「大阪の北野病院がNICU(新生児集中治療室)とGCU(新生児治療回復室)をリノベーションするので、学生たちにアートをお願いしたい」。そんなお声をいただいたのは、前回の京都大学医学部附属病院での実績を知る職員の方からでした。すでに13年間つづくホスピタルアート “HAPii+プロジェクト” ですが、依頼があってこそ成り立つのがリアルワーク。「先輩たちの功績をしっかり次につなげるためにも」、そして「ここに命を預けるたくさんの赤ちゃんやご家族のためにも」。一年生を中心に学科をこえた30名の学生たちがメンバーとして名乗りをあげました。
NICUの施工は2021年末、GCUは本年3月から4月にかけて。施工が2期に分かれたのも、今回が初めてのことです。時間をかけたお付き合いで、クライアントである病院の方々とも打ち解けあい、コミュニケーションの大切さをかみしめた学生たち。その中から、統括リーダーの大見さんと副統括の橋爪さん、浅野さん、学生を補佐するLA役の秋山さん、山崎さん、佐藤さん、西川さんの7名に話を伺いました。
※本文では皆さんからのコメントをあわせて編集しています。
― 皆さんはなぜ、このプロジェクトに参加を?
このプロジェクトは、大学説明会で紹介されたりして、高校生の頃から興味を持っていた学生が多いんです。なかには、「ホスピタルアートがやりたくて入学した」という子も。メンバーの8割以上が一年生なので、実用的なリアルワークはほとんど未経験。それだけに、「実際に使うひとの気持ちになって制作する」高度な内容に惹かれながらも、いざ取り組んでみて、その難しさにみんなが悩まされました。
― 最初のプレゼンまでの過程は?
病院の方々が丁寧にヒアリングに答えてくださったので、それをもとに、まずは自分たちで「言葉を広げる」ことからスタート。ひとりひとりが言葉を出しあい、選ばれた3つのフレーズごとにグループを構成。3グループそれぞれに言葉をイメージ化したものを、3つの方向案としてプレゼンしました。熱心なゆえにアイデアが二転三転してしまったり、お互いに遠慮して意見をぶつけられなかったり…。さまざまな葛藤があったものの、それを乗り越えることで、みんなが成長できたと感じています。
― どの案が、選ばれたんですか?
「一瞬一瞬におめでとう」というテーマを、リボンや動物の親子で表現した案です。ヒアリングのなかで病院の先生が、「まずは “生まれてきてありがとう” を伝えたい」と話されていたことから発想しました。プレゼンを行ったのは、人生初の経験に緊張をかくせない一年生たち。けれど、この日までに何度も練習を重ねた成果を見せて、「自分たちのすべてを出しきった」案を熱弁。選ばれた者も、選ばれなかった者も、スッキリとした気持ちで実作業に向かいました。
― 実作業で気をつかったところは?
対価をいただくリアルワークである以上、最優先すべきは納品物のクオリティです。そこで施工段階では、デザイン系のチームや職人系のチームに分かれて作業を分担。美しく配置できる子、絵筆の扱いが上手な子、色づくりが得意な子など…それぞれの能力を発揮できるよう、統括メンバーで振り分けを決めました。最初はあいまいな判断でしたが、2度目のGCUではひとりひとりの得意不得意をしっかり把握。そのうえで「これ、お願いね」「OK」という “あ・うんの呼吸” で、共同作業をすすめられました。
― 施工が2回あったメリットは、大きい?
NICUを経てからのGCUは、プレゼンも作業もかなりスムーズでしたね。とくに2度目のプレゼンでは、学生たちが慣れてきたこともあり、自分から質問し、相手にも質問を促すなど、積極的にコミュニケーションをリード。作業中は、毎日見にきてくださる病院職員の方と、お互いのイラストを贈りあいっこするほど親しくなった学生もいて…。人としてのつながりが、どんどん深く、濃くなっていくのをうれしく感じました。
― いちばん印象に残ったことは?
最初のNICUを施工するとき、その「前室」と呼ばれる部屋のデザインについて、なかなかOKをいただけなかったんです。「再考してみます」と持ち帰ったものの、すでにひとり2〜3案、全員で100案近く考えてきただけに、なかなかアイデアが思い浮かばなくて…。ギリギリになって、他の空間とガラリと雰囲気を変えた “飛び道具的な” 案を出したら、なんとそれが即OKに。苦心しましたが、このあたりから病院側との距離がグッと近づいた気がします。
― 今回は、ツールも提案されたとか?
ヒアリングの時に、看護師さんから「お子さんの “はじめて” の姿を、見られなかったご家族に手づくりのカードで伝えている」と聞いて感動。「私たちのデザインで応援できたら」と、新しいフォーマットを提案しました。施工が終わっても一ヶ月以上、デザインチームが先方とのやりとりを重ね、7種のカードとハンコを完成。壁画と違い、手にとって使うツールだけに、ちゃんとお役に立てているか気になっていて…。ぜひ、皆さんの率直なご感想を知りたいです。
― ホスピタルアートと、他のプロジェクトとの違いは?
まだ、そんなに多くのプロジェクトに関わってはいませんが… ホスピタルアートは、これまでのどの案件よりも “ひとの気持ちに寄り添う” ことが求められる仕事だったと感じます。最終日、すべての施工が終わったGCUに保育器や小さなベッドが並んでいるのをみて、「ああ、ここに赤ちゃんがやってくるんだ」とあらためて実感。大切な場所で、ずっと残りつづける絵を描くことができてよかった、この仕事に関われてよかった、と胸が熱くなりました。
― 最後に、みなさんの心からの声を!
「プロジェクトでの出会いが、自分のなかの新しい力を引き出してくれることを発見。ここで得たものを、いろんな場所で発揮したいです!」。
「めいっぱい考えぬいた達成感の一方で、先方の気持ちに添いきれなかった反省も…。これからは、つねに相手のことを考えて制作したいです」。
「人前で話せない私が、統括メンバーに選ばれて最初はオロオロ。みんなに “失敗してもいい” と勇気づけられ、自信を持って意見できるようになりました」。
このリノベーションは、北野病院にとって12年ぶりのことだそうです。学生たちが描いた絵も、きっと長年、使いつづけてもらえることでしょう。
「“長く残る” のはプレッシャーにもなるけれど… 長い時を経て、何千、何万もの命に関われる場所に作品を描けるというのは、圧倒的にすごいこと。それが、ホスピタルアートなんです」と話すのは、担当教員の由井武人先生。いつか、皆さんやパートナーが子どもを持つ頃になったとき、自分たちが描いたものの役割を、その本当の重みを、あらためて実感するのかもしれません。
メンバーの皆さま、おつかれさまです。そして北野病院の皆さま、本当にありがとうございました。これからも時をかけて、新しい命を見守るアートを、どうぞよろしくお願いいたします。
以下、北野病院の《小児科医師/水本先生》《施設課/叶迫さま・福田さま》から、本プロジェクトについてのお言葉をいただきました。
「NICUは、生まれて間もない子どもをお母さんから引き離す場所でもあります。なかには救えなかった命もあり、学生の皆さんには控えめに絵を描いていただくことになりました。にもかかわらず、一つひとつ丁寧に描かれた動物たちは、スタッフ全員の愛する仲間に。めいめいにお気に入りの家族を眺めては楽しんでいます。もちろんご家族からも、“来るたびに発見がある” と嬉しい声が。
「前室」では、ずいぶん悩ませてしまいましたが、NICUで遠慮がちになった皆さんの心が、のびやかさを取り戻したような新鮮な案に、私たち全員が湧き立ちました。そんな過程を経て、回復期に移るGCUのプレゼンは、正直、“どの案でもおまかせします” と言いたくなるほど素敵でした。私たちの “回復おめでとう!” を言葉以上に伝えてくれる、しあわせな空間になりました。
また、新しい “はじめてカード” を渡したとき、それまで張り詰めていたお母さんが、パッと笑顔になったことも。…まだまだ、スタッフそれぞれに伝えたい気持ちがあるので、またコメントを集めてお届けしますね」。
お忙しい中、ご丁寧に対応いただき、たくさんの嬉しいお話を教えてくださった先生、職員の皆さま、あらためて感謝申し上げます。
(GCU完成写真撮影:大河原光)
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