REPORT2022.03.28

教育

子どもを信じて待つ。-こども芸術大学「創作の時間」

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  • 京都芸術大学 広報課

こども芸術大学では、認可保育園となる前から行われてきたワークショップ形式の「創作の時間」を保育園でも受け継ぎ、子育て講座として幼児クラス(3歳児、4歳児、5歳児)の親子を対象に開催しています。こども芸術大学の「創作の時間」は、芸術表現をとおして親子が対話を深め、また同時に想像すること、創造することの楽しさを体験する、そして子どもとお母さんが協力しあい、調和する心をゆっくりと育てることを目的としていました。
今回は美術工芸学科 油画コースの森本玄教授を講師に迎えて、「線と遊ぶ」をテーマに行われました。

 

 

子どもとおとなが一緒に“線で遊ぶ

前半は『創作の時間「線で遊ぶ」- 大きな紙に、木炭で描こう -』です。与えられたのは和紙と木炭。森本先生が木炭を見せながら「これで絵が描けます」と説明すると、子どもだけでなく、保護者からも「えー?」と不思議そうな声があがりました。紙は650mm×1000mmの大きなものです。紙の上に寝そべっても大丈夫と、試しに保育士の先生に横になってもらい、その先生の型をとるように森本先生が描いて見せました。大きな和紙に描かれた輪郭線をみて、「なるほど、これで絵が描けるのだな」とみなさん理解できたようです。


 

「今日は柳の枝を炭にした木炭で描きます」と森本先生
これで描けるのかな?と半信半疑
木炭の線を消したい時は、この柔らかい布を使います
大きな和紙!
先生の輪郭線を描いて見せます
先生の形ができました!

 

「上手い下手はありません。自由に描いてください。それでは線を引いて遊びましょう」と森本先生が呼びかけると、子どもが仰向けになったりお母さんが横になったりと、楽しそうに「創作の時間」が始まりました。
始まるとすぐにお母さんをなぞり始める子どもや、なかなか描き始めることができない子ども、色々な親子の姿がありました。森本先生は、それぞれが描いているところに回って話を聞いたりアドバイスをしながら、一人ひとりに声を掛けていかれました。

 

「失敗はないのでどんどん上から描き足していってください」と森本先生
「寝転んで描いてもいいんですよ。」との森本先生の言葉にリラックスして描く親子

 

おとなの“気づきの時間”

親子の活動の時間も終盤にかかると、いろいろな作品が出来上がってきました。途中からは練り消しゴムが与えられ、つまんだり伸ばしたりと新しい遊びが始まったりもしています。「そろそろ終わりでーす」との、園長の鍋島惠美先生の声掛けを合図に、みんなで壁に絵を並べて貼り、鑑賞が始まりました。子どもたちは保育室にもどり、お父さんお母さんは森本玄先生を囲んで振り返りの時間です。

 

そろそろ“おとなと子どもの時間”も終盤に
お約束の練り消し遊び
壁に絵を並べてみんなで鑑賞します
森本先生を囲んで講評会が始まりました

 

森本先生は、幼少期のご自身の絵を描く事との関わりを話しながら、一人ひとりに感想を求めていきました。

「絵の上手下手ではなく、子どもたちがまず紙の上で遊ぶというのが趣旨でした。おとなは見栄えのいいものを創らなくてはと思いがちですが、そうではないと考えています。保育の現場で保育士さんからよく聞いたのは、保護者に「何を描いているのか」と尋ねられるのがとてもプレッシャーで、保護者のためにわかりやすい絵を描かせてしまう、ということです。そういうこともあるんですね。でも、子どもというのは、自分の経験のなかで感じたことを追体験するように表出(ひょうしゅつ)したり表現をしているので、おとなはそれに立ち会っていく、何が出てくるのか待ってみる、という視点が大事かなと思っています。それではみなさん、それぞれ感じたことなどを一人ひとり述べていただけますか」。
 

以下、4~5人を1グループとしてお母さんやお父さんが感想を述べた後、森本先生が順番に講評していきました。その様子を抜粋してお伝えします

 

絵を描くのはあまり好きではないみたい…
>子どもが楽しめる方向に、遊びとして見出していたのが素晴らしかったですね

他のお子さんがダイナミックに描いている中で、いつものように小さく描き始めたので、大きく描いたらいいのにと思っていたけど、この子は、線を引いて黒くなったり手で消したりが好きなんだなと感じました。親が楽しませるということをしなくても、最後まで集中していました。

うちの子は、あまり集中力がないみたいでずっと描いていたわけではないのですが、すっと描いた線とか点だけで「これはイルカ」とか「これはライオン」とか線一本で表現していました。ああ、二次元でとらえているのかな、と感じました。

あまりお絵かきが好きではなく興味がないので、紙自体を折ってみたり練り消しで遊んでみたりしていました。「何を描いているの?」とかは聞かないように過ごしました。

森本先生 おとなは描かれているものが何かという、モチーフとか対象を名前で言えることに安心するんですけど、子どもはそれを求めていない場合もあります。子どもなりに感じているものをおとなが見守ることが大事だし、みなさん、それぞれに子どもさんを理解して「これは線で表現しているんだなぁ」とおっしゃっていたのが、素晴らしいと思います。子どもが描いた絵について、次の時に聞いたら全然違うことを言うこともありますが、子どもは見立てをしながら遊ぶことがあるので、ある時はお母さんと言って次の日はおばあちゃんと言う、でもそれは全然矛盾していなくて、見立てをして想像力を働かせているからそういうことが起こるわけです。まったくおかしくありません。子どもさんに寄り添いながら見ていただいているのがすごくいいなぁと思いました。

集団の中で描くということが苦手な子どもがいるのもよくあることですね。それはそれで受け止めてあげたらいいし、お母さんが素晴らしかったのは、「じゃぁ、紙を折ってみようか」と子どもが楽しめる方向に、遊びとして見出していたのがとてもよかったですね。

 

なかなか描き出せなかったんです
>臨機応変なお母さんの声掛けが、子どもにちゃんと届いていますね

うちの娘はそのものをちゃんと描きたいタイプで、お絵描きは好きなんですけど、塗り絵でもそのものがどんな色をしているか、ちゃんと確認して再現したいと思うので、今回みたいに自由に描いていいよというのが、少し苦手だったようです。なかなか描きださなくて、周りのお友達が描いているところを見て同じように描きだしました。それでも止まってしまってなかなか進まないところもあり、練り消しをいただいたので、私が黒く塗ったズボンを娘のズボンと同じ水玉の柄になるように、練り消しで消していると気分がのってきたようでした。途中で終わってしまうと、それはそれでもっとやりたかったと悔しそうにしていました。そういった様子をみて娘の性格をより理解できたかな、と感じました。

 

 

森本先生 なかなか描きだすのが難しい様子でしたね。今回は描き出すきっかけとして、人の型を取って描いてみましょう、とお題を出しましたが、それが出来なかったら手形をとってみようという臨機応変なお母さんの声掛けが、子どもにちゃんと届いていますね。きっかけが見つかったらどんどん子どもはやりたいことをやります。親は与えられたものに対して、それをさせなければならないという恐怖心が芽生えてしまいがちですが、子どもを信頼して待つということがすごく大事です。僕もこども芸大に息子を通わせていたのですが、一番学んだことは、“子どもにあわせて待つ”ということでした。仕事をしている際に子どもが「ねぇねぇ、見て」と来た時、「今忙しいから」と追い返してしまうこともありましたが、こども芸大では「その時を大切にして、ぜひ子どもと向き合ってください」と言われました。それから子どもが寄って来たとき、「なになに?」と子どもに聞くようにしてみたら、「飛行機描いたよ」とか一言いってすぐ行ってしまうんですよ。5秒で終わるんですね、子どもの用事が。おとなはおとなの事情で忙しいんですけど、子どもにその時に向き合うって大事なんだな、と思いました。そんなに時間をとらないことも多いんですよ。改めて、子どもが来た時に向き合うってとても大事だな、と感じた出来事でした。

 

僕もマンガを真似して描いていました


森本先生 ドラえもんやピカチュウが描いてありますね。「マンガを描いていいのかな」とおっしゃる方も多いのですが、僕もマンガを描いていました。それで、僕が高校でお世話になった美術の先生に聞いてみたら、僕もそうだったと。みんなそうなんですよ。個性というのは元々備わっているものですが、いきなり自分の個性を意識して出せるようになるというのは難しいことで、むしろ真似をしながら創っていった後に、初めて出てくるようになっていると思うんです。絵を描くときは色々なものを真似します。それで全然OKです。自分の描こうと思っているものを描いてくれたらそれで大丈夫なんです。

大きい紙を与えられると、大きい紙を全部埋めなければならないのでは…と思うのも、おとなの恐怖心ですね。余白が心地よく響いてきたら真っ白でもいいんです。子どもが満足することが大事で、子どもと対話しながら、子どもがやりたいことを生み出すことができれば十分で、絵が上手とかは二の次ですね。

 

みんなと同じようになぞらなきゃと思い、焦りました…
>子どもがリラックスできるまで待っていただいたらいいと思います

これは実は最後の5~10分で(みんなと同じようなものを上手く描けていないので)、子どもに私をなぞってもらいました。慌てて描いた感じが恥ずかしいなという感じです。でも最後には顔も描いて形になったなと安心していました。最初、子どもがなぞるということができなくて、とにかくなぞるというのを彼なりにやろうとしていたのですが、途中から線路を描き始めて…。彼は電車や乗り物が好きなので自由に描かせようと思って見ているとずっと電車や好きなものを描いていて、これが本来の彼のやりたいことなんだろうなぁと思いました。でも最後にはみんなと同じようになぞらなきゃと思い、紙を裏返して体をなぞる、ということをしました。

 

森本先生 なるほど、お母さんも不安になりますよね。でも大丈夫です。これ線路が素晴らしいですよ。今日のような場は、子どもも緊張しているかもしれないので、子どもがリラックスできるまで待っていただいたらいいと思います。電車が好きで線路を描き始めたのは、とても素晴らしいと思います。ひょっとすると、小学校に入ったら指導する先生によっては、周りと違うことをするのは良くないとか言われる場合があるかもしれません。そんな時、子どもを守ってあげるのは親御さんしかいません。頑張ってくださいね。
 

彼女はこんな大きな紙に描くことがなかったので最初はとまどっていたんですけど、自分なりに線を描くのが好きなので、だんだん想像を膨らませているのか、太陽やお花を描いていきました。物語を作るように3年前に亡くなった猫を描いてみたり、抱っこしたことのある犬を描いてみたり、自分の大事なものを描きたいんだなぁと、この時間で感じられたのがすごく学びとなりました。

 

森本先生 僕たちは写実的にものを観察して描くということをするんですけど、ものを観察するというのは、だいたい小学校の高学年とか、中学生くらいになってやっと始まってくるんですよね。それまで子どもはどうしているかというと、自分の経験とか記憶にあるものを出してくることが多くて、それ故に、顔なんかは丸い輪郭があって、その中の2つの点が目、1つの点が口、となって、これはもう顔っていう記号的なものなんだけど、そこに見立てをしてくるから、同じような記号としての顔に耳をつけたらピカチュウとか、ヒゲの線を描いたらドラえもんとかになったりするわけです。写実ではないんだけど、洋服に模様を入れたりとか、自分の髪型を描いてみたりして、「あぁ、自分だぁ」とすぐにわかったりしますね。とてもよく観察していて、普段の生活のことがよく記憶に残っているということが分かる絵だなぁと感じました。

 

親と子どもが共同で絵を描くのは難しかったです
>基本、子どもが優先で、おとなは呼び水でいいのかなと思っています

親と子どもが共同で絵を描くのは難しかったです。子どもの型をとるということはできたのですが、あとは子どもが描きたいものをどんどん描いていき、子どもの手の先に自分の手を置いて型を描き足してみましたが、娘はそこにお父さんを描くつもりだったらしく、消されてしまいました(笑)。

森本先生 共同制作の在り方は本当に難しいですね。僕は基本、子ども優先で、おとなは呼び水でいいのかなと思っています。自由に描くというのは本当に難しくて、何かを写すのはできるんだけれど、「自由に」と言われた途端、何を描いていいのかわからない。僕もそうでした。でも、創意工夫がないとかではなく、それは自然なことだと思います。お母さんが描いてくれたら、それを真似して描くとか、親子で創作の時間を持てるのなら、それでいいと思います。だんだんと自分の好きなものが出てきているのはとてもよいことだな、と思いました。

お母さんも何か描いてみようかな、何か表現したい、そういうときありますよね。そして何か描いてみるんですけど、子どもがこの紙を自分の遊び場、フィールドに思えてくると「お母さんが描いたの、これ要らない」となってくる、それも当然だと思います。そういう場合は子どもさんと上手くコミュニケーションをとっていけるといいですね。

誰かが見ていてくれるってとても大事ですよね。紙を渡して勝手に描いてね、で一人で描いていける子どももいるけど、何かつまんないなってなった時に、お母さんが添えてくれた言葉で世界が広がることもあります。子ども自身で興味の持てるものが見つかったら、放っておいても大丈夫。どんどん徹底的に飽きるまでやってもらったらいいかなと思います。

 

子どもの絵をとおして、今、伝えたいことがある

講評が終わって鍋島先生から、「コロナの感染が拡大する状況にあって、子どもだけだったら「創作の時間」ができる時期があったので、子どもだけでお願いしていいですかと森本先生に聞いてみました。すると、森本先生から“保護者のみなさんに、子どもの絵をとおして、今、伝えたいことが僕にはある。親子で是非その機会を持ちたい”と言ってくださいました。そうして今日の、この時間が持てました」と伝えられました。

森本先生からは参加した保護者のみなさんに、次のメッセージが贈られました。
「みなさんが真摯に子どもと向き合っていることが、絵からビシビシと伝わってきました。子どもは可能性やいいものを一人ひとり持っています。それが素直に伸びていくように、どうやってお膳立てをしていくのか、というのはおとなの役割だと思います。おとなは自分が何とかしなければと思いがちだけれど、子どもは子どもですごく考えていたり感じたりしているので、それを尊重しながらどうやっておとなが関わっていくのかを考えていただけたらな、と思います。子育ては大変なことがあるかと思いますが、同時にこんな貴重な機会は今しかありません。本当にあっという間ですから、ぜひ一つひとつの出来事を楽しんでください」。

 

不安な気持ちで子育てしているお父さんやお母さんは多くいらっしゃるのではないでしょうか。そんな気持ちを全て受け止めて進んでいった「創作の時間」でした。子どもを信じることは自分を信じることでもありますね。前身となるこども芸術大学で実際に親子の時間を経験した森本先生だからこそのお言葉がたくさんあり、認可保育園 こども芸術大学が、そのマインドを引き継いでいることを強く実感しました。

 

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