映画「線は、僕を描く」とのコラボイベントが開催
2022年4月、本学通信教育部に「書と水墨画を完全オンラインで学ぶ」ことができる書画コースが設立されました。書と水墨画を同時に学び、4年制大学の卒業資格が取得できるコースの設立は日本で初めてのこと。書と水墨画、それぞれの専門家が出演する動画教材を用いて、技法の習得のみならず、その背後にある理論や知識を初学者でも体系的に学ぶことができるコースです。
そんな画期的なコースの設立から約半年後、10月21日に水墨画をテーマにした映画「線は、僕を描く」が公開されました。水墨画と出会ったひとりの青年・青山霜介(横浜流星)が、水墨画を学ぶことで自身の過去と向き合い、成長していく様子が描かれた青春物語です。
水墨画を青春物語に仕立てるというユニークな世界観の作者は、自身も水墨画家として活躍する砥上裕將(とがみ・ひろまさ)。砥上による同名小説をもとに、青春映画の金字塔「ちはやふる」(2018年)を監督した小泉徳宏(こいずみ・のりひろ)が実写映画化しました。
この物語の大きな魅力は、水墨画を追究する登場人物たちの人間ドラマです。主人公の霜介をはじめ、水墨画の巨匠・篠田湖山(三浦友和)や、その孫で霜介の先輩/ライバルでもある篠田千瑛(清原果耶)など、個性豊かな登場人物がそれぞれの表現を追究しています。
映画化にあたって監督がこだわったのは、リアリティのある水墨画の映像描写でした。そこで水墨画監修として、日本を代表する水墨画家の小林東雲(こばやし・とううん)先生が映画製作に携わることになりました。
そしてこのたび、映画の公開を記念して、映画「線は、僕を描く」と書画コースのコラボレーションイベントが開催されました。東雲先生をゲストにお迎えし、書画コースの塩見貴彦准教授が、水墨画監修の裏側や水墨画の魅力などについてお話を伺いました。
線がつくり上げる自分
まずトークの冒頭で、塩見先生から映画「線は、僕を描く」の感想が話されました。
塩見:この映画では、水墨画の魅力が美しい映像で存分に伝えられているなと思いました。とくに「線」に向き合う作業を通じて「自分をどのように見つめるか?」ということを改めて考えさせられましたね。
それに対して東雲先生は、初めて原作小説を読んだときのことを振り返ります。
東雲:最初は人に勧められて原作を読んで、とても感銘を受けました。作者の砥上先生が水墨を描かれていることも気になり、SNSでご本人が見つかったことから直接のやり取りが始まりました。その後に映画化の話が出てきて、砥上先生が、監修に私を推薦してくれたとスタッフから聞きました。
ともに実践者であるふたりから見て、物語の魅力はそのタイトルによく表れているそうです。
塩見:ぼくはこのタイトルがいいなと思いました。普通の感覚だと「僕は、線を描く」になりますが、そうではなく、わざわざ「線は、僕を描く」としている。これは水墨画における線の大切さ、そして「自分」が線にいかに投影されるかを伝えるタイトルだなと思ったんです。
東雲:私の実感に即しても「線から自分がつくられる」感覚はたしかにあります。まず、線を引くことは誰にとっても「怖い」ことです。真っ白な紙に下書きもなく、消すことができない墨線を引くわけですから。その怖さを乗り越えることが創造であり、そうして生まれた一筆の線が心を鍛えてくれて、その結果「自分」がつくり上げられていくのです。
実技指導における「上達」への葛藤
続いて、東雲先生から出演者への実技指導にまつわるエピソードが紹介されました。
東雲:きちんと水墨画を指導しようとしたら何年もかかってしまいます。ですが当然、今回はそんなに長時間をかけて指導することはできなかったので、普通の指導とは異なるやり方で臨みました。
意識したのは、映画を見る人が水墨画の美しさを感じ取れることです。水墨画には墨の濃淡や滲みなどで人の心が動かされるところがあります。その美しさを映像で捉えるために、墨本来の色合いを美しく引き出せるようにピンポイントで練習に取り組んでいただきました。
塩見:実際に指導にあたられた中で感じたことはありますか?
東雲:主人公・霜介役の横浜流星さんの線は「ガツン」という感じがしました。役柄としては繊細で喪失感が漂う青年ですが、役者としての横浜さん本来の線はとても力強いものだったんです。
とても勉強熱心な方だったので、決して器用なタイプではないけど「うまくなる人だな」と思いました。ですから問題になるのは、むしろうまくなり過ぎること。初心者のフリができなくなるかもしれないからです。
水墨画は一度うまくなってしまうと下手に振る舞うのが難しいんです。「その人そのまま」が線に出てしまうので、練習しすぎると初心者に戻ってこれなくなってしまう。それならば、初心者のフリをできるレベルにまで上達するかどうしようかと思い、横浜さんはその期待にしっかりと応えてくれました。
「線を消せない」からこその水墨画の醍醐味
水墨画の上達のためには、決して「失敗」を避けようとしてはいけないと東雲先生はお話しされました。
東雲:「文房四宝(ぶんぼうしほう)」という古い言葉があります。筆、墨、硯、紙の4種の文房具を指す言葉ですが、水墨画の特徴はこの4種の組み合わせに集約されています。初めて水墨画に取り組む人は、墨線を取り消すことができないことに恐怖を感じるかもしれません。でも考えてみてほしいのは、それは現実の物事と同じだということです。
現実世界でも基本的に失敗は許されませんが、私たちはいかんともしがたく失敗してしまいます。そして水墨画では、その性質が現実よりもずっと顕著なんです。
水墨画を描く上では、自分の思い通りにいくことなんてほとんどありません。けれど一生懸命引いた線は、たとえ失敗しても「あの線があってよかった」とあとから思えるところがあるんです。
後戻りできない、取り消せないけれど、自分を信じて引いた線は必ずあとから味わいとして活きてくる。初めて水墨画に取り組む人は、まずは失敗を恐れずに描くのが一番だと思います。
塩見:映画の中で「できるかできないかでなく、やるかやらないかだ」という台詞がありました。白い紙が怖くても、前に進めば新しい世界が開けたり、新しい自分が見えたりすることがある。水墨画の場合、恐らく線を消せると面白くなくて、むしろ一度引いた線を消せないからこそ面白いのかもしれませんね。
人類共通の絵画としての墨絵
最後に東雲先生から、水墨画の普遍的な魅力についてお話しいただきました。
東雲:私が世界中の人に水墨画を見てもらう中で、どんなに人種や文化が違っても水墨画には共通してみんなが感動できる部分があるような気がしたんです。
それが何かと考えたとき、思い浮かんだのは古代の洞窟壁画でした。実はアルタミラなどの洞窟壁画は墨で描かれていると言われています。正確にいえば、焚火の炭粉を獣脂や唾液で練ったものなどですね。
そうしたものが一方では中国で水墨画として発展し、他方ではヨーロッパで木炭画として発展したのではないかと。でもそれらの源流には墨絵があったんです。
興味深いのは、4万年前に出てきた最初期の洞窟壁画は着色されていたんですが、2万年前くらいからモノクロの壁画が登場していることです。つまり人類が創造性を膨らませていく過程で色が消えているということになります。
頭の中で色を感じられるようになった先に水墨画の世界が広がっているということです。それはもしかすると人類共通の絵画かもしれない。そういう意味で、水墨画の可能性はとてつもなく大きいはずです。
以上、映画「線は、僕を描く」の感想から始まり、水墨画本来の魅力や水墨画のグローバルな可能性に至るまで、幅広いトークが行われました。ご興味をもたれた方は、ぜひ劇場に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
またこのたび、2022年11月12日(土)と13日(日)に書画コースの「秋のオンライン1日体験入学」が開催されます。書と水墨画をオンラインで学ぶことはどういうことなのか──体験入学では、墨竹から筆法と造形の基礎を学び、水墨画を描く楽しさを体験していただけます。
トークや映画を通して書や水墨画の世界が気になってきたという方は、ぜひこの機会にその魅力に触れてみてください。
秋のオンライン1日体験入学
京都芸術大学 通信教育部の「18の学び」を全国どこからでも、ご自宅で体験できるオンライン授業を開催! 本学に興味がある方、どんな先生がいるのか等、本学で学ぶ雰囲気を知りたい方におすすめです。
1961年東京に生まれる。幼少の頃より書家である母親に筆法を学ぶ。青年時知己を得て中国水墨画の技法に学び、北京故宮博物院の諸師と交流し、水墨に感銘を深める。
1987年、パリ「日本の美術展」会場にての障壁画揮毫を期に、中国、インドネシア、アメリカ等で障壁画揮毫を重ね、各国で高い評価を得る。その間内外の公募展で多数受賞、1992年には、天安門広場の中国歴史博物館に於いて、文化部主催による「中日友好20周年記念・小林東雲書画展」が開催された。その後、精神性の高い日本の伝統的水墨画に感じ、社寺障壁画を手掛ける。2014年、国指定重要文化財「大本山善導寺 上段の間」に水墨障壁画の依頼を受け落成。
2012年 文部科学大臣賞・2017年 内閣総理大臣賞受賞
現在、作品は内外の美術館、公共施設に収蔵されている他、NHK「日曜美術館」、テレビ東京「美の巨人たち」などテレビ出演も多い。また、「やさしい水墨画」 (主婦の友社)「水墨画へのいざない」(PHP)ほか多数の著作など、水墨の新しい表現の可能性を探りつつ、多彩な分野で精力的に活動し、水墨画の魅力を紹介、その普及につとめている。
号 良甫、洛北草堂主人。1999年二松学舎大学文学部中国文学科卒業。2000年中国政府奨学金を得て中国美術学院に留学。2008年同大学院中国画山水学科修士課程修了。2009年ASIA CREATIVE ART EXHIBITION 奨励賞(国立新美術館)。2011年第20回「都々良会」展 特別大賞(京都市美術館)。2018年第2回ASIAN ART BIENNIAL(香港)銅賞。
(文:藤生新)
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