舞台を走る足音がきこえる。大きく張り上げた声が耳に届く。舞台はアテネの町とその近郊の森。人間界と妖精界、それぞれの男女の恋模様が展開される、シェイクスピア原作の日本人にも親しみ深い演目だ。役を演じるオックスフォード大学の学生にとっては今回が初の京都公演である。
シーンごとに変わる鮮やかで目を引く照明。随所で奏でられるギターサウンド。それらが作りだすエネルギッシュな空間の色を、さらに濃くせんばかりに生き生きと踊り、動き、大きな声で言葉で、自身を表現する舞台上の登場人物たち。その迫真の演技はどこか身近に感じられて、その場で起こる現実をみているかのようだった。しかしその一方で物語の内容は、妖精や惚れ薬が出てくるといった非現実的で夢の中の出来事のようだ。
ある夏の夜。人間界と妖精界の男女たちは、とある妖精に塗られた惚れ薬のせいで想い人が入れ替わり、それぞれの好意が錯綜する。そしてしだいに夜は明け、いつのまにか眠りについていた彼らは目覚める。すると、彼らは昨夜の大騒動を忘れており、まるで何もなかったかのように、しかし確かに何かがあったという感覚をうっすら残して、日常に戻っていく。
物語冒頭は片想いであった一組の男女は、目が覚めると両想いに。一見、荒唐無稽な話であるが、現実の生活にもそれに似たことはないだろうか。辻褄が合っていないようで、道理にかなっているようなこと。恋愛や人間関係の中で起こる不思議なこと。人をすきになったり、きらいになったり、それはとても曖昧で移ろいやすい一方で、その瞬間確かに存在し自分を成り立たせる感情でもある。どれだけ楽しいことも、悲しいことも、それは過去になり、いつかは忘れてしまう。人生はそういった儚いものであると、この舞台を観ながら思いをめぐらせていたあの瞬間のことも、今となっては夢を見ていたかのように感じる。
<文:服部千帆 写真:引地信彦>
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服部 千帆Chiho Hattori
1996年大阪府生まれ。京都造形芸術大学 アートプロデュース学科2015年度入学。人と人、モノを介したコミュニケーションを学びながらサバイバル中。人生のバイブルは「クレヨンしんちゃん」。