REPORT2022.10.01
アートがつなげる新しい回路 ヤノベケンジとモフモフ・コレクティブ「瀬戸内国際芸術祭2022県内周遊事業 おいでまい祝祭2022」
- 京都芸術大学 広報課
金刀比羅宮に現れた巨大な狛犬と祝祭のまち
今年3月、ヤノベケンジ(美術工芸学科 教授)がSNSに投稿した動画が「サイバーな狛犬」として、40万回以上再生され、国内外の様々なメディアに転載されたことは記憶に新しい。清水寺の西門の前に展示された高さ約3mの2体の彫刻は、ヤノベの作品《KOMAINU-Guardian Beats-》(2019)だ。その巨大な狛犬が、「海の神様」として古くから信仰のあつい香川県仲多度郡琴平町にある金刀比羅宮に再び出現し、話題になっている。
実は、瀬戸内国際芸術祭2022県内周遊事業の一環である「おいでまい祝祭2022」のプログラムとして奉納展示されたものだ。「おいでまい祝祭」は2019年にも高松市内で開催され、今年は9月29日(木)から11月6日(日)まで、琴平エリア、高松空港エリアまで拡張して展開されている。なかでも、金刀比羅宮には、《KOMAINU》に加えて、表書院に《SHIP’S CAT》シリーズが設置されている。また、《KOMAINU》と《SHIP’S CAT》をあしらったラッピングバスが高松市内と琴平を往復し、門前町には幟が立っている。さらに、町内各地に、京都芸術大学に関連するアーティストの作品が展示されており、コラボレーションしたグッズの販売もされているのだ。
実は、それらは京都芸術大学の社会実装プロジェクトの一つである、共通造形工房ウルトラファクトリーの牽引するウルトラプロジェクトの一環でもある。ウルトラプロジェクトは、社会におけるアートの役割について実践を通して学ぶ教育プログラムである。例年春に説明会を催し、学科を超えて希望者を募る。幾つものプロジェクトのなか、今回参加している学生は、ヤノベのプロジェクトに応募してきた。1年生が多いが、続けて応募する学生もいる。実践的なプロジェクトに参加することによって短期間で造形技術やマネージメント能力が身につくからだ。今回は、「おいでまい祝祭2022」に向けて、《KOMAINU》の改修や、《SHIP’S CAT》シリーズの新作の制作に参加することで、他では得られない巨大彫刻をつくるノウハウの一部を習得している。
それだけではなく、地域にアートを実装することで、どのような化学反応があるかを、肌身を持って知ることになった。参加学生の一部は設営に参加し、地域の人々の生の声を聞くことができたからだ。展示をすることで、地域の人々や観光客が驚き、感動するのを間近で見るのは何よりも心に残る体験だろう。
金刀比羅宮も一体となって、町全体でアートイベントを開催するのは初めてのことらしく、多くの場所や人々の協力が得られたのも大きい。今回、ヤノベ は「モフモフ・コレクティブ」というアート・ユニットを組み、参加学生も「もふもふ」をテーマに制作したり、ポスターを描いて展示したりするなど、さまざまな形で芸術祭に関わり、町の活性化に貢献している。高松から琴平まで広がったのは、おいでまい祝祭でも初めてのことであり、画期的なことだといえるだろう。
コロナ後の初めての瀬戸内国際芸術祭と「おいでまい祝祭」
観光需要がピークであった前回とは違って、新型コロナウイルス感染症が流行によって、世界の情勢は大きく変わり、観光産業も大きな打撃を受けた。それを受けて、「おいでまい祝祭2022」は、“芸術が持つストレートな力で、人と人、心と心を繋げていくこと”が目標に、「心がつながる街ごとアート」というテーマが掲げられた。そしてヤノベは、瀬戸内国際芸術祭の夏・秋会期に合わせたメイン・アーティストとして招聘された。ヤノベはそれをウルトラプロジェクトに位置付け「モフモフ・コレクティブ」として参加することを決定した。コロナ禍の今、癒しと安らぎがもっとも必要だと感じたからだ。
「モフモフ・コレクティブ」とは、全身を毛だらけの柔らかな彫刻をつくる小西葵(大学院生)、有機的なボディに特徴的な顔を取り付けた山口京将(大学院生)からなるユニットで、名前のとおり「もふもふ」とした毛並みを持つ作品を制作することに特徴を持つ。「もふもふ」は、2000年代後半からネットを中心に使用され始めた擬態語で、「動物の毛などが豊かで、やわらかいさわり心地であるさま」(デジタル大辞泉)とされる。猫を例に出されることが多く、猫のさわり心地の良さと深い関係があるだろう。
小西や山口という新しい世代のアーティストが、極めて触感的な「もふもふ」と言われるような素材を使うことは現代的であるし、興味深い傾向だろう。木や鉄、ブロンズといった硬く伝統的な彫刻素材ではなく、ビニールや布、バルーンのよう柔らかい素材を使う彫刻は、ソフト・スカルプチュアと呼ばれている。毛並みの使用は、その延長にあるといえる。小西の場合、毛だらけの着ぐるみを着用することもある。その意味では、シャルル・フレジェの写真集『WILDER MAN』(青幻舎、2013年)で知られるようになった、ヨーロッパの古い祭りで、動物の毛皮や植物でできた装束を着用する姿を想起させられる。フレジェはその後、ナマハゲのような日本の祭りで神々に仮装する人々も撮影した。小西は、そのような動物を介して、自然や神々とつながる思想を受け継いでいるといえるかもしれない。
いっぽう山口は、蛍光色に似た毛だらけの奇妙な体に、リアルな顔を取り付けており、自然や野生というよりも、宇宙人のような印象を受ける。ただし、取り付けられた顔は、皺があり、性別が不明な熟年の人間であり、宇宙人が人間の仮面を被っているというような転倒がある。インパクトの強い顔に、変異的なボディ、蛍光色のような色彩によって、今までにない感情を喚起させられる。しかし、これはまさに、インターネットSNSの情報に覆われ、体をなくして、感情だけになった私たちの肖像のようにも思えてくる。
ヤノベは、小西や山口のような新しい感性に刺激を受け、柔らかな毛並みという猫の魅力を引き出す作品を、ウルトラプロジェクトの参加学生と協働して制作した。それが《SHIP’S CAT(Mofumofu22》(2022)だ。元となったのは、2022年3月に清水寺で発表した、ブランクーシの《眠れるミューズ》(1910-11)から着想した小作品《Sleeping Muse(SHIP'S CAT)》(2022)である。体を丸めて居眠りをする猫をモチーフにしており、大阪中之島美術館の《SHIP’S CAT(Muse)》(2021)と同じ朱色のスーツをまとっている。《SHIP’S CAT(Mofumofu22》は、それを巨大化し、スーツから毛並みのよい尻尾だけ出した作品である。スーツの後ろには、円窓が開けられ、ネズミが閉じ込められている様子が見える。ヤノベは、《SHIP’S CAT(Muse)》やコミュニティホテル&ホステルWeBase高松の屋上に設置された《SHIP’S CAT(Returns)》、室内に描かれた居眠り猫やネズミの物語を入れ込み、「もふもふ」といった新しい要素を加えて展開したといえるだろう。
ヤノベと小西、山口の作品は、「モフモフ・コレクティブ」として、高松丸亀町商店街にある丸亀町グリーンけやき広場で設置されたほか、WeBase高松の玄関やロビーやホール、高松空港などで展開された。また、小西や山口の作品が飾られたアーティストルームが設置されるなど、観光客をもてなすさまざまな仕掛けが施されている。同時に、ウルトラプロジェクトの参加学生による「モフモフ・コレクティブ」をモチーフにした数種類のオリジナルのポスターが展示されているのも目を引く。イラストレーションの上手い学生が多数参加しているのも特徴だろう。
さらに、美術工芸学科の卒業生・片倉恒が代表を務める瀬戸内で活動する現代アーティスト・アートマネージャーのネットワークである、瀬戸内アートコレクティブが、さまざまなアーティストを招聘して、街中でアートを展開している。国際的な料理人と地元の料理人、食材のコラボレーションも魅力的だ。
瀬戸内国際芸術祭から始まった高松との深い縁
実は、香川・高松や瀬戸内国際芸術祭とヤノベとの縁は深い。瀬戸内国際芸術祭は、2010年に「海の復権」をテーマに掲げ、直島を中心に、周辺の島々で開催されている広域の芸術祭で、世界的な評価も高い。ヤノベが瀬戸内国際芸術祭に参加したのは、第2回となる2013年のことで、小豆島の醤の郷+坂手港のエリアディレレクターとなった椿昇(美術工芸学科教授)を中心に、家成俊勝(空間演出デザイン学科教授)や服部滋樹(情報デザイン学科教授)、原田祐馬(当時空間演出デザイン学科教員)ら、数多くの京都芸術大学関係者が参加した。「醤の郷」とは、もともと醤油づくりが著名な場所で、小豆島町安田地区から坂手港へ向かう県道沿いの町並みにあたる。ヤノベは、多くの作品を出品し、芸術祭や地域に貢献している。
ヤノベは、ビートたけしと共作した全長9mに及ぶ巨大機械彫刻《アンガー・フロム・ザ・ボトム》(2013)を霊山である洞雲山の麓にある元醤油工場の古井戸の跡地に設置した。元々たけしが作ったイソップ物語の『金の斧』をパロディにしたコントから着想を得ており、かつて貴重な水資源であり、地域コミュニティに憩いの場であった井戸に入れたさまざまな産業廃棄物やゴミで埋められたことに怒った神様が化け物となって、水を吐きながら出てくるという社会風刺的な作品である。
香川県はもともと瀬戸内海気候で降雨量が少なく、水不足に苦しんでいたことから井戸が貴重な水源でもあった。その古井戸跡地に《アンガー・フロム・ザ・ボトム》を置くことで、小豆島の歴史を呼び起こす形となった。会期中に、神様の怒りを鎮める神事が行われ、水の神様となって鎮座することなる。ヤノベとたけしは作品を寄贈し、その後、地元有志によって、伸縮する作品に合わせて屋根が上下する、美井戸(ビート)神社というお社まで建立された。
いっぽう、巨大なミラーボールの上に龍が鎮座する彫刻《スター・アンガー》(2012)は、光を反射しながら回る作品で、坂手港の灯台跡に展示され、太陽光を反射して会期中は港の新たな目印となった。夜は、ライトアップして四方八方に反射した光が周囲を幻想的に変え、会期中は作品を取り囲んで盆踊りなどが行われた。こちらも小豆島町に買い取られ、恒久設置された。
また、神戸や高松と小豆島を結ぶ連絡船ジャンボフェリーの2隻の甲板には、ヤノベの作品キャラクター「トらやん」の胸像を巨大化した《ジャンボ・トらやん》(2013)をそれぞれ設置し、「希望の島」に導く案内役とした。その他にも、高速船《バルカソラーレ(太陽の船)》(2013)の外装のデザインも行っており、エリアを超えてヤノベの作品世界を展開した。
3年後の2016年には、高松市美術館で大規模個展「シネマタイズ」を開催する。「シネマタイズ」展では、特撮やアニメなど、ヤノベが強く影響を受けてきた映画や映画美術をヒントにして、物語性のある美術作品を現実の場所に設置することで、現実を映画のように変えてしまうヤノベの創作手法が開示された。さらに、作品が設置された展示室で実際の映画を撮影するという前代未聞の試みも行われた。そこでは「北白川派」としても知られている林海象が監督し、永瀬正敏を主演として制作されていた『BOLT』のもっとも緊迫したシーンが撮影された。自身の作品を織り交ぜたセットだけではなく、衣装や小道具などもすべてヤノベが制作し注目を浴びた。
コミュニティホテル&ホステルと旅の守り神《SHIP’S CAT》
その後も、ヤノベと高松の縁は続いていく。瀬戸内国際芸術祭の知名度も高まり、国際的なファンも増える中、外国人や若者を含む交流のためのコミュニティホテル&ホステルを展開しているWeBaseグループが、WeBase高松をオープンすることを計画する。実は、グループ第1号のWeBase博多で、ヤノベは地域やホステルのシンボルとなるようなパブリックアートを依頼され、ホテルの内外をつなぐ巨大な猫を提案する。それが近年、大阪中之島美術館の屋外にも展示されて話題となっている《SHIP’S CAT》シリーズの記念すべき第1作である。
「SHIP’S CAT」とは、大航海時代にネズミ退治のために船に乗せられ、一緒に世界中を旅した「船乗り猫」のことで、船員の友のようにも、長旅を癒すマスコットのような存在でもあった。あるいは、天候を予知することから、守り神のようにも扱われてきたため、若者たちの旅を応援したり、旅の安全を見守る存在として巨大な猫の彫刻作品を制作する。その後、旅の守り神、旅をしながら福を運ぶ猫と言ったキャッチフレーズの通り、福島、京都、パリ、上海、香川、広島、大阪など世界や日本各地で展示されることになった。それは最初にコラボレーションをした株式会社レーサム、WeBaseグループとの関係性が大きい。
WeBase高松は、もともとホテルであった場所を改修しているため、グループの中でも最大級の大きさになる。そのシンボルとしてヤノベは、「見返り猫」を屋上に置くことを提案した。ヤノベは、2013年以来、香川には何度も訪れ、さまざまな地元の人々に助けられている。その恩返しをしたいという思いがあった。もともと香川、四国は、真言宗を打ち立てた空海の足跡をたどる四国八十八ヶ所、お遍路の伝統があり、何度も訪れるという土地柄でもある。そのため、振り返る猫に、「恩返し」や「再来」「再訪」という意味を込めたのだ。ビルの屋上に設置された巨大な白い「見返り猫」は、非常にインパクトがあり、道路の対岸から初めて見ると、通行人はまさに見返すことになるだろう。それだけではなく、「SHIP’S CAT」のドローイングがホテルの看板など随所に使われている。ホールや部屋の壁面にもヤノベのドローイングが描かれており、クスッとしてしまう。例えば、部屋の壁面には、居眠りした猫と、それを見てにやけるネズミが描かれている。
2019年の瀬戸内国際芸術祭では、県内周遊事業の一環として、「おいでまい祝祭2019」が開催され、WeBase 高松と丸亀町商店街を中心に、県内の周遊、地域の交流や活性化が図られる。もともと、瀬戸内国際芸術祭は、四国と本州を結ぶ3つの連絡橋から、漏れ落ちた瀬戸内海の島々に残る自然や文化の魅力を再発見することが目的であったが、観光客の増加に比例して、香川県や四国全域に周遊してもらい、魅力を発見してもらいたいという機運が高まってきたといえるだろう。
その際、ヤノベは、丸亀町商店街の広場に、スーツにダイビングボンベを着けた《SHIP’S CAT(Diver)》(2019)を展示した。猫は本来、水があまり得意ではないが、ダイビングスーツを着て、水の中にまで旅人を案内してほしいという願いを込めたものだ。さらに、商店街と連携して、「SHIP’S CAT」をあしらったケーキなど、地元商店街を盛り上げるさまざまな企画に協力している。
海の神様、金刀比羅宮アートの交流を今につなぐ
そして今年、満を持して、金刀比羅宮の境内でヤノベの《KOMAINU-Guardian Beats-》(2019)と《SHIP’S CAT》シリーズが奉納展示されることになったのだ。金刀比羅宮の三穂津姫神社のお社の両脇には、左右で1対の《KOMAINU》が展示された。《KOMAINU》は、気候変動による自然災害や民族・国家間の分断や対立から世界を守るための守護獣として2019年に制作され、比叡山延暦寺のにない堂の前に奉納展示された。新型コロナウイルス感染症の流行が始まった翌2020年の春には、京都の街を見下ろす瓜生山の高台にある京都芸術大学の正門に、疫病の終息を願って再展示される。さらに2022年3月には、再び「新型コロナ」の終息と、新たにロシアによるウクライナ侵攻から始まった紛争終結を願って、清水寺に奉納展示された。そのように、《KOMAINU》は、各地の聖地、祈りの地に呼ばれるように、世界平和を願って展示されてきた歴史がある。そのような由緒正しい来歴を持つ作品だからこそ、金刀比羅宮での展示を許されたといってよいだろう。
今回の金刀比羅宮の奉納展示は、「新型コロナ」によって奪われてきた世界中の交通の自由や、ロシアによるウクライナ侵攻によって、上空の飛行が制限されたり、エネルギーや物価が高騰していることが収まることを願う奉納展示となった。御本宮は、琴平山(別名「象頭山」)の海抜251mに位置する中腹に鎮座しており、大国主神の和魂とされる大物主神が祀られている。農業・殖産・医薬・海上守護など広汎な神徳を持ち、本地垂迹説の影響を受け、「金毘羅大権現」としても崇敬されてきた。有名な石段を785段上っていく御本宮の横にある展望台からは、遠くに瀬戸大橋が見える。古代において琴平山は、瀬戸内海に浮かぶ島であったと想像されている。すなわち、瀬戸内海の島々の1つであったといえよう。
《KOMAINU》の展示された三穂津姫神社は、御本宮と渡り廊下で結ばれており、御本宮の主祭神である大物主神の后である三穂津姫が祀られている。両脇には、狛犬が鎮座しており、21世紀の狛犬ともいえる。《KOMAINU》は、その威徳がバージョンアップした形になった。金刀比羅宮の宮司、琴陵泰裕氏はレセプションの挨拶で、「写真で見たよりも迫力があって驚き、感激している。10月10日に金刀比羅宮でもっとも重要な御祭である例大祭が行われるが、今回の展示もその一環として受け止められるだろう」と述べた。
例大祭は、大神様が琴平山の麓の門前町に下りられる「お下がり」の日であり、御神輿渡御は、数百名が御本宮から町内の御神事場まで約2kmを練り歩くという。その由緒正しい神事の1つとして祈りが込められるのだから、威徳はさらに増すのではないか。金刀比羅宮は、江戸時代の庶民が代参(代理参拝)を犬に託したことでも知られており、「こんぴら狗」として称されていた。その意味では人々の願いを届ける新しい「こんぴら狗」になったともいえる。
さらに、金刀比羅宮の特徴として、歴史的に文化芸術に対する支援を行ってきたことも挙げられる。特に表書院には、京都画壇、円山派の始祖である円山応挙による障壁画が飾られていることで知られている。また、明治時代の歴史画家 邨田丹陵も二間の障壁画を担当している。さらに、奥書院上段の間には、伊藤若冲「百花図」が描かれている。金刀比羅宮は、明治時代初期、イギリスの画家、チャールズ・ワーグマンに洋画を習い、日本人洋画のパイオニアである高橋由一に資金援助するなど交流が深く、27点の作品を持っており、高橋由一館が独立して建てられ常設展示されていることも忘れてはいけない。
円山応挙の障壁画は重要文化財であるが、中でも「虎の間」はよく知られている。1787年、応挙55歳の作であるが、後に三井財閥となる、三井家の祖、三井八郎兵衛の寄進によるもので、金毘羅大権現別当金光院宥存の依頼によって描かれた。「覗きからくり箱」用の眼鏡絵を描いていた応挙は、西洋の透視図法、遠近法をある程度会得しており、その客観的、光学的な写生技術によって京都画壇に革新をもたらしている。そのため、観察を重視しており、描かれた虎も実際は、猫と輸入された毛皮から想像して描いたものだ。そのため、ヒョウ柄の虎が描かれたりしている。当時はまだ生きた虎を日本に持ち込んで見ることはできなかった。だから、虎の怖さよりも、猫の可愛さが滲み出ており、愛嬌がある。
今回、ヤノベは和紙作家の堀木エリ子との共作で、WeBase京都に展示していた、《SHIP’S CAT (Thinker)》(2018)、《SHIP’S CAT (Sleeper)》(2018)を「虎の間」に展示し、円山応挙とのコラボレーションを果たした。和紙の内部には、光が灯され、薄暗い障壁画の空間にほんのり浮かんでいる。また、そのサイズは、障壁画に描かれた虎と同じくらいの大きさであり、和紙でできていることもあって、まるで障壁画から飛び出してきたように感じる。それは応挙の克明で写実的な描写あってこそだといえよう。今回、そのような、金刀比羅宮と京都の芸術家との深い交流にも、新しい形でスポットが当てられたといえるだろう。
今回、金刀比羅宮の麓にある門前町でもさまざまなコラボレーションが行われている。「モフモフ・コレクティブ」の作品は、こんぴら温泉湯元八千代、琴平文具店、ヒトツブビーズ店、中野うどん学校、染匠吉野屋などで展示されているほか、トートバックやビーズ、オリジナルノート、ソフトクリームなどのオリジナル商品が展開される。こんぴら温泉湯元八千代には、ウルトラプロジェクトに参加した、高瀬優月(美術工芸学科)、JIAYI HUANG(美術工芸学科)」が、それぞれ「もふもふ」をテーマにした作品を展示している。さらに、瀬戸内アートコレクティブによって、琴平メタバースとして、琴平の仮想空間がつくられ、ゲーム内で観光できるほか、先着300名限定でNFTアートのプレゼントがもらえるというから、まさに想像と現実が交流しながら、広がっているといえるだろう。
極めつけは、琴平バス株式会社の企画による、日帰りバスツアーで瀬戸内国際芸術祭の秋会期(9/26~11/6)にあわせて、高松市内各所から日帰りバスツアーが毎日組まれており、バスには《KOMAINU》、《SHIP’S CAT (Thinker)》、《SHIP’S CAT (Sleeper)》がデザインされたラッピングバスに乗り込んで高松・琴平間を往復できる。
このような地域とアーティストの信頼関係は、アートの力で築かれてきたものであり、これもヤノベが2013年から10年かけて香川・高松の人々と作品制作を通して交流を続けてきたからだろう。その中に、琴平エリアが入ったという意義は大きい。そこには、円山応挙、高橋由一など先進的なアーティストを支援してきた歴史がある。そもそも金刀比羅宮は、日本古来から、瀬戸内海の海上交通を守り、空海をはじめとして大陸へとつながる文化交流を支えた神様でもある。ヤノベの作品やウルトラプロジェクトをきっかけとして、物事が開いていくまちの伝統が今につながり、コロナ後の世界に大きな道標になるだろう。
(取材・文)三木学
ウルトラプロジェクト「モフモフ・コレクティブ」参加学生
伊藤妃李、川本光七音、菅原菜都乃、高瀬優月、舘花美咲、龍田英明、津戸麻珠子、寺本桃衣、利倉杏奈、松森弘明、山田雄大、JIAYI HUANG
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