INTERVIEW2022.01.14

舞台教育

誰かと同じ道を通っても意味がない。― 杉原邦生インタビュー:KUNIO10『更地』春秋座公演とスペシャルワークショップ

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  • 京都芸術大学 広報課

市川猿之助と組んだスーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』や『藪原検校』、10時間に及ぶギリシャ悲劇『グリークス』など、古典から現代劇まで話題作品の演出を独自の手法で手掛けている卒業生の杉原邦生さん。そもそも『更地』とのご縁は、杉原さんが映像・舞台芸術学科1年生の時に、学科長だった劇作家・演出家の太田省吾教授が本学内studio21で上演した『更地(韓国版)』を観た20年前に始まります。在学中にプロデュース公演カンパニー「KUNIO」を立ち上げ、演出・舞台美術家として活動を続けてきた杉原さんは、東日本大震災に突き動かされるようにその翌年2012年、恩師の名作『更地』を京都の立誠小学校跡地で初演。そしてコロナ禍の終息が未だにみえない昨年、本学の開学30周年・劇場20周年の節目に、新たな『更地』を春秋座にて再演しました。

KUNIO10『更地』

なにもかもなくしてみるんだよ


2012年、杉原邦生演出で大きな反響を呼んだKUNIOの代表作『更地』。杉原の大学時代の恩師である劇作家・演出家 太田省吾氏の『更地』は、初老の夫婦がかつて自分たちの家が建っていた更地を訪れ、過去の記憶を旅する物語。今回は戯曲の設定と異なる若い俳優をキャスティングし“未来”への希望に向かう新たな物語として立ち上げます。

大学開学30周年記念・劇場20周年記念公演
10月9日~10日 京都芸術劇場 春秋座
作:太田省吾 演出・美術:杉原邦生 出演:南沢奈央、濱田龍臣
https://k-pac.org/events/569/

また、今回の春秋座公演の関連企画として、“自分が学生時代にこういう機会があったら”という杉原さんの想いから企画されたのが「杉原邦生×春秋座スペシャルワークショップ」。『更地』を題材に、空間演出を考えるワークショップと演技・演出を体験するワークショップを行いました。瓜生通信では、公演をはさんで2日間にわたって行われた空間演出ワークショップを取材。そして、公演初日とワークショップを終えた杉原さんにお話を伺いました。

 

KUNIO10『更地』関連企画
演出家・舞台美術家 杉原邦生春秋座スペシャルワークショップ「空間演出ワークショップ」

●スペシャルワークショップ詳細 https://k-pac.org/events/1147/

 

10月1日(金) KUNIO10『更地』公演8日前:空間演出ワークショップ1日目@春秋座

「皆さん!自分で言うのもなんだけど、これはとても貴重なワークショップです。今までしゃべったことないことも話すし、いわば僕の蓄積してきた演出レシピ大公開になるので、SNSで内容拡散とか禁止でお願いします(笑)。ぜひ全部、吸収していってください!」

最初の一言で会場の緊張を解き、和ませつつも集中を促す杉原さん。参加者は約三分の二が舞台芸術学科と映画学科の学生でした。この日は、「演劇を構成する3大要素とは?」「空間って何?」「演出とは?」「劇空間というものをどう想定するか?」など、空間演出についての基本的な考え方を参加者に問いを投げかけながら進みました。

杉原さんがおっしゃったように詳しい内容は明かせませんが、過去の春秋座での演出作品のスライドや普段見ることのできない舞台図面なども参考に、ご自身の経験を踏まえた大切なポイントを惜しみなく、端的な言葉で教えてくれます。杉原さんへの質問もぽんぽんと出て、時には考え込みながらも率直に真摯に回答してくださいました。少し時間をオーバーして、充実の約2時間、終始明るくエネルギッシュな声で聞き手と同じ目線に立って話してくれる杉原さん。軽快な語り口なのに、どんどん引き込まれていきます。参加者の皆さんもそう感じたのではないでしょうか。

過去に上演した作品の舞台セットのスライドを見ながら、空間の捉え方や使い方を教えてもらいます。

10月9日(土) KUNIO10『更地』公演初日 上演終了後:空間演出ワークショップ2日目 事後レクチャー@春秋座

10月9日の14時、KUNIO 10『更地』が初日の幕を開けました。終演後、まだ公演の興奮冷めやらぬうちに、空間ワークショップの事後レクチャーが始まりました。10月1日のワークショップを下敷きに、『更地』での実際の演出についてオープニングの場面から一つずつ深掘りしていきます。参加者の中には、10月2日・3日に行われた演出体験ワークショップとコンプリートした方も数人いました。この日は、本公演の舞台スタッフさん3名にもご登壇いただき、演出家とどのように作品を作り上げていったか、普段のお仕事について学生からの質問を交えながらお話しいただきました。照明デザイナーの高田政義さん、音響プランナーの稲住祐平さん、舞台監督の藤田有紀彦さんは、これまでにも杉原さんとのクリエーションでタッグを組み、杉原さんが全幅の信頼を置いている方々。参加者はそれぞれ興味のある分野のスペシャリストに直接質問できる貴重な機会となり、ここでしか聞けないお話に耳を傾けていました。

「日本では芸術は学問として教育されるけど、本来は身近にある楽しみのはず。芸術をレジャーのひとつとして盛り上げていきたいですね」。演劇の未来を少しでも豊かなものにしたいという情熱がたっぷり詰まった贅沢なワークショップでした。「今後もまた企画したい」と語った杉原さん。学生はもちろん、一般の方が参加しても、ますます演劇や舞台が面白くなる内容ですので、今後の展開にも期待しましょう。

当日の実際の舞台美術を前に、空間の使い方やその演出法をレクチャー。
『更地』のスタッフさんに直接質疑応答できるコーナーも! 写真左から杉原さん、照明の高田政義さん、音響の稲住祐平さん、舞台監督の藤田有紀彦さん。
 

10月9日(土)『更地』公演初日、空間演出ワークショップ2日目終了後:杉原邦生さんインタビュー

「いつから演劇だけで食えるようになった?」とか“ココだけの話”を聞ける場が欲しかった。

 

― おつかれさまでした。まずは、今回の『更地』公演前から始まるワークショップと公演鑑賞後にもレクチャーを受けるという、この充実した内容のワークショップ企画がどういう経緯で生まれたのかをお聞きしたいです。

僕が卒業してから数年後に、非常勤講師としてこの大学で教えさせてもらうことになって発表公演を行う授業を受け持ったんですけど、実習だとどうしても稽古や作品をつくることに時間が取られるじゃないですか。だからまず第一に、もっと学生と話せる機会が作りたいなと長年考えていたんです。僕の学生時代、不定期で教員ではないアーティストが大学に来て、ワークショップはもちろんトークイベントみたいなこともやってくれて、結構赤裸々に創作秘話とか舞台業界の裏話とか、そういうことを聞けたのが僕は一番面白かった。自分の人生プランというか、自分がこの先どういうことをどういうやり方でやっていくのかって組み立てていく時に、すごく参考になったんです。学生はやっぱりそういうことこそ知りたいんじゃないかなと思って。「いつごろから食えるようになったんですか?」とか、「それまでは親が家賃を払っていたんですか?」とかね(笑)。意外と今回はそういう質問は出なかったですけど、創作にまつわることがほとんどで。僕は当時、そうやって“聞ける機会”がすごく楽しかったし、今度は僕がそういう機会をつくれないかなと思って。

舞台芸術って決してお金になる業種ではないし、難しく厳しい世界。舞台の仕事だけで生計を立てられるのは本当にひと握りの人しかいないような業界です。そんな中で僕は、この大学で学んで、今ではありがたいことに大きな仕事もいただけるようになっている。それは僕の力というよりは、本当に出会いと運に恵まれていただけなんですけど、でもそういう話はできる。学生って悩みの真っただ中ですよ、みんな。僕だってそうでしたから。

僕は劇団を作らず、自分の団体(KUNIO)を持った演出家・舞台美術家としてここまでやってきたノウハウみたいなものはあるし、創作的な意味でも、人生設計的な意味でも、僕の経験を少しでも伝えられたらと思ったんです。逆に、今の子たちがどういうことに悩んで作品をつくっているのか、どういう問題意識を持って演劇を志しているのか、そういうことを知りたいとも思ったんですね。僕も彼らのような若い世代を刺激できる作品をつくり続けたいと思っているし、そうすることで彼らやその周りの人たちが未来の良き観客になったり、僕らの後の世代として舞台芸術界を担う人材になっていく。そんな繋がりが生まれる交流ができたらいいなって、ずっと思っていたんです。

名作『更地』との出会いと劇場の歴史、自身の活動が巡り合う20年という節目。

 

― 学生への熱い想いをひしひしと感じます。劇場20周年と『更地』という作品も、在学中からの杉原さんの活動の歴史とちょうど重なっていますね。

そうですね、劇場の20周年ということで、卒業生の僕がここでこの作品を演るということを企画してくださったんです。前回の『藪原検校』みたいに大きなプロダクションだと、ワークショップやイベントなどを自由にできない部分もあるんですけど、今回は自分のカンパニーで来てるから、日程や劇場での時間、僕のスケジュールもある程度調整できるので。この際、スペシャルな企画をガッツリやりましょう、となりました。
 

― 「空間演出ワークショップ」は2週続きであって、その間に「演出体験ワークショップ」もありましたね。そちらは3時間という長めの枠でしたが、どういうことをされましたか?

『更地』のテキストを使って、僕が稽古やオーディションなどでもやっている身体へのアプローチと、実際にセリフを読んで行う言葉へのアプローチ。それらを短い時間ですけど体験してもらったうえで小発表をしてもらい、それぞれにコメントしていくというワークショップです。3時間はあっという間で足りないくらいでしたし、3時間でどこまで伝わったかわからないですけど。

やっぱり、参加者の中に多くいた学生たちの眼差しがすごく真剣だったし、彼らから熱いものを感じたから僕もいろいろ伝えたくなって、どんどん時間が延びちゃいました。いやぁ、すごく良い時間でしたね。学生の頃の自分にしゃべりかけているような感覚でした。こんなこと知りたかったよなぁとか、こういうことは考えられてなかったよなぁとか、当時の自分を思い出して。
 

― ちょうど20年なんですよね、入学されたのと劇場(京都芸術劇場 春秋座)ができたのが同じ年なんですよね。

そうなんです。今回のワークショップに参加してくれた学生たちから、20年前の僕と同じような熱意とか、知りたい欲求とか、そういうのを直に感じられたのはすごくよかったですね。自分の現場に学生がいることは滅多にないですから、学生と接する機会がなくなるじゃないですか。そうすると、なんとなく世の中の若者の雰囲気に学生のイメージを重ねてしまって、みんなあんまりやる気ないんじゃないかな?とか、冷めてるのかな?とか、実際にそういう話も聞くので。でも、舞台に対する情熱とか希望とか、そういう熱いものをたくさん感じられたことが、逆に僕のエネルギーにもなったと思います。

 

同じ場所で同じように悩みながら学んでたからこそ、リアルにイメージできる。

 

― なるほど。ただ教えるのではなく、いつも双方向で考えていらっしゃるんですね。今後もこういう企画がどんどんあって、学生たちが交流しながら学べるといいですね。

そうですね。自分のカンパニー公演だからこそできた企画だと思うんですけど、今後は大きなプロダクションで来させてもらうときにも何かできたりするといいですよね。僕はこの大学の卒業生だし、学生たちもきっと自分たちのことと繋げてイメージしやすいと思うんです。今こういう仕事をやっているおじさんも、この大学で同じように悩んでたんだって(笑)。

僕だってこの客席で何本も芝居を観て、田口章子先生の日本芸能史を受けて、この舞台上でいろんな授業や三代目・猿之助さんの集中講義も受けて。本番でこの舞台に立ったこともありますし、卒業制作だってこの劇場でやっているわけですから。この大学だからこそできること、許されることがあると思うんです。だから、また違った形ででも発展していけたら面白いんじゃないかなと思います。
 

― さっき公演後に舞台芸術学科4年生の参加者に少しお話を伺ったんですが、「先輩に杉原さんがいて本当によかった」って。

後輩にそう言ってもらえるとうれしいです。
 

ー先週の1回目のワークショップでの「劇空間は宇宙まで広がっている、ここだけじゃない」というお話が一番心に響いたそうです。

僕も太田さんの授業の中であの話が一番残っているんですよ。結局、人間って普段は自分の生活のテリトリーの中のことしか考えなくなっちゃうじゃないですか。目の前にあるものの周りや向こう側、社会全体や世界のことを想像できなくなってしまう。だから僕たちは宇宙の中に存在しているという事実を、忘れちゃいけないということだと思うんです。そういう広い視野を持っていないと、作品はどんどん矮小化していって芸術として脆弱なものになる。そのことを僕は常に意識しているので、あの話が残ってくれたのであれば、すごくうれしいですね。
 

― 11月に卒業制作公演を控えていて、杉原さんからパワーをもらってモチベーションを上げたい!と思って今回参加したそうです。

えー、うれしいですね。すごく積極的でいい。でも、空間ワークショップの時にも初めに言ったんですけど、僕が今回ワークショップで話したことはあくまで一つのやり方であって、僕の一意見だから、絶対的に信じる必要はまったくない。自分の中で参考にできることだけ参考にして、「杉原って意外とつまんないこと考えてんだな、俺は違う」って思ったとしても、それはそれでいいことなんだ、と。そういう負けん気というかヤンキー精神みたいなものがあっていいんじゃないかなって思います。学生だしね。

 

「この公演を太田に観せたかった」と言ってもらえたこと。

 

― 出演者の濱田龍臣さんとの対談記事※で、「太田(省吾)さんの目がいつもどこかにある」とおっしゃっていましたが、初日を終えて今どう感じていらっしゃいますか。

(※京都芸術劇場HP https://k-pac.org/readings/1573/

今回の公演のために劇場入りして、スタッフの作業とか場当たりをこの客席で見ていると、すごく感慨深かったんです。僕が大学に入学した数日後に小劇場のstudio21で太田さんの『更地(韓国版)』を観て、その20年後に大劇場であるこの春秋座で、自分の演出による太田さんの作品『更地』を上演するんだなって思ったら…。僕が太田作品を扱うことによって、太田さんの演劇がまた違う規模感や可能性を獲得して、新たな観客と出会っていく。そういう実感を得られているのが、すごくうれしいんです。僕なりの恩返しができていたらいいなって。今日、太田さんの奥様の美津子さんが観に来られて、終演後に「太田に観せたかった」って力強くおっしゃってくださって。
 

― うわ~それは泣きそうになりますね…、ありがとうございました。では最後に、杉原さんから学生たちにメッセージをお願いします。

舞台芸術に限らず、アーティストとして生きていくってことはすごく怖いことだし、勇気もエネルギーも必要だし、時間やお金もかかることだと思うんです。アーティストという言葉には、俳優、ダンサー、スタッフなども含まれます。アーティストとしての活動だけで食べていくことができるようになれる人はほんのひと握りかもしれない。だけど、すごく刺激的で楽しい世界だから。自分の信じた道を突っ走ってほしいなって思いますね。誰かと同じ道を通っても意味がないんです。もちろん、先人たちがどういう道筋で現在の位置を確立していったのか、どんなタイミングでどういう作品を発表してきたのか、そういうことを調べて参考にはしてきています。でも、その中で僕はとにかく、どうやったら前例のない道筋で自分が目指す位置までいけるか?みたいなことを、学生時代いつも考えていましたね。答えなんてないし、難しいんですけど。きっとこの先、想像している以上の努力が求められるし、しんどい時期も短くはないかもしれない。だけど、踏んばってほしいです。僕の後輩の中からいいアーティストがいっぱい生まれてきてほしい、それだけですね。

杉原邦生 Kunio Sugihara

演出家、舞台美術家。KUNIO 主宰。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像・舞台芸術学科、同大学院芸術研究科修士課程修了。在学中の2004 年、プロデュース公演カンパニー「KUNIO」を立ち上げる。2006年から2017年まで歌舞伎演目上演の新たな形を模索する団体「木ノ下歌舞伎」に企画員として参加。2012年~2013年、舞台芸術学科 非常勤講師。2018年「第36回京都府文化賞奨励賞」受賞。近作に『グリークス』、スーパー歌舞伎II『新版 オグリ』、シアターコクーン『プレイタイム』、PARCO 劇場オープニングシリーズ『藪原検校』などがある。2021年は『更地』に続き、12月にさいたまゴールド・シアター最終公演『水の駅』で太田省吾作品を演出。
●杉原邦生オフィシャルサイト https://kunio.me/

(撮影:吉見崚)

 

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