REPORT2021.03.10

アート

闘う命と生きつづけるアート。― 京大病院ホスピタルアートプロジェクト

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  • 京都芸術大学 広報課

2021年1月23日、京都大学医学部附属病院に「こども医療センター」が開設されました。高度な医療を行うだけでなく、入院患者や家族のQOL(生活の質)にも配慮した2フロアのゆとりある病棟。そこに彩りを添えたのが、本学の学生たちによるホスピタルアートです。コロナ禍のためオンラインで始動した本プロジェクトは、学生どうしの話し合い、病院側へのヒアリングなど、さまざまなところで困難に直面。それらを一つひとつクリアすることで、無事に大作を納品できました。

本記事では、プロジェクトの舞台裏やリアルワークならではの体験について、リーダーの南野さんと副リーダーの秋山さん、学生を補佐するLA(ラーニング・アシスタント)役の楠本さん、久保さんの4名から話を伺いました。
※本文では皆さんからのコメントをあわせて編集しています。

 

― なぜ、このプロジェクトに参加を?

リアルワーク、つまり実際の仕事として、「クライアントに納得いただけるものを納品する」という経験をしたかったんです。自分たちの手がけるものが、どこまで実社会で通用するのか知りたくて。ほかにも、大人数での作業が好きとか、社会貢献とか、学生一人ひとりに自分なりの理由があったと思います。なにしろ、コロナ禍にもかかわらず定員をはるかに上回る応募があって、やむをえず36名に絞られたそうなので。


― オンラインでのやりづらさは?

それはもう。まずは12年間つづいたプロジェクトの歴史を教わり、各自で「小児科病棟」や「ホスピタルアート」について独自にリサーチ。その後、グループにわかれて意見を出しあうんですけど、オンラインだと発言しづらくて。1年生なんて、まだ通学していない子もいたり。全員がギクシャクしていましたね。

しかも今回は、アートを描く施設そのものが建設中で、前半は下見のチャンスなし。正直にいうと、初回の提案と中間プレゼンは、思いきり「空振り」した感じでした。私たちの出した案と、先方が期待されていたものが、「うわー、すれ違っているなぁ」と。

 

― その原因は、なんでしょうね?

実力不足もありますが、やはり、コミュニケーション不足は大きいです。例年どおりなら、まずは現場視察をして、医師や看護師の方々から施設の使い方や利用シーンを教わっていたはず。それが今回のように、ネットで得る情報や工事の図面だけでは、どうしてもリアルな感覚をつかめなくて。初回の提案は「病院を明るく楽しく」という気持ちが先走って、華やかな案に偏ってしまいました。

けれど先方から、「入院するこどもにとっては “生活の場” だから」と指摘を受けて、「その通りだな」と。反省した結果、中間プレゼンでは逆に「おとなしくなりすぎ」という声が。相手の想いをくみとる難しさと、大切さを実感しました。

Zoomによるミーティングの様子。
中間プレゼン時のデザイン案1
中間プレゼン時のデザイン案2

 

― 巻き返しは、どのあたりから?

ちょうど中間プレゼン前後から、学生どうしがキャンパスで会えるようになったんです。ずっと画面に隔てられていたチームメイトと、まさに感動の対面。そこからコミュニケーションも活発になり、アイデア出しやデザイン化の熱量が飛躍的にアップしましたね。

最終プレゼンでは、あえて方向性の違う3案を出したところ、なんと3案とも別の場所で採用していただけました。すごく驚いたし、嬉しかったですね。プレゼン案を見られた先方が、これまでとは「別人?」と思うほど、盛り上がってくださって。

 

― 大逆転ですね! 評価を得た理由は?

それまでのご指摘をふまえつつ、消極的にならず前向きにアイデアを表現したからでしょうか。先輩LAのアドバイスで、提案物のクオリティやプレゼンでの話し方を磨いたことも、大きかったと思います。当時はそんな感慨にふける間もなく、すぐ実作業の準備に突入。2フロアという広さに3案を展開することになり、デザインを詰めるだけでも大変でしたが、一つひとつのモチーフを丁寧にブラッシュアップしました。

本プレゼン時のデザイン案1
本プレゼン時のデザイン案2

 

― 実作業での苦労や、こだわった点は?

範囲が広い、(工事中で)下見できない、(コロナ対策で)人手が少ない。とにかく課題だらけでしたが、施設の模型をつくってイメージをつかんだり、作業を引き継ぎやすくしたり、工夫はしても妥協はしないよう努めました。とくにこだわったのは、強すぎず薄すぎない「色合い」。めざす色になるよう、本番と同じ壁紙で何度もテストを繰り返し、現場でも納期ギリギリまで塗料の配合を調整。大学でつくる課題とは違って、何十年も使われるものなので、耐久性やメンテナンスしやすさも念入りに検証しました。

 

― 全体を通して、とくに印象的だったことは?

なによりも、先方との関係性ですね。オンラインだったこともあり、最初はよそよそしい印象だったのが、途中から、どんどん歩み寄ってくださるように。でもそれって、私たちの方が考えや表現を深め、全力で応えようとしたからなんでしょうね。熱意が、熱意を生む。クライアントと作業を重ねることが、こんなにも自分たちを成長させてくれるなんて、驚きでした。

 

― ホスピタルアートについての理解は?

たとえば、白い鳥や空に飛んでいく姿は「天国」を連想するから避けて、と病院側から細かな配慮が。あと、「絵しりとり」を処置室の天井に描いたのも、「じっと台の上で処置を受ける子たちのために」という先方からのアイデアです。作業の終わり頃にようすを見に来られた先生には、「こどもたちが動物に会えるのを楽しみにしていますよ」と声をかけられ、心が温かくなりました。ホスピタルアートって、ひとの優しさなんですよね。だからこそ、これからもより多くの場所に広がってほしいです。

処置室…「あそび」がテーマ。「電車ごっこ」「絵しりとり」など、こどもたちが大好きな遊びを表現。

 

― 最後に、みなさんの心からの声を!

「終わった…。終わらないかも、できないかも、と最後まで不安だったけど、実際に長く使われるものを納品できて、大きな勇気をもらえました。得意や不得意をフォローしあって、みんなでやりとげたことも」

「LAからもひとこと。みんなの成長を見届けることができて、制作とは別の達成感を得られました。あと何回も参加できる1年生がうらやましい!」

「私たちが、ひとつだけ心残りなのは、使われている現場を見られないこと。こどもたちは喜んでくれているかな。家族の方々はどう思っただろう。そして、こども医療センターのご担当者の目に、私たちはどんな風に映っていたのか(とくに中間プレゼンまで)。こわいけれど、ぜひ本当のところを聞いてみたいです」

 

4階/外科系…「えん」というテーマ。花や草木のリース、動物たちが、円をモチーフとしたラインでつながる。

 

5階/内科系…「ピース」をテーマに、花や草木がおたがいを仲良くうけとめ、いろいろな動物をかたちづくる。

 

実作業が行われたのは、2020年末から2021年始めにかけての延べ20日間。感染症対策として、一般来院者との動線をわけ、参加者全員が外食禁止などの「行動規制」を遵守しました。せっかくの年末年始なのに…と思いきや、「何をしていてもプロジェクトのことが頭を離れなかったので、平気でした」と頭の下がる返答が。そんな努力の結果、こども医療センターの皆さまから、「こどもたちが絵や動物からパワーをもらい、その生き生きとした姿を見て、私たちもパワーをもらっている」と、嬉しいお言葉をいただきました(後ほどご紹介)。

また、取材を受けた皆さんが気にしていた前半戦については、「最初の熱意は自分たちの作品に向けられていたけれど、後半は、病院や子どもたちへの熱意を感じられた」とのことでした。

プロジェクトスタッフの皆さん、おつかれさまです。そしてこども医療センターの皆さま、本当にありがとうございました。これからも病と闘う子どもたちの命と生きつづけるアートを、どうぞよろしくお願いいたします。

 

以下、こども医療センターの皆さまからのお声の一部を紹介させていただきます。


「打ち合わせを重ねるたびにブラッシュアップされて、最後は見違えるような提案に。どの案も捨てがたくて採用したけれど、働く人がフロアを行き来するたびに違う雰囲気を楽しめて、大正解でした」 小児科の先生より

「いつも見るたびに新しい発見が。処置室でもこどもたちの気を引けて、とても助かっています」 小児科の先生より

「対面以上に画面で本音のやりとりができて、嬉しかった」 小児科の先生より

「こどもたちが場になじんで、はしゃぐ姿が、家庭にいるときのようでうれしい」 看護師の方より

「処置室を嫌がっていた子も“動物がおる!”“しりとりや”と喜び、遊びの空間と思ってくれた」 CLS(チャイルドライフスペシャリスト)の方より

「しんどいリハビリ中の子が、“今日はあのトリさんまで歩く”とがんばっていた」 保育士の方より

「検査で食べられない子が、廊下を歩いて“ゾウさんにリンゴもらった”と空想して笑顔に」 保育士の方より

 

日常業務でお忙しい中、学生たちの希望に応えて、取材にご協力くださった皆さまに、あらためて感謝を申し上げます。ありがとうございました。

(集合写真および完成写真撮影:大河原光)

 

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