「既存の道具の役割を見直し、これからの社会を良くするために芸術やデザインをどのように実装するのか」。そんな問いをもとに、プロダクトデザイン学科の大江孝明 准教授と有志の学生が「同時代ギャラリー」にて、2022年3月8日(火)から20日(日)まで二つの探求成果展を同時開催しました。
「箱と人との新しい関係」展
大江先生が取り組む研究の一つを学生たちに受け継いでいく場として始めた勉強会「道具と人との新しい関係」。大江先生によると、プロダクトデザインの場では、便利・快適・経済性といった観点がデザインの主題に置かれがちだそうですが、「道具と人との新しい関係」展では、そういった観点から一度離れ、道具と私たちの間にある関係性を再定義する思考を養うことを目的としています。
“道具と私たちの間にある関係性の再定義”というと少し難しく感じるかもしれませんが、例えば、カレンダーや時計を思い浮かべてください。カレンダーや時計は、スマートフォンに機能として取り込まれ存在意義が失われつつありますが、道具としての価値をあらためて問われることもなく、今も変わらず同じ関係性を人と結んでいます。
社会の在り方や人々の生活が変わる中で、道具の役割もまた時代につれて変遷するものですが、そうした道具も人との新しい関係性を探り、役割を再定義することで、暮らしの中にある道具の豊かさに気づくことができます。
今年度で早5年目を迎えた同展。今では勉強会を昇華し、授業として開講しています。テーマは服のボタン、時計、壁、カレンダーと続き、今年度は「箱」に取り組みました。
「箱」は、ある空間を区切ることで新たな空間を生むもっとも簡単な形と定義できます。パッケージはもちろん、家や部屋、収納道具は大体箱型で、「箱」を活かした道具は数知れません。日常生活ではあまり意識されない「箱」ですが、暮らしの中で必需品として存在していることは言うまでもありません。そうした道具としての「箱」と人との新しい関係性を探求したデザインの成果を発表します。
授業では各々が試作した「箱」を定期的に共有し、ブラッシュアップを行いました。実はこの授業では、教員も学生と同じ課題に取り組みます。試作発表の場では、大江先生の検討の痕跡を見ることができ、学びに繋がったと学生は言います。
「とにかく手を動かして、形になったものから関係性を見出そうと思って取り組んでいましたが、大江先生の作り方はまったく逆で、自分が面白いと思った関係性からデザインされていました。確かにそのプロセスの方がアイデアも出るし、モチベーションも違う。そのプロセスを盗んでからは、制作する時間も楽しかったし、今の成果物にもつながりました」。教員が学生と同じように取り組むことで、教員の研究方法を学生が間近で体験、吸収でき、実践的な教育効果を生んでいます。
また、学生はこの授業を受講して、もっと自分の作品に自信を持っていいんだと感じたと言います。「自分の実験結果を発表するとき、おそるおそる話す学生が多いのですが、大江先生は自分の作品をめっちゃ面白そうに提案するんです!そんな先生の様子を見ていると、自分の実験や作品に自信を持つことが大事だなと思いました」。そうした学びもあってか、展示会場では来場客に対して、積極的に自分の言葉で自分の作品を説明する学生の姿が見られました。
<参加学生> ※敬称略
東実祝、中西颯生、山田菜那、湯田安樹、辻山紬木、中丸敬太、西村悠、宮本睦己、山本翔太、山本晟太、宇野淑乃、塚本安紀、濱口夏実
「実験と探求 -紙と時計-」展
新しい答え、そして自分にしか出せない答えを見つけて行くために欠かせないのが、探求の姿勢。そして探求する上で最も大切なことは、実験です。それは、成功しても失敗しても価値が生まれる行動です。大切なのは結果の積み重ねをどう生かすのか、ということ。
学生にこの「実験と探求」の大切さと面白さを体験してもらうため、大江先生が勉強会を開催。授業とは別で実施し、参加を希望する学生から選抜しました。「卒業制作の事前準備のため」「前例のない挑戦に興味があった」など学生の動機はさまざま。勉強会の期間は2021年8月から2022年2月の半年間で、月に1.2回程度開催されました。
今回の研究対象は「紙」を選び、最終成果物を「壁掛け時計」としました。「紙は探求するための実験や試作が素早くでき、比較的環境に優しい素材。成果物を壁掛け時計としたのは、紙で作る意味が機能的にも文脈的にもあると考えたため」と大江先生は言います。
まずは、「紙」でできること(=加工方法)を一通り書き出し、見出した数々の加工方法を各自で3つ選択し、それをもとに辞書の箱を制作しました。条件は二つ。見えるところに置きたくなる箱であること、そして、箱を見たときになんらかの感想を抱くデザインにすること。
辞書の箱の制作結果を踏まえて、その後、同様の形式でドライフラワーを支える形を制作しました。学生は「いつもの授業とは異なるプロセスを踏んだので、違うベクトルでの製品づくりを学べた」と言います。「通常は、コンセプトと作りたいものを決め、スケッチ、モックアップ、ブラッシュアップを経て作品を制作しますが、今回は先に加工方法を選んだうえで制作するというイレギュラーな手順でした。今までの自分だったら作らないものを作れて、自分自身の新たな発見にもつながりました」。
この一連の過程において、大江先生は“ほぼ手放し”で見守っていると言います。「もちろん学生の実験結果に対して気になる点は質問しますが、“こうした方がいい”といった指導はあえてしないようにしています。この勉強会では“自分だけにしか発見できなかったなにか”に出会うことが一番大切。学生の実験と探求における行動のオリジナリティを尊重しています」と語ります。
こうして学生が実験を積み重ねた結果をベースに、それぞれが「壁掛け時計」のデザインの探求を行いました。
学生はこの勉強会に参加して、「行動する」ことの大切さを学んだと言います。「なんの実験もできずに勉強会を迎えた日がありました。その時に、当たり前ですが実験していなかったらフィードバックさえもらえない。“なにかしないとなにも生まれない”んだということを痛感しました」。それからはとにかく手を動かして実験することを心掛けるようになったとか。「頭で漠然と予想していたことでも、実験すると全く違う結果になることもありました。考えることも大切だけど、やっぱり最終的には行動に移さないとわからない。実験が本当に大切なんだということが分かりました」。
ある学生は、勉強会は授業と違って評価がなく、自分にしか出せない答えを求められたので、自分自身が納得できるかどうかに向き合えたと言います。「振り返ると、授業ではむしろ失敗しないように課題に取り組んでいた気がします。この勉強会で“失敗から学ぶ”ことを体験できたので、今後の授業の取り組み方も変わりそうです」。
<参加学生> ※敬称略
中野博貴、喜納祐日、崎山太智、田村優一朗、辻山紬木、友野希望、林璃帆、小田真菜美、梶原みゆ、鈴木実和、長谷川文乃、濱口夏実、早坂灯子、福田諒、山崎凌、吉岡英
作品のユニークさはもちろんのことですが、両展ともに成果に至るまでの実験の痕跡が感じられる展示になっており、デザインはプロセスであることを改めて気づかせてくれるような他にない展覧会となっていました。プロダクトデザイン学科の皆さん、おつかれさまでした!
「箱と人との新しい関係」「実験と探求」展
プロダクトデザイン学科
期間 | 2022年3月8日(火)~3月20日(日) |
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場所 | 同時代ギャラリー |
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