REPORT2022.05.25

アート染織

西陣織の老舗「細尾」の帯図案をAIで学習、着彩。― 「MILESTONES -余白の図案」

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  • 京都芸術大学 広報課

京都市左京区岡崎の京都伝統産業ミュージアムにて、「MILESTONES -余白の図案」が開かれています。西陣織の老舗「細尾」に残された未着彩の「図案」約2万点がもつ “余白” に着目した展覧会で、堂園翔矢氏(コンピュテーショナル・デザイナー/ プログラマー)がAIの機械学習によって生成した新たな図案を、クリエイティブ・ユニットSPREADが独自の解釈で着彩し、インスタレーションとして展示しています。

 

株式会社細尾は、2014年から本学にて毎年ウルトラプロジェクト「MILESTONES」を実施。所蔵する昭和時代の手書きの帯図案をデジタルアーカイブ化して後世に残すとともに、学生のダイナミックな感性で、図案を新しいデザインに展開することを目指しています。プロジェクト名「MILESTONES」というだけあって、無闇矢鱈にデジタル化や商品開発を進めるのではなく、マイルストーンを置き、それを一つひとつ着実にクリアしていくような形で進められています。

西陣織の源流は、約1200年前に遡ることができます。現在、そのマーケットは最盛期の10分の1にまで縮小していると言いますが、細尾はいち早く海外に進出し、ディオールやシャネル、エルメス、カルティエなどのハイブランドとコラボレーションしている先進的な企業。プロジェクトでも過去には、学生がアーカイブをした帯図案をもとにイタリアブランド「FURLA」とのコラボ商品が誕生するなど、伝統の核を残しつつ今に活かす取り組みを行っています。

プロジェクトを担当いただいている「細尾」12代目経営者の細尾真孝氏は「ただアーカイブするのではなく、それを後世に残していく、つまり未来につないでいくということ。そして、本来は帯を作るための図案なのですが、それを帯以外のさまざまな形で社会に実装できないか試みているプロジェクトです」。

FURLA FW19 JAPAN EXCLUSIVE COLLECTION 商品ラインナップ

 

 

図案のデジタライズと分析 「MILESTONES」プロジェクト

開催中の「MILESTONES -余白の図案」では、大きく3種類の展示があります。

一つ目は、約2万点の図案のうち「7つの大分類」を網羅した40点の図案の原本や、「MILESTONES」プロジェクトの取り組みを映像で紹介する展示です。


プロジェクトに参加した学生に伺ったところ、図案のアーカイブ作業では、AIとの差別化を行うため、人間にしか判断できない「人間の視点」を分類の軸にしようと考えたのだと言います。

「まずは1万点以上ある図案をすべて名刺ほどのサイズに印刷し、並べてみることにしました。そしてランダムに選んだ100枚を平面上に『写実とデフォルメ』『季節感』の2軸でマッピングしてみたんです。しかし、平面上だと季節の円環の表現ができません。そこで立体的に分布できる AdobeAR というソフトを使って、空間上に3軸でマッピングを行ったところ、図案の分類を多視点から捉えることができるようになりました」。

2軸でのマッピング。
AdobeARによる3軸でのマッピング。

 

「季節感を分類するにあたって、人間的な視点を感じるのは『菊』と『蝶』がいい例です。『菊』はもともと秋を象徴する花で、不老不死や邪気払いなどの意味合いが込められている模様の一種です。一方の『蝶』は、華やかな見た目のため、着物によく使用されていて、春を象徴する文様だと認識されています」。

AIとは異なる「人間の視点」を特に感じたのは、『写実とデフォルメ』の分類で浮かび上がってきた、例えば「向かい蝶紋」のようなデフォルメ化の強い文様だったと言います。

「円の中に2種類の少し形の変わった蝶が描かれた『向かい蝶紋』というものがあります。あまりにもデフォルメ化が強かったためか、人間は蝶と認識することが可能でも、AIは蝶として認識できない可能性があります。
ほかには『曼荼羅や家紋』。西陣ではよく使われている実在しない植物文様で、なんとなく植物っぽいということは人間でも判断ができますが、具体的な植物の種類まではわからない文様です。AIの図案生成の結果を観察すると『曼荼羅や家紋』は、細かいただの植物のようなものと認識される可能性が感じられました」。

「向かい蝶紋」
「曼荼羅」

 

 

AIによる図案の学習と生成
堂園翔矢(コンピュテーショナル・デザイナー/プログラマー)

もうひとつの展示は、AIを用いた創造性の拡張を目指し、膨大なデータをディープラーニングによるデジタル・アーカイブの活用方法を模索したもの。AIによって図案を分類し、マッピングした「分析マップ」の映像や、新たに生成した図案を4つのモニタで展示(次々とうごめくかのように新たな図案が映し出される)しています。

約14,000点の図案データをGAN(敵対性生成ネットワーク)と呼ばれる手法で学習し、実在しない新たな図案を生成。元の図案と新しく生成された画像を常に「比較し、競わせる」ことで元の特徴に近づきながらも、実存しない図案を作り出しています。AIを用いることで、歴史的な体系とは異なる新しい図案が生まれてきたのだそう。そしてそれをクリエイティヴ・ユニットSPREADが解釈し、着彩しました。

3D空間に各図案がマッピングされている「分析マップ」。
機械学習により新たに生成された図案。

 

 

AIによって生成された図案への着彩
SPREAD(クリエイティブ・ユニット)

会場の床一面には、AIによって生成された図案をクリエイティブ・ユニットSPREADが独自の解釈で着色し、方眼に当て込むことでピクセル化したインスタレーションが広がります。


織物は経糸と緯糸が交差することで成り立っており、いわば「二進法」で記述が可能なデジタルなもの。織物の制作工程には、方眼紙のマス目に色を置いていく「紋意匠図」という作業や、「把釣(はつり)」と呼ばれる、曲線を方眼のマス目へと置き換える工程があるのだそう。SPREADによる着彩とピクセル化には、このような織物制作の工程に特有の方眼への変換を想起させます。また、あえて方眼に歪みや不規則性を与えることで、手書きの図案のような一種の偶発的なバグを意匠性として表現しています。

 

 

伝統を今に活かす、未来へつなぐ

西陣織は約20もの工程があるそうですが、その最初が「図案」の作成。図案は下書きにあたるもので、それは図案家が後世のクリエイションのために残した「余白」です。


未着色の図案に、その時代の色を載せることで、時代ごとに図案が蘇ってくるのだと言います。今回の展覧会について細尾真孝氏は「今を生きる私たちがデザインの可能性を再考するための一つの道標となるでしょう」と語ります。

「今回、この図案の膨大なアーカイブやAIでのラーニングをするなかで、人間が分類するものと機械が見分けるものとの違いについて、興味深い考察がさまざまありました。人は『余白』をどう見るのか、機械はそれをどう見て、どう学習してアウトプットするのか。
『未完の図案』をわざと残して後世に残していく。この『余白』というものは何なんだろうなと。そこは自分の中での問いでもあり、展覧会を通して、自分自身も何か探していきたいなと。そう考えています」。

人間とAIの視点との差異を浮き彫りにした「MILESTONES」プロジェクトの展示、AIによって生成された図案を人が独自の解釈で着色した展示など、いずれもAIを人間の作業と置き換えてしまうという趣旨ではなく、人間の創造性をさらに活かすため、あくまで「共創」することを意図していたものでした。AIという新たなテクノロジーを取り入れることで、伝統を今に活かす、未来へつないでいくことを模索する展覧会となっています。

特別企画展「MILESTONES - 余白の図案」

期間 2022年4月23日~7月18日
*休館日 4月25日、5月30日、6月27日
時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
会場 京都伝統産業ミュージアム 企画展示室
料金 一般当日 800円(18歳以下無料)
前売・学生・各種割引 500円
主催 株式会社 京都産業振興センター
共催 京都市
協力 株式会社細尾、京都芸術大学

https://kmtc.jp/special/2022/03/28/5523/

 

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