同じ市・県内で開催される芸術祭の対話型鑑賞プログラムの運営に関わることは、地域のアートを支える次世代育成として価値があるのではないかと付け加えたい。参加者と同様、作品の鑑賞を通して、地域の理解を深めることにつながるし、地域住民との交流も生まれる。これらのことは、彼らが大学を卒業したあとの活動に良い影響を与えることは想像に難くなく、その地域で活動をするきっかけにもなりうると感じた。

アートを支える次世代

 

4. 終わりに

以上、あくまで筆者の視点からの考察である。

地域アートプロジェクトにおいて対話型鑑賞プログラムを実施することに、様々な可能性があるということが感じられたのはここまで述べた通りである。しかし、その実施においては対話型鑑賞プログラムの効用を十分に引き出せるナビゲーターの存在は欠かせない。例えば、今回のプログラムにおいても、ナビゲーターが十分に対話を展開できていないように感じられる場面もいくつかあった。また、地域に密接に関わる作品を扱うからこそ、ナビゲーターの言葉の選択については配慮が欲しいというアンケートでの指摘もみられた。今後、対話型鑑賞の理論をしっかり学び、実践を重ねることでスキルを磨いたナビゲーターが、日本各地に増えていくことが、重要な前提になると思われる。

芸術文化体験において、鑑賞という参加の形は、最も多数の人に開かれた行為である。地域アートプロジェクトには地域住民、アーティスト、来場者、芸術文化関係者など様々な立場の人々が関わる。地域アートプロジェクトが公共財であるならば、多様な人が対等な立場でその効用を享受できる鑑賞という行為はもっと重要視されていい。さらに、その鑑賞をより豊かなものにするものとして、また、それ以外の多くの効用をもたらすものとして、地域アートプロジェクトにおいて対話型鑑賞を活用することは、もっと積極的に検討されてもいいのではないだろうか。

 

 

 

ライター:宮浦宜子(堺アーツカウンシル プログラム・オフィサー)
これまでNPO、アートセンター、美術館などにて、教育現場でのワークショップや、地域コミュニティでのプロジェクト、アーティスト・イン・レジデンス運営、美術鑑賞プログラム実施などのアートマネジメント業務に携わる。特定非営利活動法人芸術家と子どもたち理事。現在は食の領域でワークショップや執筆活動なども行う。

 

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